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歴史還元の亡国騎士  作者: mask
南部動乱
35/68

〈戦殺しの将〉

 蹲っていたララは顔を上げる。

「お姉様、どうして?」

 地下の独房の床は冷たく、ララを心身ともに凍らしていく。

 彼女は今、独りぼっちだった。捕らえられた兄のテラジスは別の場所に幽閉されているらしいし、ネルシーやルナは目の前で消えてしまった。

 そう、消えてしまったのだ。そして不思議なことにそれに気付いているのがララとクレラだけで他の人は二人が居たことすら覚えていなかった。

「もう、どうしたら良いのですか」

 ルージェマもクレラも自分を救ってくれない。頼みの綱だったシュテルツ家とは会えない。

 ララは弱かった。

「!?」

 扉が開いた音がした。誰かが下りてくる。

「寒くないですか? 毛布と食事をご用意しました」

 ランプで照らされた顔はクレラだった。

「ありがとうございます。クレラさん、お兄様は?」

「ルージェマ様の城に行かれました。これでもうブルッシュ家は敗北です。いずれこの砦もガイナスに降ります」

「……どうして。どうして味方になってくれなかったのですか?」

 裏切り、とは言えなかった。今も自分の体調を心配してくれる彼女がそんなことをするはずがなかった。元々、彼女はルージェマの召し使いであり、護衛のためにララに付き従っているだけなのだから。

 でも、それでも味方でいてほしかった。

「……ララ様を守りたかったからです」

「それならーー」

「お嬢様を守るのと、お嬢様に従うのは同じではありません。今さらファラスに何が出来るのですか?」

「ですが、前は一緒に不退の長城まで来てくれたじゃないですか」

「……お嬢様、あれはルージェマ様が見逃したのですよ。そうでなければ、あの方が戦場にお嬢様を行かせるはずがありません」

「見逃した?」

「今では未来の話になってしまいますが、ブルッシュ家を支配下に置いていたガイナス兵がお嬢様を手籠めにしようとしていたのですよ」

 クレラの言葉にララは背中に寒気を感じ身を震わせる。

「人質など生きていればよいのです。お嬢様が汚されようとも生きてさえいればルージェマ様はガイナスに従うしかない」

「私のせいで……!?」

 ララから出たのは悲痛な声。

「私は……私は足を引っ張るだけで何もできないのですか!?」

 力なく落ちた手をクレラはとる。

「ルージェマ様は最後の賭けをします。お嬢様を守るために。私も戦います」

「私をここから出してください! 私にも出来ることがあるはずです!?」

「それなら手伝ってもらえるか?」

 階段から下りてきたのは薄ら笑いのサヤマだった。

「ここにお姫さんとテラジス卿の手紙がある。これが成功すればララ姫の大切なものを取り戻せるかもな」

 サヤマは封筒の束と鍵を投げ捨てると、ひらひらと手を振って去っていく。

「お嬢様、これを」

 クレラは拾い上げた封筒の中からララ宛ての封筒を彼女に渡す。

「お姉さまから?」

 手紙にはこう書かれていた。

『最愛なるララへ

 戦に巻き込んで、ごめんなさい。でも分かってほしい。これがあなたを助ける最善。ファラスからの亡命の手筈が整いました。貴族を辞めて平和に暮らしなさい。

 









 だけど、あなたが誰かのために戦いたいというなら同封したリストの人に会いなさい。そして、あなたの言葉と私たちの手紙を伝えなさい。それが私たちが勝てる最後の方法です』



