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歴史還元の亡国騎士  作者: mask
南部動乱
34/68

〈裏切りの将〉

~不退の長城 第二砦~

「ユトラの港が壊滅……?」

 偵察の報告にマリーは地図を睨む。

「大砲を積んでいるのね。兵士の被害は?」

「死傷者は千人ほど。ユトラの港北端で再編成中です」

「予想より甚大ね。きっと私の考えがバレてる」

 マリーは悔しげに壁の地図を叩く。

「敵にルージェマが居る……!?」



~ユトラの港から南に五キロの海上~

「いや~恐ろしいものだな、大砲ってやつは」

 髪の毛を後ろにひっつめた無精髭の痩せた中年男ーーサヤマは単眼鏡で煙を上げるユトラの港を見た。

「大砲ぐらい、あなたの故郷の極東にも有ったでしょう」

 甲板で紅茶を嗜むのはコーネリアス家の若い現領主ーールージェマ・コーネリアス。

「船に載せて、この距離を飛ばす大砲なんて極東には無かったさ」

「これでも型落ち品を安く手に入れただけです。大陸の西側では鉄の船が見られるらしいですよ」

「へえ、見てみたいものだ」

 それで、と無精髭の中年男はルージェマに振り向き、親指を背に向ける。

「俺たちは上陸するのか?」

「私たちは休憩です。後はガイナスに任せましょう」

「今、上陸すれば褒賞としてガイナスから港を貰えるかもしれないぜ?」

「それはないでしょう。所領一部安堵に色がつく程度ですよ」

「お姫さん、あんたは本当にこれで良かったと思っているのか?」

 サヤマはルージェマを探るように、そして彼女を悲しげに見つめる。

「これで、とは?」

 ルージェマは振り返らずにカップをテーブルに置く。カチャリとなった陶器の音が耳に響く。

「ファラスを裏切ってガイナスに頭を垂れることだ」

 サヤマの言葉に一瞬迷ったルージェマだったが、カップを持ち下唇に縁を当てた。

「ファラスが弱いのがいけないんですよ」

 ルージェマは紅茶を飲み干すと甲板を去った。



~ブルッシュ家領地のとある城~

 城内ではカーペットが敷かれた廊下を歩く二人のメイドが主の待つ部屋へ向かっていた。一人は白いクロスで覆われたワゴンで朝食を運び、もう一人は洗濯かごと新しいベットシーツを腕に掛けて。前者は長身で黒長髪を団子にした切れ長の瞳の若い女性、後者は小柄な金長髪の少女だった。

「それは?」

 主の部屋の前に着くと、部屋の番をしていたガイナス軍の兵士がメイド二人を睨み下ろす。

「ララ様の朝食をお持ちしました」

 黒長髪のメイドが言うとガイナス兵はワゴンに歩み寄り、料理を目で確かめていく。

 トーストに目玉焼き、ベーコンに野菜のサラダを順に何度も睨む。

「怪しいものは入っていないようだな」

 ガイナス兵は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、二人のメイドに入室の許可を出す。

「失礼します。ララ様、朝食をお運びしたいのですが、よろしいでしょうか?」

 黒長髪のメイドが扉をノックして問うと、少女の元気な声が返ってきた。

 主の許可を得た二人のメイドは部屋へと入っていった。

 それから十分ほど経ち、部屋から出てこないメイドたちに苛立ちを覚えたガイナス兵は強めに扉をノックする。

「まだ出てこないのか? 飯を運んだなら出て来い!」

「扉を開けてもらってもよろしいですか?」

 ガイナス兵は部屋から聞こえた声に訝しがったが、扉を開けてやる。

「ありがとうございます!」

 部屋から現れたのは下着やドレス、部屋着にタオルなどの大量の洗濯物だった。顔が見えないほど山積みになったゆらゆらと揺れる洗濯物を金長髪のメイドが悪戦苦闘しながらふらふらと廊下に出てきた。かなり無理をしているらしく身体が震えている。

