22.アズキの過去
優しいキスの後、トモマサ様は直ぐに眠りに落ちていきました。
その向こうでは、ルリも同じように眠っています。
「また、こんな幸せな日が来るなんて思いもしませんでした」
私は、トモマサ様の腕に抱きつき眠てるトモマサ様の顔を眺めながら思い出します。
かつて幸せだった頃を。
〜〜〜
「父様、おはようございます」
父様が食堂に入ってきました。昨日も仕事で遅かったのか今日も眠そうです。
父様は王都イチジマの隣町、ヒガシナカの街の領主です。爵位も高く公爵と王族に次ぐ権力を持っており毎日忙しく働いています。
最近は特に帰りが遅くて心配ですが、母様は「大丈夫よ。父さんの体調は私がちゃんと見てるからね」と言って全く心配してないようです。そして、どんなに遅く帰ってきても朝は、私と一緒にご飯を食べてくれる優しい父様です。
「アズキ、おはよう。今日も朝ごはん作ってくれたのかい? 」
「はい、今日も母様と一緒に作りました。いっぱい食べて下さい」
私が胸を張って答えると、父様は大きな手で頭を撫でてくれます。とても大きくて暖かい父様の手が私は大好きです。もちろん、手以外の他の部分も大好きですよ。
「さあ、いつまでもアズキを撫でてないでご飯にしましょう」
母様に急かされて、父様が席に着きます。手が離れて行って少し残念ですが、私も席に着きます。
「「「いただきます」」」
3人で手を合わせ食べ始めます。
食事中の父様と私はいつもたくさんお話をします。昨日はどんな勉強をしたとか、何して遊んだとか、何が楽しかったとかたわいの無い話ですが、私はこの朝の時間が大好きです。だって、この時間しか父様とお話しする事が出来ないんですもの。
話すぎて母様に「そろそろ終わりにしなさい」と叱られるのが日常となっているぐらいです。
朝ご飯の後は、父様が仕事に出かけるのをお見送りに向かいます。食器洗いとか後片付けは、メイドさんがしてくれます。本当は、朝ご飯も専属の料理人が作ってくれるのですが、無理を言って母様と私で作っています。
執事さんに言わせると公爵の奥様が料理などする必要は無いと言われるのですが、母様は全く気にせず作ります。
母様は元々、普通の平民だったのに父様と結婚したために貴族となったそうで、今でも「貴族は慣れないわ」と言いながら料理したり掃除したりしています。執事さんも口では「奥様、それは貴族のなさる事では御座いません」と言っているものの、あくまでもポーズで実際には、自由にさせているのが実情のようです。前に婆やから聞きました。
そんな貴族らしく無い母様ですから父様との結婚の際には、お祖父様からかなり反対があったらしいです。平民でしかも犬獣人だった母様と貴族で人族だった父様。身分も種族も違う2人を何としてでも別れさせようとしたらしいのですが、最後には、父様の駆け落ち宣言を受けて渋々結婚を許したそうです。私には、とても優しいお祖父様なので簡単には信じられないのですが。
それでも、自由な母様を見るとつい雷を落としてしまうという理由で別宅に移り住んだそうですから、母様を認めたという事だと婆やは言ってました。
「「行ってらっしゃいませ」」
父様を見送った後は、私はお勉強の時間です。家庭教師の先生に国語、算数、社会について教えてもらったり、母様に柔術の稽古をつけてもらったりしています。
実は母様、柔術の達人です。有名な柔術家であるトモエ ジゴロウ様の直系で幼い頃から柔術を習い、今では、敵う者無しと言われるほどだとか。
母様はいつも「私はそれほどでは無いわよ」と言ってますが、一度も勝てていない私の1番の目標であることには違いありません。
そんな何気ない家族の日常。
いつまでも続くと思っていた幸せ。
それは、本当に簡単に失われました。
〜〜〜
ある日、私は揺れを感じて目を覚ました。
「婆や? 」
「アズキお嬢様、起こしてしまいましたか?申し訳ありません」
