〈厩舎の騎士〉
「状況を説明するわ」
マリーの新設した近衛部隊の兵士たちはマリーの大天幕の前に集められた。兄妹も革鎧を身につけて腰には剣を携えている。
「私たちの領地は南を海に東をファラス王家直轄地及び王弟殿下が治める副都。北は同盟者であるブルッシェ家、西は敵対するコーネリアス家で囲まれている」
マリーは広げられた地図で順に指していく。
「今回の戦場は領地の境であり、ミームス川の支流ーーミルダン川。ここにはすでに私の母ーーレジーナ・シュテルツが三千の兵を展開している。対して敵は倍の七千。敵に砲兵部隊は確認されていない」
ミルダン川をなぞる。
「しかしコーネリアスの帆船ーー軍艦が確認された。これに応戦するために、こちらも海軍をユトラの港より発たせた。海戦戦力は五分五分。そしていつも通り、私たちが暮らす南北に伸びる長い城壁ーー不退の長城が最終防衛線。今回は補給拠点になってるわ」
港と、それに連なる不退の長城をそれぞれ指差す。
「私たちは三千の主力部隊、海軍帆船、不退の長城の三角の中心に陣を敷いている」
三角形を描いて中心を指差す。
「さて、私たちの任務はこの三角形を守ることと連携を途絶えさせないこと。この作戦を成し得るのは全てが騎兵で機動力がある私たちだけ」
質問は? マリーは近衛部隊に問いかける。
「はい! 何で敵は攻めてくるんですか?」
アリエラが手を挙げる。
「マーグとアリエラは初めて戦に関わるんだったわね」
マリーは応じる。
「じゃあ戦う意味を知るために改めて説明するわ」
マリーは地図に戻る。
「基本的には攻めてくるから守るんだけど。今回は利権について教えるわね。まずコーネリアス家はブルッシェ家の領内にある鉱山が欲しい。ブルッシェ家は内地だから港が欲しい。だから交戦中」
コーネリアス家とブルッシェ家を指差す。
「シュテルツ家は南から来る外国船との貿易をコーネリアス家に邪魔されるから交戦中」
南の海から辿り、ミルダン川河口を指差す。
「シュテルツ家は貿易で得た商品とブルッシェ家の鉱山の出土品(金属や火薬の原料)の売買と関税を撤廃する通商同盟で仲が良いの」
シュテルツ家とブルッシェ家を指差す。
「コーネリアス家とは仲良く出来ないんですか?」
アリエラが再び質問する。
「本当は三国同盟が構想されてたんだけどブルッシェ家の先代がコーネリアス家の現領主に謀殺されたの。だから仲が悪くて」
頭を揺らし、悩むマリー。
「俺たちは戦うんですか?」
マーグが問う。
「可能性はあるわ」
マリーは地図を示す。
「主力の戦闘は北より。つまり南が手薄になっている。ここを抜けられたら一気にユトラの港を押さえられてしまう。これは絶対に防がなければならない。その他にも主力の支援、海軍敗北時のユトラの港の防衛も私たちの任務。まあ後の二つは可能性が低いから頭の隅にでも置いておいて」
「報告!」
馬で駆けてきた伝令兵士がマリーの下で跪く。
「レジーナ様が率いる主力が戦闘を開始しました!」
「分かったわ。御武運を祈りますと伝えて」
短く返すと伝令は馬に乗って駆けていく。すれ違うように新たな伝令が来た。
「ミルダン川河口付近より敵が侵攻! 現在、守備隊と交戦中。数は二千!」
「主力は陽動、本命はこっちだったようね。守備隊は二百。私たちと合わせても五百に満たないか。厳しいなあ」
マリーは困ったように後ろ髪を掻く。
「私たちも出るわ! イリーダは重騎兵を率いて先行。軽騎兵と弓騎兵は私についてきなさい!」
空気を引き締めたマリーの指示に近衛部隊は迅速に動き出す。
「いよいよだね、お兄ちゃん」
「ああ。生きて戻ろう」
マーグとアリエラの兄妹は堅く抱き合った。
「マリー隊、進めえええ!」
マリーが乗るバルトが嘶き、先頭を駆け出す。兄妹も彼女に続いた。
「敵襲!」
ミルダン川河口付近のシュテルツ家の砦ではミルダン川を渡河するコーネリアス軍を発見して緊迫状態になっていた。
「敵は千、いや二千はいます!」
「落としに来たか。砦の扉を閉めろ! 弓兵は壁上で待機!」
守備隊長の指示で兵が動く。
「敵部隊に大砲を確認しました!」
「何だと!?」
壁上からの報告で守備隊長の背筋に冷や汗が流れた。
「敵はまんまと引っ掛かってくれたな」
