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歴史還元の亡国騎士  作者: mask
血と火薬に塗れし乙女
13/68

〈二人の女騎士〉

 紅長髪の女騎士が北の暗闇を無言で見つめていた。

「リーシア様。そろそろお休みにならないと明日の戦に差し支えます」

 背後に控えていた従騎士が心配そうに声をかける。それにリーシアは振り返ることなく言葉を返す。

「もう少しだけ、待っていたいんだ」

 わかりました、頷くと従騎士は再び背後に控えた。

「ん? ……あれは――」

 目を細め、暗闇を見る。微かにだが、火の灯りが見えた。

「アークたちだ。帰ってきたんだ」

 リーシアはそばの樹につなげていた馬に跨り、灯りに向けて奔らせた。灯りは徐々に近づき、灯りに照らされた人々が窺えた。

「リーシア! 無事だったか」

「君こそ、良かった!」

 アークとリーシアは轡を並べると互いに微笑んだ。心から安堵しているのだ。

「クラム砦から兵士たちを救ってきた。マリー!」

 アークの声に後方から馬が二騎近づいてくる。一人はルナ、もう片方の騎士は知らない。あれがアークが呼んだマリーという者だろうと、リーシアは一人納得する。

「どうしたの? アーク」

 幼馴染を”アーク”と呼ぶ騎士の髪は松明の火では判りにくいが長い金髪を煤に汚れながらも輝かせていた。リーシアは自らの髪の色は嫌いではなかったが、金色に光る髪は彼女の憧れだったのだ。それで見とれていると、アークの隣にマリーも轡を並べた。ルナは三人の騎士の後ろを付き従っている。

「紹介する。彼女がクラム砦の指揮をしていたマリーだ。こちらはリーシア」

 マリーとリーシアは互いに名を言い、会釈する。

「貴殿がクラム砦を守り抜いたマリー殿か。私と同じ女騎士とは恐れ入った」

「いえ、騎士としての務めを果たしたまで」

 二人が微笑むと、間にいたアークも笑った。

 こうしてアークたちは無事に戻ってこれたのだった。だが、マリーが怪訝そうな表情を見せたのをリーシアは見逃さなかった。

 そして夜明け前、アークとマリーは少女の王メリルの許へ謁見する。

「マリー・シュテルツ。メリル様の名の下に馳せ参じました。これより全身全霊をもって仕えさせていただく所存です」

「マリー卿……そなたの忠義に感謝する。ファラスのために……戦ってくれ」

 マリーは短く返事すると王の大天幕を辞した。その場にはアークだけが残る。

「アーク卿……大儀であった。そして、無事でよかった。礼を言う」

「役目を果たせてよかったです」

 メリル王はアークに向かって優しく微笑む。隣では女宰相が一歩前に出た。

「有り難く受け取りなさい。メリル様より褒賞があります。メリル様」

 女宰相が頭を垂れ、横に退くと、床几に座っていたメリル王が立ち上がった。

「顔を上げよ……アーク卿」

 アークは短く返事をして顔を上げる。

「んッ!?」

 メリル王にアークは頭を抱かれた。メリル王は昼間と違い、鎧ではなくシルクの肌着に上から上着を纏ってているだけだった。だから頭を抱かれたアークにはメリル王の温もりが伝わっていた。

「メ、メリル様!?」

「ありがとう。そなたのおかげで、ファラスに……再び光を取り戻せるかもしれない。だが今の我では……満足のいく褒美は与えられぬ。だから今はこれで許してくれ」

 焦るアークを強く抱くメリル王。アークは顔に伝わる胸のふくらみに恥ずかしさで逃れるように顔を上げると、メリル王の青色の美しい瞳とあった。その瞳は始めて謁見した時の暗さは感じられずにアークは惹かれてしまった。お互いの唇が近い。熱で頭が働かない。