「あれで良かったのか?」

 部屋に入室したサヤマは紅茶を飲んでいたルージェマの後ろに立つ。

「何のことですか? あなたは捕虜の様子を見に行っていただけですよね」

「……そうだったな。さあ、次の戦まで寝るかな。地下牢の見張りはその後で」

「ふふ。仕事熱心ですね」

 ルージェマは立ち上がると部屋を辞す。

「〈戦殺し〉。懐かしい響きですね」


 そして時間は不退の長城の戦に戻る。

 ガイナス軍十五万とファラス軍一万の激突。

 だがファラス軍は簡単に津波に呑まれる。

 それでもファラスは潰れない。

 丸く円を描いて部隊を配置する。なぜならガイナスは実質、十五万の部隊の全てが戦えるわけがない。味方という壁が邪魔だからだ。つまりガイナス兵には遊兵――無駄が多い。だからこちらは円陣だ。不退の長城の砲撃と合わせての総力戦だ。

 アークの剣、リーシアの槍、そしてマリーの銃が次々とガイナス兵を討ち果たす。

 だが、それはただの過去の戦から導き出された理論に過ぎない。

 敵をいくら殺そうとも向かってくる数は変わらず、しかし味方は数を減らす。

 地獄のような戦いだ。なのにファラスの兵士たちは――

「敵に突っ込むなど、愚かな」

 甲板の上で報告を受けたルージェマは不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「その割には嬉しそうだな、お姫さん」

 彼女の隣でサヤマが薄ら笑う。

「私の顔を見てそう思うのですか」

「お姫さんはポーカーで相手を騙すとき、手札が悪いふりをする」

 そうですか、とルージェマは笑った。

「へっ悪い顔をしてるな」

「祖国が勝つんですよ。笑みが漏れても仕方ないじゃないですか」

 

「どういうことだ!?」

 ガイナスの天幕群の一つで騒ぎが起こる。

「だから我らの砦が次々に落とされているのだ!」

 二人のガイナス軍の将が声を荒げる。

「誰だそんな空き巣狙いをしているのは?」

「ファラス軍だ。どうやら隠していた陸軍を動かしたらしい」

 ガイナスは多くの手勢を戦に投入しているため元コーネリア家の拠点には僅かな守備兵しか居なかった。

「どうする? このままではせっかく手に入れた城まで奪われるぞ!」

「だが、大将には何と言う?」

「後方がファラスに攻められていると伝えればよいだろ!? 俺は離れるぞ!」

 この騒ぎは従軍していたガイナスの将たちに伝播していく。

「何? 将たちが占領地に戻りたいと?」

 後方の陣で対不退の長城戦の指揮を執っていたガイナスの大将は部下の報告に眉根を寄せる。

「はい。どうやらファラス軍が自らの砦を次々に奪還していると。噂では我が陣営のコーネリア家が城を奪還するために動いたとか」

「噂? そういえば元はコーネリア家の領地だったな。我らが居ない間に空き巣とは良い度胸だ。元の領主は何処に居る?」

「海の上です。我らの海軍の殆どはコーネリア家が舵を取っています」

「なら直接確かめるわけにもいかんな。味方の奴らには五千の部隊を送るから集中しろと伝えておけ。まったく、コーネリアとやら面倒事を増やしおって」

「報告!」

 陣に転がり込んできたのは背中に矢が刺さったガイナスの伝令。

「ファラス軍の部隊がーー」

「分かっている。砦を奪われたのだろう」

 遮った大将を伝令は構わずに吼える。

「街道及び橋を封鎖! 我が軍は退路を断たれました!?」

「……コーネリア家はだいぶ戦力を隠していたようだな」

 大将は苛立ちを露にする。

 現在、対不退の長城戦をしているガイナス軍はシュテルツ領に居る。そしてコーネリア領はその西にあり、陸路でファラス南部からシュテルツ領に向かうには必ず通過しなければならない。つまりコーネリア領の土地が大きな関所になってしまっては後退はおろか占領したファラス南部から援軍も物資も来ることは出来ない。