「……手伝うか?」

 さすがに可哀想に思ったガイナス兵が声を掛ける。

「ご、ご、ご心配なく~」

 肩を跳ね上げた金長髪のメイドは逃げるように廊下の角を曲がっていった。

「それでは私はこれで」

 ガイナス兵が呆然としていると部屋から出てきた黒長髪のメイドが白いクロスで覆われたワゴンを運び出す。

「?」

 呆けていたガイナス兵だがワゴンのクロスから服の裾のようなものが見えているのに気づいてワゴンを止めさせる。

「おい、メイド。ワゴンの中に何を隠している?」

 睨みを利かせて黒長髪のメイドを探るガイナス兵。だが彼女は涼しい顔で答えた。

「洗濯物です」

「洗濯物なら別のメイドが持っていっただろう!?」

「彼女でも運びきれなかった洗濯物が入っているのです」

「違うな!」

 ガイナス兵は声を荒げる。このメイドが嘘を吐いてるのは明らかだ。彼は確信していた。そして、ある考えが頭を過った。

「その中にいるのはブルッシュ家の姫だろう! 見せてもらうぞ!!」

 ガイナス兵はワゴンのクロスを引き剥がした。

「………………」

「……すまなかった」

 ガイナス兵は素直に謝罪した。ワゴンには本当に洗濯物しかなかった。

「いえ、お気になさらず」

 黒長髪のメイドはワゴンのクロスを直す。そのままワゴンを押して廊下の角を曲がった。

「お疲れ様です、お嬢様」

 黒長髪のメイドは先に庭に出ていた金長髪のメイドを労る。

「本当に緊張しましたよ、クレラさん」

 腰を抜かして胸を撫で下ろす金長髪のメイドはクレラの主であるララ。

「どうにか入れ代われましたが、これからどうしましょう」

 城内ではガイナスの守備兵が巡回している。城から逃げ出すのは容易ではない。

「手は回してあります。問題は城から出た後です。追手がかかるでしょう」

「そのときはクレラさん、頼みましたよ」

「はい、お嬢様」

 クレラはララに恭しく頭を垂れた。



~不退の長城 第二砦~

 昼を過ぎた頃、ファラスの騎士たちは円卓を囲んでいた。

「ユトラの港は解放された。だけど敵の砲撃で崩れ去った港は放棄せざるを得ない」

 マリーが地図で騎士たちに説明していく。

「第二砦、ユトラの港を奪還したことによりガイナス軍は挟撃を恐れて第一砦から撤退したわ」

 マリーはバンと地図を叩く。

「これで不退の長城南側の奪還は成った!」

 そこで一発の砲撃音。

「でも西側のガイナス軍本隊が再び動き出し、このままでは不退の長城は陥落する。敵は二十万、こちらは集めても二万。私たちに勝ち目はない」

「だけど俺たちには援軍が来る!」

 アークが騎士たちを鼓舞する。

「大砲も随分と潰しましたね」

 疲れ気味のイリーダが苦笑する。

「そうだな。負けるわけにはいかない」

 リーシアが強く頷く。

「そうね」

 マリーは微笑む。

「勝ちましょう、私たちでガイナスの大軍勢に」


 その頃、騎士ではないルナとネルシーは戦支度に追われていた。

「兵たちの士気がみなぎっていますね」

 兵に指示しながら微笑むルナ。

「これもルナちゃんたちが助けてくれたおかげだよ」

 弓の手入れをするネルシー。

「いえ。私ではなく、騎士の皆様の力です。私は……何も」

「そんなことないよ」

 ネルシーは弓の調子を確かめて、ルナを見た。

「私は見てたよ。ルナちゃんが戦う勇敢な姿」

「……ありがとうございます」

 ルナは面映ゆい気持ちになり笑った。

「報告!」

 偵察兵がルナたちの前に跪く。

「北にブルッシュ家の旗あり!」

「ブルッシュ家!? 無事だったのね!!」

 この報に喜び立ち上がったのはネルシーだった。

「部隊は何? 数は? 味方なの?」

 矢継ぎ早に問いかけてくるネルシーに偵察兵は歯切れ悪く言った。

「……たった二人です」


「ここまで何とか逃げ切れたのに!?」

「ララ様逃げ続けてください!」

 ララとクレラは馬上の人となり息切れながらも不退の長城に沿って駆け続ける。

「まさかアルレリッタ屋敷砦が敵の手に落ちていたとは」

 二人はマリーに会いに不退の長城に辿り着いたが、ブルッシュ家の領地から一番近い北端の"敵方に落ちた砦"に近づいてしまった。そのため絶賛追われ中である。

 逃げても逃げても左手に見えるのはガイナス軍の軍旗。

 とても長い不退の長城を見続けると世界が永遠に感じられた。

「!?」

 それは唐突だった。いや気づきたくなかっただけかもしれない。

 第六砦の横を通りすぎたときララが乗っていた馬が盛大にひっくり返った。ララは投げ出されて地面をズズズと転がる。馬は疲れていたのだ。ここまで来るのに何度もガイナス軍に追われて何十キロも走り続けていた。ララの馬は苦しげに呼吸をするだけで動かなくなっていた。