「はい。今ごろ、難敵であるレジーナは陽動の部隊と交戦中でしょう」
全部隊を渡河させて纏めるコーネリアスの将と部下。
「歩兵部隊、準備が完了しました」
三人の歩兵隊長が将の前に跪く。
「分かった。歩兵部隊は前進を開始せよ。敵の矢には気をつけろ。援護には騎兵を貸す。砲撃と同時に突撃だ」
歩兵隊長たちは短く返すと、それぞれの部隊へ駆けた。そして号令をかける。
「全部隊、進め!」
砦から混乱のせいで、疎らな応射。
「敵の矢だ! 払い除けろ!」
木製の軽い盾で天を仰ぎ、降り注ぐ矢を防いでいく。
「たわいもないな」
「隊長! 偵察より報告です!」
馬で駆けていた兵士が歩兵隊長に並ぶ。
「重装の騎兵が接近しています。十分後には会敵の可能性があり!」
「シュテルツの援軍か。早いな。数は?」
「五十騎ほどです!」
「なら対処できるな。一度、砦からの攻撃が届かないところまで下がり、方陣を組んで応戦だ」
三つの歩兵部隊は、それぞれ六百の部隊で間隔を大きく開けて方陣を組み、三角形の頂点になるように並んでシュテルツ家の重騎兵を待ち構える。
「あれが敵の重騎兵か」
「敵を視認」
先に砦に辿り着いたイリーダは兜の面頬を上げて方陣を組んだコーネリアス軍を見据えた。
「私たちが来るのを知っていたか」
方陣は機動力や突撃が得意な騎兵に対して行う陣形だ。これは指揮官を囲み、全方位からの襲撃に対応できる防衛に向いた陣だ。
「私たちでは突破出来ても被害が大きくなるか」
イリーダは重騎兵が得意な騎兵突撃をしたいが槍衾に突撃するのは下策だった。
「マリー様を待つべきだな」
「指揮官の方でございますか?」
騎乗した兵士がイリーダに轡を並べる。
「私はレジーナ様の娘であらせられるマリー様の筆頭近衛でイリーダです」
「そうでしたか! 私は砦の者です。援軍感謝します」
兵士は頭を下げて礼を述べる。
「砦の守備隊長からです。指揮権の委譲をなさいますか?」
「いえ。砦の防衛を引き続き行うように、お伝えください」
「あの方陣はどうやって攻略されるつもりですか?」
兵士の問いにイリーダは苦笑する。
「私では無理です。ですがマリー様なら、きっと」
「呼んだ?」
マリーが残りの近衛を引き連れて到着した。
「マリー様。あの方陣を攻略しますか?」
イリーダが指差す敵をマリーは見据える。
「方陣か。厄介ね。軽騎兵も周りを回ってる」
マリーは少しの間、黙考する。
「破りましょう。ここで待っていても砲撃されるだけだわ」
「作戦は?」
「カラコールを行うわ。一撃離脱戦法を、ね」
マリーは弓騎兵を前に出す。
「よく聞いて。敵の方陣は長槍兵を主力としてるから突撃は困難。だから弓騎兵の皆には弓矢で長槍兵を倒して欲しい。射ったら逃げるを繰り返してね。だけど敵が動かないからって油断してはダメよ」
マリーは方陣を指差す。
「あの方陣の中には遠間武器を備えた兵が居る。そいつらは私たちが離脱するときに方陣から背中を狙ってくるわ。それがカラコールの弱点。弓騎兵はそこに気を付けてね」
マリーはマスケット銃を構える。
「軽騎兵は弓騎兵の援護よ。仲間を襲う不届き者を蹴散らしなさい!」
マリーはイリーダに向く。
「重騎兵は私たちが崩した方陣を蹂躙して」
「了解です」
近衛部隊が応えるとマリーは満足そうに頷く。
「それじゃあ始めるわ。狙いは右の方陣。進めえええ!」
マリーが号令をかける。
「行ってくるね、お兄ちゃん」
「ああ。気をつけろよ」
弓騎兵のアリエラと軽騎兵のマーグは肩を抱き合うと別れた。
「来たぞ! 狙いは俺たちだ!」
三角形の一角の方陣の歩兵隊長は指示を飛ばす。
「長槍兵は姿勢を低くし構えろ! マスケットは近づいてきた奴らを殺せ!」
「良いか! 方陣に決して突っ込むな! 方陣と平行になるように駆けて、弓の間合いになったら射るんだ! 行くぞ!」
「はい!」
先輩弓騎兵に従いアリエラは方陣の周りを回り始める。間合いに近づくと短弓を引き絞る。
「今!」
アリエラは矢を放った。見事に敵長槍兵を射抜く。
「!?」
離脱しようとしたときアリエラの耳に銃声が届く。それだけで心臓が飛び出そうになった。だが狙われたのは彼女ではなかったらしく、深呼吸して鼓動を収める。
