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歴史還元の亡国騎士  作者: mask
還元の始まり
6/68

〈援軍なき籠城、ならば玉砕〉

「――う、ん……んう?」

 重い瞼を開くと天井だった。

 ここは? 上半身を起こすと頭が割れるように痛み出し、リーシアは顔を歪めた。それが落ち着くと周りをグルっと見渡す。暗闇のせいで輪郭ぐらいしか判らないがどうやら気を失った後、どこかに運び込まれたらしい。

「そうだ! アークは――」

 彼は無事なのだろうか? 我を譲らない自分を気絶させた後、彼はどうなったのだろうか? 彼もここに居るのか? そんな心配事ばかりが彼女の頭を渦巻く。そして痛みが奔る。

「起きているか?」

 闇に光が射す。眩しさに目を細め、そちらを見やると彼が立っていた。

「アーク、無事だったのだな!」

 よかった、と涙ぐむリーシアに彼は安堵した、だが苦笑を混ぜた顔をした。

「お前こそ。どこか痛むか?」

「ああ、少し頭が、な」

 頭に巻かれている包帯をさする。

「ここは、どこなのだ?」

 窓辺に寄り、外を見下ろす。そこでは兵と思われる者たちが忙しく駆け回っている。

「王城だ。ここで籠城する」

 同じように窓辺に寄ってきたアークの言葉にリーシアは奥歯を噛み締める。

「そんなの……愚策じゃないか」

 籠城は野戦では勝ち目がないと判断し、城に籠り敵が諦めるか、援軍を待つ戦い方だ。言うだけでは簡単だが籠城側に勝利は無いに等しいといっていい。まず籠城する兵の病気。これには環境が深く関わっている。

次に糧食。腹が減っては戦はできぬ、だ。       

しかし、包囲されている中、糧食は補給されず備蓄されている物で耐えなければならない。それとは違い、包囲する側は糧食で困ることは、少ない。そして最も重要なのは兵の心だ。包囲されている恐怖、情報の遮断や閉鎖空間での絶えることのない不安、敵を退けても名誉も褒賞も送られないときの怒り。そんな感情が兵の心に宿ったら兵は勝手に開城し、逃げ去るだろう。そうする方が彼らには良いのだから。

 そして今回の籠城を考えてみよう。環境は良い方だろう。少し暑いが身体を壊すことはないし、休まる場所もちゃんと在る。衛生上も文句ない。だが、糧食と心情はダメだ。戦の度に糧食は消えるが、耕される土地は減っていく一方。そして今、城に居る戦力は敗残の兵と大敗を知らされた衛兵だけだ。

援軍は皆無。季節から雪は望めない。勝利は無い。こんな戦、誰がやりたがるのだろうか。

「どうして……降伏しなかった?」

 リーシアは怒りに少し悲しみを含めて問うた。

「おまえは死にたいのか? これは望んだことなのか?」

「死にたいわけないだろ」

 アークは窓を開け、空を見上げる。

「アーク、私は怖いんだ。お前を失うのが……だから!」

「なあ、過去が変わったなら世界はどうなるんだろうな」

 決意の言葉を止められて、リーシアはほほを膨らませる。

「何を言って――……過去が変わったのなら世界も規模は判らないが変わるだろう」

 それがどうした? リーシアは怪訝そうにアークの横顔を見る。

「過去を変えられる力が有ったら、どうする?」

 アークはリーシアに向いた。その顔は微笑んでいたが、どこか悲しげだった。

「……アーク?」

 彼の読めない考えに不安を感じ、弱々しく名を呼んだ。

「何でもない。明朝までに支度を終わらせてくれ」

 アークはリーシアの肩を軽くたたくと退室した。

 リーシアはアークの足音が遠ざかるとベットに倒れかかる。そのまま赤ん坊のように身体を丸め、枕を濡らした。



 リーシアの部屋から退室した後、アークは城門に来ていた。そこでは鎧や武器、糧食が集められている。荷物を運び出している兵に交じって薄汚れた服を着た者たちが居た。老若男女あるが全員できることを自主的にしている。

 彼らは貧しさや老いの所為で国から去ることが出来なかった者たちだ。なぜ、彼らが此処で働いているのかというと、逃げ支度をするためだ。一部の兵たちからは民兵として徴集するべきだといわれたが、アークが譲らず、彼らの国外逃亡を許可したのだ。

