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底使ちゃん(病室編)  作者: 平カレル
3/3

底使ちゃん(病室編)3

「僕は美しい死を望んでいる」

 そう言ってユウキは先ほどの歪めた顔で正面のベッドを見た。

 そこでは胸を大きく上下させ、苦しそうに咳をしている老人がいる。

「ああまでして生きたくないんだ」

 ナースコールで呼ばれた看護婦が小走りで部屋に入ってくる。

 看護婦は底使ちゃんには気にもとめずに、慣れた手つきで寝ていた老人の上半身を起こし、背中をさすった。

 老人の入院着はその瘦せ衰えた体にはブカブカで大きくはだけた胸元から骨と皮のくすんだ体がのぞいていた。

「はいはい、もう大丈夫ですね」

 看護婦はおざなりに言った後、老人が落ち着いた様子をみるやいなや足早に部屋を出て行った。

 ユウキが呟くように言った。

「もう死ねばいいのに」

 老人を見ていた底使ちゃんがユウキに目を移した。

「だって美しくないだろう。僕は選ばない。あんなに醜く生きるのなら僕は美しい死を選ぶ」

「美しい?」

 底使ちゃんがその小さな頭を傾けた。

「そうだよ、あんな姿をさらして周りに疎まれながら生きて、一体何になるんだ」

 ゴホゴホとまた老人が咳をし始めた。

 その細い体のどこにその力があるのか、咳に合わせて体が大きく跳ねている。

 苦しそうに細い腕を震わせながら、老人は先ほどのナースコールのボタンを探してシーツの上をまさぐっている。

 もう少しで手が届きそうになった時、再度老人が大きな咳で体が跳ねた。

 その拍子にボタンがベッドの下に転がった。

 老人はそれに気がつかずに、胸を大きく上下させ天井を仰ぎながら、骨の形がそのまま浮き彫りになっている腕だけで必死でボタンを探している。

 ユウキはそんな様をただ顔を歪めて睨んでいる。

 どんどんと咳がひどくなっている老人はボタンを探すために、足もシーツの上で左右に動かした。

 しかし悲しいことにボタンはベッドの下に落ちてしまっているので、見つかるはずがない。

「いつものことさ。背中をさすってもらうだけでなおるぐらいの発作で大袈裟なんだよ」

 ユウキは小さくため息をついて言った。

「あんな人のことより、君のことがもっと聞きたいんだ。ねえ君はどこから来たんだい?」

 少年の弾むような声に底使ちゃんは答えなかった。

 ただ、苦しんでいる老人のベッドを見ている。

「ねえ、君は何歳なの?」

 答えない底使ちゃんにめげずにユウキが聞いた。

「死んだわ」

「え?」

 意味がわからず、少年は小首を傾げた。

「死んだのよ」

 底使ちゃんはユウキの向かいのベッドの老人を見たまま言った。

 ユウキは目を見開いて先ほどまで咳が聞こえていたベッドを見た。

 あれだけ跳ねるようにしていた体が今は微動だにしていない。

 ただ、外の蝉の鳴き声だけが聞こえてきている。

「え、どうして……」

 底使ちゃんは丸椅子からぴょんと降りた。

「それじゃあ、わたしは帰るわ」

 ユウキは哀願するように言った。

「君は僕の死を見に来たんじゃないの?」

「いいえ、あなたがおいでと言ったから座っただけよ」

 底使ちゃんはそのまま入ってきた部屋の入り口まで歩いて行った。

 去り際にユウキの方に顔を向ける。

 そこには何か大事なものを取り上げられたような年相応の少年の悲惨な顔があった。

「わたしは、今死んだ人が美しく見えたわ。彼は懸命に生きていた。それがわかったから。あなたのはちょっとわからない」

 そう言って部屋から出て行った。

 外ではこの夏だけと知ってか知らずか、蝉が懸命に鳴いている。


<了>

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