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17.年越し慰安旅行

年の最後の日、大晦日。メイド達による大掃除も終わり屋敷のエントランスに大集合していた。

もちろん俺も日頃の感謝を込めて掃除の手伝いをした。大変恐縮されたけど。


「掃除が終わったようね。今年もお疲れ様」


「はい、すべて予定通りに終了しております」


ヤヨイの問いにメイド長が答える。メイド長とはあまり話した事は無いが、眼鏡をかけた厳しそうな人だった。


「ありがとう、メイド長。それじゃ、帰る人は、お餅持って帰ってね。良いお年を。新年は、3日からよろしくね。参加者は準備して再集合で。1時間後ぐらいで大丈夫かしら? 」


「ヤヨイ様。ありがとうございます。それでは、皆さんそれぞれ行動してください。参加者は時間厳守でお願いします。それでは、良いお年を。解散」


メイド長の言葉で、その場にいたメイド達が一斉に動き出した。2日前についた餅を持って帰る者、慌ただしく部屋に向かう者、ヤヨイやメイド長に挨拶に行く者、大騒ぎである。


「この後いったい何があるんだ? 」


俺の後ろで動かないアズキに聞いてみた。


「この後、希望者はキノサキの街の温泉に向かいます。例年、温泉宿を貸し切って大忘年会から年越し、初詣と屋敷のメイド達最大のイベントが行われます。トモマサ様の準備は完了しておりますので、集合時間までは、ご自由にお過ごしください」


「全く聞いてないんだけど、そんなメイド等のイベントに参加して良いのか? 」


「今年は、トモマサ様の主催で行われると聞いておりますが、ご存知なかったのですか? 」


アズキが驚いている。俺も驚いている。主催って何させる気だ。ヤヨイの奴め、いったい何を企んでるんだ。ヤヨイに問いただそうと歩き出したところで呼び止められた。


「トモマサ君、今日はお招きありがとう。厚かましいかと思って少し迷ったけど、キノサキの温泉なんて滅多に行けない所に連れてってくれるそうななので思い切って来ました。よろしくね」


「おー、トモマサ。お招きありがとう。年越しで修行がしたいなんて気合いが入ってるじゃ無いか。泊まりでビッシリ鍛えてやるから楽しみにしてな」


カリン先生にツバメ師匠がやって来ていた。温泉につられて来たカリン先生はともかく、ツバメ師匠、温泉行って修行する気は無いですよ。これは、言っておかないと大変な事になりそうだ。


「カリン先生、すべてヤヨイ様が手配してくださいました。俺に花を持たせるために俺からと誘ったのだと思います。ですので、お礼はヤヨイ様にお願いします」


まずは、カリン先生に正直に言っておく。嘘ついても良いこと無いからね。俺の話を聞いたカリン先生、早速ヤヨイの元に礼を言いに行った。よしよし、次は、ツバメ師匠だ。クソ寒い中、修行なんてしたく無い。何とか説得しなければ。


「ツバメ師匠、ヤヨイ様に何と言って誘われたかは知りませんが、今回の温泉はメイド等の慰安旅行ですので、抜け出して修行は難しいかと思います。師匠も、温泉に浸かってゆっくりされては如何ですか? 」


「そうか、いやいや、私もわざわざ修行がしたいわけじゃ無いんだ。弟子が、どうしてもと言うから付き合おうと思っただけだ。トモマサが、ゆっくりすると言うなら、私もそうさせて貰おう。あそこの温泉と蟹は最高だからな」


意外とすんなり説得に成功した俺は、気になる言葉が出てきたので聞いてみた。


「ツバメ師匠は、キノサキの温泉に行った事があるんですね。蟹が有名なんですか? 」


「ああ、私の出身地は、オオエヤマの街でな。修行の際に何度かキノサキの街に行っておる。そこで食べた蟹は絶品であった。今回も食べたいものだ。楽しみにしておるぞ、トモマサ」