「お兄ちゃん、私も頑張るからね!」
アリエラは再び短弓を引き絞った。
「強い!」
マーグは敵軽騎兵と槍を交じ合わせていた。この敵を倒さねばアリエラや他の弓騎兵たちが危険にさらされてしまうからだ。
マーグは敵軽騎兵と何度も槍を叩きつけあう。
「そのまま動くな!」
味方に言われてマーグは敵の槍の柄を掴み、固定した。そこを味方の弓騎兵が射ってくれる。背中に矢が刺さり、力尽きた敵軽騎兵を落馬させる。
「ありがとうございます!」
「礼には及ばねえ。さあ続けるぞ!」
「はい!」
仲間の弓騎兵に礼を述べて次の敵を探したとき、見てしまった。
馬を銃撃されて落馬する妹を。
「アリエラあああ!?」
次で九人目。心の中で数え、背中の矢筒から矢を取り出して引き絞るアリエラ。
「よし!」
今度も見事に敵長槍兵を射抜いたアリエラは離脱する。
ダーン
「え?」
初めは自分に起こったことが分からなかった。馬が嘶き、立ち上がったかと思うとアリエラは地面に倒れていた。
「痛……い」
背中から受けた衝撃で全身が痺れる。
「逃げ、ないと」
アリエラはうつ伏せになり、何とか身体を起こす。
「早く、逃げない、と」
弓を手で探ったが見つからない。落馬したときに何処かにいってしまったらしい。馬は隣で倒れて涙を流している。
「ごめんね。痛かったよね」
光を映さなくなった馬の瞼を閉じてあげる。
「覚悟!」
落馬したアリエラを狙い、槍を腰まで引いて向かってくる敵軽騎兵。
アリエラは痛む頭で思った。絶対に死にたくない、と。
「うわあああ!!」
アリエラは腰の剣を抜いて両手で胸の前に構えた。彼女は挑んだのだ。生きるために。
槍が突き出される。アリエラは剣で防ーーげなかった。
槍の穂先がアリエラの瞳に映った。
ごめんね。お兄ちゃん
アリエラは瞳を閉じた。
銃声。
槍はアリエラをーー彼女の頬を掠めただけだった。
「まだ生きなさい、アリエラ」
遠くで聞こえた声にアリエラは目を開けた。彼女が見たのは彼女に銃口を向けるマリーだった。
「マリー様?」
アリエラが紡いだ声はマリーには聞こえていないだろう。だがマリーは確かに頷き、他の敵軽騎兵へと駆け出した。
「大丈夫か!?」
マーグが駆けつけて馬から飛び降りる。
「お兄ちゃん?」
呆然としていたアリエラは兄を認めると、涙を流した。
「怖かったよ~」
アリエラは最愛の兄に抱きつき革鎧を濡らす。
「無事みたいだな。本当に良かった」
マーグはアリエラを安心させるために抱いて背を優しく叩く。
「さあ俺の馬に乗れ。砦まで逃がしてやる」
兄妹は同じ馬に乗り、砦へと駆けた。
「お兄ちゃん、大好きだよ」
マーグの腰に腕を回して頭を彼の背に預けるアリエラ。
「俺もだよ」
マーグはアリエラの手に自分の手を重ねた。
「崩れた!」
遠くから戦いを見ていたイリーダは味方が敵の方陣を崩したことを確認すると面頬を下げる。
「重騎兵隊、私に続けえええ!」
騎兵槍と盾を打ち鳴らした重騎兵たちは馬を進め、徐々に速度を上げると最高速度の襲歩で崩れた方陣のコーネリアス兵に突撃した。
「さすがイリーダね。ナイスタイミング!」
重騎兵たちが敵を打ち砕いた光景に微笑むマリー。だが、すぐに表情を引き締める。
「他の方陣の兵士を近づかせるな!」
突破後の重騎兵は急には止まれず、駆け抜けて離脱しなければならない。そこを横からでも打撃を加えられたら重騎兵隊は崩れてしまう。
マリーは近くにいた仲間を集めると未だ健在な二つの方陣から来る援軍を妨害する。彼女たちの助勢によって重騎兵たちは離脱し、再び砦の傍で隊を整える。それを確認するとマリーも隊を退かせる。
「被害は?」
集合が確認した近衛部隊の兵士たちを見回す。
「重騎兵は七名が脱落」
「軽騎兵、十四名脱落」
「弓騎兵は二十名脱落」
兵士の報告にマリーは激突した戦場を見つめる。あそこには四十一名の仲間を置いてきてしまった。
「戦える者は再編しなさい! 弓と馬は砦で補充して!」
マリーは悲しみを切り捨て指示を出す。
「もう一度、突撃しますか?」
マリーに轡を並べるイリーダ。
「止めましょう。一つを崩すのに四十一名。あと二つ崩したときには私は自分をぶん殴ってやるわ」
気丈で不敵に笑う。
