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歴史還元の亡国騎士  作者: mask
還元の始まり
9/68

〈断罪と次への道〉

 お互いに兵を退いてから二刻ほど、ファラスの将は本営である国王の本幕に召集されていた。

「皆、今日は……よく、持ち堪えてくれた」

 幼き国王が床机から立ち、下座に二列で間をあけ並び座す将を讃える。それに将達は頭を垂らす。

「だが、まだガイナスは……平原の向こうにいる。彼のものたちを退け……取り戻す」

 国王が拳を掲げる。応えるように将たちも倣った。

 陛下、と女宰相が声をかけると国王は頷く。

「連れてまいれ」

 国王の言葉に本幕の入口から兵が入ってくる。それに連れられてデューク・ワーズが姿を見せる。両手を後ろに縛られて窮屈そうに国王の前に跪く。そこに二人の兵がデュークの前に槍を交差し地面に突き立てた。

「デューク・ワーズよ。貴殿はガイナスに通じ、裏切りを画策したことに……相違、ないか?」

 国王の問いにデュークは俯いていたが、やがて顔を上げる。

「間違いありません」

「なぜ、裏切った?」

 デュークは逡巡したが、答える。

「ガイナスに領民が囚われています。その命と引き換えと」

 デュークの答えに国王は目を伏せる。周りの将たちは裏切り者に罵声を浴びせる。

 国王は将たちを制し、淡々と告げる。

「貴殿には拷問をかけ……洗いざらい情報を、言ってもらう。その後は首を落とす……良いな?」

 国王の冷たい瞳にデュークは歯噛みした。

「異論……ありません」

 デュークが罪を認め立ち上がる。そこに若い男女の騎士が二人並び、跪く。

「陛下、ただいまデューク卿の罪が認められました。さすれば我が願いを一つ聞き入れてもらいたい」

 突然のことに将たちはざわめく。

「よかろう。願いを……申してみよ」

「我が願いは……デューク卿を我が隊の副長に貰い受けたい」

 アークの言葉に本幕内の全員が目を見張った。

 沈黙が流れる。しかし、それは意外な事により破られた。

「フッ、フフフ。それは……すごい。良い願いだ」

 虚ろな瞳だった国王が声を押し殺してまで笑ったのだ。

 唖然する将たち。そのうちの一人が床机を倒す勢いで立ち上がりデュークを指差す。

「な、何を言っているのだ! そいつは裏切り者だ。いますぐ首を落とすべきです」

 周りの騎士も賛同し、大声を出す。

「ほう、裏切り者は首を落とすべきか」

 リーシアは振り返り、半眼で小太り中年騎士を睨んだ。

「ならば、貴殿の首も落とさなければ、な」

 冷笑し、詰め寄るリーシア。だが、瞳は怒りに燃えていた。それに気圧されラース卿は後ずさり躓くように床机に腰を落とす。

「な、何を……」

「入れ」

 リーシアの言葉に兵が一人、本幕に入ってきて女宰相に数枚の紙を渡した。

「これは!?」

 女宰相は食い入るように紙を睨み、国王に渡す。国王はそれを読み上げる。すると、小太り中年騎士の顔がみるみる青くなっていく。

「貴様……いつの間に?」

「そちらの手紙にありますように、この者は……ラース卿はガイナスと深く繋がり破壊工作、デューク卿の監視を行っていたのです」

 リーシアはラース卿の言葉に耳を貸さずに続ける。

「弓や槍の欠損が多くみられること事実として存在しております」

 睥睨し、ラース卿を指差す。

「本物の裏切り者はこいつなのです」

 リーシアの弁舌に騎士たちは息をのんだ。

 国王は手を払う。そして光の宿る眼光でラース卿を見据えた。

「その者を……捕らえろ!」

 唐突のことに将兵は呆けていたが、ハッとし、すぐにラース卿を組み伏せた。

「何かのまちがいだぁぁ」

 ラース卿は大声を上げて抵抗するが、本幕から引きずり出された。彼は今後顔を見せることはないだろう。

「さて、それでは願いを叶えよう」

 国王は深呼吸をすると、うれしそうに微笑む。

「我、メリル・f・ギルライオはデューク・ワーズをアーク隊の副長に任ずる」

 国王の言葉に何名かの将は何か言いたげであったが、不承不承了解した。

「私は結局どうなったのですか?」

 色々なことが急に攻め寄せたので、デュークは混乱してしまっていた。

「デューク卿、貴殿は今より俺の隊に配属された。捕縛した君の兵たちも共にな。よろしく」

 アークが握手を求めると、デュークは困った顔をした。最初は訝しがるアークだったが、すぐに得心する。

「縄を解いてやってください」

 メリル王に頼むとすぐに縄は解かれた。

「なぜ、私を助けたのですか?」

