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歴史還元の亡国騎士  作者: mask
還元の始まり
7/68

〈滅びゆく騎士たち〉

「領主様!あれをご覧ください」

城下壁の壁上で見張りをしていた兵が大声で叫ぶ。

呼ばれ、自らも壁上に登る。見張りの兵から単眼鏡を受け取り、壁外の平原を見回す。そしてある一点で止まる。

「予想より早いな。規模は小さいが既に陣が出来上がっている」

 アークが見た先、小高い丘には双頭の赤竜の旗が風になびいていた。

「視認できる範囲では攻城用と思われる大砲が十二門。敵兵は二十人程度。他は丘の裏側に潜伏していると思われます」

 アークは足元のファラス兵たちを見下ろすと、拳を掲げた。

「野郎ども! 敵がこの城を狙いに来た。だが、現在の規模は少数。恐らく先遣隊だろう。本隊に合流される前にあれを叩き、丘を奪還する。いいな!」

 アークの呼びかけにファラス兵たちは鬨の声をあげる。それを聴き、満足するとアークは壁上から去った。

 そして銀甲冑に黒いリボンで紅長髪を一本に結わえた彼女にばったり会った。

「やあ、気分はどうだ?」

「ああ、もう平気だ」

 リーシアはアークと目を合わせようとしない。昨晩からこうだ。

「これからどうするのだ?」

「部隊を二つに分ける。一つは主戦力としてガイナスの先遣隊と交戦する。もう一つは難民の護衛だ。極東に逃げれば安全だろう」

 アークの作戦を聴くと、リーシアは決意のこもる眼で見つめた。

「主力は私に率いらせてくれ。丘は必ず奪い返して見せる。」

 その言葉は願いだった。幼馴染を信じられず、不幸な結果に導いてしまった罪悪感を払拭し、彼を守りたかった。だが、その気持ちはアークも同じだった。

「ダメだ。お前は護衛隊に入れ」

「なッ!? どうしてだ!」

 幼馴染の言葉にリーシアは愕然とした。しかし、喰らいついた。

「私では足手まといだというのか?」

 彼女が大声を出したせいだろうか、周りの兵たちが何事かと集まってきた。自分の失態に気付いたのか、恥ずかしそうに俯く。

「そんなことは……ない」

 苦しそうなうめき声がつむじの方から聞こえ、顔をあげると苦渋の顔をした彼がいた。アークは顔を見られまいと背を向け、空を仰ぎ見た。

「俺は今、大将だ。だから命令する」

 アークは振り返らない。彼の言葉に困惑するリーシア。そしてかれは言葉を紡ぐ。

「その女を……連れて行け!」

 彼の言葉に周りの兵士は戸惑いながらも従う。呆然としていたリーシアは凍り付いたように動けなくなり二人がかりで取り押さえられてしまった。

「はなせッ! 貴様ら」

 ようやく動けるようになったリーシアは――だが、既に手を縄で縛られていて抗おうとするたびに食い込んでいく。

「我慢してください、リーシア様」

「早くほどけ! 許さんぞ――!?」

 リーシアは見た。彼女を押さえていた兵士は涙を流していたのだ。

「おまえ……たち」

「リーシア様。私たちにできることは生き延びるだけです」

 彼女を押さえていた兵は、彼女が率いていた兵でありリーシアと同じ赤髪だった。

 赤髪は災厄の象徴とされ大陸では迫害されている。魔女狩りという文化を未だに健在させているガイナスに捕まれば見世物にされ無残に殺されるだろう。リーシアたち赤髪の人々にはもう大陸で生きられる場所はない。だからといって戦死するわけにはいかない。赤髪の一族の血を滅ぼしてはならないのだ。