そうか、日本海の蟹は、31世紀でも絶品なのか。温泉宿の夕食に出るだろうか?楽しみだ。出ない時は、調達に行かないとな。ツバメ師匠の為にも。どうやって食べよう?やっぱり、ゆでガニ?いや、カニ刺しも焼きガニも、やはり、カニすきか?美味そうだ。


「トモマサ君、ヨダレが出てるよ? 」


突然、横から声をかけられたシンゴ王子だった。隣にカーチャ王女もいる。蟹(妄想)に熱中してて気づかなかった。


「今回はお誘いありがとう。お言葉に甘えて、妹と二人参加させてもらうよ」


「いや、それは良いんだけど、年末年始って忙しくないの?公式行事とかで? 」


この二人にも声を掛けていたのか、思わず、普通に知ってるふりしてしまったでは無いか。しかし、王族ともなれば、各貴族から年始の挨拶で大忙しなのでは?と思ったのだが、問題無いのだろうか?


「僕は、第5王子だしね。いてもいなくても問題無しさ。妹も同じだよ。それに、トモマサ様からの誘いだと父様に言ったら、絶対に参加しろ!断るなんてあり得ない!出来るならば自分が行きたいとかなり言われてね。お陰ですんなり参加できましたよ」


後半小声で教えてくれた。王様、俺はそんなに偉い人では無いのですよ。何とか誤解を解きたいところなのだが、悩ましいな。今後の課題だな、などと考えているとカーチャ王女も挨拶してきた。相変わらずゴージャスな衣装を見事に着こなしている。ひとしきり雑談したところで、時間になったようだ。


「全員揃ったようですので移動します。皆さん準備は良いですか?……それでは、ヤヨイ様、よろしくお願いします」


メイド長の合図で、一気に景色が変わった。雪の中に放り出される。転移魔法のようだ。しかし、40人も一気に移動できるのか。いったいどれだけの魔素量を使ったのだろう。今度聞いてみよう。


「温泉宿は、こっちです。滑らないように気をつけてお越しください」


雪の中、キノサキ荘と名の入った法被を着た人が案内してくれる。その後を、メイド服を着た団体がぞろぞろと歩いていく。5分ほどで宿に到着した。宿の入口では、女将らしき人や仲居さんが着物姿で出迎えてくれた。そこに、メイド集団が入っていく。何とも言えないシュールな光景だ。

ヤヨイと女将が話をしているところに呼ばれ、今年のスポンサーだと紹介された。ヤヨイには文句の一つも言いたかったが、女将の前ということで大人しく挨拶だけにしておいた。

メイド長が部屋割りと食事スケジュールの説明を始めたところで、ヤヨイを捕まえて問い正す。


「温泉行くとか聞いてないんだけど?その上、スポンサーとかどういう事かな?俺、金持ってないのに」


「あら、言ってなかったかしら?これだけの女の子に囲まれて嬉しいでしょ?貴族の娘達だから容姿も良い子ばかりよ。みんな若い子だし、好きな子選んで良いのよ?父さんがスポンサーなんだから誰も文句言わないわよ。手出したら責任だけは取ってもらうけど」


「止めてくれよ。アズキ一人に手を焼いてるのに。お前は俺に何をさせたいんだ? 」


「何って、それは沢山弟か妹を作って欲しいのよ。いつも言ってるでしょ? 」


また、本気なのか冗談なのかわからない事を言ってくる。もっと小言を言おうと思ったが、部屋割り説明も終わり皆が動き出したので仕方なく俺も動く事にした。

そこで、はたと気付いた。部屋聞いてない。どうしようかとキョロキョロしてたらアズキが案内してくれた。ちゃんと聞いていてくれたらしい。案内された部屋は、2階の角部屋だった。かなり広い、5、6人ぐらいは寝れる大きめの畳部屋だった。