「お嬢様!?」

 クレラが馬から降りてララに駆け寄る。

「怪我はございませんか?」

 必死の形相のクレラにララは大丈夫、と微笑む。

 追手の馬蹄が二人に近づく。敵は四人だ。

「お嬢様、少しお待ちください」

 クレラは一度だけララの両手を握ると自分の馬に跨がり、くくりつけていた戦斧を構える。そして追手に突撃した。

 追手は二人づつに分かれて片方はララにもう片方はクレラに向かっていく。だがクレラはララを襲おうとする追手に追随する。

「殺らせません!」

 クレラは片手で戦斧を掲げて隣を駆けていた追手を叩き潰す。亡骸は馬に置いていかれて地面に落下する。もう一人の追手はクレラが只者ではないと勘づいてすぐに旋回してもう一組に合流する。

 クレラは逃げようとする馬の手綱を捕まえて自分と一緒に駆けさせる。

「お嬢様、この馬で逃げましょう」

 クレラの提案にララは頷いて馬に跨がる。

「先に行ってください! 私が追手を引き受けます」

「クレラさん一人なんて無理です!」

「お嬢様がマリー様の許に辿り着くまで足止めするだけです。さあ!」

 クレラがララの乗る馬の尻を叩くと驚いた馬は駆け出した。

「必ず助けを呼ぶから待っててください!」

 ララを見送るとクレラは追手に向き直る。数は増えて二十人ほど。

「さあ、来てください。皆さんの首を落として見せましょう」

 戦斧の先を追手に向けてクレラは不敵に笑った。


 北から参ったブルッシュ家の来訪者を迎えるため不退の長城内を移動後、第四砦からネルシーとルナは従者数名と共にシュテルツ家の旗手を連れて馬で駆けていた。

「居た! あそこ!」

 先頭を駆けていたネルシーが前方を指差す。その先に目を凝らすと黒い点に見えたが確かに一騎だけこちらに向かってくる馬が見えた。単眼鏡を覗く、上に乗っているのは……兵士ではなさそうだった。

「ブルッシュ家の使者だとしたら共闘が出来るかもしれない。何としても助けないと」

「ネルシー殿! あの人、追われています!?」

 ルナが叫んだ通り、第五砦から出現した数騎のガイナス兵がブルッシュ家の来訪者を追っている。

「そうは言っても、この距離じゃ私の矢は届かないよ!?」

 互いの距離は未だに五キロ以上は離れているだろう。いくら弓の名手であるネルシーでも不可能だった。

「私たちが着くまで堪えていて」

 ネルシーたちは願うしかなかった。

 

 ズダーン!!


 ネルシーたちが半ば諦めていたとき不退の長城より砲撃音。それに呼応するようにして西のガイナス軍からも砲弾が飛来した。

「始まってしまいましたか!?」

 ガイナス軍の方を見たルナは凍りついた。数千もあるガイナス軍の軍旗の下で十万は軽く超えるであろうガイナス兵が怒号をあげながらこちらに向かって前進していた。痺れを切らしたガイナス軍は遂に総戦力で不退の長城を落とすことに決めたのだ。

「援軍は間に合わなかった」

 ルナは手綱を強く握りしめて嘆いた。

「もう少しで……ファラスは勝てたのに」

「なあに泣いてるの?」

 先頭を駆けるネルシーは振り返って笑った。

「まだ私たちは負けていない!」



「報告! ガイナス軍本隊およそ十五万、こちらに進軍開始しました!」

 偵察兵の報告に騎士たちは浮き足だってしまう。

「どうするマリー?」

 アークは剣を携えて立ち上がる。

「決まっているだろう。なあマリー」

 リーシアはマリーに微笑む。

「ええ。全力で戦うだけよ」

 マリーはスウと大きく息を吸い込んで、言った。

「全ファラスの兵士に告げる」

 そして宣言した。

「私たちは、これより英雄となる。全部隊出陣しなさい!」

ファラス軍は守備兵を削った一万の部隊でガイナス軍に突撃した。

 


