表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歴史還元の亡国騎士  作者: mask
巨城奪還戦
23/68

〈戦仕度〉

ミリタ大平原で一時停戦したガイナスは約束の三日目の朝を迎えていた。

「着きましたよ、ユリィ」

 ユリマラはユリィを連れて、ファラスの王城ーーギルライオ城の西にある小高い丘に来ていた。

 この丘からギルライオ城まで一キロという戦においては目と鼻の先の距離であり、ガイナス軍は丘の西に天幕を広げている。明日の朝にはこの丘には大将の陣が置かれて東には五万を越える将兵が布陣して、南北から行軍している仲間を合わせると二十万近い大軍に膨れ上がるだろう。だが主力は大勢の歩兵でも武勇に優れる騎士でもない。重砲を含む五十門以上の大砲が城下壁を楽に撃ち破るだろう。ガイナス軍は準備のために東奔西走。そんな中でユリマラがユリィを連れてきたのには理由があった。

「ユリィ、『白髪の姫騎士様』の物語を覚えていますか?」

「うん。たーくさんの悪者と戦ったんだよね」

 ユリィは子供らしく楽しそうに笑う。

「そのときに丘が出てきましたよね?」

「うん。街を守るために姫騎士様は丘で戦い続けたんだよ。格好いいよね!」

 物語の登場人物に赤い瞳を輝かせる。

「その丘がここですよ」

「ほんと!?」

 いたずらが成功したような笑みのユリマラ。そして自分が物語の場所に立っていることが嬉しくてピョンピョン跳ねるユリィ。しかし何かに気づくと暗く落ち込むユリィ。

「どうしたのですか?」

「お姉ちゃん。私たちは悪者なの?」

「なぜそう思うのですか?」

「だって街を守ろうとした姫騎士様みたいにファラスは戦っているんでしょ? それならその人たちを倒そうとしている私たちは悪者だよ」

 目端に涙を浮かべるユリィ。ユリマラは彼女と目線を合わせる。

「それは違いますよ。あなたにはまだ少し難しい話かもしれませんが伝えておきます。物語に出てくる戦争は街を救いましたが、本当は姫騎士様は戦いの最中で生死不明になり、白髪の一族は街を追われて海に逃げたのです。そこから南に渡り現在の旧カリバンヌ王国の一部を戦乱の中で勝ち取り、今は自治都市エマンガイアの人間として白髪の一族は生き抜いてきました。あなたは彼女たちの子孫なんですよ。そして白髪の一族の悲願は故郷である、この地を取り戻すこと。そのために私やユリィのお母さんや叔母さんは戦ってきたんです。だからこれは侵略ではありません。故郷の奪還です。そして、取り戻したあかつきには、あなたに国を差し上げます」

