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19.孵化

年を越して数日、イチジマの街はどんよりとした雲に覆われていた。

丹波高地の冬は、そこそこ寒い。時折雪雲が流れて来て雪をちらつかせる。

そんな中でも俺は、いつもの様に剣術の修行と魔法の授業に明け暮れていた。


ある日の魔法の授業のことである。

朝から未分類魔法についてカリン先生から話を聞いている。


未分類魔法とは、属性魔法や人体魔法に分類されない、化学や物理の法則から外れた現象を操る魔法の分類である。奴隷魔法や障壁魔法などが含まれる分野であり21世紀の知識が役に立たないので俺の苦手な魔法となっている。

ちなみに、魔法分類はエネルギーを操るものを火魔法、気体を操るものを風魔法、液体を操るものを水魔法、固体を操るものを土魔法のように別れている。回復魔法や身体強化魔法などは人体魔法に分類され、それぞれ分科会が設けられている。氷魔法などは、氷を作るのは火魔法に、氷を操るのは土魔法に分類されるなどややこしい事になっている。まぁ、学者ではない俺には関係ない話ではあるが。


「障壁魔法は発動出来るようになったけど、奴隷魔法がさっぱりだな」


「奴隷魔法は、奴隷商人にでもならない限り殆ど必要ないから構わないですよ。それより、障壁魔法の使用魔素量を減らす勉強をした方がいいと思います」


確かに、戦いでは障壁魔法は必須だから何とかしたいのだが、如何せん障壁が何の物質で出来てるのか分からないので魔素に明確な指示が出せない。カリン先生は、「物質の種類は気にせず、そこにあるのだと思えば魔素量が減らせますよ」とか、筋が通ってるのか通ってないのか分からないアドバイスをくれるので余計に悩んでしまう。悩みつつ実践しても上手くいくはずもなく、午前の授業を終えてしまう。

ちなみにアズキはどちらも使えないでいた。魔素量は増えても使えないものは使えないようだ。


昼食を挟んでさらに授業である。本来なら午後は外で実践なのだが、本日は生憎の雪のため薪ストーブで暖められた部屋でカリン先生の講義を真剣に聞いている。油断すると眠たくなるのでかなり集中して。

今は、魔法の歴史の話をしている。帰狭者が発見した魔法。その後、幾人もの偉人達によって発展して行くのだが、ちょくちょくヤヨイの名前が出て来る。その度にカリン先生が嬉しそうに話してくれる。どうやらヤヨイも生ける伝説の扱いのようだ。


カリン先生の話はさらに続く。魔法の実践の時は、「ぎゅっと掴んで」とか感覚的なのに座学の話はとても分かりやすい。不思議なものだ。

そんな話を真剣に聞いていると、突然、何だかとても落ち着かない気持ちになって来た。何と言って良いのかわからない、21世紀では感じたことの無いような感覚だ。カリン先生の話が全く頭に入ってこない。それどころか、じっとしていられなくなった俺は、思わず立ち上がってしまった。


「トモマサ君、どうしましたか?具合でも悪いのですか? 」


普段は、大人しく授業を受けている俺が立ち上がったことに驚いたようで、心配そうな顔を向けてくる。


「いえ、何だかよく分からないのです。何だか呼ばれている気がすると言うか、良い表現が無いのですが落ち着かないのです」


「呼ばれてる……あぁ、『魔獣の知らせ』ではないでしょうか?魔獣の卵が孵化しようとしているんだと思います。卵に変化はないですか? 」


言われた俺は、首から下げている卵を袋から出して机の上に置き、じっと見つめる。


「うーん、卵には特に変化はないですね。でも、卵を見てると何だか落ち着いて来ます」


「それなら間違い無いですね。間も無く孵化するようですね。仕方がない、今日の授業はここまでにして卵が孵るのを待ちますか」


それから1時間ほど雑談をしながら卵を見てる。


「まだ、孵りませんね。こんなに時間が掛かるものなのですか? 」


「そうですね。私も詳しくは知らないのですが、魔獣の種類によって異なるようですよ。それでも、最大で半日程度だと聞きましたけど。あと、主人が近くにいると早くなるとも聞いた事があります」