「もう少し、頑張って!」

ララは自分が操る馬を叱咤激励する。敵国の馬ながらララを振り落とすことなく健気に駆け続けていたのだ。

「……!?」

後ろから自分の馬ではない蹄の音がララに迫る。

「――クレラさん! 無事だったんですね!!」

意を決して振り返った先にいたのは彼女がここから信頼するメイドだった。

「振り返ってはダメです!? まだ追手がかかっています!」

クレラは追いつきララに並走する。

「クレラさん! そのケガ!?」

ララが驚くのも無理はなかった。クレラの刃で裂かれたであろう肩口からは血が溢れてメイド服を濡らしていたのだ。

「このぐらいは平気ですーー! お嬢様!?」

 主を安心させようと微笑んだクレラだったが刹那、何かに気付いて右手に握っていた戦斧を後ろに振った。するとバキンと音を発てて割れたのは追手が放った矢だった。これを成せたのはクレラが只者ではなかったからだ。

 だが矢はもう一本、ララを狙っていた。それに気付いたのはクレラが完全に戦斧を振り切ったときだった。まるで彼女の一振りを予想していたかのように刃の軌跡の下を通り抜けた。

 嫌な音がした。阻めなかった矢が音をあげたのだ。

「お嬢様……?」 

 信じたくなかった。隣を並走するララは力なく馬の首に凭れていた。

「そんな……お嬢様!!」

「ビックリしましたよ!」

 悲痛な声のクレラと反対に間の抜けた声のララがガバッと起き上がり、馬の手綱を握り直した。

「お嬢様! ご無事だったのですね!!」

「私は大丈夫です……クレラさん離れて!」

 ララに言われるがまま並走する馬の距離を開けると二人の間を矢が過ぎ去っていった。

「今のは!?」

 矢は後ろの追手からではなかった。前から来た弓騎兵の放ったものだった。

「ララ!」

 自分の名を呼ぶ弓騎兵にララは安堵した。

「ネルシー様!」

 そう返すとネルシーが引き絞った弦から矢が放たれて最後の追手の胸を射抜いた。

「無事だったのね!」

 ネルシーは手綱を引いてララに轡を並べる。

「ネルシー様も息災ですね」

「息災だけど災難続き」

 安堵するララにネルシーは苦笑する。

「間に合ったんですね。良かった!」

 ルナが追いついた。

「ネルシー様、マリー様は何処に?」

 メイド服の裾を破り、器用に縛って止血するクレラが訊いた。

「クレラ、さんだったね。マリ姐なら戦ってるよ」

 ネルシーが指差した先に見えるのは〈百騎兵〉の旗をはためかせる少数の部隊。

「あの数に向かっていったのですか!?」

 〈百騎兵〉は名前の通り精鋭中の精鋭を集めた百騎。だがいくら強くてもそれしか居ないのだ。

「マリー殿だけではありません。他の将兵たちも守りたいもののために立ち上がっています」

 〈百騎兵〉の旗を追いかけるようにファラス、そしてそれぞれの領主を現す旗が戦場を駆ける。

「私たちも早く行こうよ」

「待ってください!」

 自分が敬愛する姉の許へと参じようとしたネルシーだったが、何処からか聞こえた幼い声に呼び止められる。

「今の……誰?」

 周りの三人に問いかけるが小首を傾げるだけ。

「おかしいな? 確かに女の子の声が聞こえたはずなんだけど」

「それってまさか!?」

 独白だったネルシーの言葉にルナが反応した。

「きっとリオン殿です。彼女はなんて言っていますか?」

「誰なのリオンって?」

 当たり前だがネルシーはリオンを知らない。彼女の存在を知っているのは知覚できないルナだけだ。

「私が皆さんを過去へお連れします。さあ瞳を閉じて」

 言われるがままに目を瞑った。

「……いつまでこうしていれば良いの?」

 リオンという名の少女から返答はなかった。代わりに周りの空気に変化を感じて目を開けた。

「何処よ、ここ?」

 ネルシーたちは壁掛けの燭台だけが照らす薄暗い廊下に立っていた。

 窓を見ると、外は既に暗く、だが見張り用である松明の炎が淡く見えていた。

 ネルシーは気味悪がった。だが彼女以上に反応を示した者が居た。

「ここは……ブルッシュ家の砦。あのときの砦!」

 ララは身を震わせていた。それほどまでに彼女は動揺している。

「急がないと」

 ララは何かを決心したように駆け出す。

