〈開城〉
「行けるか?」
「はい。いつでも」
トオルに答えたのは全身を黒鋼の鎧で固めたユリマラだ。
「お姉ちゃん、怪我しないでね」
心配そうに見上げてくる白長髪の幼い少女ーーユリィの頭をユリマラは愛しく髪を梳くように撫でた。
「私は強いですよ」
微笑むユリマラは城下門に顔を向けると笑みを消して兜の面頬を下げた。
「予定通り、私が北の城下門を開けたら突撃してください」
ユリマラは甲冑と同じ黒鋼の鍔のない直刀を腰に携えて右手には黒鋼の槍を握り、左腕で二つに折り畳まれた梯子を抱える。
「ああ、私の得物は回収しておいてください」
そう言い残すとユリマラは丘を下り、北の城下壁まで真っ直ぐに駆けた。
その姿は北の城下壁の守備についていたファラス兵からも見えた。
「おい、あれって敵だよな?」
守備兵の一人がこちらに駆けてくる人間を指差した。
「でも一人だぜ。使者か何かだろ」
怪訝そうな仲間に他の守備兵が言う。
「いや、でも全身甲冑だし、梯子持ってんぞ」
単眼鏡を覗いた守備兵が言った。
「一応、牽制しておくか?」
弦を引き絞り、放った。
バキン
「矢払いしたぞ! あいつ強い」
駆けながら、いとも容易く矢を払ってみせた相手に守備兵たちは警戒の色を濃くする。
「何者だ!?」
守備兵は相手に誰何する。だが返事はなく、相手は梯子を伸ばして壁に投げつけた。
バクンと音をたてて壁までに橋を架ける。
「敵対の意思あり! 敵襲だ! 弓引けええ!」
守備兵たちが一斉に弦を引き絞り、敵に向けて放つ。
「無駄」
ユリマラは守備兵の放った十数の矢を彼女が振るう黒鋼の槍で容易く防ぐ。
「もっとだ。放て!」
再び放たれる矢もユリマラには脅威にならない。
駆け続けたユリマラは左腰の直刀を逆手に抜き、矢のように耳の後ろまで引いて身体に急制動をかけて槍投げの要領で投擲した。
風を纏った黒刃は城下壁を砕いて突き刺さり、柄だけを外に残す。
「近づかせるな!?」
僅かといえど自分達が立っている城下壁が揺れたことに落ち着きをなくした守備兵たちは自分勝手に狙い始める。
だが既にユリマラは梯子を駆けていた。このままでは壁を越えられてしまう。
……ん? どうやって越えるんだ? 梯子もロープもないのに。それでは壁を登ることさえ出来ない。
普通なら嘲笑するところだが守備兵たちには不安しかなかった。
わざわざ門を攻撃せずに壁を狙ったのは何故か?
ユリマラは梯子の中途で梯子が軋みあげるほど踏み込んで、高く跳躍。だが、いくら彼女といえど十メートルの壁は一息では届かない。壁に足場に乗るような突起もない。それならユリマラはどうするか?
ユリマラは"壁から飛び出ている柄"を踏み蹴った。
二度目の跳躍。だがあと少しのところで届かない。
それを見越していたユリマラは上昇が止まったところで右手に握っていた黒鋼の槍を城下壁に突き刺し、両腕の力で身体を城下壁の縁まで持ち上げたのだ。
「上がってきやがった!?」
ユリマラの奇行に狼狽した守備兵が矢を放ったが、ユリマラの黒鋼の兜に当たると矢は砕け散った。
「通らない!?」
次々と矢を放つが彼女の甲冑に阻まれて矢は折れていった。攻撃されている本人はというと、落ちないようにゆっくりと城下壁上に立った。
「矢の無駄遣いですよ」
煩わしげにユリマラは飛来する矢を払う。
矢が効かないことを悟った守備兵たちは腰の剣を抜いてユリマラに肉薄した。
振りかぶられた刃をユリマラは全て受けた。
「なッ!?」
守備兵たちは驚愕に目を見開いた。全て受けたことにではない。
ユリマラを捉えた守備兵たちの剣が半ばから折れたのだ。
「大量生産の鋳造の刃では傷もつきませんよ」
ユリマラは面頬の下で嗤った。そして彼女の鏖殺が始まった。
籠手の爪で守備兵の腹を貫き、拳で顔面を頭骸骨を砕き、奪った剣で首を掻っ切ったり。彼女に向かう者は次々と屍に変じた。
北の城下壁上のファラス兵を片付けると彼女は階段を使わずに十メートルの高さから飛び降りて、何事もなく着地する。