 分かりましたか? とユリマラが訊くとユリィは小首を傾げる。

「難しくて分からない」

 その仕草についユリマラは微笑んでしまった。そして思う。この子には平和な日々が似合うと。

「ユリマラ、準備をするから戻ってこい!」

 天幕群からトオルの声が聞こえた。

「じゃあ戻りましょうか」

「うん」

 元気よくうなずくユリィに満足そうに微笑むユリマラ。彼女たちの先祖の白髪の一族の話はまたいつか語られるだろう。


「これより軍議を始めます」

女宰相の一言で始まったのは城に迫るガイナス軍とムガノ城の奪還についての会議だった。

場所は王城の会議室で今まで通り最上座にメリル王。隣には女宰相、上座から老年、中年、若年と三十人ほどが席についた。

「傷は平気か?」

「ああ、まだ塞がってはないけど戦えるよ」

「リーシアは心配しすぎよ」

「お前ら少しは軍議に集中しろよ」

 若年であるリーシア、アーク、マリー、ザラスは一番下座にいる。

「話し合いの前にご紹介したい方がいます。お入りください」

「失礼するよ」

 部屋に入ってきたのは極東の黒い絹の服を着た小柄な少女。

「お初に御目にかかる。極東の一大名、黒川家当主の娘、クロカワ・イチヒメ。どうぞお見知りおきを」

 恭しく頭を垂れるイチヒメに騎士たちは歓迎しながらも困惑する。

「陛下、話には聞いていましたが、極東の姫がファラスの戦列に加わるのは何故ですか?」

「それはーー」

「民を助けたいからじゃダメかい?」

 メリル王が答える前にイチヒメが言う。

「ファラスの人たちには世話になったからね。不肖イチヒメが軍略で救ってあげるよ」

 上から目線な彼女に納得しづらい雰囲気の騎士たち。

「あの子が極東の軍師なのか?」

 どっからどう見ても箱入りでじゃじゃ馬の姫にしか見えないアークはこそこそとリーシアに訊く。

「彼女の軍略は本物だ。信じていいだろう」

 すでにリーシアは少女のことを信頼しているらしい。

「それじゃあ進行は国王陛下に任せて私は策を考えるよ。国と地方の詳細な地図と兵士の数と兵科を纏めた資料、それに銃と大砲の数、要らないものでいいから木材と作業してくれる人材を集めておいて」

 イチヒメの矢継ぎ早な命令に騎士たちは混乱していたが彼女は与えられた下座に座り自分の世界に入っていた。

「それでは続けます。我らファラスは可及的速やかに丘のガイナス軍を排し、先祖より賜った大地を取り戻す策を考えましょう」

そこで手をあげたのはリーシア。女宰相に発言の許可をもらい立ち上がる。

「リオンの力を借りてムガノ城の奪還を目指すべきだと思います」

 リーシアはチラリとイチヒメに目を向ける。だが彼女は瞳を閉じて黙考している。

「ここにいる彼女はムガノ城で戦い、結末を知っております。それゆえ勝利を得られる策を出せれば難攻不落と謳われるムガノを取り戻し、周りの土地に大きな影響を与えることができます」

「俺もその考えに賛成です」

 立ち上がったのはザラス。

「俺はムガノ城を救うための部隊に配属されていました。だけど間に合いませんでした」

 ザラスは血が滲むほど拳を握り締める。

「だから救いたいんです」

 後悔と決意を騎士たちに伝えるザラス。

「気持ちは嬉しいんだけど」

 うっすらとイチヒメは瞳を開く。

「過去の力で戦っている間も"今"の戦いは明日には始まる。今はそっちを考えた方がいいんじゃないかい?」

 正論を言われて静かに座る。イチヒメは届けられた資料を読み始める。

「敵との戦力は互角、防御拠点のあるこちらに分がある……と思ったら負けるよ。今の時代は城壁なんて役に立たない。それほどまでに大砲の技術が上がっている。大砲が配備されないように野戦に持ち込んだ方が良いかもしれない。食料も少ないから籠城する理由も無いしね。だから考えるのは戦術だよ。連絡を密に取り、柔軟な部隊の動きをするしかない。だけど今から訓練は間に合わない。そこは無理矢理に騙し騙しでやるしかない」

「例えば?」

 女宰相の質問にイチヒメは答える。

「重装歩兵を廃止する。あんな重たい装備じゃ、これからの戦争は生きていけない」

「重装歩兵は騎兵に次ぐ戦力です! それを廃止してしまったらマスケット銃に脆弱になり混乱を招きます」

「大楯は銃弾を弾いているけど鎧は五十メートル以内だと穿たれる。その距離を重装歩兵が埋められるはずがない。大楯で銃弾を防いでいる間に敵は次の策を出してくる。重装歩兵の弱点である横からとかね」

「それを防ぐために背後に騎兵を配置するのです」

「敵だってそれを防ぐために騎兵を出してくるよ。もしかしたら銃かもしれないし、長槍かも。はたまた攻城のための大砲を野砲にするかも。どれにしろファラスの古すぎる戦いかたではガイナスには勝てない。策は完璧を目指すが完成してはダメなんだ。ファラスは完成しているから次には向かわないし、奇策に弱い」

