乱戦
「このおおおおおおおッ!」
レティシアは鍛冶用の向鎚で敵の鎧を叩き割る。
「囲まれた!」
倒しても倒しても周りに居るのは敵だらけ。突出し過ぎて完全に味方とはぐれてしまっていた。乗ってきていた馬も引きづり下ろされてから見当たらない。
「上だ!」
「!?」
誰かの声に頭上を見上げると黒い何かが空に飛んでいた。それは速度をあげて降り注いでくる。そしてーー
「がはッ!」
「げあッ!」
「ぐほッ!」
無数の矢が敵味方問わず次々と突き刺さっていった。
「ううっ」
身体を極限まで丸め、円楯の陰に隠れたレティシアはかすり傷程度で無事だった。
「味方ごと射かけてくるなんて何て奴らなの」
死屍累々となった戦場の先、鬨の声を上げて向かってくるのは赤髪の一族騎兵部隊。その数は九万で装備も士気も整えられた精鋭たちだ。
レティシアはまるで轟く壁のような敵騎兵部隊を見据える。
「不味いわね。このままだと丘が奪われてしまう」
味方の士気は決して敵には負けていない。そして一人一人の武力もだ。
だが、それでも数の差が開いていた。
裏切られて数を減らしたとはいえ敵歩兵部隊は未だ健在。敵騎兵部隊と合流されれば十万以上に膨れ上がる。
レティシアは踵返し、片手剣を腰の鞘に収める。足に力を込め彼女に向かってくる敵歩兵を手斧で蹴散らし丘へと駆ける。そこには白髪の一族の味方が丘を奪われまいと奮戦していた。
「ダモン!」
白髪の一族の兵たちの中で兜を失い、赤い髪を血と泥で汚したダモンが朱槍を手に戦っているのをレティシアは見つけた。ダモンも近付いてくる少女に気付き笑う。
「無事だったか! 心配したんだぞ!」
「そっちこそしぶといわね!」
互いにガチャンと背を合わせる。
「騎兵の第二波が来るわ」
「絶体絶命じゃないか」
言葉とは裏腹にダモンは笑みを崩さない。
「楽しそうね?」
「仕方ないだろ。闘争を楽しむ、それが赤髪の一族の血なんだからな! 行くぞ!」
「全員、丘を守って!」
レティシアの指示に白髪の一族の兵が応え、丘を上がってくる敵歩兵を討ち取っていく。
「お父さんは?」
「俺たちの退路を守ってくれている。ガルシア様が居なければ丘は取り囲まれてただろう」
「騎兵が来ます!」
味方が叫ぶ。
「チッ!?」
レティシアの顔の傍を矢が通り過ぎる。
赤髪の一族は遊牧の民族で馬上でも弓を扱うことが得意である。遠くから弓で攻撃して数を減らし、騎兵による突進で止めを指すのが、赤髪の一族の戦法だ。
敵歩兵の相手をしながら矢をかわさなければならない。それが出来なければ死ぬだけだ。
「レティシア様! レティシア様は何処だ!」
敵の中を駆けてきたのは味方の騎兵。白髪の一族の旗を掲げている。
「ここよ! 何があったの?」
レティシアは円楯を振りかざし自分の居場所を報せる。旗を持った騎兵は駆け寄る。
「報告します! お味方の船がキンカンの港に到着! 民間人の収容が始まっています。レティシア様たちも急ぎ撤退するようにとマルシア様からです!」
「船! 船が来たのね!」
待ち望んでいた味方にレティシアたちは歓喜する。
「全員、街へ戻るわよ! 私が殿を率いるわ!」
「馬鹿を言うな!? 大将のお前が死ぬつもりか!」
部隊を率いて突撃しようとするレティシアをダモンが引き留める。
「じゃあ誰がやるっていうのよ! 皆には家族が居るのよ。一人でも多く、家族のもとに返してあげることだって大将の役目だわ!」
「お前にだって家族が居るだろう! その皆はどうするんだ!?」
「あの子たちなら大丈夫よ。ダモン、あなたが居るんだからね。皆を頼んだわよ!」
レティシアはダモンの手を振り払うと笑って敵勢へと駆け出す。
「おい、待て!」
「ダモン、何してる? 急いで撤退するぞ!」
レティシアを追いかけようとするダモンにガルシアが叫ぶ。
「あいつが! レティシアが敵陣に!」
「俺が一緒に戦う。お前は戻れ!」
「あいつを連れ戻すなら俺も手伝います!」
「無理だ!」
ガルシアが苦し気に顔を歪める。
「あの子の『天性の勇』は誰も止められない」