「かなり広いな。ここは俺以外唯一の男である、シンゴ王子と相部屋なのかな?二人ではかなり広いな」


「いいえ、シンゴ王子は、カーチャ王女と共に他の部屋です」


それじゃ、ここは俺だけで泊まるのか?まさか、ヤヨイと同じ部屋なのか?まぁ、久々に親娘水入らずも良いものかもな。などと考えてる所に人が入って来た。


「トモマサ(君)、よろしく(お願いします)」


入って来たのは、カリン先生とツバメ師匠だった。


「えっと、お二人はどうしてここに? 」


「トモマサ君、聞いてなかったの?私たちと相部屋なの。あと、アズキさんも一緒にね」


ええー、本気ですか?


「皆さんそれで良いんですか? 」


「ああ、構わんぞ。弟子と寝食を共にする。重要な事だ」


「少し恥ずかしいですが、トモマサ君なら私も構いません」


ツバメ師匠にカリン先生もオーケーだそうだ。アズキに関しては聞くまでもなさそうなので、スルーした。

最近すっかり大人の女性になったアズキに、隠さなくなった巨乳美少女カリン先生、元気一杯美幼女ツバメ師匠の3人と相部屋って何させる気だ。いや、ナニさせたいのか。しないよ。ナニもしないからね。

段々と逃げ場を塞がれている気がする。ヤヨイに嵌められてるな。いかん、何か対策を練らないと。部屋では女性達がはしゃいでいるのでアズキに断って1人風呂に行く事にした。


宿のお湯は後でで入れるだろうから取り敢えず外湯に行く。キノサキ温泉と言えば、外湯めぐりが有名だ。少し心配したが31世紀でも変わらず残っていた。

宿から貰った手形を見せて手近な外湯に入る。30人は入れそうな大きな風呂だった。年末なだけ有ってか人が多い。体を洗ってから湯舟につかり周りの人の話をなんとは何し聞く。湯治客の爺さんが腰が痛いだの膝が痛いだの体の具合を言い合ったり、漁師が今日の成果を自慢したりと、日常を感じさせる言葉が聞こえてくる。