「ちょっ待ってよ!」

「ネルシー様」

 後を追いかけようとしたネルシーをクレラが呼び止める。

「これはどういうことですか。なぜ私たちが、この砦に?」

「過去を変えるためです」

 そう返したのはルナだった。

「リオン殿がそう出来ると信じたから私たちは、ここに居るのです」

「過去って。ここは何の過去なの?」

「その話が本当であるのだとしましたら」

 クレラは二人を窺い、言った。

「この夜、この砦で、ルージェマ様はブルッシュ家を裏切りました」


「ルージェマお姉様」

「あら、どうしたのですか?」

 ある扉の前でララは探し求めていた人物を見つけた。いつもララを愛しく思い、微笑んでくれる姉と慕う彼女を

「これから何処に行かれるのですか?」

「今後の戦について領主の許にですよ。ファラス南部軍は消えたも同然ですから対策を考えなければなりません。あなたは部屋にお戻り。私は軍議に向かわないと」

「そこで、お兄様を捕らえてしまうのですか?」

 一瞬、ルージェマの笑みが崩れた。

「なぜそう思うのです?」

「否定はしてくださらないのですね」

 ルージェマから完全に笑みが消えてララに初めて冷たい瞳が向けられた。

「戻りなさい、ララ。言うことを聞けない子供に三度目はないですよ」

 ルージェマはララから視線を外すと、扉のノブに手をかける。

「待ってください、お姉さま!」

 だがララの制止は聞かず、ルージェマは部屋へと消えた。

「お姉さま」

「入らないのかい、ララ姫?」

 置いてかれた仔犬のようになってしまったララに声をかけたのはルージェマが雇っている傭兵部隊の隊長であるサヤマという極東人だった。

「サヤマ様! どうにかしてルージェマお姉様をお止めいただけませんか!」

 突然自分にすがってきたララにサヤマは驚いたが、悲しげに笑うと首を振った。

「どうにかしてやりたいが、俺はただの雇われだぜ? お姫さんを止める意味も力もない。彼女の考えを変えたいなら自分で説得するしか道はない。さあ中へどうぞ」

 そう言うとサヤマは扉を開けてララに部屋の中へと勧めた。彼に従い、ララは部屋へと入る。

「そこの物騒な格好をしたレディーたちも俺の雇い主に用事かな?」

 サヤマが薄く笑った先にはネルシーたち三人が追い付いていた。

「ええ。私たちはルージェマ卿に用事があります」

 ネルシーが一歩前に出る。

「おおっと待ちな」

 かちゃりとサヤマが取り出したのは短銃。銃口はネルシーに向けられる。

「そんな殺気だった状態で雇い主に会わせられるわけがないだろ」

「裏切り者はここで殺すべきでしょ?」

 ネルシーは銃口など無視して、また一歩前に出る。

「裏切り者? 何のことか俺には分からないね」

「あなたが知らなくてもルージェマ卿に訊けば済む話です。だから退いてください。さもないと殺しますよ」

 ネルシーは携えていた短弓に矢をつがえる。

 お互いに距離は必中であり、お互いに名手だった。

「何をしているのですか、サヤマさん?」

 緊迫した空気の中、それを破ったのは部屋から顔を出したルージェマだった。

「いや、何でもないぜ」

 サヤマは短銃を仕舞ってルージェマに薄笑みを向ける。

「ちょいと客人と話してただけだ。で、どうする? 中に案内するか?」

 サヤマの言葉にルージェマはドアの陰からネルシーたちを一瞥し、笑った。

「良いですよ。ようこそ、ネルシー・アルレリッタ嬢」

 許可を貰った三人はルージェマとサヤマを警戒しつつ、部屋へと入った。

「これは、これは! よく来てくれましたネルシー殿!」

 彼女たちを迎えたのはブルッシュ家領主であり、ララの兄である青年。名前はテラジス・ブルッシュ。彼の隣ではララが緊張から解放された安堵の表情でネルシーたちに笑った。

「マリー殿が中部の戦へと向かわれてしまってシュテルツ家とは連絡が取れない状態だったが使者として来てくれるとは」

「使者ですか?」

「今、私たちはガイナス軍に対抗するために兵を砦に集めているのですよ」

「そうだ。ファラス南部の領主のほとんどがガイナス軍についた。今ではブルッシュ、コーネリア、そしてシュテルツしか居ない。マリー殿が居ないシュテルツには援軍を出す余力はないと聞いていたが」