「五千じゃ温いか……二万だ。二万の部隊を向かわせろ! それとコーネリア家の領主を引きずってでも連れてこい!」

「良いのですか? 二万も動けば戦っている元ファラス南部軍の動きが怪しくなりますし、ルージェマ卿を捕らえれば海での戦の知識がない海軍は動けなくなります」

「構わん。後ろには動いていない予備部隊を送れば良いだろ。それにファラスに海軍戦力はないから気にせずとも良い」

 大将の言葉に部下たちは動き出す。

 そのとき、またも不幸が大将にもたらされる。

「報告! 北からファラス軍の軍勢。数は約二万!?」

 大将は被っていた兜を地に叩きつけた。


「間に合いました!」

 馬上で汚れた頬を手の甲で拭い、ララは微笑んだ。

 シュテルツ領の北にあるブルッシュ領からララが率いてきたのはブルッシュ家の将兵たち。数は二万近いだろう。

「成し遂げられましたね、お嬢様。少し休憩なされてはどうですか?」

 轡を並べたクレラが主人を労る。

「いえ、ここからが本番です。ブルッシュ、コーネリア、そしてシュテルツが叶わなかった共闘を実現できるんです。私も頑張ります!」

「さすが、テラジス様の妹君ですな」

 後ろで笑ったのはブルッシュ家恩顧の将である家臣たち。彼らは砦でテラジスが捕らえられブルッシュ家が降伏してしまい、散り散りになっていた。戦おうにも大将を失い統率がなく、相手は大軍勢。ブルッシュ家の将兵は諦めていた。

 そこに現れたのは同じく捕まっていたはずのララだった。

 ララは兄が無事なこととルージェマの策が書かれた手紙を家臣たちに渡し、願った。

『私に、弱い私に力を貸してください』と。

 ララは寝る間も惜しんでブルッシュ家の家臣の城や砦を駆け回り、この日、遂に援軍を到着させたのだ。

「次はどうすれば良いですか?」

 ララの質問にクレラは答える。

「二千ほどの部隊を割きましょう。この部隊には不退の長城を未だ占領しているガイナス軍を睨んで貰います。そして私たち本隊はゆっくりと前進。つまり南下して敵を圧迫します」

「分かりました。では、前進!」

 ララの号令に部隊は動き出した。


「あれはブルッシュ家の旗。しかも大部隊です!」

 過去から戻ってきたルナとネルシーは北からの援軍に歓喜する。

「ララさんが変えたみたいですね」

 二人の隣に立ったリオンが微笑む。

「もしかして、これが過去を変える力なの?」

「はい。そして私たちの未来は良き方向に変わりました」

「行こう、ルナちゃん。皆を助けないと!」

「はい!」

 二人は戦場へと駆け出した。


「どうするつもりかね?」

 ガイナス軍の大将の前に引きづりだされたのは笑みを崩さないルージェマ・コーネリア。

「はて? なんのことでしょうか?」

「しらばっくれるではない。貴様の部隊が我らの背中を脅かしているらしいではないか」

「脅かす? それはおかしいですね。私の部隊はガイナス軍に編成されて戦場に居るはずですが。まあ、強いて言うなら私の居城に守備兵が居ますが、まさかその兵がとは仰らないですよね?」