「ごっほん」

 小さな咳払いにアークは驚き、飛び上がる。

「浮気は良くないですよ、アークさん。リーシアさんにバラしましょうか?」

「いやいや、違うからな!?」

 頬を膨らませながら問い詰めてきたのはリオンだった。リオンは彼女の姿を未だ見ることのできないマリーを混乱させることを防ぐために、天幕の端でおとなしくしていたのだ。マリーが天幕を辞して、やっと動けると思った矢先に先程の光景を見てしまったのだから怒りものだ。

 そんな彼女に顔の前で両手をブンブン振って、慌てて否定するアークをメリル王と女宰相が口元を抑えながら笑った。

「やはり、アーク卿は、見ていて、心が、温かくなる」

 笑顔を見せてくれるメリル王にアークは溜息を吐きながらも満足そうな顔をした。

 微笑んでいた女宰相が顔を引き締めリオンを向いた。

「それで、この後はどうすれば?」

 女宰相の疑問に同意するようにアークとメリル王もリオンを見つめる。それらの視線を受け、リオンは考える素振りをしてから答える。

「明日、マリーさんに協力してもらい過去に行きます」

 リオンの迷いのない言葉に周囲は戸惑う。それを代弁したのはアークだった。

「さっきの様子だとマリーはお前の姿を認識していなかったみたいだぞ。それじゃあルナと同じで過去に行っても変えるのは難しんじゃないか? それなら未来のあるやつに協力してもらったほうが――」

 アークの意見にリオンは首を振る。

「確かにマリーさんは私の姿は見えませんが声が聞こえる可能性があります。それならアークさんのように何かを変えられるかもしれません。それに未来が途絶えた人の未来を繋ぐことこそがファラスを救う手段なのです」

「つまり、死ぬ運命だった奴らをひたすら助ければいいんだな?」

 やる気に満ちた瞳のアークにリオンは苦笑しながら頷く。

「まあ、そういうことですね」

 アークが気炎を吐く中、しかし、とメリル王は不安げに口を開いた。

「明日も……ガイナス帝国と、ぶつかる。今の戦力で……保つだろうか」

 メリル王の方が恐怖で震えだす。先程までの笑顔はなく、涙までこぼれ始めている。そんな彼女を女宰相が優しく抱く。

「大丈夫です、メリル様。必ずや我らがあなたをお守りします」

 アークはその様子を見て、二人を本当の母娘のようだと思った。そして二人が不安がるのもアークは仕方がないことだとも思った。

 この二人は武を奮えず後ろで命令してふんぞり返っているように思う者もいるかもしれない。だが、彼女たちはアークたち騎士以上の責任があり、それから逃げることは大国ファラスの滅亡を意味する。そして現状のファラス軍は二日間の激突で三千以上の死傷者を出し、ついに継戦兵数は四万をきった。本来なら退くべき損害だ。だが、今のファラスにはそのような道は選べない。武器をとるしかない道を少女の王は命ぜなければならない。それにどれほど心を痛めているだろうか。

「それならば、過去に戻りますか?」

 青と赤の異彩色の瞳でメリル王を見つめる。それは何かを訊き出したいようであった。

「この平原にいる全ファラス兵を一昨日の会戦前に戻ることができます」

 その場にいたアークたちが目を見開いた。

 それなら――、メリル王は縋るように言葉を紡ごうとすると、リオンが言葉を続けた。

「今までやってきたことは全て水泡に帰す可能性があります。それでもいいのですか?」

 リオンの言葉にアークが困惑気に問う。

「どういうことだ?」

「この二日間で倒した敵、処罰した裏切り者、そして救えた人々が再び戦火に投じられるということです。

今以上の犠牲をあなたは背負う覚悟がおありですか?」

 アークを見て、泣きそうな瞳のメリルを見据える。そして、ふっ、と頬を緩める。

「今、あなたを守ろうとしている方たちを信じてあげてください。死んでいった者たちの思いを忘れないでください。そして、彼らを救い、幸せのある国にすることを誓ってください」