何にしてもすぐには孵化し無さそうだ。


「まだかかりそうですし、カリン先生はここまでで帰っていただいても良いですよ? 」


「いえ、最後までいますよ。魔獣の孵化なんてそうそう見られるものではありませんからね」


ずっと、卵見てるのも退屈だろうしと思って提案してみたのだが、結構楽しみなようだった。なのでそのまま雑談を続けた。途中で、アズキがお茶とお菓子を持ってきてのんびりと卵を見ている。

その間に、カリン先生が魔獣について教えてくれた。


魔獣は、一般家庭には縁のないもののようだ。孵化後、一月は主人がべったり付いていないといけないらしく、専門で魔獣の調教をしている人か貴族の子供ぐらいしか育てる事が出来ないそうだ。ちなみに、その一月に主人が離れると直ぐに野生化してしまい、人を襲う魔物になってしまうらしい。過去に何度か失敗した人がいて街中で魔物が暴れる騒ぎがあったとのこと。特に飛竜で失敗した時などは、多数の死者が出る被害があったらしい。


「なので、トモマサ君、今日からはずっと側にいる事。良いね」


カリン先生に念を押されてしまった。魔獣屋のおっさんは何も言ってなかったのにとか思ったが、「常識ですよ」とカリン先生に言われてしまっては全く反論出来ない。苦笑いしながら聞くしかなかった。


そんな魔獣の話を聞いていると少し卵が動いた気がする。


「お、動き出しましたよ」


俺の言葉に、カリン先生はかぶりついて卵を見ている。微笑ましく見ていると、隣のアズキもかぶりついて見ていた。黙って座っているが、実はアズキもすごく興味があるようだった。


「ところで、魔獣の種類は何ですか? 」


「そう言えば聞いてませんね。何の魔獣なんでしょう? 」


俺の答えにカリン先生が訝しげな顔でこちらを見ている。


「いや、露店のクジで当てたのですが、種類を聞かずに帰って来ましたので……」


「はぁー、本当に何というか。大物ですねトモマサ君は。調べようともしなかったのですか? 」


「はい……」


カリン先生、完全に呆れ顔だ。


「まぁ、大きさから言って竜族出ない事は確かでしょうね。馬系でももう少し大きいでしょうし、鳥系ならもっと小さいかな?多分、犬系か猫系辺りではないでしょうか?他にも爬虫類系もあるのですが、この辺りでは冬に動けませんし流石に無いと思いますので」


魔獣も結構種類があるようだ。どんな種類でも良いけど、やっぱり冬に動けない爬虫類は困るかな?

そんなことを思っていると、卵にヒビが入りだした。


「トモマサ君、助けてはダメですよ。強い子に成りませんからね」


ひよこが生まれる時と同じ事を言っている。魔獣でも同じなんだな。

そうこうしているうちに卵のヒビが大きくなり、少し中が見えるようになって来た。毛が生えた足が見える。爬虫類系や鳥系では無いようだ。


暫くして出て来たのは、瑠璃色の短毛を持つ小さな猫だった、尻尾が2本ある……。


「猫系ですね。尻尾が2本あります。可愛いですねぇ」


カリン先生がデレデレである。もちろん隣のアズキも、デレっとした顔で食い入るように見ている。全く美人は得だ。そんな顔でも見惚れてしまうのだから。

出て来た魔獣は、「みぃみぃ」言いながら、まだ、目が見えないようなのに俺の方によたよた歩いてくる。主人が分かるようだ。机の端から落ちそうなので抱き上げてあげると気持ち良いのか目を細めてじっとしている。