 イチヒメと女宰相との間で議論が紛糾している。

「何を言っているのか分かんないんだけど」

「私も同じだ。だが本来の軍議とはこのようなものなのかもしれない」

 アークとリーシアはこそこそと話している。他の騎士たちも議論を邪魔しないように静かに話し合っている。

 

 議論の結果は折衷案として重装歩兵は廃止しないが大幅に数を減らすことだった。何故か分からないが軍議後、イチヒメと女宰相は意気投合したようで、その後も何かと話し込んでいた。

「結局最後までわからなかった」

「……私もだ。何だ?『戦術レベルの積み重ねを報いられる作戦を考えて戦略との昇華とする』とは意味が分からん」

「私は『ファラスの兵站が絶望的』っていうのに興味を持ったわ。自分の領地があったときは補給なんて考えなかった。だけど今は違うってハッキリと分かった。クラム砦の戦いも身にしみる体験だった」

「俺たち騎士は何も考えずに戦ってるのと同じなんだと気づいた」

 アークとリーシア、マリー、ザラスは先ほどの議論の感想を言っていた。

 イチヒメが登場したことにより、ファラスが良い方向に大きく変わっていることを実感し始めていた。

「それで俺たちはどこに向かっているんだ?」

「ムガノ城を奪還するための編成をするそうです」

 いつの間にか四人の前を歩いていたリオン。

「援軍に向かう部隊とイチヒメさんと共に籠城する部隊。この二部隊でムガノを取り戻します」

 城の外に出て城下町に向かう。

「って! 何やってんだ!?」

 アークたちを驚かせたのは家屋を打ち壊す兵士たち。彼らは次々と量産される廃材を馬車の荷台に載せていく。

「領民の家を潰すなど誰の命令だ!」

「い、イチヒメ様のご命令です」

 怒れるリーシアに怖れた兵士たちの一人がそう言った。

「イチヒメが!?」

「呼んだかい?」

 城から遅れてきたイチヒメが隣に並ぶ。

「どういうことだ、イチヒメ。家を潰すなどなぜ命令した!?」

「おかしいな。あたしは木材を集めろと言っただけだよ」

「でも実際に兵士たちは君の命令で動いている!」

 リーシアに状況を示され、戸惑って作業を中止している兵士たちを見てイチヒメは怒ることも弁明することもなく満足そうに笑った。

「良かったよ。わざわざ樹から切り出すような人が居なくて。ちゃんと命令通り木材を集めている」

「家を潰すなど、おかしいのではないか?」

 怒りを静めて、諭すように問いかけるリーシア。それをイチヒメは冷ややかな瞳で見上げる。

「君がさっきから言っている"家"はあの廃材の塊かい?」

「廃材じゃない。領民の大切な家だ」

「領民なんてどこにいるのさ? 線引きが甘いと死ぬ。割り切りなよ」

 イチヒメは話は終わりとばかりに兵士たちに指示を始める。

「私は間違っているのだろうか?」

「間違ってないわよ」

 肩を落とすリーシアの隣にマリーが並ぶ。

「あなたは間違ってない。ただあの子が取捨選択が上手いの。何を助け、何を捨てるか。軍師は人一倍それが必要なのかもね」

 マリーの言葉になんとか納得するリーシア。だけど自分がイチヒメのようには成れないことに不安を覚えた。

「なあイチヒメ」

「……なんだい?」

 アークが名を呼ぶと、苛立たしげだが無視すると気に障られると思ったのかイチヒメは返事する。

「お前はなんで選べるんだ? 何のために戦うんだ?」

「それは哲学かい?」

「て、てつがく?」

「騎士は騎士の仕事をしなよ。他人に問いかける前にさ」

 彼女は再び指示に戻る。

「イチヒメの言う通りよ。私たちも準備をしましょう」

 四人の若い騎士たちは自分の兵が待つ場所へと向かった。

「君も行かないのかい?」

「私は準備が要りませんから」

自分と同じ身長のリオンに微笑まれると、イチヒメはむず痒さを覚える。

「先ほどのアークさんからの質問の答えを聴かせてください」

「君も哲学がご所望かい?」

「哲学でも構いません。イチヒメさんの考えを教えてください」

「リオン、君もやることをしてなよ」

アークたちの時と同じように話を避けようとするイチヒメ。

「私は皆さんを過去に送ることしか能がないので……正直暇です。だからイチヒメさんとお話ししてもいいんです」

「それは屁理屈だよ」

「屁理屈も理屈ですよ」

イチヒメがいくら嫌みを言って避けようとしても話すことじたいが楽しいリオンの微笑みに彼女は根負けした。

「自分のためだよ」

「……え?」

イチヒメの答えにリオンは呆けた。

「国のため民のためって言うと思った?  私は聖人君子じゃないよ。自分の行きたいところに行き、やりたいことをやる。使えるものは使い潰し、邪魔なものは排除する。その結果が国を助け、民を助けてるだけ」

