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歴史還元の亡国騎士  作者: mask
外伝1 厩舎の騎士
28/68

〈厩舎の兄妹〉

 これはファラスに名を轟かせた部隊の過去である。

「お兄ちゃん!?」

「ん? どうした、アリエラ?」

 慌てた様子の妹に馬をブラッシングしていた手を止めるマーグ。

「これ! これ見て!」

 アリエラに手渡された羊皮紙を眺める。どうやら領主様からの手紙らしい。

「えッ!? 俺たち何かしたっけ!? 先月もちゃんと税を納めたのに!?」

「そうじゃないよ。よく読んで!」

 アリエラに急かされて内容を読む。

「一週間後に育てた馬を集める?」

「そう! 領主様は優秀な軍馬を集めて新しい部隊を作るんだって」

「この手紙が俺たちのところに来たということは」

「チャンスだよ、お兄ちゃん! うちみたいに小さな牧場でも、領主様に気に入ってもらえれば評判を聞いたお客様が来てくれるかもしれないよ!」

「なるほど」

 父は戦で、母は病で亡くなり、牧場と厩舎を形見として引き継いだマーグとアリエラの兄妹。だが、まだ若い二人には経営は難しく、新しい顧客を取れずに数人の常連客に支えられて生活していた。

「契約している馬だけじゃ借金が増えちゃうばっかりだよ。私たちも行こう!」

「預けてもらっている馬を連れていくわけにはいかないだろ」

 厩舎の馬房で(まぐさ)を食む馬たちは常連客に頼まれて世話しているだけだ。勝手に売りに行くわけにはいかないだろう。

「いるじゃない、一頭だけ。『バルト』が」

「でも、あいつは俺たちに懐いてないだろう」

 自分たちの家に一頭だけ体格の良い立派な『バルト』という名の白毛の馬がいるのだが、これが暴れ馬であった。普段は大人しく、世話もさせてはくれるのだ。しかし、鞍を載せさせてくれず、背に乗ろうとすると振り落とされる。

「親父には懐いていたんだがな」

 十年以上前から兄妹の父親が駆っていた馬だった。だが昨年に父親が戦死したときは引退して余生を過ごしていた。

「それに年寄りだ。どんぐらい走れるか分からない」

「分からないじゃない。行くだけ行ってみようよ」

 アリエラに押し通されて一週間後、兄妹は壁に囲まれた領主様の屋敷に来ていた。

 バルトの背中には乗せてもらえないので手綱ーー轡は大丈夫らしいから引いて三刻以上かけて歩いた。ヘトヘトだったので兵士に案内された庭で休んでいるところだ。バルトは他の馬と同じく屋敷の厩舎に繋いできた。馬番を蹴り飛ばさなければ良いが。

