〈南へ〉
ムガノ城の戦いに決着!
「ふう。勝てたね」
軍議の間でイチヒメは椅子に座って一息吐く。
メリル王の助勢によりファラスは勝利を修めてムガノ城を救った。包囲していたガイナス軍は素早く陣を払って西へと撤退した。
「お疲れ様、イチヒメ」
「そっちもね」
マリーが隣に座る。
「やっと終わったか」
「一週間も動きっぱなしだったからな」
「俺はもうやり残したことはねえよ」
二人の向かいにアーク、リーシア、ザラスが座った。
「メリル王の御入室である」
近衛兵を付き従えてメリル王は最上座に腰を下ろす。
「皆、此度の、戦、良く戦って、くれた」
青い瞳が騎士たちを見て、彼女は柔らかく微笑んだ。
彼女の言葉に騎士たちは一礼する。
「だが、すぐに軍議を、始めねば、ならない」
「そうだね。それについて、あたしから言うよ」
イチヒメが席から立ってメリル王の横で近衛兵二人によって広げられた大きなファラスの地図を示す。
「まずは現状を確認しよう。最初に伝えるべきは、ここムガノ城」
地図で表されているムガノ城を扇子で叩く。
「敵の砲撃により南城下壁は喪失。同じく南の城下町はボロボロだよ。そこでだ」
イチヒメは騎士たちに向く。
「あたしたちはムガノ城を放棄して東へと退く」
すぐに手が上がる。リーシアだった。
「せっかく守り抜いた、ここを捨てる理由は?」
彼女の質問に同じだと言わんばかりに頷く騎士たち。
「良い質問だね。簡潔に答えると、この城は次の戦いには耐えきれないからだよ」
「次って?」
これはマリーだ。
「今回の三倍以上、十万を超える大軍が来る可能性があるからだよ」
十万という数に騎士たちの表情が凍りついた。
「そんな大軍が来るのか?」
アークの言葉にイチヒメは頷く。
「ガイナスは五十万以上の兵士をファラス侵略に投じて今も逐次投入している。なのにあたしたちが戦ったのは数万規模の部隊だけ。これは何故かって考えたら、敵はあたしたちを負かせる最小限の数で戦ってるって考察した。じゃあ主力は何処に行ったかというと」
イチヒメはムガノ城からマザッカ山、そこから西に向かった扇子を動かしてぶつかった一点を示す。
「このアルティーナというファラス有数の街に敵は駐留している可能性が高い。ここなら十万の軍勢を街の内外で一ヶ月ほど養える」
「十万という数は何処からだ?」
アークの質問にイチヒメはすぐに返す。
「マザッカ山を包囲したのが十五万。そうだよね爺?」
カルターン老騎士は頷く。
「正確に調べれば数は上下するかもしれんが、そのぐらいだと思ってくれて構わない」
マザッカ山の解囲戦に行った本人が言うのだから間違いないだろう。
「で、そのうちの三万とは戦い降した。じゃあ後の十二万は何処へ? リーシア、マリー答えられるかい?」
唐突に水を向けられた二人は混乱して顔を見合わせる。
「だから君が言ったアルティーナではないのか?」
「全部隊を退いたらマザッカはすっからかんじゃないか!」
リーシアの言葉にイチヒメが呆れる。
「リーシア、イチヒメが私たちを名指ししたのには理由があるはずよ」
「私たち?」
マリーの言葉にリーシアは自分の行動を思い返しながら、ふと地図を見た。
「そうか! グタンス城のイラ川の戦い」
リーシアの答えにイチヒメは微笑む。
「そう、二人はイラ川で戦ったって聞いている。それはムガノ城が陥落した数日後。今の時期は過去と近い。つまりマザッカでは三万の部隊が守備についていた。これで九万。アルティーナで養える数に収まった。だけど一ヶ月とあたしは言った。これは無理をしての最大だよ。そんなギリギリまで駐留する必要は敵にはない」
