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歴史還元の亡国騎士  作者: mask
還元の始まり
5/68

〈勝者と敗者〉

 ――ミリタ大平原 ガイナス本陣――

 床机に座する大将の前に跪き頭を垂れる男がいた。この時代では見たこともない迷彩柄の服を着て、腰には短銃――愛用のミネベア九ミリ自動式拳銃が収められている。

「御苦労だった。貴公の働きによりファラスは手中に収めたのも同然。後に褒美を用意しよう」

「はッ、ありがたき幸せ」

 男は心からは全く有り難いとは思わずに言った。この姿勢にも嫌気がさしていた。今まで通り上官に敬意を示すのは同じだが敬礼だけで簡単に済ましていた。

 本幕から辞すと、ひそひそと話し声が聞こえてきた。

『あいつが異国の兵士って奴か?』

『見ろよ。あんな薄汚い服で騎士の一人らしいぜ』

『皇帝に贔屓されているって本当かよ?』

『急に頭角を現して戦果をあげているのだと』

 その他様々な声が聞こえたが大体が男を貶していた。

 これにはもう聞き慣れた。いや、聞き飽きたといった方が正しいだろうか。

 自分の腰に触れる。そこにある短銃の硬い感触だけが彼がこの時代の人間ではないことを証明している。それだけが彼の現実を見せてくれる。

「終わりましたね」

「!?」

 男が故郷の記憶に浸っていると、顔のすぐ横から囁きが聞こえ、つい肩を跳ね上げてしまった。

「ハ~。いい加減やめてくれ」

「いい加減慣れてください」

 周りの小言には慣れても彼女のやることには、いつまでも慣れそうにない。嘆息する彼に彼女は微笑んで答えた。だが、彼女が何をしても咎める気持ちにならないのは彼女の明るい性格のためだろう。

 彼女を改めて見る。まるで下着のような黒い布で胸を隠し、下は男物だと思われる膝下までのパンツを穿()き、足は鉄靴が守っている。それらを肩まで伸ばしたくすんだ灰短髪とともにローブで覆う。まるで野盗のようだが彼女がスリングで袈裟掛けしている棺が彼女の不可思議さを醸し出している。これでも、いちようは聖職者らしい。本人曰く修行の身らしいが眉唾ものである。だが、男は御陰で命を救われた。

――時間は三年前に遡る。銃傷によって生死の境を彷徨っていた時にローブの女が荒療治ではあったが処置をしてくれた。痛みも相まって意識を取り戻すことが出来た。起き上がることができるようになるとローブの女は詰め寄ってきて際限なく色んなことを訊いてきた。どうやら見慣れない迷彩柄の服と短銃から男が異国の、しかも文明が飛躍的、圧倒的に凌駕している国の人間と思ったらしい。初めは戸惑った男だが順を追って話した。

 差し障りのないほど動けるようになるのに一箇月は掛かった。それまでは馬車の荷台に揺られながら傷を癒していた。動けるようになると、もう一箇月をかけて世界を知った。

 それからはローブの女の伝手で傭兵になり、率いる長になり、通常のしきたりを飛ばし、今では異例の騎士――特殊戦士部隊の部隊長になった。……騎士の戦士、紛らわしいが貴族出身ではない騎士は一般に戦士と云われるらしい。ローブの女は何故かついてきて結局、男の従騎士になった。今は確か十九歳だったと思う。

「これでファラスは滅びました。領主たちもガイナスに降るでしょう」

 ローブの女は笑みを崩さず、淡々と言った。

「お前はどうする?」

 男の言葉にローブの女は首を傾げる。どうするとは? と。

「戦いは終わった。俺たちはもう要らなくなるだろう。だから今後のことを考えないと」

 彼女は目を丸くしたかと思うと小声で笑った。

「そんな心配は要りません。ファラスが落ちても他の国はまだ戦争中です。我々もじきに配属されるでしょう。なぜなら――」

ローブの女は大量の骸が横たわる戦地を見渡す。

「大国であるファラスをたったの二年で滅ぼした戦略、戦術をお持ちのあなたを、捨て駒にはしないでしょう」

 それに、と単眼鏡を覗いた。

「まだ降る気のない人たちもいるみたいですし……そういえばマスケット部隊、全滅らしいですよ。あ、回収はさせました。」

 そうか、男は腰から愛銃を取り出し陽にかざす。今回も出番はなかった。この銃には最大装填数の九発が入っている。この銃を使わないことを願いながら腰のホルスターに収める。