「でも村人さんたちのために戦ってくれたじゃないですか」

 悲しげに笑うリオン。これ以上は辛いことを言わないでほしいと。

 イチヒメは追い討ちをかける。

「自分の軍師としての才能を殺したくないのさ。だからファラスに来たんだ、あたし。極東では幕府が戦争を無くしたから」

「極東は凄いんですね。戦のない世を実現しちゃうんなんて」

「最悪だよ。戦のない世なんて。侍も軍師も仕事を無くして、過去の栄光を引きずって晩年を過ごし、忘れ去られるように床で死ぬんだ。そんな国、消えてしまえばいいのに」

 自分の故郷を恨めしく語るイチヒメは少女としては大人すぎたのだ。だからこれほど苦しむのだ。

「それならムガノ城の戦いも同じ気持ちだったのですか?」

「…………」

 唐突なリオンの言葉にイチヒメは黙った。

「軍師として負け、ムガノ城の人々に助けられたのに、イチヒメさんは人としても負けてしまうのですか? 散っていった人々のために戦ってはくれないのですか?」

「うるさいな!? あたしは自分のしたいことをするだけ。ほっといて」

 これ以上は話したくないのかイチヒメは煩わしげに手でリオンをはらった。

「期待していますから!」

「はいはい」

 イチヒメは口悪く言っているが、解釈すればこうだ。

『助けたい命は必ず助ける』

 やり方や考え方は違くても、思いは、まるでアークのようだとリオンは思った。そうでなければ、自分で指揮を執り、ここまで徹底した準備はしないだろう。

「あなたの力を信じていますから」


 すべての準備が整い、作戦が開始される。

 騎士たちは先ほど軍議を行った部屋に集められた。

「これより三部隊に分けます」

 女宰相が説明を始める。

「第一の部隊は国王陛下と共にギルライオ城を守備します。数は三万」

 大半の騎士はこの部隊に編成される

「第二部隊はイチヒメ殿と共にムガノ城の守備に。第三部隊はザラス殿とムガノ城の救出へ。過去への跳躍の経験がある方たちでお願いします」

 第二部隊にはアークとリーシアが、第三部隊はマリーが編成された。ルナはアークの兵士なので必然的に第二部隊に配属。

「アークさん、リーシアさん、ルナさん、そしてイチヒメさん。行きますよ」

 三人はリオンに強く頷くと、両目を閉じた。

「さあ着きました。ムガノ城です」

 両目を開けると、視界に広がったのは木造の家屋が並ぶ街だった。背後を振り返ると石造りのムガノ城がこちらを威圧するかのようにそびえ立っていた。

「これがファラス中部の要」

「そうだよ。マザッカの山城、川に囲まれたグタンス城、そして堅牢な大城ムガノ城。この三つがファラスの大門と呼ばれる要所だよ」

 呆けたように城を見上げるアークにイチヒメが説明する。

「凱旋だ!」

 兵士の一人が走り回って守備兵や城下の民に叫んでいる。彼の表情は焦りに満ちていて、あまり良い状況とは見ずに分かった。

「それでは皆さん、私は行きますね」

 リオンは一礼する。彼女は一度、ギルライオ城に戻り、ザラスやマリーたちの部隊をムガノ城救援部隊に送らねばならないのだ。

「皆さん、決して死なないでください。ここで死ねば皆さんの人生は尽きます。お気を付けて」

 そう言い残すと、リオンは消えた。最初からそこには彼女が居なかったかのように。

「さて。迎えに行こう。救えなかった仲間を」

 アークたちは部隊を引き連れて西門に向かった。そして開け放たれた西門からは満身創痍の将兵が雪崩れ込んできた。