イチヒメは再び地図に戻る。
「敗北が伝わったアルティーナの部隊と敗残部隊一万が再編したら十万。今度は徹底的にこちらを叩いてくる。アルティーナで補給が満たされた彼の部隊を今のムガノ城は退けられない。これがあたしの想像した未来図」
意見はある? とイチヒメが騎士たちを見るが皆は押し黙るだけだった。
「して、イチヒメ。そなたは、どうする?」
沈黙を破ったのは意外にもメリル王だった。いつもは女宰相が話し合いを進めていたので騎士たちにとっては驚くことだった。
「そこでさっき言った東へと退く策だよ」
イチヒメはムガノ城の東に扇子を移動させて一点に止める。
「ここにも街がある。このカドミルはアルティーナほどの規模はない。だけど八千の部隊は問題なく養える」
「八千? 王国騎士団は一緒に行かないのか?」
アークが首を傾げる。
「すまない。我らは、グタンス城、に、向かわなければ、ならない」
メリル王が謝罪する。
「陛下は、あたしが無理を言ってグタンス城への援兵である王国騎士団を率いてもらったんだよ」
イチヒメの頼みを聞いたリオンがギルライオ城へと跳んだ。そこで戦ってるメリル王を連れてーー女宰相に猛反対されたらしいがメリル王の希望で自ら過去へと跳んだ。そこでグタンス城に援軍として向かっている王国騎士団と合流してムガノ城救出に来てくれたらしい。
「ではグタンス城は?」
「一万五千の将兵が守ってることになるね。だからメリル王にはこれから戦が始まるグタンス城の戦いに向かってもらうよ。この戦を勝つことが出来ればガイナス軍を押し止められる。だからグタンス城には、あたしも向かうよ」
じゃあ今日は休んで、とイチヒメはなんと! メリル王の隣で欠伸した。軍議はこれで終了して騎士たちは自分の部隊へと戻っていった。
「アーク卿は、居るか?」
ルナに案内された一室にメリル王は来ていた。
「どうなされました?」
部屋着のアークが彼女を迎える。
「戦装束、のままで、すまない。話し、たい、ことが、ある」
部屋が狭くて椅子がないのでベットをメリル王に勧めてアーク自身は床に胡座をかいた。
「?」
ポンポンとメリル王がベットを叩く。
「それで、お話しというのは?」
再びポンポンとベットを叩く。
「あのーー」
「こちらに、来て、は、くれまいか」
「え?」
アークは困惑したがメリル王がベットを叩き続けるので隣に座った。
「我は、声が、小さい。この距離、が、ちょうど、良い」
メリル王は微笑む。その美しさは互いの息がかかるほどの距離で見つめ合っているアークにとっては嬉しくも苦行だった。
「今日は助けでいただき、ありがとうございます」
「良い。我が、そうしたいと、思った、からだ」
メリル王は苦笑する。しかしすぐに顔を引き締める。
「先程の、一戦で、ユリマラ・ターフェスと、対峙した」
「あいつとですか!? お怪我はありませんでしたか?」
思わず主君の肩を掴んでしまい、すぐに手を引く。
「我は、大事ない。しかし、多くの、騎士が、討たれてしまった」
小さいながらも悔しげな声はアークの心を打った。
「それが騎士の生きる意味です」
「我が、弱い、からか?」
「違います。あなたに忠誠を誓い、あなたを御守りするのが俺らの役目だからです」
「我が、王だから、か?」
すがるような少女の青い瞳にアークは言葉が詰まってしまう。彼女が求める答えが分からなかったからだ。
「あなただからです」
それがアークの答えだった。
そうか、とメリル王は満足そうに微笑むとアークの肩に頭を預けた。その時、血でも埃でも汗でもない少女の香りがアークをドギマキさせた。
「おや」
メリル王は体勢を戻す。