「魔法がある31世紀になっても人々の暮らしは、変わらないんだな。なんだか安心した」


ぽつりと呟いた俺の声は、雑多な音の中に消えていった。1000年も経ってしまった世界で生きて行けるだろうか?ずっと心の隅にあった引っ掛かりが湯に溶けていく気がした。人々の話に満足した俺は、心軽く宿に戻っていった。相部屋の件などすっかり忘れて……。


~~~


宿に戻ると、宴会会場に通された。時間は早いにも関わらず、皆揃ってるようだ。

俺は上座のど真ん中に座らされ、右にヤヨイ、左にシンゴ王子が座っていた。この席順、俺の正体隠す気あるんだろうか?と思ってしまったが、メイド達は既に知ってるんだろうな。屋敷でヤヨイは普通に「父さん」と言ってるしね。

ヤヨイの挨拶で宴会が始まった。改めて部屋を見回すと、15~25歳ぐらいの年頃の女の人が浴衣姿で食事をしている。キャァキャァ言う声が響いて頭がクラクラしそうだ。


「トモマサ、どこ行ってたの?随分遅かったじゃない」


ビールを飲みながらヤヨイが聞いてくる。俺は、未成年扱いなので酒は飲めない。風呂上がりの一杯ぐらい欲しいのだが、ヤヨイに止められた。呼び方は、カリン先生やツバメ師匠がいるので一応呼び捨てのようだ。俺は、気にせず話をする。無礼講という事で。


「外湯に行ってたんだ」


「なんだ、それじゃ宿の風呂は入ってないのね?残念ね」


何が残念なのかと気になったが、待望の蟹尽くしが出てきたのでそちらに気を取られて聞きそびれてしまった。

メニューは、カニ刺し、焼きガニ、ゆでガニ、カニの酢の物、カニ味噌、カニすき、続々とカニが出てくる。合間に甘エビも出てきた。シメはカニすきの出汁で作ったカニ雑炊らしい。楽しみだ。


「やっぱりカニは美味いな。近海で獲れるのか? 」


「ええ、地元の漁師が素潜りで獲って来るのよ」


え、素潜り?カニって結構深い所にいるんじゃないのか?生身でいける深さではないだろうと思ってると、どうやら魚人が漁をしているようだ。魚人については、本で読んだ。手足がヒレのようになってる為、泳ぎが上手く、体内に空気を貯める袋があって長時間潜る事も可能なようだ。二足歩行できるシャチのようなものだと読んでて思った記憶があるな。


「カニは高いんじゃないのか? 」


「現地で食べる分には安いわよ。内陸まで持って行くととんでもない値段になるけどね」


なるほど、馬車しかない世界では、生物(ナマモノ)の輸送は基本的に無理だろうな。

それなら、カニを堪能しないと損だと思い、どんどん食べていると、いつの間にか隣にカリン先生が来ていた。


「トモマサ君、今日は本当に本当に本当に呼んでくれてありがとう。こんなに美味しいカニ食べたの初めてだよ。温泉も気持ち良かったし、後で一緒に入ろう」


いや突然何言ってるんですか、入らないですよ。ものすごく上機嫌だ。顔が赤い。お酒が入ってるようだ。カリン先生は16歳、31世紀では成人であるので問題はないのだが、ちょっと酔い過ぎである。その上、酔いのせいか動きが大きい、上機嫌で喋る度に浴衣の隙間から見えそうになる胸が気になって仕方がない。見ないよう見ないようしていたら、もたれ掛かって来て耳を掴まれた。耳元で話される。


「ちょっと聞いてますか?先生の言葉はちゃんと聞いてくださいよ」


いや授業中じゃやないんだから。それよりそんなに胸を押し付けないで。俺の腕を挟まないで。そんなに動いたら、浴衣が脱げますよ。


「聞いてます。聞いてますから少し離れてください」


「本当ですか?ちゃんと聞いてくださいよ。わらし、本当に嬉しいんですからね。ちゃんと聞いてくらさいよ」


全然離れてくれないし、だんだん呂律が回らなくなってきてる。どうしようと思案しているところで、ふと気づいた。会場がすごく静かな事に。


「何でこんなに静か……」


俺が、会場に目を向けると、全体がこっちに注目していた。ヤヨイと目があった。ものすごくニヤけ顔であった。


「さーって、カニすきでも食べようかな」


ヤヨイのその言葉を合図のように、何事もなかったかのようなザワつきが戻って来た。何なんだ一体。

その間にカリン先生は、俺の腕を掴んだまま寝てました。


「トモマサ様、カリン先生を部屋まで運んであげれば如何でしょう? 」


アズキが隣に来ていた。


「俺の腕力では、ちょっと……」


重いとは言いづらい。


「ここは、身体強化の魔法を使ってでも運んであげるべきです」


いつになくアズキが強く言ってきた。いつもなら、「それなら私が」と言っても良さそうなのに。仕方が無いので運ぶ事にしたのだが、背負おうと思ったらそれも止められ、「手を前に出して、こう! 」と実演してくる。それってお姫様抱っこしろって事?もう、アズキが運べばいいんじゃない?とも思ったが、仕方がない気合を入れて抱き上げ部屋を出た。


「「「「「「「きゃー!! 」」」」」」」


しばらく行った所で、後ろから悲鳴が聞こえてきた。「次は私よ」「私もっと酔わないと」といった声と共に。

……何だか、あの部屋戻りたくない。でも、戻らないともっとひどい事になりそうだ。

早々に、戻った俺は、ひたすらにカニを食って、早めに寝る事にした。

ツバメ師匠が、「一緒に温泉に入ろう」って言ってたけど軽く流した。これ以上、メイドさん達の玩具にはされたくないので。

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