誘拐
馬車に乗り、アイシアは街から離れる。
「大丈夫か?」
街を離れて三刻ほど、声をかけたのはアイシアの護衛で一緒に馬車に乗るダモン。
「大丈夫です。もう覚悟は出来てますから」
そう言いながらもアイシアは窓から過ぎ去っていく草原を見つめる。
「本当に嫌なら逃げても良いんだぞ?」
「逃げませんよ。私の戦いはこれからです。私が偉い人になって白髪の一族を解放するんです」
「君は普通の子で世界を巡って先生になるんだろ?」
「先生は赤髪の一族の土地でも出来ます」
「だけど――」
「それ以上は駄目ですよ」
アイシアのほっそりとした人差し指がダモンの唇を塞いで彼は言葉が紡げなくなる。
今すぐにでもアイシアを連れて逃げ出したい。
だけどアイシアの瞳が揺らがない。
あんなに苦しそうな微笑みなのに心だけ抉って故郷に置いてきてしまったみたいだ。
「私はあの夜にダモンさんと結ばれて幸せでした。初めてもあなたに捧げられて良かった」
ダモンにとっては嬉しいはずの言葉も淡々としている。
目の前に居るのは傀儡となってしまった愛しき人。
彼女の感情を取り戻すことはもう出来ないんだろうか。
「分かった。これ以上何も言わない。君が第二皇子殿下と結ばれる、その瞬間まで君の傍で君を守ろう」
俯くダモンがアイシアに誓った。
そのとき――
「敵襲!」
「盗賊だ!」
「応戦しろ!」
ダモンと同じくアイシアの護衛をしていた赤髪の一族の兵士たちが戦闘を始める。
「国境を越えてすぐに襲撃だと!? 俺たちを待ち伏せしていたのか?」
窓から外を窺うダモン。
戦っているのは太陽を反射する革でも鉄でもない純白の鎧を身に着けた騎士。
どう見ても盗賊には見えない。
他の兵士も鎧と馬を揃えている。
洗練された動きは略奪を目的とした流れ者や傭兵ではない。
明らかに軍人だ。
十騎の敵騎士。
こちらは戦闘に長けた赤髪の一族の兵士五十人以上。
普通なら負けることはない。
だが――
「その女、貰うぞ」
『赤目』の騎士にアイシアは連れ去られた。