 ネルシーは思い出す。シュテルツ家はブルッシュ家と共に戦わなかった。先の王位継承戦では敵同士であり、その後もマリーを奪われたシュテルツ家は不退の長城での籠城を選んだのだ。

「私たちはーー」

「援軍の使者ではないのなら下がってもらえませんか?」

 ネルシーの言葉をルージェマが遮る。

「そうなのか? ではネルシー殿は何をしに来たのだ?」

「お姉様を止めに来たのです」

 答えたのはララだった。

「ネルシー殿も、あなたも変なことを言いますね」

「お姉様は何故……ガイナスについたのですか?」

「おや?」

 ルージェマはわざとらしく驚く。

「どうして私がこれから言おうとしていたことを」

「やっぱり裏切り者じゃない!」

 ネルシーは腰の柄を握る。

「裏切り者、ですか。私はただ、降服を勧めに来たのですよ」

「ガイナスに降れと言うのか?」

 テラジスは眉根を寄せる。

「はい。だってもう無理ではないですか。敵の侵略は速く、数は南部軍を吸収して膨れ上がっている。勝つことより私たちもガイナスとして戦う方が得策だと思いますが」

「それはならない! 我らはメリル王のため、ファラスのために戦うのだ!」

 正義感の強いテラジスには降服の二文字は無かった。

「この国に価値があるのですか? 領主なら忠誠より領民の暮らしを守るべきでは?」

「どの口が言っているの。父親殺しの、あなたが!」

 吼えたネルシーにルージェマはピクリと反応した。

「ネルシー様、それは!?」

 思わず声を出したララをルージェマは手で制した。

「ええ。私は自分の利益のためなら誰だって利用しますし、誰だって殺しますよ。それがコーネリアの血ですから」

 ルージェマはネルシーを嗤った。まるで喧嘩する子供が愚かに見えるように。

「あなたを殺せば、未来は救われる。だから死んでもらう」

 ネルシーは剣を引き抜いた。

「これは交渉決裂ですか?」

 狙われているというのにルージェマはテラジスに語りかける。

「そうだ。ネルシー殿、殺す必要はない。捕らえるだけで良い」

「可能ならそうします」

 憤っているネルシーに加減という選択肢はなかった。ルージェマを殺す免罪符があれば構わない。

「そうですか残念です。テラジス様、あなたの負けです。大丈夫です、殺しはしませんから」

「何を言ってるの? あなたの負けよ」

 サヤマという男はルナが抑えてくれている。殺すなら今だ。

 ネルシーは剣を振り上げる。

「あなたは誰に従うの、クレラ?」

 ルージェマが微笑み、金属の甲高い音が部屋に響いた。戦斧に弾かれた剣が床に落ちる。

「どうして? クレラさんーー!?」

 ネルシーたちは唖然としていた。

「申し訳ありません。私はララお嬢様をお守りすることが全てです」

 外で鬨の声と怒号が響く。

「ガイナスが攻めてきたのか!?」

 驚いたテラジスが外を見る。戦っているのはファラス兵だけだった。ファラス兵同士が殺しあっているのだ。

「まさか、このために兵を!?」

「いまさら気づいても遅いぜ」

 サヤマが薄く嗤うと部屋にファラス、いやコーネリア兵が押し寄せる。

「これよりコーネリアはガイナスの兵として戦います。捕らえなさい」

 突然の襲撃にネルシーたちは捕まってしまう。

「お姉様、お姉様ならガイナスを倒せます。だから!」

「これが最善なのですよ、ララ」

「そんなことはありません。『戦殺し』のお姉様なら出来ます!」

「私など、ガイナス軍の前には無力ですよ」

 でも、と悲しげに笑ったルージェマをネルシーは見た。

「あなただけは助けます。たとえ、この身が潰えようとも」

 ルージェマがララを心から愛していることをネルシーは知った。

「ここまでですね」

 声が聞こえた。幼い声だ。ネルシーが首を巡らせると部屋の喧騒のなかで一人だけ異質な存在が居た。異彩色の髪と瞳を持つ幼い少女。

「あれ?」

 ネルシーは不退の長城に戻っていた。

「本当に過去だったの?」

「二人が居ない?」

 ルナの言葉にネルシーは周りを見たが確かに居なかった。

「お二人は過去に残っていただきました」

 そう言ったのはネルシーが過去の最後に見た幼き少女。

「私はリオンです。さあ過去は変わっていますよ」

                                                      

 

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