「お兄ちゃん、お水ちょうだい」

 マーグは牛革の水筒を渡す。

「それにしても凄いな。もしかしたら領地外からも来てるんじゃないか」

 兄妹のように自慢の馬を引き連れてきた馬主や牧場主は五十人以上。中には十数頭も連れてきた牧場主も居る。

「レジーナ様のご帰還だ!」

 壁上の兵士が叫ぶ。耳に入った兄妹は門が開いた方向を見る。

「お兄ちゃん、見て! レジーナ様だよ!」

「見れば分かるから。袖を引っ張るな!?」

 興奮するアリエラ。マーグは彼女を落ち着かせる。

 兄妹が騒いでいると兵士を率いて凱旋した金長髪の女性騎士ーーレジーナ・シュテルツが庭に入る。

「あら? この人たちは?」

 庭に集まった人々を不思議そうに見渡すレジーナ。

「レジーナ様。例の部隊のです」

「ああ! 新しい近衛部隊の!」

 納得して両手を打つレジーナ。

「遥々お越しくださった民の皆さん、私が領主であり夫のテオ・シュテルツの妻、レジーナです」

 庭の人々は大いに沸いた。彼女はこの領地での英雄なのだ。

「ここで待つのも大変でしょう。さあ屋敷の中へ」

「必要ありません!」

 レジーナの招待を遮ったのは屋敷から現れた幼い少女。

「あの子、誰だろう?」

「レジーナ様と同じ髪の色だな」

 金長髪の二人に兄妹は興味深く耳を傾ける。

「でも、お茶ぐらいはーー」

「良いのです。すぐにでも始めますので。お母様はお休みください」

 娘に背中を押されて屋敷に帰るレジーナ。娘が庭に戻ってくる。

「よく来てくれたわ。私は領主、テオと女流騎士、レジーナの娘ーーマリー・シュテルツである」

 幼い少女が気迫ある声で名乗った。

「皆は自慢の軍馬を引き連れて外に出なさい」

 マリーに言われて兵士たちの指示で馬を連れ出す。

 外に馬が並べられて品評会が始まる。はずだったが。


 ズドーン


 重低音が響き渡る。

「何だ!?」

「どこからだ!?」

 馬主や牧場主が慌てる。

「おい! 逃げるな!?」

「落ち着け!?」

「危ねえ!?」

 馬は興奮して暴れだす。

 人間と馬が入り乱れて混沌と混乱が広がった。


「予想通りで呆れるわ」

 離れたところで仏頂面で様子を見ているのはマリー。

「本当にやるとは」

 隣で頭を抱えているのは蜂蜜色短髪の少女。

「私は"軍馬"を用意しろと手紙を出したのよ。なのに砲声で乱れるなんて」

「お嬢だって生まれて初めて聞いたんですよ」

 砲声が轟いたときに思わずビクついたマリーを皮肉る蜂蜜色短髪の少女。

「あなたもでしょ?」

「そうですね。旧カリバンヌ王国との戦争以後は大砲は倉庫に閉まってありましたからね」

 現在も戦はあるが十年以上前のファラスとカリバンヌの国同士の争いに比べれば小競り合い程度のもの。命中率が低く、運用と維持に金がかかる大砲など不要なのだ。

「そのせいで今みたいに戦火の音に慣れていない馬が増えてしまったわ」

「何か悩みが?」

「家の将来に関わることよ」

 マリーは遠くを見据える。

「そのうち剣や弓じゃなく、銃や砲が戦争の主役になるわ。このままでは私たちは後れをとって負ける。そうならないように私たちが先を行くのよ」

「お嬢は凄いですね。戦の先まで見ているとは。私では無理です」

 自分の主人を誇らしく思いながらも自分の騎士という矜持では主人を支えられないと悲しくなる蜂蜜色短髪の少女。

「なに言っているの、イリーダ? あなたは私の筆頭近衛なんだから無理にでも付き合ってもらうわよ」

 主人であるマリーに小首を傾げられて蜂蜜色短髪の少女ーーイリーダは、つい笑ってしまった。

「何で笑ってるのよ?」

「ふふふ。申し訳ありません。そうですね! どこまでも、どこまでも、お供させてください」

 イリーダの言葉に恥ずかしげながらも満足そうに頷くマリー。

「……そういえばネルシーは?」

 マリーはいつも自分の後を付いてくる年下の少女を捜す。シュテルツ家を主人と仰ぐアルレリッタ家にはイリーダの他に娘がもう一人居る。

「妹はまだ手習いの途中でして……」

 歯切れの悪そうなイリーダ。マリーは溜め息を吐く。

「あの子、弓とイタズラは得意なのに勉強はダメよね」

「申し訳ありません」

 今ごろイリーダの妹のネルシーは家庭教師から勉強を教わるより、いかにして家庭教師から逃げるか考えているのだろう。

「ん? あそこ」

 ふと、未だに事態が収まらない光景を見るとマリーの瞳に止まった。

「何やってるの?」


「お、お、お、お兄ちゃん!? 地震がああああ!?」