「では、どうなさるんですか?」
マリーは黙考する。そして決断する。
「あの方陣は動かないわね。イリーダを警戒してる」
方陣を崩されたコーネリアス兵は別の方陣に再編されている。
「臆病風に吹かれている方陣は放っておいて、本陣攻めちゃうか」
夕食の献立を変更するかように紡がれる言葉にイリーダは瞠目する。
「本陣って本陣ですよ!? 一番守りが固いところではないですか、お嬢!」
「なら、それを崩したら敵は驚くわね」
マリーは不敵に笑う。だが、すぐに表情を引き締める。
「砦の仲間に伝えて。軽騎兵、弓騎兵と協力して敵の気を私たちから逸らして。決して戦う必要はないわ」
伝令は短く返すと砦へと駆ける。
「イリーダは重騎兵を纏めて私に続いて」
「危険です!? マスケット銃だけでは、お嬢の身が!」
「安心して。自分の力を過信しているわけじゃないわ」
マリーは直接イリーダの後ろに移り乗る。
「あなたが私を守るのよ。頼むわよ、イリーダ!」
「はい! お任せを!」
イリーダは感極まって涙を流す。
「泣かないの。私とネルシー、これからは近衛部隊のお姉ちゃんになるんだから」
「はい! 申し訳ありません」
恥ずかしげに面頬を下げるイリーダ。
「それじゃあ行くわよ。進めえええ!」
「凄いな、マリー様は」
まだ戦う! というアリエラを砦に預けたマーグは敵へと駆けたマリーの勇ましさと智謀に震え、奮えた。
「まだ十三なのに驚きの戦上手。さすが三代目女流騎士」
「マーグ! お前も出るぞ!」
先輩軽騎兵に呼ばれてマーグも方陣へと挑発をかけた。大声で罵倒し、武器を打ち鳴らす。だが苛立たしげな方陣のコーネリアス兵たちは陣を崩すことが出来ないので手が出せない。
半刻後、マリーが敵将を討ち取ったという報が伝えられた。
「初めての実戦で生きて帰ってきたのね。上出来だわ」
戦いが終わり、全兵が砦に収容されたときだった。軽傷だが念のためとアリエラが治療され、マーグがそれを見守っていた。そこにマリーがやって来て言った言葉だった。
「マリー様、助けていただきありがとうございました」
「俺からもありがとうございます」
兄妹は頭を下げる。
「そう。救えた命もあるのね」
悲しげに微笑むマリーが見たのは回収された近衛部隊の兵士たち。
「四十五名が戦死。私が死なせた数。彼ら彼女らは私の命令で死んでしまった」
「マリー様のせいじゃーー」
「大丈夫よ」
マリーが自分を責めていると思い、否定するアリエラ。だがマリーは柔らかく微笑む。
「私は、もう狂っているから」
「マリー!? 怪我はなかった?」
先に不退の長城のシュテルツ家屋敷に戻っていたレジーナはマリーを抱き寄せた。
「苦しいです、お母様」
「もう無茶して!」
レジーナは目端に涙を溜めながら怒り出す。
「私はシュテルツ家の娘です。民のために戦ったのです」
「まだ従騎士にもなっていないのに。初陣には早いでしょ?」
「戦火が広がれば年齢など関係ありません」
「そうかもしれない。だけどねマリー、あなたは、お母さんたち大人が守るわ。だから無理をしないで」
願うレジーナ。マリーは嬉しそうに微笑みーー首を振った。
「もう遅いです、お母様。私はもう、女流騎士ですから」
「そうか。そなたが三代目」
二人の隣に男が立つ。
「「王弟殿下!?」」
レジーナとマリーの母娘は跪く。
「良いのだ。今日は客として忍びで来ているのだから」
手で制す王弟殿下。彼は策略家である現陛下とは違い、体格が良く武闘派だった。
「レジーナの娘よ」
「はい。マリー・シュテルツです」
「マリーは騎士になりたいのか?」
はい、とマリーは大男の王弟殿下を見上げる。
「ならば一年待つが良い。従騎士の資格を得たとき騎士へと叙勲しよう」
「ありがとうございます」
マリーは胸に手を当てて頭を垂れる。
「良かったなマリー!」
「お父様! お帰りなさい! いつ帰られたのですか?」
「王弟殿下と一緒にな。今日は一級勲功だったらしいな!」
豪快に笑い、マリーの背中を叩く。
「テオ! マリーはまだ騎士にはーー」
「いや、マリーには早いほうが良い。この子の才能を俺たちで抑えるわけにはいかない」
テオはマリーの金長髪を優しく梳く。
「この子はファラスに名を轟かせるよ」