そこで更にカリン先生が近くに来て魔獣の頭を撫でるものだから落ち着いたのか眠りだした。

気持ち良さそうな魔獣とは裏腹に俺は緊張していた。何って、カリン先生とアズキが物凄く近いからだ。両隣から女性特有の甘い香りがしてくる。思わず俺は顔を寄せて匂いを嗅ぎそうになるのを我慢した。アズキはまだしもカリン先生に顔近付けて匂い嗅いだ日には、完全に変態ではないか。俺は、魔獣に注目する事で2人の女性から何とか興味を逸らしていた。

それからも暫く頭を撫でていたカリン先生だが、意を決したように動きだした。


「ずっと見ていたいですが授業時間も終わりですし、今日は帰ります。ちゃんと、魔素コントロールの訓練だけはしておいて下さいよ。そして、その子の名前も考えてあげて下さい」


挨拶をして授業は終了となった。玄関まで送ろうとしたのだが、「その子を寒いところに連れて来てはいけません」と断られてしまった。過保護な婆さんのようだ。言ったら怒られるので、黙っていたが。


夕食時に食堂に連れて行くと、やよいが既に来ていて産まれたばかりの魔獣の子をじっと見ている。周りには、いつも以上にたくさんのメイドがいてこちらを伺っている。魔獣の子を見たいようだ。

魔獣の子をテーブルの上に置くと、魔獣の子の方もたくさんの人がいるのが気になるのか、起きて周りをキョロキョロしている。


「ロシアンブルーみたいな感じだけど、尻尾が2本あるし猫又ね。成長すると優秀なハンターになれるわよ」


そうか、ハンターになれるのか。成長したら一緒に狩りに行きたいな。


「どれぐらいで大きくなるんだ? 」


「そうね、大体半年ぐらいしたら体の成長は止まると思うわ。それまでは、しっかり躾してね。王城に行けば、魔獣の厩もあるからわからない事は、そこで相談すると良いわ」


半年で成体か。夏頃には狩りに行けるな。楽しみだな。


「名前は決めたの? 」


「種族も分からなかったし、まだ決めてない」


「そう。猫又の雌ね。それらしい名前をつけてあげて」


ヤヨイは魔獣を両手で持ち上げて性別を確認したようだ。

それらしい名前ね。


「うーん、タマはベタだし、色から取って、ルリはどうだろうか?どうだ、ルリ」


俺が話しかけるとキョロキョロしていた首を止めて、「みゃー」とまるで肯定しているかのような声が聞こえた。


「お、気に入ったか。今日からルリだ。よろしくな」


よたよたと俺の方に寄ってくるので抱いてあげると、また「みゃー」と言って目を閉じた。

気持ちよさげに眠りだしたルリを膝に置いて食事を終わらせて部屋に戻った。


部屋のベットの上には、いつの間にかルリの寝床が用意されていた。アズキが早々に用意したらしい。

よく眠ってるルリをそこに置いて俺は風呂に行く。いつもは、入り口までついてくるアズキも今日は部屋で待っているようだ。何だか、子供が生まれて妻が子供にかかりっきりになった時のようで少し寂しいが仕方がない。

素早く風呂に入り部屋に戻ると、アズキが幸せそうにルリを撫でていた。


「アズキもルリが気に入ったかい? 」


「はい、トモマサ様の魔獣です。立派に育てて見せます」


育てるのは主人の俺なんだが、まぁ、アズキのも世話になるだろうしと思って「よろしく」とお願いしておいた。

その後、俺がベットで横になるとアズキがいつものように匂いを嗅いで来るので、魔素コントロールの訓練をして気を紛らわす。こうしておけば、どんなハニートラップに掛っても魔法が使えそうな気がする。

そんな事を考えてるうちにアズキは、一通り終わったようで挨拶をして部屋を出て行った。

俺も、ルリが寝てるのを確認してから眠りについた。


いつもありがとうございます。

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