 リーシアから怒りが消えていき、情けなさを感じた。彼らは命令されているから従っているわけではない。これが最善のことだと信じているのだ。そして――彼も。

「大丈夫だ。俺はこの戦いに負けないからよ」

 リーシアには彼の言葉は虚勢にしか思えなかった。彼女を悲しませないために。

「すまない、アーク……守れなくて」

 リーシアの嗚咽をこらえて絞り出した声は、しかし、彼が塗り替えた。

「謝るより、感謝だろ?」

 リーシアが最後に見たアークは無理やり笑っていた。何も心配することはないとでもいうように。



 リーシアが去り、城下門前に残ったのはアークの兵と残ることを選んだ敗残兵、総勢千八百。

 アークは拳を天に突き上げ、勇敢な者たち全員に届くように大音声で叫んだ。

「ファラスの兵士たちよ、静聴せよ。俺たちはこれから丘の拠点を強襲する。敵の本隊はまだ到着していない。ここを奪い反攻作戦の足がかりとする。生きて再び城下に帰れると思うな。以上」

 アークの鶴の一声にファラス兵が鬨の声をあげようとしたところだった。腹の底に響くような重低音が短く鳴った。音の正体が分からず、誰もが顔を見合わせる中、それは襲った。

 アークの後方の城下壁が爆ぜる。見張りに立っていた兵が瓦礫とともに地面へと墜落。そのまま下敷きとなった。土煙が兵を襲う。

 その光景を見て兵たちは戦慄し、浮足立ってしまう。恐怖で無意識に身体が退こうとしている者もいる。だが、そんなことも数瞬だ。兵士たちは城下門へと意識を向ける。幸い門は塞がってない。兵たちは全員、馬や馬が運ぶ荷台に飛び乗り、そのときを待つ。

 アークが鞘から剣を引抜き天に切っ先を向ける。深呼吸をし、心を鎮ませる。

「開もぉぉぉん!」

 隣に侍っていた従騎士が声を張り上げる。守備兵がそれに合わせて門を開く。重き門はゆっくりと時間をかけ全開する。

 アークは瞼を閉じ、再び開く。

「突撃ぃぃ!!」

 叫び、切っ先を丘へと向ける。呼応して兵たちは駆けた。



「音がすごすぎて耳が痛いです」

 ローブの女は両耳に手を当て、丘に一つだけ突き出している岩に座り込んでいた。目の前では音を出した正体がある。今は白煙を天に昇らせて沈黙しているが、城壁に一発で穴を開けた化物だ。

「副長。やつら出てきやしたぜ。数は約二千」

 そう、とつまらなそうにローブの女は頬杖をつく。

「適当に撃って蹴散らしといて」

「しかし、砲弾だけじゃ殺しきれませんぜ」

「そんぐらい考えたらどう?」

 不機嫌そうに答えるローブの女をよそに特殊戦士部隊の兵たちが忙しく動き回る。しかし、何人かはいない。それがローブの女が不機嫌な理由である。

「あの人もひどいですね。ここを私に任せて自分は本隊に合流とか」

 迷彩服の男は呼ばれ、数刻後に来るのであろう本隊に向かっている。それなので彼女はここで守備隊として留守番であった。

 はぁ~、と溜息を吐き、岩から飛び降りる。

「準備しますか」

 ローブの女は岩に立てかけていた棺を開く。中の黒き金属が陽にさらされた。

 


 馬が地を駆ける。車輪が地に線を描く。それを妨げるように砲弾が地を削る。削られた地に躓き倒れる馬、地とともに爆ぜる馬と様々だ。だが、それを越える馬もいる。

「もう少しだ。駆けろ!」

 アークは先頭で手綱を力強く掴んでいた。砲弾が横をかすめるが気にも留めない。ただ、丘だけをまっすぐ見据えていた。

 目前の地が爆ぜた。アークは馬ごと飛ばされ、転がる。一瞬意識が飛ぶが、地面に手をつき起き上がる。丘の方を睨むと矢が風を切ってきた。

「まだだぁぁ」

 雄叫びをあげ、矢を叩き落とす。そして自らの足で奔った。

「領主様、お乗り下さい!」

 後方から荷馬車が走り寄ってきて並走する。アークはそれに体当たりするように飛び乗った。丘を再び見据えると、何人かのファラス兵は既に丘に辿り着き戦っている。その後も次々に仲間が丘を駆け昇っている。アークの乗った荷馬車も遅れながら丘に到着する。このときに無事に丘に辿り着いた兵は千人ほどであった。