「貴様の兵だと報告が来ている。貴様の部隊で顔を見たことがある兵だと」

「旗は上がっていたのですか?」

「ファラス軍の旗が確認されている」

「コーネリアの旗ではないんですね」

「……何が言いたい?」

 大将はルージェマを睨み付ける。

「いえ、ファラスが我らガイナスを攻めるのは当たり前のこと。そこで私を疑うのは仕方ないですが、内部で争っていたらガイナスとはいえ負けますよ」

「……もう良い。下がれ」

 大将の手で払われたルージェマは解放される。

「さーて、戻りましょうか。サヤマさん、エスコートしてもらえますか?」

「はいよ、お姫さん」

 天幕の外で待ってくれていたサヤマと合流する。

「ファラスの動きは?」

「なんとかって感じだが順調そうだ。ララ姫も約束通り合流してくれたしな」

「ふふ。そうですか」

 ルージェマは思わず笑みを漏らす。

「さて、戦を殺しましょうか」


 陽が傾き、そして夕暮れが訪れる。ガイナス軍はアークたちファラス軍を押し潰せなかった。

「………………」

 敵の猛攻を防いだはずのアークはあまりの疲労に声が出せないでいた。

 不退の長城へ帰還できたのは僅か二千ほど。五分の四が戦死した。いや十五万の敵を八千の命で退けられたというべきだろうか。

「アーク、水を持ってきた」

 リーシアが気を利かして牛革の水筒を差し出す。

「……ありがとう」

 アークはゴクリゴクリと水を飲み、残りを頭にぶっかける。

「二人とも無事みたいね」

 右足を引きずりながら微笑んだのはマリーだった。

「大丈夫なのか?」

「平気よ。少し刃がかすっただけ。私も〈百騎兵〉も生きてはいるわ」

 妙なもの言いにアークは首を傾げる。そして何かを思い目を見開く。

「重傷なのか!?」

 マリーは苦笑する。

「〈百騎兵〉を含む騎兵の大部分が機能しなくなった。防御陣に機動力が要の騎兵部隊を編成するのは馬鹿だったみたい」

 マリーの後悔。それは戦場を駆けて敵を蹴散らす役目の騎兵を防御陣の守備に当たらせたことだ。敵の歩兵に動きを止められて引きずり下ろされた騎兵がたくさん犠牲になった。

「次はもう無理よ。ユトラの港に居る守備兵を呼び戻して一万に再編成しても歩兵主力じゃ勝つことは出来ない。守備兵も編成したら水の泡だしね」

「大丈夫だよ、マリ姐」

 弱気なマリーに笑いかけたのはネルシー。

「ブルッシュ家が助けに来てくれたじゃん。後は副都からの援軍が届けば勝てるよ!」

「でも、軍を率いているのはララでしょ? あの優しい子に指揮を執らせるのは辛いなあ」

「大丈夫。ララちゃんも立派な戦士だよ」

「そうです」

 ネルシーに加勢したのはリオンだった。

「ララさんは過去を変えて援軍を連れてきてくれました。後は私たちが踏ん張るときですよ」

 頑張りましょう、と呼び掛けるリオンにアークたちは微笑んだ。


 翌日の早朝。

 海上で砲撃が開始された。


「どこの船だ!?」

 コーネリアの軍艦に監視役として同乗していたガイナスの将が甲板に出て叫ぶ。

「こちら側の船ではありません!」

「あそこです! こちらに向かってくる船が!?」

 メインマストに登っていたガイナス兵が指差した。その方角に居たのはーー

「ファラス海軍!?」

 