北の城下門を開き、跳ね橋を下ろす。
「これで良しと。トオルさんたちも、すぐにーー?」
気配を感じてユリマラは振り返る。
「おや? 見慣れない姿ですね」
彼女の前に現れたのは十数名の全身甲冑ーーだが大陸西側から伝来した板金鎧ではない、極東独自の金属の板を繋ぎ合わせた"具足"と呼ばれる鎧を纏う兵士だ。彼らはイチヒメの家臣である武士たちだった。
武士たちは次々と腰の得物を抜き放つ。
「ほう。その刃、極東の太刀ですか。それも黒鋼製」
ユリマラは楽しげに尻上がりの口笛を吹く。
武士たちは一歩一歩摺り足でユリマラの隙を探り、彼女を取り囲む。
「では、黒鋼を扱う者同士、楽しく行きましょう!」
高らかなユリマラの言葉を合図にしたかのように彼女の正面の武士が踏み込んだ。武士特有の猿叫を上げてユリマラに大上段から斬りかかった。
ユリマラは左籠手で黒刃を受け止め、ギチンと金属同士の擦過音が響く。そしてユリマラは一息に武士のがら空きとなった横っ腹を蹴りーー
「やりますね」
彼女の蹴りは別の武士の黒刃で防がれていた。
ユリマラは飛び退くーー着地地点に黒刃が煌めく。それをユリマラは身体を逸らして避ける。
今度は左右から黒刃が迫る。ユリマラは両籠手で防ぎきる。だが押し返せない。そこに正面から別の武士の突き。ユリマラは防御を捨てて左右の黒刃を身体に受けて沈んだ。そして沈んだ身体をバネにして正面の武士に体当たりした。予想外の行動に突きを放っていた正面の武士は受け止めきれず、後ろに飛ばされた。
極東の言葉でどよめきが武士たちの間で広がる。
「得物がないとキツいですね。自分で拾ってきたほうが良いですかね」
猿叫をあげる武士たちの猛攻をユリマラはギリギリのところで、いなしていく。黒刃がユリマラに当たったとしても武士たちに笑みが浮かばない。歴戦の彼らには分かるのだ。自分たちが遊ばれていることに。
「ユリマラ! ……無事だな」
「トオルさん、待っていましたよ!」
跳ね橋を渡るトオルがユリマラを認めると、彼女に黒鋼の鍔無し直刀を投げ渡した。
「槍は今は諦めてくれ。高すぎて回収できない」
「充分です」
直刀の柄を逆手に握り、肉薄してきた武士の黒刃を身を低くしてかわし、すれ違い様に腹を斬り裂いた。
トオルが引き連れてきた特戦の兵士たちが二百と城下門内に侵入する。それを見て不利を悟ったのか、武士たちは逃げるーーと思いきや特戦に猿叫を上げて突撃した。
「武士とは死兵に成りたがるんですか?」
「そんなことはない」
数は自分達のほうが十倍も上なのに押されていると感じた。武士たちの奮戦を見て、近くで守備を任されていたファラス兵たちが加勢しているのも原因だろう。
「まだ突破できないのか、特戦は噂ほどの部隊では無かったか」
跳ね橋で隣で自分と同じく騎乗している部下と話している将は特戦と共に北の陣に厄介払いされていた人物だ。
「露払いなんて、嫌な仕事ですね」
ユリマラは跳ね橋で部下と談笑している将を恨めがましく見た。跳ね橋の部隊、約七百は特戦が城下門を完全に落とした後、城門には向かわずに城下町で略奪をする予定だった。彼らは除け者にされた腹いせに特戦が城下門を破るのを利用して稼ぐつもりなのだ。
「滅べばいいのに」
「聞こえるぞ」
ユリマラの愚痴をトオルが注意する。
「すみませんねって、あら?」
今の今まで黒刃を会わせていた武士が背中を向けて逃げ出したのだ。
「何ですか、あの逃げ方は?」
彼女は驚きと呆れで困惑した。それほどまでに武士はガチャガチャと具足の音を出し、極東語で何かを喚きながら滑稽に逃げているのだ。
一人の武士が逃げると他の武士も守備兵も慌てて逃げた。城門へ続く大通りを。
「何だ、あの逃げよう。我らを楽しませてくれる」
ゲラゲラ嗤う将の部隊が、やっと城下門内に入ってきた。
「まるで猟で逃げる鹿だな。そうだ追撃して狩るか」
露払いを成し遂げた特戦に一瞥もくれずに将は部隊を進めた。
「ほれ、早くしないと。鹿が逃げるぞ」