「お、お、お、落ち着け!? 壁から離れて広い場所にーーって、ここが広い場所じゃないか!?」

 マーグとアリエラの兄妹は初めて聞いた砲声に右往左往していた。

「痛ッ!?」

「痛い!?」

 兄妹を白馬のバルトが頭突きする。

「お前は何で落ち着いてるんだ? 他の馬は興奮して暴れてるのに」

「う~ん。何でなんだろうね? 何で、バルト?」

 バルトは鼻息荒く嘶く。

「何言ってるのか分からん」

「馬語が分かれば良いんだけど」

「ちょっと良いかしら?」

 落ち着きを取り戻した兄妹のもとに従者を連れたマリーがやって来る。

「「ま、マリー様!?」」

 驚いた二人は反射で跪く。

「跪かれると、かえって気持ち悪い」

 マリーの指示で立ち上がった兄妹は自分たちより幼く、背が低い領主の娘を見下ろすことに罪悪感が湧く。

「この馬は二人の?」

 マリーに訊かれて兄妹は頷く。

「そう。年齢は二十近くかしら?」

 マリーはバルトに振り向き、頭を撫でる。バルトもマリーの頬に鼻を擦り付ける。

「バルトが懐いてるよ!?」

「マジか!?」

「……あなたたちの馬よね?」

 驚く兄妹に呆れるマリー。

「いや。実は亡くなった親父の馬なんです」

「この子は従軍してたの?」

「はい。前は、お父さんと戦に行ったらしいです」

「道理で」

 兄妹の話を聴いてマリーは納得する。

「イリーダ、決めたわ。私は、この子に乗る!」

「分かりました。お二人、言い値で買い取ります」

「「ええッ!?」」

 思わず身を乗り出してしまう二人を落ち着かせるイリーダ。

「良いんですか? バルトは現役を引退してますよ?」

「それにバルトは背中に乗せてくれないですよ?」

「マリー様は言ったら聴かない方です。すぐにでも交渉を」

「何してるの? 早くして!」

 マリーは馬上から急かす。

 ……バルトに乗ってる。

「お兄ちゃん、バルトが乗せてる」

「マジか」

 兄妹は唖然とするしかなかった。


「お嬢、馬の買い取り終了しました」

「ご苦労様」

 マリーはイリーダの報告を聴いて片膝立ちにマスケット銃を構える。そして撃つ。

 銃声と閃光、後の白煙と静寂がマリーを包む。

「それでどうして呼ばれたんですか?」

 後日、マリーに練兵場へ呼ばれて目の前で銃撃の所作を見せられた兄妹。

「二人は馬に乗れるそうね」

「仕事に必要なので」

 マーグが答える。

「それなら差し支えないわね」

 マリーは銃身内を掃除する。

「二人にも馬を用意したわ。好きに選んで」

 カルカで黒色火薬と鉛弾を込める。

「どういうことですか?」

 困惑気味のアリエラ。

「お二人にはマリー様が新設される部隊に入っていただきます」

 イリーダは一礼して答える。

「「へッ!?」」

 驚く兄妹。

「私の作りたい近衛部隊は全て騎兵なのよ。でも馬に乗れる人間が少ない」

 マリーはマスケット銃を構える。

「だから二人が必要なの」

 銃声。

 マリーは兄妹を振り返る。

「やってくれる?」

 マリーの願いに兄妹は顔を見合わせて首を振った。

「俺たちには役目があります」

「両親が残してくれた牧場が」

「もうないわよ」

 兄妹の目が点になる。

「何を言ってーー」

「うちの領地のものなんだから本来の持ち主に戻しただけよ」

 マリーは小首を傾げる。兄妹は頭の中が混乱して言葉を継げない。

「私がご説明します」

 イリーダが助けに入る。

「お二人の牧場はシュテルツ家が貸したもの。契約した、お二人の父上が亡くなったので牧場を返してもらいました」

「でも! あの牧場は、お兄ちゃんと私で頑張ったんですよ!?」

「それがどうしたの?」

 反駁するアリエラにマリーは冷たく返す。

「多額の借金を無しにして馬の代金も当分の生活費も払った。文句あるかしら?」

「でもーー」

 マーグの言葉をマリーは手で遮る。

「本来の役目を果たしなさい。あなたの家は代々シュテルツの馬番だったのよ」

 兄妹は瞠目する。

「俺たちが!?」

「領主様の馬番!?」

 マリーは小首を傾げる。

「両親から聞かされてないの?」

 兄妹は顔を見合わせる。

「何も聞いてません」

「私も知らない」

 兄妹は悲しげに首を振った。

「そう。なら明日から働いてもらうわ。イリーダ、案内して」

 イリーダに仕事場を案内された兄妹は一度家に帰り、荷物をまとめてーー牧場の馬は全て常連客の馬主に返されていて、両親の墓に挨拶をして家を出た。壁内にある馬番用の宿舎に着いた頃には陽が沈んでおり、荷物を整理して一夜を過ごした。