「そなたと、話していて、話題が、逸れてしまった、な」
苦笑するメリル王。アークもぎこちなく笑う。だがメリル王の言葉が彼を変えた。
「思い、出したのだ。ユリマラは、そなたのーー」
翌日、ムガノ城にいた全員が身支度を済ませて、それぞれの目指すべき場所に向けて心を新たにしていた。
「では、我らは向かう」
騎士たちに見送られながらメリル王は騎乗する。そして彼女が号令をかけようとしたとき、早馬が駆けてきて息を切らしたファラス兵が彼女の前に跪いた。
「陛下! ご報告であります」
息を整えた兵士の顔は笑みが零れていた。
「陛下が敵陣へ突撃した勇姿が我が領主に伝わり『日和見していたことを謝罪したい。これからはメリル陛下に忠誠を誓いたい』と四千の兵士を率いることを決めました!」
その後も伝令が続々と来て参戦を約束した。その部隊が集まればカドミル、グタンス城の各陣に三万以上の援兵が集うことになった。
この報告にメリル王を含めて騎士たちは大いに沸いた。メリル王の行いが実を結んだのだ。
メリル王は涙を流す。だがそれを拭うと毅然と伝令に告げる。
「そなたらの、主に、伝えよ。援軍感謝する。我らの、国を取り戻そう、と」
伝令は短く答えると君主の言葉を伝えるために再び駆け出した。
「……」
ムガノ城の騎士たちが喜ぶ中、マリーは一人離れたところで手紙を読んでいた。
「どうしたマリー?」
「何かあったのか?」
彼女が一人で居ることに気づいたアークとリーシアがマリーに語りかける。そしてマリーが握っているモノに目がいった。
「それは、手紙か?」
アークの問いにマリーは頷く。
「副都からよ」
「副都って王叔父殿下が治めていた街ではなかったか?」
「治めている、よ。副都はまだ落ちてない」
マリーは握り潰していた紙を広げて二人に見せた。
「昨晩、早馬が私を見つけ出して届けた」
手紙には女性の柔らかいサインと貴族の朱印が捺されていた。
「私たちは勝てませんでした。このままでは副都が戦火にさらされる。〈百騎兵〉最後の力で守り抜いてください。私たちは最後まで戦うよ。後は任せた。ありがとうって」
マリーの頬に涙が流れる。
「この手紙を書いたのは私の忠臣ーー幼い頃から一緒に育った姉妹。二人が最後に伝えた私への言葉。これは絶対に守りたい!」
マリーは涙を拭う。
「私は副都に向かう。二人だけには伝えたかった」
マリーは待たせている自分の部隊へと足を向ける。
「待て! 行くなマリー!」
「君の兵では副都を守るなんて無理だ!」
二人の制止の言葉に振り向いてしまわないように俯き、歩を速める。地面しか見えなくなった彼女の視界に足袋が映る。
「困るなあ、勝手なことされると」
マリーの前にイチヒメが立ち塞がる。
「邪魔しないで」
「邪魔なんてしないさ。ただメリル王の下で統一を目指す軍で君のような綻びを看過するわけにはいかない」
「ならどうするの?」
イチヒメを睨み付けるマリー。対してイチヒメはフッと笑みを漏らす。
「一人で行かずにあたしたちを頼ってくれたって良いじゃないかい」
「そうですよ」
イチヒメの背後から現れたのはリオン。
「リオン、大丈夫なのか?」
「はい。一晩寝ましたから」
アークの声にリオンは笑って応える。昨日の戦いでアークの背で目を閉じた後、リオンは目覚めなかった。だが疲れて寝ていたようである。
「マリーさん。あなたの願いは何ですか?」
「私の……」
リオンの問いかけにマリーは言葉を詰まらせる。
「君の願い、私も手伝うぞ」
「ああ。俺もだ」
リーシアとアークはマリーの肩に手を置く。二人に背中を押されてマリーは願いを吐露する。
「私は〈百騎兵〉を救いたい! みんな力を貸して!」