「あたりまえだ。百人では歩兵部隊の方が強い」

「国には二十万丁あるのにケチですね」

 そのまま男をいや、男の後ろを見た。

「あら、裏切り者さんのご帰還ですね」

 ローブの女の言葉に男は振り返った。そこには栗色短髪の騎士――ワイズ家当主がいた。ワイズは殺意すら感じる睨みでこちらを見ている。

「裏切れといったのは貴様だろ」

 怖~い、と言い、単眼鏡を放り投げ男の後ろに身を隠す。

「私は使者だったんですよ。仕方がないじゃないですか」

 ローブの女は男の背中から顔だけをみせる。その顔には冷笑が張り付いていた。

「実際に裏切ったのは、あなた自身ではありませんか」

「そ、それは!」

 ワイズは歯を軋ませた。

「まぁ、依頼したことはしてくれましたし」

「なぜ、私に協力者を殺させた?」

 ワイズは猜疑と憎悪の瞳で嗤うユリマラを睨む。

「あなたには関係のないことです」

 ユリマラは笑みを消し、問いかけを切って捨てた。

「それで、お前は俺たちと行動を共にするんだな?」

 男は警戒のため短銃に触れて訊く。それにワイズは眦を上げた睨みで返した。

「貴様らが約束を守る限り、な」

「なら来い。まだ戦いは終わっていない」

 男は背を向け去っていく。ローブの女はそれに付き従う。残されたワイズは二人を恨みがましく見続けた。



 今にも沈みそうな夕陽がアークたちの背を朱に染める。ミリタ大平原での戦いは裏切りにより数刻で決着、敗北を喫した。それから休みを挟みながら昼夜問わずに歩き続けて二日が経っていた。リーシアは未だに目を覚まさない。

 向かう先は既に夜の帳が下りているため用意していた松明で先を照らす。行軍しているのはアークの隊、千人弱と身の振り方が判らずについてきた敗残のファラス兵八百。約二千の兵が目指すのは――

「領主様!見えました」

 兵が正面を指した。

 いつの間にかに陽は完全に沈み、替わりに満月が照らしていた。石壁でできた巨大な建造物――王城ギルライオ。ファラス最後の戦場になるだろう場所だ。城門に辿り着くと二人いた衛兵が近づいてきた。松明に照らされた顔は何処か訝しげである。

「何処の者だ?」

「騎士のアーク・ユースティスだ。ここを通してほしい」

 何度か問答をすると、衛兵の一人が城門の隣にある腰を落とさないと通れないほど小さい通用口に消えていった。

 アークたちが夜の静寂を守っていると、城門がそれを破った。

 許可が下り、門を潜ると暗き町に迎えられた。

 今いる場所は城下町でありガイナスが攻めてくる二年前まで活気づいていた。だが、ファラスが敗戦を重ねるたびに町は静かになっていった。現在では逃げるための旅費を出せない貧しいものか、物好きしか住んでいない。

 大通りを進むと再び門が現れる。これは城と城下を繋ぐ最後の鉄門である。つまり、此処を突破されたら城は一日と保たずに落ちるだろう。

 重厚な鉄門が悲鳴にも似た音を立てて開かれる。開かれた門の先に松明に照らされた一団が居た。

「王太后様!」

 そこに居たのは滅びに向かっている国の王の母親である王太后と近衛兵、従者だった。 

 従者たちが怪我人を運んでいく。アークはリーシアを頼み、王太后の前で跪いた。

「戦いは……王はどうなったのですか?」

 アークは王太后の不安げな顔を俯くことで逃れる。

「はい。我が軍は大敗。そのときに王の本幕は裏切った者により襲われ生死は不明。敗残の者のほとんどが敵に降りました」

 そんな、と王太后は頭を抱えてふらつき従者によって運ばれた。

 王の行方が分からない今、次に権力がある王太后が卒倒してしまった。このままでは籠城の準備が出来ずに明日にでもこの城は落ちるだろう。一刻も指示を仰げる人物を探さなくてはならない。しかし――

「王太后の次に偉いのは……誰だ?」

 王族は王太后の他にもういない。なら宰相か?いや、でも彼女は王の供にいたはずだ。彼女の次は大臣たち。だが彼らは亡命した後だろう。じゃあ、高位の貴族に仰ぐしかない。そこで現実を知る。

「俺とリーシア以外"もう貴族は残っていない"じゃないか」

 先のミリタ大平原での戦いはファラスの投入できた全兵力だった。そこで戦死や降伏により有力な領主たちは居なくなってしまった。リーシアは怪我をしている。ならば答えは決まっている。

「……俺か」

 こうしてアークは籠城戦の大将となった。



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