〈ムガノ城の戦火〉
ファラスの名城ーームガノ城でアークたちは城を守りきれるのか。
ガイナス軍は北の丘に特戦の部隊、西の砦には五千の兵が詰め、東に九千の部隊が布陣したことを確認した。そして南の一万五千の部隊はムガノ城の南城下門から矢を射られても届かない位置に一万の兵を配置。その後ろの台地に十数門の大砲が置かれて砲兵と、その守備兵が五百。残りの本陣は砲台陣地の南に布陣した。
明日には砲台陣地の大砲が南城下門の壁を崩して一万の兵が侵略するだろう。
だが懸念すべきことがあった。
一万の兵のうち、半分ほどが傭兵なのだ。利益に目が眩んで独断専行しなければ良いが。
その懸念のせいで夢見が悪い本陣の大将の天幕に兵士が飛び込んできた。
「報告! 城下内のファラス軍が南門を開き、交戦を開始しました」
考えが現実にならなければ良いが……
時刻で言うと深夜の3時頃、南門を開けたファラス軍は二十メートルの水堀を跨ぐ石橋を駆けて目前の一万のガイナス軍が眠る天幕郡へ突撃した。彼らを率いるのはアークとリーシア。
「敵襲!」
夜の番をしていた傭兵が大声で知らせると寝ていた傭兵たちは飛び起きて、しかし落ち着いて装備を身に付けていた。傭兵ではないガイナスの騎士たちと、その兵も遅れながら兵装を整える。
「敵はどこだ!」
まだ見ぬ手柄に心を踊らせる傭兵たち。しかし、突撃の鬨の声は聞こえるがいっこうに天幕郡にファラス軍が来ない。
「どういうこった?」
傭兵たちが首をかしげると、夜の番をしていた傭兵の一人が叫んだ。
「あいつら攻めずに中に引き返しやがった。俺たちにビビって帰ったんだ」
それを聞いて傭兵たちは嘲笑する。
「ファラスの野郎共、大したことねえな」
それもそうだろう。南の自分達は一万五千の将兵と大砲があるのだ。突撃してきたのが馬鹿らしい。南に来るぐらいなら、僅か千の北に行けば良いのに。
傭兵たちは止まらぬ嗤いを抑えようとする。
「見ろよ!」
腹を抱えた傭兵の一人が南城下門を指差す。
「あいつら門を開けっぱなしで待っているぜ」
それを聞いた傭兵たちは唐突に顔を引き締め、だが少し口角を上げた。
「それなら望み通り落としてやろうじゃねえか」
傭兵たちは次々と南城下門に突撃を開始した。制止していたガイナスの騎士たちも仕方なく後ろについていく。
傭兵たちが攻略すべき最初のものは城下壁の壁上から飛来する矢だ。水堀に近づく前に、これに討たれた奴は単なる間抜けだ。
ファラス兵は壁上から一生懸命に矢を射て、数を減らしてくるが、傭兵たちだって応戦してファラス兵を射殺していく。
石橋にたどり着いた傭兵たちは迷わずに次々と城下内へ雪崩れ込む。しかし一万も部隊があると、全ての者が石橋から攻められるわけがないので大半は幅が二十メートルの水堀をを超えるために長大な木製の梯子を城下壁に架けて、そこから別の梯子で登ったり、ロープの片方を杭で地面に刺して、もう片方を弩の矢に取り付けて城下壁に向かって射て、それを手繰り寄せるように登った。
城下壁上のファラス兵は瀬戸際でそれらを押し止めていた。
「俺が一番乗りだ!」
ロープをよじ登っていた傭兵の一人が手を伸ばせば城下壁に手が届くと笑っていたとき。
「君は酒が好きかい?」
見たこともない黒装束の少女が松明の下で姿を見せた。それに一番乗りするはずだった傭兵は呆ける。
「まあ好きだが」
場違いな質問に正直に答えてしまったのが悪かった。
「それじゃあ極東自慢の胸焼けがするほどの酒を飲ませてあげるよ!」
少女は傭兵に酒をこれでもかと浴びせる。
「て、てめえ!? 何しやがる!」
手を離すわけにはいかないので頭を振って酒を落とす傭兵は怒鳴った。が、その顔が青ざめてひきつる。
「お前、まさか!?」
少女は松明を手に取り、悪そうにニヤリと笑った。
「丸焼きにならないようにね」
アルコールはよく燃える。それを含んだ酒がロープに染み渡ればどうなるだろうか?
