〈白髪の一族〉
ファラス王国もガイナス帝国も未だに存在しない四百年前。
当時、この地域を治めていたのは赤髪の一族だった。
彼らは周辺の国を度々侵略しては大量虐殺を行い支配圏を拡げていったのだ。
今も一つの小国の王城を落としたところだった。
「陥落したか」
燃え上がる敵城を見据えるのは赤髪の一族の中で唯一の白髪の男だった。歳は四十に近い。
「ガルシア様、今回も見事な采配でした」
白髪の男ーーガルシアを称えたのは赤髪の一族の少年だった。
「ダモン、君も兵を預かる立場になったら指揮を執るだろう。だから策を出来るだけ覚えていておいてほしい。君たち赤髪の一族は物量と力だけで封殺するのは得意だが奇襲には弱い。いくら強くても、いつかは破綻する」
少年ダモンは強く頷く。
「今日は帰ろう。娘たちが待っているから」
「ガルシア様には娘さんが?」
「ああ、言っていなかったか。娘が三人居るんだ」
「それは賑やかですね」
「特に一番上の娘がお転婆でな。毎日騒ぎを起こす。子供らしいと言えば子供らしいのだがな」
ガルシアはいつも引き締めている赤い瞳を緩めて笑う。
「将来、良い戦士になりそうですね」
「……そうだな」
ガルシアの声が寂しげだったのにダモンは気づかなかった。
「そういえばダモン、君は何歳になった?」
唐突な質問にダモンは首を傾げる。
「今年で十六です。それがどうかしましたか?」
「好きな相手は居るのか?」
「いえ、特には」
ダモンの答えにガルシアは満足そうに頷く。
「それなら娘を嫁にやろう。まだガキと言う歳だが君が大人になる頃には美しくなっている」
「それは畏れ多いですよ、ガルシア様の娘さんを妻にするなんて。私はただの従者です」
ダモンは苦笑する。その背中をバシバシとガルシアは叩く。
「気にするんじゃない。俺だって父親だ。娘を渡したくはないが、君なら構わない。将来、有望だからな」
「そこまで仰っていただけるのなら、考えておきます」
「それなら君も俺の家に来るか?」
「ガルシア様の実家は遠いでしょう」
「馬で二日かかるが気にするな。これは命令だからな」
「分かりました。休暇をもらって同行させてもらいます」
こうして白髪の将と赤髪の従者は大陸の東へと馬を走らせた。
「ここが、ガルシア様の街」
ダモンからは感嘆の息が漏れた。
岩を削って積まれた壁は隙間がなく、そして見上げるほど高く。門扉は鉄で出来ていた。
赤髪の一族では丸太の壁と板を繋ぎ合わせた門扉しかなかった。元々、遊牧の民だった赤髪の一族は、すぐに作れて、すぐに解体できる築城しか知らない。ここまで頑強で攻めるのに頭を抱えそうな拠点は初めて見た。
「こんな技術、どこで学ばれたんですか?」
「大陸西側からだ。この街には港があって大型船が寄港するんだ」
「港、ですか。私たち赤髪の一族にはないものですね」
「そうだな。もしかしたら次は海を目指して戦いを起こすかもしれない」
ガルシアの顔が険しくなる。だが、すぐに笑いに戻る。
「さあ、ようこそ! 俺たちの国へ」
門扉を通ると、厳つい外とは違って木造の家々が建ち並ぶ。圧し固められた道をはしゃぎながら走る子供たち。新しく家を建てている寡黙な大工。道端の露店で声を張り上げて野菜を売る女性。横たわった丸太に腰を下ろして談笑する仲良さそうな若い男女。
この街に居る人々全員が白髪と赤目だった。
「ここでは私が浮いていますね」
「いつもと逆だな」
ガルシアとダモンは苦笑する。
「俺の家はこっちだ」
ガルシアの案内で街の奥へと進む。そして見えてきたのは他の家と変わらない一軒家だった。
「思ったより、普通の家ですね。もっと大きな屋敷だと思っていたんですけど」