将に煽われて閧の声を上げる部下のガイナス兵たちが大通りを駆けた。そして先頭を馬で駆けていたガイナス騎士が疲労で足を止めてしまったファラス兵士に斬りかかった。
「ぐはッ!?」
討たれたのはガイナス騎士だった。横っ腹を剣で刺されたのだ。
「ファラスの騎士ーー」
討たれたガイナス騎士は落馬する。
「よくやった! さあ早く逃げるんだ」
助けられたファラス兵士は礼を言うと、城門に向けて再び駆けた。
「来いガイナス!」
アークは剣の切っ先を迫るガイナス兵に向けた。それを合図に大通りの両脇の小路からファラス兵が、どっと飛び出した。
「挟撃か!?」
大通りを進んでいたガイナス兵たちは縦に伸びきっており、簡単に蹂躙された。
「ファラスめえ、隠れていたのか!?」
ゆっくりと進んでいれば誰かしらが気づいたかもしれないが、驚く将を馬で駆けていたアークは斬り倒した。
「あらあら、討たれましたよ」
北城下門の下でユリマラは将が討たれたことに嬉しそうに笑った。
「不謹慎だ。怪我人を拾って撤退するぞ」
「放っておいても?」
「お前は知らんが、他の奴が保たない」
「では私が殿を」
トオルに後を任せて、回収された黒鋼の槍を握る。
「頼みましたよ」
ユリマラは大通りを歩む。
挟撃を逃れたガイナス兵が進み続けるユリマラを気にすることも出来ずに駆けて逃げていく。
「あれも敵か?」
ガイナス兵を討ち倒していたファラス兵たちがユリマラに気づく。そして、剣を構えてきたファラス兵にユリマラは肉薄する。
ユリマラの止まることのない足。彼女と接敵したファラス兵たちは次々と凶刃に倒れていく。
「ユリマラあああぁぁあ!」
騎乗したアークがユリマラに突撃する。
「?」
名を呼ばれたユリマラは突撃してきたアークの馬を黒鋼の槍で正面から突き刺した。勢いを止められた馬は首を完全に貫かれ、嘶きを上げて地面に倒れる。騎乗していたアークは着地する。
「顔を隠しているのに、よく私だと分かりましたね」
面頬で表情は見えないがユリマラは驚いているようだ。
「そんな趣味の悪い甲冑を着ているのは、お前ぐらいだ」
不敵に笑うアークにユリマラは納得したようだ。しかし、首を傾げた。
「でも名前が分かるわけが……あら」
ユリマラは自分の背後に気配を感じた。
「最近、見ないと思っていたら。ファラスに寝返ったんですね」
「私は初めからファラスの人間だ」
振り向きもせずに自分の正体を掴んだユリマラにルナのハルバードを握る手が震える。
「安心しろ、君も正真正銘のファラスの仲間だ」
「ありがとうございます」
リーシアの言葉にルナは嬉しさで泣きそうになるが、一息で落ち着く。
「もう一人居るのですか?」
ユリマラは振り返り、リーシアの姿を認めると、面頬の下で笑った。
「おや、おやおや。なんとも美しい赤い髪。災厄の赤髪の一族ではないですか」
「今度こそ、お前を討つ!」
リーシアはユリマラを睨み据えて朱槍を構える。アークとルナも各々の得物を構えた。
「ふふふ。それは楽しそうですね」
でも、とユリマラは残念そうに首を振る。
「もう行きませんと。仕事は果たしましたから」
「関係ない!」
背を向けるユリマラにアークは大上段から剣を降り下ろした。
「ーー硬すぎる!?」
ユリマラは身じろぎもせずにアークの刃を背に受けた。だが黒鋼の鎧には傷一つつかない。
「はあ!」「やあ!」
リーシアとルナの左右からの一撃。リーシアは朱槍を薙ぎ、ルナは小斧の斬撃を放つ。
「何だと!?」「どうして!?」
二人の攻撃は容易くユリマラの両籠手で防がれた。
「まだだ!」
アークは再びユリマラの背中を狙い、今度は突きを放つ。
「くそッ!?」
刺突も金属音を響かせるだけで黒鋼の鎧には傷がつかない。
「分かりましたか? 貴方たちでは、この鎧を砕くことも貫くことも傷をつけることすら出来ません。大砲でも持ってきた方が良いですよ」
ユリマラは面頬の下でケラケラ笑う。
「それなら拳で戦うまでだ」