私は、婆やに背負われている状態だった。辺りはまだ薄暗い。
何が申し訳ないかよく分からないが、目を凝らすとそこは森の中だった。
「ここはどこ?どうして森の中にいるの? 」
私は、鬱蒼とした森の中で婆やに負ぶわれている状態だった。
「お嬢様、落ち着いてお聞きください。お屋敷で魔虫が発生しました。街は大混乱です。私は、奥様の指示のもとヒガシナカの街を脱出しイチジマの街を目指しています」
「お屋敷で魔虫?何かの間違いではないの? 」
私は、婆やの言葉が信じられなかった。
魔虫が発生するという事は、禁忌とされている科学の研究を行っていたという事。
「父様か母様が禁忌を犯したというの? 」
「残念ながら詳しい事は分かりません」
私の問いに、婆やはただ力無く首を振るだけだった。
「今は、ただ、少しでも早くイチジマの街に行く事です。奥様はただ、それだけを願ってお嬢様を送り出したのです」
「母様は、どうされたのですか? 」
「奥様は残られました。住民の避難の指揮を取るとおっしゃって」
母様は残られたのね。いつも民を思っている母様なら当然の選択ですね。
「分かりました。それなら急いでイチジマの街に向かいましょう。私も歩きます」
早くイチジマの街に行って救援を呼ばないと、もうすでにでてるとは思うけど。
私は、急いで歩こうとするのだけど方向が分かりません。迷っていると婆やが困った顔をしています。
「婆や、どうしましたか?どちらに向かうか教えてください」
「お嬢様、お待ちください。今は、ここを動けません。迎えが来るのを待っていますので」
迎え?と不思議に思ったが、確かに婆やが自分からこんな森の奥に入って来るはずがない。何か理由があるのだろう。
私が大人しく待つことにすると、婆やが周りを見回しながら教えてくれました。
街からは、馬車で逃げ出したようです。街道を伝ってイチジマの街を目指したのですが、途中で盗賊に襲われて馬車を棄てて逃げ出したとのことです。
今は、護衛の人達が来るのを待っているのだとか。
「どれぐらい待っているのですか? 」
「そろそろ、1時間ぐらいかと。とにかくお待ちください」
……さらに1時間ほど待ちましたが、誰も戻ってきません。婆やは、ただひたすらに辺りを見回しています。
さらに1時間ほど経ったところで婆やが言い出しました。
「お嬢様、私は様子を見てきます。ここでお待ちください」
「ダメよ。婆や、危ないわ」
婆やの言葉に、私は懸命に止めます。言葉では婆やの心配をしていますが、本当は私が1人残されるのが嫌だったのだと思います。
2人で言い合います。声が大きくなっていたのでしょう。近く人影に気付きませんでした。
「見〜つけた♪」
低い男の声が聞こえました。
顔を向けると、そこには短刀を片手に血塗れの革鎧を着た男が3人立っていました。
「弱いな奴らが足止めするお陰で逃げられたかと思ってたよ。ちゃんと待っててくれたのね。お嬢様」
見るからに下衆な笑みを浮かべてリーダーらしき男が何か話しています。
「騎士達を、どうしたのです! 」
婆やが、いつもと違う怖い声を出します。
「婆さん、そう睨むなよ。彼奴らなら仲良く眠ってるよ。首をちょん切られてね。げヘヘッへへ」
「お嬢様お逃げください!私が彼等を引き止めます」
「婆や、無理よ。婆やを置いて逃げられないわ」
私は必死に婆やの腕にしがみつきます。
「良い子だねぇ。アズキお嬢様。わざわざ俺たちに捕まってくれるなんて」
そう言いながら男達は、私達を取り囲むように動いていきます。
「私達をどうするつもりなの? 」
私は、リーダーらしき男に問いかけます。
「どうもしないよ。ただ、ある貴族様が、あんたを高く買ってくれるそうなんで探してたんだよ。お嬢様」
「そんな事は、させません」