答えは簡単だ。
それは笑ってしまうほど、よく燃えるだろう。
ロープに点いたアルコール特有の色の薄い炎はロープを巻き込み、そして恐怖に震える傭兵の手を伝って、橙の炎を上げて火力を増した。
「うわあ!?」
自分の上をよじ登っていた仲間が突然、火に包まれた。そして燃えた傭兵は力尽きて水堀へと真っ逆さまに落ち、消火された。
「えげつねえ……?」
落ちていった仲間を見ていると、掴んでいたロープが揺れだす。ロープの先を見ると、ファラス兵がノコギリで絶賛ロープ切断中であった。
「おい! 誰かロープを切っている奴を射殺せ!」
落とされてたまるか、と傭兵が下に居る仲間に言う。
「あんだって?」
両軍の怒号のせいで声が聞き取れないのだろう。耳に手を当てて聞こえねえぞ、と返してきた。
「だからーー」
グラリと傭兵の世界が揺れて、ロープにしがみついていた十人の傭兵が全員、水堀へと音と水柱を上げて落っこちた。
「みんな! この調子で守り抜くよ」
傭兵に酒をぶっかけた張本人ーーイチヒメの声に壁上のファラス兵たちは大声で応えた。
ちゃんと石橋を渡った傭兵たちは、すぐに足を止めた。
「話じゃ、大通りをまっすぐ行けば本城に着くんじゃ?」
確かにムガノ城は輸送のしやすさを考えて南の城下町に城下門へと続く大通りが整備されていた。
だが今はーー
「構え!」
傭兵たちの目前には木組みの大櫓が大通りを塞いでおり、
「放て!」
大櫓から放たれた矢が雨のように傭兵たちに降り注いだ。
「クソッ!? 下がれ! このままだとヤマアラシに成るぞ!」
「無理だ! 石橋で渋滞が起きて下がれねえ!」
城下内へ入った傭兵たちは惨状を身に染みて分かっているが城下外の傭兵たちには伝わっていなかった。
「どこか進む場所は? ん?」
正面だけではなく横からも矢が飛んできていることに傭兵の一人が気づいた。そちらを見ると、別の通りがあり、そこから矢が放たれていたのだ。
「おい! あっちに道があるみてえだ。あいつらをやっちまおうぜ」
回りに居た仲間はすぐに賛同して、矢を防ぎながら通りに駆けた。それを見ていた傭兵たちも彼らの後に続く。
「よし! 気づいた」
弓兵たちに指示を出していたアークはガイナス兵が自分達に食いついたことを確信すると弓兵たちに退がるように伝えて、自らも通りを逃げるように駆けた。反対方向の通りではリーシアも同じように戦っているだろう。
「ガイナス軍が入ってきたぞ!」
アークは通りを叫びながら伝えた。だが返事はない。だけど、それで良かった。自分の次に来るのがガイナス兵だと分かってもらえるだけでいい。
「こっちだ!」
アークを傭兵たちが追いかける。
「走りにくいな」
先程から丸太の壁が邪魔だ。だが塞いでいるわけではなく。道を作ってくれているので迷うことはない。しかし、道が蛇行していて、幅は二人通れるほど。実際は走ると隣とぶつかり一人ずつしか通れないだろう。
「がッ!?」
前に居た仲間の肩に矢が突き刺さった。それを見ていた傭兵は思わず足を止めて後ろからぶつかってくる他の傭兵から不興を買った。
「どっから?」
そう呟いた傭兵の胸を矢が射抜く。そこで傭兵はファラス兵がどこから射てきているのか気づいた。
丸太の壁の上から上半身だけを見せたファラス兵が弓を引いていたのだ。傭兵たちからは丸太の壁しか見えないが奥には家屋があり、その屋根に乗っかっていたのだ。そして丸太の壁にくくりつけられた松明で傭兵たちからはファラス兵が見えていない。リリルの村で使ったものと同じように近くが明るいと闇の先は見えない。だが闇からは松明に照らされた者たちが見えている
「顔を見せやがれ!」
一応、顔を見せているのだが松明の炎のせいで闇から矢が飛んでいるように見えているだけ。
「通りを走り続けるんだ!」
このままではヤマアラシになるのを逃れた意味がない。
傭兵たちは我先にへと通りを駆けた。そして、やっとのことで広いところに出た。
「撃てえ!」
アークの合図に丸太の壁から抜け出した傭兵たちは鉛弾を喰らった。
「門を開けろ!」
そしてアークは背後の門に指示を出すと、門はすぐに開いてアークたちは門の中に退いた。
「殺りやがったな!」
これまでの姑息な戦い方に苛立ちを覚えた傭兵たちは広場にワッと集まり、開きっぱなしの門に突撃した。
「へ?」
先頭を駆けていた傭兵たちがすっころんで顔面スライディングをしたのだ。