 デュークは不安げに問う。当たり前のことだ。罪人が無条件で解放されるのは裏があるからだ。

「安心してくれ。俺は君が必要だから助けた。他意はないよ」

 不安に揺れる心を晴らすようにアークが笑うと、デュークは見つめ、頬を赤らめた。

「どうした?」

「いえ、何でもありません」

 デュークは顔を逸らし、逡巡した顔を見せるが覚悟を決めて、メリル王をまっすぐ見つめる。

「この命、救われた以上隠し事はいたしません」

 デュークはメリル王に歩み寄り、跪いた。

「デュークとは今は亡き兄の名。私は妹でルナ・ワーズと申します」

「女子だったの!?」

 アークは目を剥いたが、リーシアに諫められた。

「お前鈍いな。気づかなかったのか?」

「いや~どうりで美しかったわけだ」

 リーシアに後頭部をはたかれた。

「分からないように頑張りましたから」

 デューク改め、ルナは二人のやり取りを見て苦笑した。

「これで一件落着ですね」

 鈴の音色のような声に将が悲鳴をあげた。

 視線の先には町娘のような布の服を着た光彩異色の少女――リオンが居た。

「何者ですか?」

 女宰相がメリル王の前に立ち、警戒の色を濃くする。周りの将たちも柄に手をかける。

「彼女が人を過去に送れる少女です」

 アークがリオンの隣に立ち、紹介する。

「私のことが認識できる皆様、初めまして、リオンと申します」

 リオンの微笑に本幕内の緊張が解ける。だが、疑問が残る。

「あなたは何処のものですか?それと認識できる者とは?」

 女宰相が代表して問う。

「私は未来から来ました。それと私を認識できない方は未来が途絶えているのが理由とだけ申しておきます」

 リオンの言葉に周りの将たちは騒めき立つ。彼らにはリオンが見えているのだろ。

「皆さん、先程から誰と話しているのですか?」

 声の方を見ると、ルナが震えながら周りの騎士たちに問いかけていた。

「まさか!?」

「はい、彼女は未来が途絶えているのです」

 リオンがルナの許に歩み寄り、手に触れようとする。だが、まるで空気のようにすり抜けてしまった。

「触れることすらできない。ルナさんの未来を変えることは困難です」

「そんな……」

 救えた命に未来はない。それを告げられ、リーシアは歯噛みする。そこにリオンがリーシアの手を彼女の華奢な両手で包む。その温かみにリーシアは目端に涙を溜めた。

「泣かないでください。困難なだけで不可能なわけではありません」

「本当……なのか?」

 リオンは微笑みで答える。リーシアはその微笑みに背中を押された気分になり、涙を拭った――手甲を着けていたので痛みで涙が流れたが。

「私は彼女を救ってあげたい。どうすればいい?」

 リーシアは覚悟を決め、リオンを見据える。リオンは本幕内にいる一人一人を見渡すとメリル王に向かう。

「彼女の願いは領民を救うこと。それには二年前の火種となった辺境国での戦いで勝つこと、それが条件です」

 リオンの条件を聴き、将たちは興奮を魅せる。中には今にも出陣しようと言い出す者までいる。しかし、

「今いるファラスの兵だけでは過去に戻っても勝ち目はありません」

 冷ややかな言葉に興奮していた将たちは急激に萎んだ。諦めの空気が漂う。しかし、リオンは微笑む。

「ですので、少しずつ過去に戻り、死ぬ運命だった者を救うのです」

「だが……良いのか?」

 メリル王が俯き気味に紡ぐ。

「運命を変えてもよいのだろうか? それは神への冒涜になってしまうのではないか?」

 不安に押しつぶされそうになる少女の王。確かに運命は変えるべきではない、受け入れるものなのだ。それを考えると抗う気力もわかなくなる。

 だが、リオンは頭を振り、否定する。

「現在は本来の現在ではないのです。つまり、現在こそ変えられてしまった歴史なのです」

 まるで問答のような言い方に首を傾げる一同であったが、簡単に解釈する。

「では、二年前の戦いに勝つことこそが本来の現在なのだな?」

 リーシアはリオンに問う。リオンはそれに苦笑で返す。

「惜しいです。本当にすべきことはもっと前の争い。三年前の内乱を停戦ではなく終戦にすることです。」

 メリル王が息をのむ。

「つまり我が……ファラスを一つに治めれば好い、という事であるな?」

 リオンは頷く。それにメリル王は瞳を伏せ、決意を籠め開く。

「全員に命ずる。……敵を討て、ファラスの地を取り戻すのだ!」

 小さいが覇気のある声で宣言した。それに騎士たちは鬨の声をあげた。

 真実を知ってから一刻――歴史を戻す。



「さっそく、今後について考えようかと思います」