 言葉を紡ぐリオンの異彩色の瞳から知らずのうちに涙が零れ落ちていた。アークは彼女の言葉と涙に心が締め付けられた。リオンの言葉は何度も、何度も過去を跳んでいた彼女にしか語ることのできないものだ。

 リオンは過去へ行くたびに人々と触れ合い、彼らの心の声を聴いて、そしてそれを断腸の思いで斬り捨てたのだろう。

 過去を変えるのは神への冒涜だ。それなら人々のありし過去を消すのは――

「それでも――」

 俺たちは、アークは言えなかった。歯を噛み締め、血が滲むほど拳を握りしめただけだった。だが、答えたものがいた。

「約束……します」

 メリルだった。

 抱きしめてくれていた腕から抜け、自らの足でしっかりと地に立つ。そして弱いながらも意志ある言葉を紡ぐ。

「必ず、ファラスの……我の民を必ず、幸せにして、みせる」

 メリルは上座から降り、涙を拭い、リオンの前に立った。

「だから、これからも……力を、貸してほしい」

「はい!」

 メリル王は恥ずかしげに、リオンは小さき花のように微笑み、二人の少女が固く強く握手した。

 ――ファラスの反撃が始まる。



 メリル王との謁見の後、マリーは女近衛兵と、ある場所に来ていた。そこはファラス軍の天幕が集まる中心に建てられた特別な天幕群の一つだ。小さい天幕と大きい天幕とが繋がっている一風変わったものだが、外から見ると彼女たち騎士が使う天幕と何も変わらない。小さい天幕の入り口から中へ入ると、通常の天幕内とは違うものだと一目で分かった。

「ここで脱げばいいのね?」

「はい、そのようです」

 そこは簡易的な脱衣所であった。三段ほどの木製棚があり、そこに編み籠が並べられている。脱いだ衣服を入れておくものだろう。

 マリーは傷だらけの革鎧と鎖帷子を脱ぎ、下着と共に編み籠に放り込む。その様子に女近衛兵が嘆息する。

「マリー様、女流騎士らしい所作をしてくださいませ」

「いいじゃないの。アリエラは入らないの?」

 未だに武装を解かない部下にマリーは首をかしげる。それにアリエラと呼ばれた女近衛兵は首を振った。

「私は騎士ではございまさん、それに不逞の輩がいないとも限りませんので出入り口を見張ります」

「固いわね。まあ、頼んだわ」

 女近衛兵は短く返事をすると天幕を辞した。それにマリーは深く息を吐くと、大きな天幕につながる入口の布を上げた。すると、マリーの裸体は温かい湯気に包まれた。

 天幕内は湯気に覆われ、中をすべて見通すことができない。上を見上げると、湯気を逃がすためか屋根に丸く穴が開いていた。雨が降っていないことに感謝した。地面は剥き出しではなく、布が敷いてはあったが濡れた地面の感触が足に伝わり、少し気分が悪くなった。

 入口に湯の入った樽があり、そこから桶で湯を救う。木製の椅子があったのでそこに座る。そしてこれまた木製の鏡台があり、曇った鏡を手で拭き、覗くと疲れ切った顔と汚れた金髪を伸ばした少女がいた。映っている自分の姿にマリーは嘆息する。ずいぶん老けたものだと。

「まだ十七なんだけど……髪、切ろうかしら」

 背中に流していた血と火薬で臭う金髪の一房を掴み、鏡に映す。

 そういえばと、ある人のことを思い出す。小さい頃、肩までの蜂蜜色の髪をもった――いや、あの時の彼女は男の子のように髪が短かった妹分である少女に遊び半分で髪を切ってもらったことがあった。その出来があまりにも悪くて二人で笑った。それで母親に大目玉を喰らったのだ。その後、泣きながら少女の実姉であり、マリーも姉として慕っていた女従騎士の少女に髪を切りなおしてもらったのだった。切ってもらっている間、妹と一緒にガミガミと説教された覚えがある。