「民に渡せるだけの食料を渡しました。」

 糧食担当と思われる兵がアークに報告した。

「しかし、本当によろしかったのですか? 一週間ほどの蓄えで」

「ああ、一週間もかからない」

 そう。一週間はかからない。アークの目的は籠城することではないからだ。

「敵は既に動いているのでしょうか?」

 従騎士が不安気に尋ねてくる。

「おそらく。明日には包囲が始まるだろう」

 アークはガイナスが攻めてくるであろう西、その空を仰ぎ見る。城壁の所為で満月は既に見えないが、替わりに東から朝日が射すだろう。それまでに準備を終えねば。

 


 夜闇の中、炎の大蛇が地を這っている。

 松明に照らされているのは双頭の赤竜の旗。特殊戦士部隊が率いるガイナス軍の先遣隊だ。

 しかし、彼らの半数以上は兵士ではない。ぼろ布を着た奴隷たちが裸足で荷物を運んでいる。

「とっとと運べ!」

 日に焼けた禿頭の大男たちが鞭で地面を抉った。

「急がせろ。減給されたいか!」

 大男たちの主に一騎駆けてくる。

「奴隷主さん」

「は~い。何でございましょう?」

 ローブの女が馬から降りると、まるでヒキガエルのような主が手もみしながら近づいてきた。

「夜明けまでには間に合いますでしょうか?」

「はぁい。このままいけば」

 奴隷主は長い舌で舌なめずりをし、ローブの女を下卑ためで見つめる。

「そうですか。ではお願いしますね」

 ローブの女が馬に跨り、部隊前方に戻る。

「あの女、高く売れそうだな」

「だが親分。あの女、特戦だろう。手ぇ出したらヤバいんじゃあ」

「ふん。分かっている。俺たちの目的はファラス人だ。それまでは使われてやるさ。いいから奴隷どもを急がせろ!」

 再び鞭がしなり、空を切る。

 馬が駆ける。部隊の先頭に着くと部隊長の迷彩服の男に轡を並べた。

「夜明け前には着くそうですよ」

「そうか、それは良かった」

 しかし、とローブの女は後続の集団を見る。

「よくこれだけの奴隷を集められましたね。二千人ほどでしたっけ? というか眠いです」

 口に手を当て欠伸を噛み殺す。

「頑張ってくれ。陣の構築が終われば主力部隊と交代だ」

「人使い荒いですよね。野戦が終わったら今度は攻城戦の荷物運び。もしかして奴隷以上に酷使されていませんかね?」

 ローブの女が愚痴り、迷彩服の男がそれを聞いているという奇妙な光景に前方の夜闇から一人の男が走り寄ってきた。

「隊長。目的の丘までには敵影は見えません」

 報告を終えると男は闇に溶けていった。

「あの男、うちの者ではないですね。いつ雇い入れたんですか?」

 男の消えた闇を見続けるローブの女。その瞳には険しさが滲んでいた。まるで威嚇する猫のようである。

「そんなに気張るな。うちの兵の知り合いだ。山犬という裏の奴だ」

 そうですか、とローブの女は溜息を吐いた。

「人を雇い入れるなら、私を通してください。私はあなたを補佐する立場にあるのですから」

 ローブの女は膨れっ面になる。それは少女らしかった。

 その後、半刻ほど進むと小高い丘の上で松明を揺らす先程の男がいた。どうやら目的地に着いたらしい。

「兵たちはここで野営する。奴隷たちは丘に攻城兵器を設置しろ」

 迷彩服の男の指示に人々は忙しく動き始める。

 ローブの女は馬から降りると、奴隷たちが運んで来た八輪荷車の掛け布を外す。中にあったのは松明の灯火に黒鈍色に光る筒。これが今回の攻城戦に使われる兵器だ。

「この大砲の信頼度はどのくらいなのですか?」

 ローブの女は冷たい金属に触れ微笑む。

「威力は申し分ないが命中精度が悪く、撃った時の反動がとても大きい」

「そんなに扱いにくいなら、今までの小型の大砲でよかったではありませんか。あれなら車輪も付いていますし、量が有れば城壁を削るぐらい訳ないでしょう?」

 大型の荷車に二十人交代制で運ぶほどの超重砲。しかし、精度は悪いときた。

 詮無いことをしたようでローブの女は嘆息する。だが、それとは対称的に迷彩服の男は超重砲を叩いて口端を吊り上げた。

「こいつを地面に埋めちまえばいい」

「地面に?」

 迷彩服の男の考えが解らず訝しがったが、すぐに得心したようで妖しく笑う。

 日の出まで残り二刻ほど――歴史は既に変わっていた。

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