「お兄ちゃん、起きて!」

 日課の兄起こしで日の出と共に朝を迎えるマーグとアリエラの兄妹。

 顔を洗い、シュテルツ家から配給されたパンとベーコン、卵(目玉焼き)で朝食を済ませて厩舎に向かった。

「「おはようございます」」

「おう! おはよう」

 先に厩舎に来ていた先輩馬番に挨拶して馬の餌やりと馬房の掃除を始める。

「それにしても凄いな」

「そうだね。私たちのところとは大違い」

 兄妹は作業の手を止めて厩舎を見渡す。

 兄妹が働いている厩舎には二百頭以上の馬が繋がれていた。これはシュテルツ家の保有する馬の二割になる。

「手際が良いのね」

 革鎧を身につけたマリーが兄妹に挨拶しにやって来た。

「まあ、仕事でしたから」

 アリエラが答える。

「マリー様はどちらへ?」

「朝駆けよ。バルトは?」

「ご飯はもう食べ終わってます」

 アリエラの案内でバルトの馬房に入る。

「調子良さそうね」

 マリーはバルトの身体を撫でて体調を確かめていく。

「走れるよね?」

 マリーにバルトは喜びの嘶きを返す。マリーは満足そうに頷くと轡を噛ませて鞍を載せる。

「乗せてくれるかしら? 一人で乗るには私は小さいの」

 アリエラはマリーの脇に腕を通すと持ち上げる。

「あれ? でも昨日はお一人で」

「昨日は、この子が膝を折ってくれたから乗れたのよ」

 背に乗ったマリーはバルトの鬣を梳く。

「ごめんなさい」

「?」

 悲しげに目を伏せるマリーにアリエラは小首を傾げる。

「急に家を捨てさせるようなことをさせて。満足に別れを言えなかったでしょう?」

「いえ。別れは済ませてきました」

 マリーの言葉にアリエラは微笑み否定する。

「そう。それは良かった」

 マリーは救われたように微笑み返すと馬房を出る。

「あ、そうそう」

 マリーは顔だけ振り向く。

「今日から昼の合図は鐘じゃなくて大砲になったから伝えておいてくれる? また馬が暴れちゃうから」

 マリーは壁外へとバルトで駆けた。

「マリー様は何だって?」

 マリーが居なくなったのを見計らってアリエラの許に戻るマーグ。

「ごめんなさい、だって」

「そうか」

 マーグは頷くと仕事を再開する。

「なあアリエラ」

「何、お兄ちゃん?」

「俺はマリー様についていく。だけど、お前は無理しなくて良いんだぞ」

 マーグの言葉の意味が分からず困惑するアリエラ。

「どうしたの、お兄ちゃん?」

「先輩に訊いたんだ」

 マーグはアリエラに振り向く。

「ここで働いている馬番はマリー様と共に戦に行く兵士。つまり俺たちも戦う」

 マリーの新設する近衛部隊は馬との仲を深めて兵士間の連携を強化することが必要。そのために兵士たちが自ら馬の世話をして宿舎は全員一つ屋根の下だった。

「これからは厳しい訓練が始まる。それも終われば戦争だ」

「それなら頑張らないとね」

「お前、聴いてないのか?」

「聴いてるよ。戦に行くんでしょ。なら私も戦うよ、一緒に」

「危ないぞ?」

「お兄ちゃんと離れ離れになるよりは良いよ。」

「……そうか」

 アリエラの優しさをマーグは噛み締める。家族は良いものだと。

 一ヶ月後、隣の領主との戦争が激化する。

 兄妹は戦場に行く。


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