応! とアークたちは応えた。
「そうか」
マリーはメリル王の前で跪いていた。先程のことを伝えるべきとイチヒメに言われたからだった。
「そなたを、失うのは、とても辛い」
「申し上げありません。一度忠誠を誓っておきながら王叔父殿下の許へと奔る御無礼をお許しください」
頭を下げて謝罪するマリーに悲しげだったメリル王は微笑む。
「良い。家族を、守りたい、気持ちを、我は、止めはせぬ」
そこでメリル王は何かに気づき近衛兵に紙と筆記用具一式を用意させる。そしてすらすらと羽ペンをはしらせると最後に押印した。
「これを」
マリーは紙を受け取り、目を見開いた。
「これは!?」
「我のせいで、そなたに、別れを強いて、しまった」
三年前の国王継承戦でマリーはメリル王の敵であった王叔父殿下の騎士として戦い武勇を轟かせた。そのことからガイナスとの戦争が始まったとき、力を恐れたメリル王はマリーから〈百騎兵〉を奪ったのだ。
「だから、これは、償い。もう、そなたと、〈百騎兵〉が、別れることが、ないように」
メリル王は〈百騎兵〉の指揮権をマリー以外には認めないことを記した。
「ありがとうございます。この御恩は一生忘れは致しません」
マリーは嬉しさのあまり涙を流した。
「さらば」
メリル王は部隊を率いてグタンス城へと向かった。
「何とかして中部は敵を抑えるよ。だから南部は任せる。またね」
イチヒメも極東兵を連れて後を追った。
「じゃあ俺も行くわ!」
ザラスは晴れやかな笑いでムガノ城残存部隊と共にカドミルへと向かった。
「それで副都へは、どう行くんだ?」
「知らん」
南部へ行ったことがないアークとリーシアは首を傾げる。
「いやいや。ついてきてくれるのは嬉しいんだけど、すごい心配なんですけど」
マリーからは先程までの感動が消えてしまった。
「ここからどのくらいなんだ?」
「普通に行軍したら二週間はかかるわよ」
「えッ!?」
アークとリーシアは瞠目する。
「よく行こうと思ったな」
「確かに二週間も経てば戦いには間に合わないぞ」
「私の部隊は騎兵だけだから五日で着くのよ!?」
マリーに突っ込まれてアークとリーシアは言葉に詰まってしまう。
「すまん」
「すまない」
「謝らなくて良いわよ。リオンお願いね」
「でも誰かの記憶がなくてはーー」
「お呼びでしょうか」
現れたのは副都からマリーへ手紙を届けた兵士だ。疲労のため一晩休んでいたのだ。
「ちょうど良いところに居たわね。少し協力してくれる?」
訝しげな兵士に指示を出す。
「それではーー」
リオンの声を轟音が遮った。
「始まったか」
南に向かったイチヒメが敵から鹵獲した重砲で本城を崩して爆雷で城下町を吹き飛ばしているのだ。こうすればガイナス軍の拠点にされることはないと。
「じゃあ行きましょう」
アークたちは瞳を閉じた。
単眼鏡を覗く。
「盛大にやってますね」
「何を呑気に言ってるんだ。捕まりかけたくせに」
呆れるトオルにユリマラは笑う。
「良いじゃないですか。捕まっていませんし。結果が大事なんですよ」
彼女のローブを誰かが引っ張った。
「ねえ、何で自分のお城を壊してるの?」
ユリィの純粋な瞳にユリマラは返す。
「戦い続けるためですよ」
今回で一旦、中部の戦いを終わります。そしてアークたちは副題通り南の戦いへと向かいます。そこではこれまでにはない戦いと新キャラが続々登場します。ご期待ください!
そして予告です。次回は外伝を書きたいと思います。これは次の本編に登場するキャラのお話です!
早めに皆さんにお送りできれば良いと思います。
mあた、aいましょう。ma でした。