リーシアは朱槍を地面に突き刺して拳を構える。そして肉薄する。
「!?」
拳が甲冑に覆われた腹を捉えた。ドゴンと金属ではない音が木霊する。ユリマラは拳の衝撃に僅かに身が退いた。
「さすが災厄。でも鎧は砕けていませんよ」
「しかし中の肉体には届いているようだぞ」
ユリマラは面頬の下で嗤う。だがリーシアも不敵に笑った。
ユリマラは少し黙考していたがリーシアに向き直ると黒鋼の槍と直刀を地面に置いた。
「面白そうな余興ですね」
ユリマラは両腕をブラブラさせて身をほぐす。
「得物は貸してあげますよ。二人に徒手は厳しいでしょうから」
今度は伸脚や屈伸で足をほぐす。
「では、お相手しましょう」
ユリマラはリーシアに肉薄した。
「攻略は、まだ始まらないのか?」
東の将は欠伸を噛み殺す。
「それが敵の悪足掻きで敵味方が入り乱れて未だに大砲が使えないと」
「兵士を送ったのに何て体たらくだ」
苛立つ東の将。そこに小さいながらも閧の声が届く。
「どうした? どこぞの門が落とせたのか?」
「分かりませぬ。他の陣は攻城自体には参加しないはずですが」
部下と疑問を話す東の将の天幕に伝令が飛び込む。
「北の部隊が無断で城下攻め! 門を破りました!」
「ああ、あそこの部隊か」
眉間のシワを揉みほぐした。
「他の将から嫌われているから南の本陣より遠ざけたのに。勝手なことをして」
そこで、ん? と東の将は動きを止めた。
「門を破ったって言ったのか?」
伝令は何度も頷く。
「いくら正規の部隊だとしても僅か千だぞ! どうやって落とした!?」
「それがーー例の部隊が」
激昂にも似た東の将の問いかけに伝令は歯切れ悪そうに答えた。
「例の? あの特殊戦士部隊か!」
再び伝令は何度も頷く。
「では、たったの二百でーー」
落としたのか、そう言いかけた東の将は伝令の泳いでいる瞳を見て、それさえも違うと悟った。
「全て報告しろ」
落ち着いた声音で東の将は言った。
「門を破ったのは特戦のユリマラ・ターフェス。他の特戦の兵士が門を確保しました」
伝令の言葉が信じられなかった。たった一人で城下門を落としたなど普通ならあり得ない。
「そしてーー」
「まだあるのか!?」
つい声を荒げてしまったが伝令は報告を続けた。
「城壁を目指した北の部隊は城下町内でファラスにより壊滅。将と騎士は全て討ち取られて、特戦の援護のもと僅かな兵が北の陣に撤退しました!」
言い切った伝令は一礼すると天幕を辞した。
「私の心は複雑だよ」
「私もです」
部下と共に溜め息を吐く東の将。
「あとで特戦の代表を呼んで労うとするか。ユリマラ某も噂しか耳にしなかったからな」
再び閧の声が上がる。今度は大きめだ。
「今度こそ南か?」
呆れた東の将。伝令が飛び込む。
「報告! 東よりファラス軍四千が、こちらに進撃してきます!」
東の将はついに頭を抱えた。
「もう少しだ! ムガノ城を助けるぞ!」
士気の高いファラス兵たちが声を上げて応える。
「ザラス殿、やりましたね!」
「ああマリー殿のおかげだ。感謝する」
ザラスは嬉しそうに大笑する。マリーは微笑み返す。
「では一番槍は私たちに」
「任せた!」
マリーは馬のスピードを上げると彼女に付き従う近衛兵たちも馬の腹を蹴った。
「菱形陣形!」
彼女の指示に重装騎兵が前を駆けて、マリーの両横を軽装騎兵が並び、後ろを守るように弓騎兵が続く。そして徐々に菱形を形成する。
「突撃いいいぃぃい!」
マリーがライフルド・マスケットの銃口をガイナス軍の陣に向けると〈百騎兵〉は最高速度で突貫した。
「イチヒメ様」
「どうしたの、乱破?」
南の城下町で朝に突撃したカルターンの部隊を回収していたイチヒメの下に黒装束の忍が跪く。
「イチヒメ様、やりましたぞ! ファラスの援軍でございます!」
いつも寡黙なイチヒメの忍が興奮ぎみに言った。
「よし来た! 予想より早いね。きっと強行軍なんだろう。おい爺、疲れてるところ悪いけど援軍と合流して! 場所は敵の東陣。急いで!」
「そい来た!」