黙って立っていた婆やが、私の手を振りほどいて横の男に飛び掛かります。手には、いつの間にかクナイを持っています。ニヤニヤ笑いながら立っていた男は、突然のことに驚いて回避しようとしたようでしたが、首から血を吹き出しながら倒れていきました。婆やは、そのまま振り返りざまに手のクナイを投げます。投げた方を見るともう1人の男の右目にクナイが刺さり倒れていきます。
私が呆気にとられてると、
「グォ! 」
後ろで婆やの悲鳴が聞こえました。振り向くと、婆やの腹に短刀を突き立てた男が立っていました。
「婆や! 」
「お嬢様、お、お逃げください」
私は、怖くなり全力で駆け出しました。方向も考えず。
どれぐらい走ったでしょうか?5分?30分?分かりません。気がつくと森を抜けて街道に出ていました。
全力で走ったせいで、息が上がってこれ以上走れません。けど止まるわけにはいきません。
後ろからあの男が追いかけてくるかもしれないと思うと怖くてたまらないからです。
ヨロヨロと街道を歩いていると、前から馬に乗った一団がやって着ました。
先頭の1人が、私を見つけると馬を降りて近寄って来ます。
「嫌、近寄らないで。いやーーーー! 」
私は、盗賊の仲間ではないかと怖くて逃げ出したくなりましたが足が動きません。そのまま蹲ってしまいました。
「おい、大丈夫か?こんな所に子供1人でどうした? 」
蹲る私に近寄る人の後ろから声がします。
「アズキ?アズキではないか」
何処かで聞いたことのある声です。私の名前を呼んでいます。
私が顔を上げると、そこには、ヤヨイ様が立っておられました。
「ヤヨイ様、た、助けて下さい。婆やが、婆やが」
「アズキ、落ち着け。婆やは何処だ案内しろ」
私の願いを聞いたヤヨイ様が促すと近付いていた人が私を抱き上げました。
私が驚いて顔を上げると、その人は、優しい声で「大丈夫。案内できるか? 」と聞いてきました。
抱き上げてくれたのは、見たことの無い女騎士様でした。
私は、そのまま森を指差し皆を先導します。
森の中には、馬が入れないとのことで歩いていきます。私は、女騎士様に抱き上げられたままでしたが。
婆やは、すぐに見つかりました。子供が全力で走れる距離です。大人の足だとすぐなのでしょう。
ヤヨイ様の探索系魔法のおかげでもあるようです。
木にもたれ掛かって座り込んでいる婆やに呼び掛けます。
「婆や! 」
私が、騎士様から飛び降りて駆け寄ると婆やは、真っ青な顔で今にも呼吸が止まりそうです。
「お嬢様、無事でございますか?私はもうダメのようです。お嬢様、気を強く持って生きてください」
死にそうな声で語りかけます。
「『回復』」
そこにヤヨイ様が、回復魔法をかけてくれます。
「全く、クイナともあろうものが、その程度で死ぬはずがないだろう?お前には、まだまだやって貰わないといけないことがあるんだがな」
「や、ヤヨイ様。……ははは、この死にかけの老いぼれにまだ仕事をさせようとするのですか。困ったものですな。しかし、助けていただいた、借りを返さないといけないのも確か。無事に治りましたら、手伝わせていただきますよ」
さっきまで本当に死にかけていた婆やですが、回復魔法で傷は完全に塞がっているようです。失った血は戻らないので顔色は元に戻りませんが。
「お二人は、お知り合いなのですか? 」
話を聞いた私が、2人に尋ねます。
「昔、ヤヨイ様の元で仕事をした事がありましてね」
ヤヨイ様の元でメイドでもしていたのでしょうか?また、元気になったら教えてもらいましょう。
「話は後にして、移動しよう。クイナの傷は治っているが、まだ無理はさせられないのでな」
ヤヨイ様の提案で、移動を開始しました。とは言っても、ヤヨイ様の転移魔法で一気にイチジマの街まで移動しましたが。
婆やをベッドに寝かした後、ヤヨイ様はまた出かけて行かれました。ヒガシナカの街の様子を見に行くようです。
私も休むようにと言われましたが、婆やの容態が気になりましたので無理を言って婆やのベッドの横で椅子に座っていました。