「急いで医者を呼んでこい! 飯もだ!」

 ムガノ城の守備兵たちが駆けずり回り負傷兵たちを介抱していく。

「カルターン殿は何処?」

 イチヒメが近くにいた騎士に話しかけると、騎士は自分の後ろを指差す。そちらに目をやると、騎乗した老年の騎士たちが疲れた顔で門内に入ってきていた。

「ついてきて」

 イチヒメに言われて、アークとリーシア、ルナは黙って従う。

「おお! 久しいな、嬢ちゃん」

「ボロボロのくせに元気じゃないかい」

 イチヒメが姿を見せると老年の騎士たちは大声で笑いだす。イチヒメも心から微笑んでいるように見えた。

「始めて見ますが、やはり彼女が軍略に長けているとは思えませんね」

「それでも彼女には力がある」

 ルナの言葉にリーシアが返す。

「その者たちは?」

 老年の騎士の一人がイチヒメに問いかける。

「駆けつけてくれた援軍。数は二千」

 老年の騎士たちは感嘆すると、馬から降りてアークたちと握手を交わす。

 カルターンという名の老年騎士の握力は痛いほど強かった。

「爺さんたちは兵を休ませて私たちが守備につくよ」

「良いのか? わしらも仕事をするぞ」

「年寄りに冷や水だよ。いいから休んで。戦前にポックリ逝かれたら困るからね」

 口は汚いが相手を心配していることがイチヒメから感じられた。

 戦帰りの者たちを城内に送る。

「じゃあ仕事するよ、みんな! あたしの指示にしたがって動いて。期限は六日だよ」

 ムガノ城の守備兵が千人。アークたちが連れてきた兵士が二千。力仕事が可能なムガノ城下の民を二千人を集められた。

 総勢五千名はギルライオ城下から運んできた資材に群がってイチヒメの指示の下、作業に移っていく。

「俺たちは土木作業をしているのか?」

「さあ、知らんけど」

「訓練とかしたほうが良いんじゃねえのか?」

「戦いに行った精鋭があんだけボロクソにやられたんだ。訓練したって無理だろ」

「そこッ! 口より手を動かしなよ!」

 グチグチ言っている守備兵たちにイチヒメが一喝した。自分より年下の、中には自分の娘ぐらいの少女に怒られるのに守備兵たちは困惑する。

「す、すみません」

「謝んなくていいから働いて!」

 地図を睨み、現場を睨むイチヒメは正直……鬼だった。

「イチヒメ」

「どうしたの?」

 リーシアはイチヒメが睨んでいた木材の上に広げた地図の一点を指す。

「木材を地面に突き刺して壁を造るなら道に対して斜めではなく完全に塞いでしまったほうが良いのではないか?」

 どうせ壁を造るなら道を塞いでしまえば敵を足止めできるという考えを述べる。

「これで良いのさ」

 だがイチヒメの考えは違った。

「敵は壁で防ぐんじゃない。壁で導いてあげるんだよ」

「すまない。私には分からない。だけど君の軍略は信じるよ」

 リーシアは作業に戻る。

「イチヒメ」

「なんだい?」

 質問が多いな、とイチヒメは心中で思う。

「この布はどうするんだ?」

「最初に説明したじゃん!木の薄皮を米の糊で貼り付けて家屋の前に吊るして。あたかも木の壁があるように綺麗にやってよ!」

 アークは理由を聞きたかったのだがイチヒメに手で追い払われたので仕方なく作業に戻った。

「イチヒメ殿」

「初めましてだね。それとヒメで敬称だから殿は要らないよ」

「で、では槍の柄を短くする作業が終わりました」

「仕事が早いね。じゃあ次は指示した場所に櫓を造って」

「……櫓の造り方がーー」