「白髪の一族の将軍だとしても暮らしは普通の暮らしをしているからな。ガッカリしたか?」
「いいえ、親近感が湧きました」
二人は家の扉を開く。
「お帰りなさい!」
ガルシアの胸に飛び込んだのは白髪の少女。
「ただいま、レティ。他の皆は」
「お家に居るよ! ……誰?」
ダモンを見て不思議そうな顔をするガルシアの娘。
「このお兄さんは、お父さんの弟子のダモンだ。仲良くしてやってくれよ」
「すごーい! お兄さんの髪真っ赤っか!! 初めて見た!」
キラキラと瞳を輝かせるのは長女のレティシア。今年で十四才になる。
家からもう一人少女が出てくる。
ダモンをじーっと見つめる少女。
「……………………」
「……ええと、俺の顔に何か付いてる?」
「……………………」
互いに目線を外さないまま数十秒。
「私の名前はマルシア」
無言だったマルシアはやっと口を開いた。
「俺はダモン。よ、よろしくな」
「うん。よろしく」
寡黙な次女のマルシア。歳は十三才。
「あら、お客さん?」
まるで天使のような女性が姿を見せる。背には別の少女が隠れてダモンを不思議そうに見つめている。
「妻のレマだ。そして三女のアイシア」
「レマです。夫がお世話になっているみたいですね。ほら、アイシアも挨拶してね」
「こ、こんにちは。ア、アイシア、十二才です」
「良く出来ました!」
母親に褒められて嬉しそうに微笑む恥ずかしがり屋の三女アイシア。
「家族五人、静かに暮らしているよ。腹が減っただろう? 昼飯にしよう」
昼食を食べ終えてダモンとガルシア二人になる。レマと三人娘は外に出掛けている。
「どうだ、俺の街は?」
「ゆったりとした良い場所です」
「赤髪の一族は落とせるか?」
「……どういうことですか?」
話が不穏なものになる。
「この街を制圧するのは可能か? 出来るなら戦力はどれ程だ?」
「……五万で一週間。私の考えですが」
白髪の一族の領土は、さほど広くない。今、ガルシアたちが居る街と二十の村落しかなく、人口は三千人居るかどうかだ。その中で戦える兵士は半分も居ないだろう。
「ほう、"それだけか"」
「? 十分だと思います」
「俺は百万で赤髪の一族が辛勝すると予想するが」
「馬鹿な!?」
笑うガルシアにダモンは反駁する。
「赤髪の一族は他国のような軟弱な兵ではありません! それはガルシア様だってお分かりのはずです。それを百万? 国中の兵士を全てかき集めて攻めよ、と仰るのですか!?」
赤髪の一族は戦を生業としている戦闘民族だ。武力だけでいえば、どんな国にも負けないだろう。
「知っているか? 俺ら白髪の一族は神の使いであるらしい」
「確かにガルシア様の戦略眼は見事です。ですが他の人たちまでそうとは限らないでしょう?」
「いや、少なくとも俺の娘たちは強いぞ」
「親の目からですか?」
ガルシアは首を振る。
「戦士として俺は言っている」
「そうは見えませんし、そうだとしてガルシア様は彼女たちを戦場へ送るのですか?」
「そんなことはしたくない。だが一族を守るためなら娘であろうと戦わせる」
「誰とですか?」
「君たち赤髪の一族だ」
「私たちがガルシア様を攻めると?」
ガルシアは強く頷く。
「赤髪の一族は大陸東側の内地で覇者になった。彼らが次に目指すのは海だろう。だが北は山脈、南は大国、西は海まで異教徒との長大な戦場。赤髪の一族が内地で籠るか? 答えは小国である東の俺たちの土地を攻めるだ」
「同盟国を滅ぼすと?」
「今は俺が居るから動かないだろう。だが俺の死後、赤髪の一族の偉い奴らは思うだろう。海を手に入れる好機だと」
バタン、とダモンは勢い良く立ち上がる。
「俺がさせません、絶対に!」
「ああ、期待してるぞ」