「痛てえ。なんだ、このベトベト」
地面にキスしてしまった傭兵の顔には地面の土や砂ではなく、ベットリとしたものがついていた。
「油みたいで気持ち悪い」
まあ本当に油ですから。まだ陽も昇らないので傭兵たちには分からないだろうが。
水溜まりならぬ油溜まり気紛れのように松明の火の粉が落ちてーー
「うがあああッ!?」
油まみれの傭兵たちを燃やした。
「追え!」
後ろで惨状を見ていた傭兵たちは炎に巻き込まれないように迂回して通りを進み、逃げたアークたちを追う。。
「マジかよ」
多くの罠を掻い潜り散々追いかけた挙げ句、行き止まりに来てしまった。
「あいつら、何処行きやがった?」
正面は丸太の壁、左右は家屋の壁で扉も窓もない。道は一本だったはずなのにファラス兵が消えたのだ。
「今だ!」
声が聞こえたかと思ったら家屋の壁から、いとも容易く槍が飛び出して近くにいた傭兵の腹を突き刺した。
隠れていたファラス兵たちが一気呵成に左右から突撃してガイナスの傭兵たちを討ち倒したのだ。
「全員殺ったか?」
息を切らせながらアークは周りの状況を確認する。ファラス側に負傷者は多いが軽傷ばかりで戦死はしていない。反対に傭兵は全滅だった。ここまで来るのに疲弊していたのだ。これも何日もかけて造り上げた罠のおかげだろう。
「まだいけるな?」
応! とファラス兵たちは拳を天に突き上げた。そして来襲するガイナス兵と戦い続けた。
陽が昇り初めて、東の陣を預かっていた将が部下に起こされて不承不承甲冑を身に付けて床几に座った。
「作戦は昼ではなかったのか?」
未だ眠気が収まらず部下の前で平気で欠伸をする将。
「それが……南に陣を敷いていた傭兵たちが敵の挑発に乗って攻めたと」
「……呆れた」
言いにくそうに言った部下の報告に将は頭痛に頭を振った。
「それで結果は?」
「傭兵の部隊は大半が戦死、及び戦闘不能。彼らを救出しようとしていたガイナス直属の兵士が千人ほど被害にあったとか」
ほう、と驚きを含んだ声が将から漏れた。
「傭兵といえども五千も居たのに耐えたか。さすがガイナスまで伝わる名城。簡単には落ちないか。それで作戦に支障はないのか?」
「は! 主力であった一万の部隊が半減してしまったので西の砦とわたくしたちの陣から兵を割くと本陣の大将から」
「大将も呆れているだろうな。まあ良いだろう。どうせ跳ね橋のせいで東からは攻められないからな。無駄に攻めても被害が増えるだけだし、主力に回した方が良策だ。四千を南へ」
将の指示に部下は短く答えて天幕を去った。
西の砦と東の陣から兵を割いて一万に再編。動けなくなった傭兵たちには当たり前のように治療も褒賞も与えられず捨て置かれた。
砲台陣地では大砲の整備が始まり、昼には砲撃が開始されるだろう。そうすればムガノ城下の壁は明日にでも崩れるだろう。そこを攻めればいい。
将はニヤリと笑った。
「なんとか乗り切ったな」
「安心するのは早いよ。これから砲撃が始まる」
「それを防ぐ手立てはないのか?」
アーク、イチヒメ、リーシアが城下壁上で僅かに緊張を緩めて語らう。
「敵が部隊を整える前に一当てするよ。君たちの部隊や守備兵は疲れているだろう? 爺の部隊に出てもらうよ」
爺とはカルターンたちのことだろう。ここ数日で彼らの兵たちは戦えるまでに回復していた。
三人の下から鬨の声があがる。老年騎士たちの部隊が城下門から突撃を開始する。目標は未だに態勢が整っていないガイナス部隊、数は四千。こちらは士気の高い三千。勝ち目はある。砲撃に曝されるまえに状況を少しでも変えたい。
「報告!」
息を切らせた兵士が城下壁を駆け上り跪く。
「北の城下壁でガイナス兵の単騎駆け! 強者で門が破られました!!」
「何だって!?」
その言葉は誰が言ったのか分からない。三人だったかもしれないし、周りに居た兵士かもしれない。ただ理解できたのは、あってはならないことが起きたということだけだった。
お久しぶりです。長編担当のma です。
今回は新キャラ無しです。いや~頭の妄想では出したいキャラが多くいるんですが、出す機会が訪れず日々、悶々としています。お話は短めですが重要な戦いです。しかし、これはファラス中部の戦いの始まりでしかありません。この後にもグタンスやマザッカの戦いが控えています。この二つの話も早めに届けられれば良いなと思います。
では、mあた、aいましょう。ma でした。(^_^)/~~