 別の軍艦に居たルージェマもファラス軍の帆船八隻を確認した。

「まったく。耳に障る目覚ましですね」

「そんなことどうでも良い!? 早く迎撃せんか!」

 ルージェマに吼えたのは同乗しているガイナスの将。

「まだ射程範囲に達していませんよ。あちらの砲撃は私たちへの威嚇と味方へ援軍到着を報せるためです」

 それに、とルージェマは嗤う。

「もう、あなたの命令は聴きません」

 銃声と共にガイナスの将は甲板に倒れた。

「この船は制圧したぜ」

 相変わらず薄笑いのサヤマ。ルージェマは微笑み返す。

「お疲れ様です。さあ旗を掲げてください。もちろん勝者の旗をですよ」


「おい! 何処に行く気だ!?」

 ユトラの港から数キロ南で港を閉鎖するように弧を描いて並んだガイナスの六隻の軍艦のうち一隻だけ西へと離脱を始める軍艦があった。掲げられていたのはファラスの旗。

「あの船、寝返りやがったぞ!?」

 それぞれの軍艦で唐突に起きた出来事に騒ぎ出すガイナス兵たち。

「誰かあの船をどうにかしろ!」

「自分達でやりな」

 命令したガイナス兵にケラケラと笑ったコーネリア兵は海に飛び込んだ。

「馬鹿な!? 死ぬ気なのか!」

 縁から海を覗き込むとコーネリア兵が泳いでいた。その先にはいつの間にかに下ろされたボートで仲間を回収する別のコーネリア兵。

「コーネリアの奴ら海に逃げる気だ!」

「捕まえろ!」

 ガイナス兵たちは躍起になってコーネリア兵を追いかける。だが彼らが裏切りの船で騒いでいるうちにコーネリア兵たちのほとんどは逃亡していた。

「あいつら全員逃げやがった!?」

「おい、どうやって船を動かすんだ?」

「早く動かさないと撃たれるぞ!」

「舵だ! 舵を回せ!」

 軍艦に取り残されたガイナス兵たちはパニックに陥っていた。

 いつ、ファラス海軍の射程圏内になってしまうかも分からないのに彼らの中に軍艦の動かし方を熟知したものは誰一人居なかったのだ。これが内陸で精強でも海での戦に慣れていないガイナス帝国の一種の弊害だった。