それでも、疲れていたのかすぐに眠ってしまったようですが。
目を覚ましたのは、翌日の昼頃でした。丸一日以上眠っていたようです。
ヒガシナカの街が壊滅状態だとは聞きましたが、そこから私が関わったことは、あまりありません。
ずっと、ヤヨイ様の屋敷で婆やの看病をしていましたので。
母様には、一度だけお会いする事が出来ました。
裁判も終わり、父様と母様の処刑日が決まった後でした。
母様は、「アズキ、父様を許してあげて」と言っていた事をよく覚えています。他には、「ヤヨイ様の言う事を聞くように」とか「結婚して家庭を持ちなさい」とか言っていました。
最後に、「アズキ、愛してる」とキスをして別れました。私は、ずっと泣いていて何も言えませんでした。
処刑はすぐに行われたそうです。子供に見せるものでは無いと、私には日程すら教えられていませんでした。
その後、しばらくは何もせず部屋に引きこもっていたのですが、ヤヨイ様の突然の提案によりメイドになる事になりました。
何でも、成人まで罪が確定していないとは言え、何もせずに暮らしていると言うことが被害にあったヒガシナカの人にしてみれば許されない事だと言われているかららしいです。他にもヤヨイ様は、気持ちを切り替えるためにも、手に職を付けるためにも何かした方がいいと言う事でメイドがいいと仰ってましたが。
その頃には、婆やはすっかり元気になっておりヤヨイ様の命でいろいろ飛び回っているようでした。ただのメイドがなぜ?とも思ったので聞いた所、婆やは、優秀な忍びだとヤヨイ様が教えてくれました。元々ヤヨイ様の部下だったのを私の身に危険があるといけないからと、母様が頼み込んで専属メイドにしたのだとか。
今思えば、何度か誘拐紛いの事が何度かありました。全て事なきを得て無事でしたが。きっと、陰で婆やが活躍していたのでしょう。そして、その頃から関東の貴族から狙われていたという事なのでしょう。
メイドを始めて驚いた事が一つあります。森を抜けて蹲る私に1番に近付いて来てくれた女騎士様はなんと、メイド長様でした。
部屋に篭ってる間は、別のメイドが世話をしてくれていたので全く知りませんでした。
その世話をしてくれたメイドの話では、メイド長様はメイドとしても騎士としても完璧超人だそうです。よく叱られると嘆いてました。
もちろん、メイドとして働き出した後は、私もミスをしてたくさん叱られましたが。
〜〜〜
あれから、もう5年です。仕事が辛い時もありました。父様の事を恨んだ時もありました。
そんな時は、婆やが決まって、「あれは陰謀だ。きっと暴いてみせる。だから、公爵様も奥様も恨んではいけない」と言ってくれます。
ヤヨイ様も私の罪が消えるように法改正を勧めてくれています。
そんな人達のおかげで私は歪まずに来られたと思います。本当に有難いです。
それからトモマサ様という、ご主人様も出来ました。まだ奴隷ですが、罪が無くなったら結婚していただけるそうです。私としては、ずっと側にいられるなら奴隷のままでも構わないのですが、トモマサ様は、必ず助けると言ってくださいます。無理をなさらないといいのですが。
「うん?アズキ、どうしたの? 」
私が1人ニヤニヤしているうちにトモマサ様が目を覚ましたようです。
「なんでもありません。おはようございます」
「ああ、おはよう」
私の挨拶にトモマサ様も挨拶を返してくれます。私は嬉しくて、トモマサ様に抱きついてキスをします。
「アズキは、朝から元気だね」
トモマサ様は、しみじみと仰います。たまにおじさん臭いトモマサ様です。ですが、そんなところも大好きです。
それにトモマサ様もすぐに元気になって来ました。私が押し付けた胸が気持ち良いみたいです。
太ももでそれを感じた私は、朝からご奉仕させていただく事にします。
奴隷として、メイドとして、妻(予定)として。幸せを感じながら。
いつもありがとうございます