 女宰相が主導権を握り、話を進める。

 先程の騒動の後、騎士たちは自分たちの天幕へと帰ったが、アーク、リーシア、リオンそして老年騎士が二人呼ばれた。これからの行動方針を決めるらしい。

「まずは友軍を増やすこと。そうですねリオン殿?」

 リオンは頷く。

 女宰相は長机に地図を広げる。描かれているのはファラス全土と国境付近の土地だ。

「ここから近い城、砦は五つ。そのうち王城を除く三つは陥落、敵の手にあります。そして此処もすぐに」

 女宰相はある一点を指す。

「クラム砦。こんな小規模の砦が未だに落ちていないとは信じがたいですな」

 白髭を蓄えた老年騎士が怪訝そうに砦の印を見据える。彼の言う通り、ここは防御陣地ではなく駐屯するためだけの小さなものなのだ。ここを強襲されたら一日と保てない。

「だが、現実に五日間、敵を釘付けにしている。」

 禿頭の老年騎士は不可思議なものを見るような表情だ。

「なぜ、この砦は攻められているのですか? 戦略的価値は低いと思うのですが」

 リーシアが疑問を口にする。

「ここはマスケット銃や火薬が大量に備蓄されています。本来ならこの砦からミリタ大平原に運ばれるはずでしたが、ガイナスが嗅ぎ付け包囲してしまったのです。」

 女宰相は悔しさを滲ませる。

「つまり、ここを救えばいいんですね?」

 アークは地図を叩き女宰相に詰め寄る。その勢いに女宰相は目を見開き、様子を見ていた少女の王メリルは微笑んだ。

「アーク卿は……すごいな、迷いがなく駆ける様。我も、見習いたい」

 メリル王に褒められニヤニヤとアークが照れると、リーシアに頭をはたかれた。その光景にメリル王は再び笑い、リオンもつられて笑った。

「砦を包囲している戦力はいかほどですか?」

場の空気を戻し、リーシアは気になっていたことを訊いた。それに女宰相が渋い顔で答える。

「偵察によると四千」

 その数字に驚きを隠せないリーシアと老年騎士。だが、アークだけは興奮していた。

「いけます! 早く出ましょう」

「お前は馬鹿か?」

 リーシアは冷ややかな瞳でアークを見据える。それを理解できず、アークは反駁する。

「なんでだ。四千ならこちらも四千連れていけばいいんだろ?」

 リーシアはアークの言葉に嘆息するしかなかった。

「よく考えろ、アーク。私たちに四千の兵を出せる余裕があるのか?」

「う~ん…………あぁッ!?」

 唸りながら考え、やっとのことで結論に至る。

「四千が動いたら無理だな」

 やっとか、と再びリーシアは嘆息する。

 ファラスは今日の戦いで戦死者約六百名、重症者約千名。継戦可能な兵は四万弱。敵も同じぐらいの被害だと思われるが、ガイナスにはまだ増援がいる可能性がある。こちらが残っている兵から四千出してしまったら戦力差は大きく開き、明日はまだしも明後日、明々後日は難しい。それを理解してくれてリーシアは安心する。

「なら、俺の隊八百人だけが行く」

 驚きに一同は目を見開く。

「アーク何を言っているのだ。たった八百で勝てるわけがないだろう!」

 アークの言葉にリーシアは詰め寄り、声をあげる。だが、それを止めたのはリオンであった。

「今夜は満月ですが曇りでミリタ大平原は暗いです。少数なら敵の目を逃れ砦までいけます」

 目を吊り上げ、リーシアはリオンに反駁する。

「そういうことではない。どう戦うのかと訊いているのだ!」

「それなら夜襲が――」

「戦をしたことがない奴が語るな!」

 リーシアは怒りを込めて拳を長机に叩きつける。その迫力にリオンは俯き黙ってしまう。傍から見れば幼い少女に当たり過ぎだと思われるが、アークは理解している。彼女は不安なのだ。

「大丈夫だ。俺を信じで待っていてくれ」

 アークはリーシアの頭を抱き、胸に寄せる。この行動にリーシアの勢いは消え、顔を赤らめて俯いてしまった。

 やがて顔を上げると、彼女の瞳は潤んでいた。過去に跳んでまでアークを救いに来たのにそれが失われようとしているのが彼女は許せなかったのだ。

 アークから離れると、拳を作りアークの胸を突いた。

「必ず……帰ってきてくれ」

 告げると、リーシアはリオンの許まで行き、頭を下げた。

「すまなかった。怖がらせてしまって」

 リーシアの謝罪にリオンは顔を上げて微笑む。

「いいえ。気にしていません」

 二人のやりとりにメリル王が満足げに微笑むと表情を引き締める。

「では……頼みました。……アーク卿」

 アークは無言で跪き、頭を垂れる。

「必ずや!」


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