「おい! この舵、空回りするぞ!」

「こっちはロープが切られてる!?」

「コーネリアが帆に穴を開けやがった!」

「大砲の火薬がねえぞ!?」

 それに対して海軍を保有するコーネリアは装具や武器をちょっとした"いたずら"で使えなくしていた。これでガイナス海軍は裸も同然だった。

 ーーファラス海軍の砲撃がガイナス海軍を壊滅させるのに一刻もかからなかった。



 ファラス海軍がユトラの港に到着した報せは不退の長城のファラス軍を歓喜させた。

「王叔父殿下の到着だ!」

 強固な甲冑を身に付けた王叔父殿下がファラス兵を労う。

「殿下!」

「おお! マリー卿、無事だったか」

 兜の面頬を上げて王叔父殿下はマリーに笑う。

「殿下が必ず来てくれると信じていたからです」

「そうか、そうか。安心したまえ。物資は船に積んできた。援軍も今夜には到着する。よく成し遂げたな。皆、本当に良くやってくれた」

 王叔父殿下に讃えられたファラス軍の士気は最高潮まで高まっていた。

 これで東の不退の長城のファラス軍、南の海のファラス海軍、西のコーネリア領の解放軍、そして北からのブルッシュ軍がガイナス軍を包囲に成功した。

 この報と昨日に大攻勢に出たにも関わらず勝利することが出来なかったガイナス軍は王叔父殿下に交渉の場を用意した。

 ガイナス軍はコーネリア領まで退くことを条件に一時休戦を提案。王叔父殿下も武装解除までは求めず、それを承諾した。

 こうして遂に不退の長城はガイナス軍より解放された。


「ファラスの勝利を祝いたいところだが、まずは決めねばならぬことがある」

 ガイナス軍が撤退した夜のこと。ファラスの騎士たちは王叔父殿下の大天幕に集められていた。

「反逆者であるルージェマ・コーネリアと、その家臣の処遇についてだ」

 王叔父殿下が最上座の床几から見下ろすのは両手を縄で縛られたルージェマ本人だった。

「我々はルージェマ卿の裏切りで多くの仲間を失ったんだ!」

「即、首を」

「生かしておいたらもっとひどい目に遭うぞ!?」

「家臣もろとも処刑だ!」

 不退の長城で戦っていた騎士たちはルージェマの裏切りと残忍さを叫び、処刑を望む。

 ルージェマは自分に罵声が浴びせられているにもかかわらず笑みを崩さない。その態度が騎士たちの怒りを煽る。

「ま、待ってください!」

 下座の方で声が上がる。兄の代わりに列に並ぶことを許されたララだった。

「ルージェマお姉さまが居なければ今回の戦は負けていたのかも知れないんですよ!?」

「そういう状況を作った張本人だろ!」

「大軍であるガイナスを戦いもせずに素通りさせたから不退の長城は落ちかけたんだ!」

「時間稼ぎもしないで屈したガイナスの狗だ!」

 ララの反駁に他の騎士が声を荒げる。

「それは……それはファラスが助けてくれなかったからではないですか!!」

 ララは立ち上がり王叔父殿下に向き合う。

「ガイナスを、今も敵に与しているファラス南部の軍を……お姉さまだけで戦えと仰るのですか!!!」

 ララは吼えた。その瞳には涙も浮かんでいる。

「当たり前だ! ガイナス軍の進路にコーネリアの領地があったのだから」

「コーネリア領なら大軍を封じ込める広さがある」

「ファラスに忠誠を誓ったならばファラスのために戦うべきだった!」

「忠誠?」

 一人の騎士の言葉にルージェマが笑みを消した。

「忠誠ですか? なぜファラスに忠誠を誓わなければならないのですか?」

「貴様……!? 口を慎め!」

「忠誠を誓えば豊かになるのですか? 戦に強くなるのですか?」

「誰かこいつを黙らせろ!」

「私の名は――」

 ルージェマは静かに、だが騎士たちを黙らせる声で言った。

「私の名はルージェマ・コーネリア。悪逆非道、謀将の娘。ファラスに忠誠などなく、求めるのは力と富のみ。殺したければ、どうぞ。私という毒を扱えぬのなら」

 ルージェマは王叔父殿下を睨み据える。

「マリー卿、どう思う?」

 王叔父殿下が問うたのは今回上座に座るマリーだった。

「今回の戦の指揮を執っていたのは貴殿だ。どうする?」

 マリーは閉じていた瞳をゆっくりと開く。

「私はファラスの騎士です」

 ならば、とマリーはルージェマを見据える。

「ファラスのために生かしておくべきです。たとえ、毒だとしても」

「何のためにだ?」

「ガイナスがいるのはコーネリアの領地。ルージェマ卿の存在は必要です」

「私を信じるのですか?」

 ルージェマが珍しく呆ける。

「はあ? あなたと何年戦してると思ってるのよ」

 マリーは深く息を吐く。そしてちょいちょいっとララを手招きする。

「どうしたんですか、マリー様?」

 小首を傾げたララはマリーの前に立つ。

「はい。人質決定!」

 マリーはララを抱き寄せると首筋にナイフを突きつけた。

「これでチェックメイトでしょ。ルージェマ卿?」

 唐突な出来事に困惑するララ。

「良い策ですね」

 ルージェマはクスリと笑う。

「だから私はあなたが嫌いなんですよ」

「奇遇ね。私もあなたが大っ嫌いよ」

 互いの笑みが大天幕の空気を凍らせたのは後にまで語られた。


 


――ファラスの南西 自治都市エマンガイア――


「ガイナスに都市を奪われてから、もうすぐ一年ですか」

 白く豊かな長髪をツーサイドアップで束ねた少女が屋敷の窓から巡回するガイナス兵を見下ろす。

「残念か?」

 彼女に声をかけたのは同じく白長髪の幼い姿の隻眼隻腕の女性。

「そういうわけではないんですけどね。暇なんですよね、正直言いますと」

 少女は窓枠で頬杖をついて溜息を吐く。

「私たち〈白髪の一族〉が戦場に出ないなんて。今からでもファラスに行きますか?」

「行ってどうするんだ? お前に勝てる奴なんて居ないだろう」

 少女は女性に振り返り、微笑む。

「分からないじゃないですか。ユリマラさんより強い人が居るかもしれませんよ。そう、例えば〈赤髪の一族〉とか」

 女性は呆れたと溜息を吐く。

「戦好きは〈白髪の一族〉の性か」

「《無敗》の名を欲しいままにした師匠が何を仰っているんですか」

「《最強》の弟子を持つと苦労させられる」

「それは光栄です、師匠」

 さてと、と少女は純白の外套を羽織る。

「師匠も暇なら手合わせしてくださいよ。今度は殺しますから」

「……ほんとうに面倒な弟子だよ、お前は」



南部動乱編はこれで終わりです。次回からは最後に登場した〈白髪の一族〉を焦点に展開していきたいと思います。

mあた、aいましょう。さようなら!!!

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