イチヒメの指示に年齢を感じさせずにカルターンたち老年騎士は応えて部隊を東の城下門に向かわせた。
「どんどん行くよ! 城下壁を守る守備兵たちに伝えて。城下門を放棄。即席の簡易城下壁まで撤退。乱破、敵が城下町に入ってきたら爆雷で区画ごとに爆破しちゃって。民は城に避難しているから気にしないで。全て爆破したとしても民が無事なら再興できる」
乱破は短く応えると風を起こして姿を消した。
「さあ勝つよ、みんな!」
イチヒメの声に兵士たちは声を上げて応えた。
「風が変わった?」
リーシアの拳を受け止めたユリマラが呟いた。
「何を言っている?」
怪訝そうな表情で拳を打ち続けるリーシア。
「引き際ですか」
アークの剣とルナのハルバードを避ける。
「そろそろ帰ります」
リーシアの拳を逸らし、カウンターで拳を叩き込んだ。
「がッ!?」
リーシアは地面に叩きつけられる。
「災厄、あなたたち赤髪の一族は血を浴びないと弱いですね」
ユリマラはリーシアの腹を鉄靴で踏みつける。
「どういうことだ?」
「知らないんですか? 大陸を恐怖に陥れた一族の末裔である張本人が?」
リーシアの問いにユリマラは心から驚く。
「リーシアから離れろ!」
アークの剣はユリマラの肩を斬りーー裂けない。
ユリマラは肩に剣を受けたままリーシアを見下ろし、嗤い出す。
「なら教えてあげましょう」
リーシアは聞いてはいけない気がした。抜け出そうとユリマラの足を掴むが微動だにしない。
「赤髪の一族は数百年も前、まだ兵士たちが板金鎧を知らず、鎖帷子が騎士の姿だった時代。大陸東側は多くの部族が入り乱れていました。赤髪の一族は各ある部族の一つでしかなかったんですよ」
ルナがハルバードの小斧を叩きつけるがユリマラは動じない。
「赤髪の一族は他の部族を殺戮して勝ち続けたんですよ。女子供関わらずに切り刻み、野に晒して他部族への見せしめにしたほどです」
ユリマラはクツクツと笑い出す。
「そして戦士の証として死体から流れる赤い血を全身に塗りたくったんですよ!」
リーシアは思わず耳を塞ぐ。それでもユリマラの声は彼女の頭に響く。
「その血を身体で感じるからこそ赤髪の一族は猛り、奮うんですよ! 今の伝承なんか大陸東側を侵略した大陸西側の人間が子供を戒めるために飾ったただの言葉。現実はもっと残酷だったんですよ」
ユリマラはリーシアの腹から足を下ろす。
「貴族として生きてきた、あなたにも赤髪の一族の血が流れているはずです」
ユリマラは結局、使われなかった自らの得物を回収すると再びリーシアのもとに戻る。
「私を殺したいのなら、仲間を守りたいなら敵を殺し続けなさい」
去り際にユリマラは振り返る。
「ルナさん」
息を切らしていたルナは名を呼ばれて肩を跳ね上げる。
「今回のことは内緒にしておきます。お戻りを待っていますからね」
ルナに微笑みを向けると、ユリマラは次にアークを見据えた。
「黒髪の騎士、あなたの刃は人殺しには向いていません。ですが誰かのために命を捨てられる人間ですね」
アークは息を呑んだ。仇敵であるユリマラが今は師に見えた。
「だけど命は一つ。容易に捨てれば後悔しますよ」
そう言い残すとユリマラは立ち去った。彼女を追うものは誰も居なかった。
何で敵であるファラスの騎士に講釈垂れたのかユリマラ自身にも分からなかった。
本来なら鏖殺するところが自分らしくもないことを言って生かしてしまった。
「疲れているんでしょうか。ユリィを撫でて癒されますか」
北の陣の自分の天幕に入るーー
「お帰りなさい!」
「遅かったな」
ユリィとトオルに出迎えられる。
「ただいま戻りました」
ユリマラの頭から悩みは消えていた。代わりに心が温かいもので満ちていった。
北の憂いが無くなった後も戦場は動いていた。
ムガノ城救援部隊とムガノ城のカルターン部隊の東の陣への挟撃に成功したファラス軍は東の陣のガイナス部隊を半壊させ城下町へ撤収した。
そして南の砲台陣地からの砲撃が開始された。