 剣を抜き、向かってくる敵と斬り結ぶ。敵を鍔競り合っているとき、不可思議なことに気付いた。彼らはガイナス兵の一般兵装とは違う。異質で統一感がない。甲冑は着こまず、平民が着るような衣服に胸当てや籠手を装着しているだけである。傭兵と思ったが衣服に切れ端のようなものが縫い付けられている。双頭の赤竜。確かにガイナスの兵士だ。

 敵の剣をわざと力を抜いて前のめりでたたらを踏んだところを後ろから斬る。雄叫びを聞き、振り返る。新たな敵が両手戦斧を大上段まで上げたところを認めると、半身になり得物を右腰まで落とし、切っ先を後ろに向けて構える。そこに戦斧が横を斬った。半身になっただけで避けられたことに唖然としているガイナス兵に横一文字の斬撃を放つ。

「あなたが大将でよろしいですか?」

 呻き声をあげながら朽ちる敵兵を見届けていると後ろから声をかけられアークは警戒の色を濃くし振り返った。そして驚愕した。

「おまえは!?」

 忘れもしない黒甲冑。そして灰短髪。自分を討ち取ったあのときの女だ。アークは仇を見つけて口端を吊り上げる。こいつさえ殺してしまえば後のことは安泰だ。

「あれ? 私、あなたとお会いしたことありましたかしら?」

 黒甲冑の女は不思議そうに小首を傾げる。

「ああ、最悪の出会いを一度な」

 アークの言葉に黒甲冑の女は微笑む。彼女の得物であろう槍は見当たらず、何か角ばった容れ物を背に革ひもを肩掛けている。

「そうですか。では、改めまして。私の名はユリマラ・ターフェスです。お見知りおきはしなくてかまいません。それと、ご愁傷様ですね」

 ユリマラと名乗った女は笑みを崩さずに地を蹴った。アークはすかさず横一文字斬り。ユリマラはそれを跳躍してかわす。甲冑を身に着けているのにアークの背丈より高く跳んだ。アークはすぐに剣を腰で構え、上方に突きを放つ。

「くっ!?」

 剣は阻まれる。甲冑と同じく黒い鋼鉄に。

 ユリマラは黒鋼鉄の容れ物アークに押し付け、作用でアークが反作用でユリマラが飛び退く。

「あれは――!?」

 黒く光る金属の箱に金十字の紋章。間違いようがない。あれは棺だ。

「遅い」

 ユリマラは軸足を中心にその場で一回転。そこで生じた力で黒棺を投擲。アークはそれを防ごうと、剣の峰に手を添え、足を前後に広げ身構えた。だがそれは無駄だった。黒棺はいとも容易く彼の身体を宙に浮かす。

 アークは勢いで地面を二、三度転がる。仰向けになったところで、すぐに足に力を籠め飛び退く。刹那、鋭い突きが彼の居た場所を削る。ユリマラはいつの間にかあのときに使っていたものと同じ黒直槍を手にしている。

 アークは剣を中段に構え直す。ユリマラは構えを取らず槍を力なく提げている。アークは訝しがり問いかける。

「構えないのか?」

「人を殺すのに構えなんているのですか?」

 無垢な表情で小首を傾がれてしまった。しかし、まったく可愛げがない。人を殺すためなど。

 アークは剣を顔の横に水平に構えを変える。ユリマラは相変わらずそのままだ。

 腰を落とし、アークは駆ける。それに呼応しユリマラも地を蹴る。

「はあぁぁぁッ!!」

「これで終わりですね」

 アークは雄叫びをユリマラは狂笑を上げる。前者は切り上げを後者は突きを。刹那の斬撃と一閃の突きが交わり、血が大地を染めた。




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