「櫓造りも知らないのかい!?」

「す、すみません」

 涙目になってしゅんと落ち込むルナ。

「ああもう! 泣かないの!? 年上でしょ!」

 やんや、やんやとムガノ城では騒がしく時が過ぎていった。


「報告! ガイナス軍を視認。数は三万以上!」

 三日目の昼。マザッカ城を攻略したガイナス軍が南西より襲来。この報は、すぐにムガノ城中に伝わった。

「来たね。伝令! 西の砦に砦を放棄して本城に合流しろって伝えて」

 伝令兵は短く答えると、馬にまたがって西の砦へと駆けた。

「みんな! 作業は順調に進んでいるよ。頑張って」

 おう! と兵士たちは応える。

「みなさん、お昼ですよ!」

 大鍋を混ぜていた女たちが昼飯を告げた。作業していた男たちは我先にへと女たちのもとに駆けて椀によそわれた卵とじの粥を受け取る。そして各々の好きな場所に座って粥を口にかきこみはじめた。

「私たちも休もう」

「そうですね。アーク殿もどうですか?」

「ああ、そうだな」

 アークたちも作業を止めて粥を受け取る。

「イチヒメは食べないのか?」

「一通り作業現場を見てからにするよ」

 イチヒメは立ち去り、城下を見て回る。

 西の砦から兵が帰ってくる。その兵たちも粥を受け取り、食する。

 アーク、リーシア、ルナの三人は城下壁に上り南西から来るガイナス軍を見据えた。

 単眼鏡で覗くと、豆のような小ささであるが確かに双頭の赤竜の旗の下に歩兵の集団を確認した。

「もうすぐだな」

 時間にして一刻でガイナス軍はムガノ城に辿り着くだろう。

「イチヒメが言うには敵は西の砦を制圧後、東西南北の四方に布陣するらしい」

 ガイナス軍はムガノ城を中心に三万の兵を北に千人、西に五千、東に九千、南に一万五千に分けて陣を敷く。東と南の兵力が多いのはムガノ城への援軍阻止と城内のファラス兵を逃がさないためだ。その中でも南の陣には大砲が並べられて本陣も置かれるらしい。南を攻略することは困難を極めるだろう。

「イチヒメはこの戦いをどうするんだろう?」

 アークは大戦を予期して、そう言った。


「大きな城ですね」

 ユリマラは両手でひさしを作り、ムガノ城を遠望する。

 本城は高く聳え、それに付き従うように塔が林立している。それらを囲う城壁、城下。そのすべてを守る城下壁は如何にも強固な造りをしていて、城下に入るための橋の下には深さ二メートル、幅が二十メートルの水堀が外敵を引きずり込もうとする。

「俺たちは北に布陣する」

「僅か千の手勢で何をしろと。明らかに除け者扱いじゃないですか」

 トオルの言葉にユリマラは愚痴った。

「仕方がないだろう。特戦は嫌われている。手柄をあげさせないためだ」

 満足がいかなかったユリマラは、そこで微かに笑った。

「それなら北門を落として見せましょう。私たち千の手勢で」

 ユリマラの自信ありげな言葉にトオルは彼女を活躍させるための策を考えた。


 ついに戦いの時が前日に迫った。

 城下内の作業はすべて終わり、兵士たちには休みが言い渡されていた。

 昼から酒を飲む者、今までの疲れを癒すためにイビキをあげながら寝る者、最後かもしれないので賭け事で騒ぐ者など、様々に過ごしていた。

 その中で騎士たちだけは作戦を確認していた。

「開始は明日の未明。良いね?」

 イチヒメの言葉に騎士たちは強く頷いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