 思い出に浸り笑っていると、風呂場にいることを忘れていた。鏡台から大事なもの探す。

「………………」

 あれ? おかしい。

 落ちている可能性があったので周りも探してみる。

「………………」

 やはり……無かった。あれが――

「嘘、でしょ?」

 マリーは誰に聞かせることもなく言った。

「ありえない」

 なんで、

「なんで、石鹸が一個もないのよ!?!?!?」

 マリーの慟哭は天幕内に響いた。

「はぁ~~」

 大声を上げたことにより、疲労が一気に達して鏡台に頭を預けた。そういえば数日間、ろくに寝ていなかった。そんなことより、

「髪を洗いたい。はぁ~~」

「使うか?」

 顔を上げると上から石鹸が降ってきた。マリーはそれを大事そうに捕えた。

「もしかして、聞こえてました?」

「あれだけ大きい声だとな」

 相手は笑いを押し殺しているようだ。湯気で分からなかったが、他にも自分と同じように風呂に入りに来た者がいたらしい。

 マリーは恥ずかしさを隠すために泡立てた石鹸で髪を洗った。

「その声、マリー殿か?」

「え?」

 どうやら相手は自分を知っているらしい。女性の声だが男勝りな感じを受けた。マリーは記憶を探り、小首を傾げた。この前線に来てから話したことがある人がいただろうか?

 一緒に来たルナにしては口調が強めに感じる。王や宰相殿ではないとすると――

「ああ、リーシア殿ですか」

 湯気で見えないが相手が微笑んだようにマリーは感じた。

「やはりそうだったか」

 水が弾ける音がする。湯を頭にかけたのだろう。

「それでは、これからよろしく頼む。私は先に上がる。後でゆっくり話を聞かせてほしい」

「そうね。こちらこそ」

 リーシアが風呂天幕から出ていく。マリーは泡だらけの髪を桶の湯で流す。それでも流れきらなかったので、樽から湯を掬い、その場で頭からかぶる。頭に傷があることを忘れていて少し沁みるが、風呂の気持ち良さには敵わない。

「ふぅ~」

 マリーは頭を軽く振って湯を落とした。桶を置き風呂天幕の布を上げた。

 そこでマリーは目を見開いた。彼女の目に映ったのは川のように流れる紅だった。

「ん? マリー殿、早かったな」

「え、あ……あ」

 突然に眩暈を覚えたマリーはしゃがみこんでしまう。それを見たリーシアが介抱しようと近づくと――

「来ないで!!」

「!?」

 触れようとした手をマリーが弾いた。リーシアは驚きに絶句してしまう。拒まれたことと”憎しみが込められた”濁った蒼い瞳に。

「…………ごめんなさい」

自分が生み出してしまった空気にマリーは俯き、無言で自らの身体をタオルで拭き始める。その様子に戸惑いながらもリーシアは微笑む。

「い、いや。気にしていないぞ。きっと疲れが出てしまったんだろう」

 リーシアも自らの髪を拭きはじめる。それをマリーは横目で見る。

「最低のことを言ってもいい?」

 拭き終わったタオルを編み籠に入れるとマリーが話を切り出す。それにリーシアは不安を怪訝な表情をすることで隠した。マリーは無言を了解ととらえてリーシアに向きなおる。

「私、あなたの赤い髪が大ッ嫌い」

「そ、そうか」

 リーシアはマリーの辛辣な告白に怒らなかった。ただ悲しげに笑っただけだった。その笑みををマリーは俯くことで逃げてしまう。

「なんで――」

 マリーは知らずのうちに自分の拳に力を込めていた。

「怒りなさいよ。赤髪の一族は、それが誇りなんでしょう? 貶されたのよ。何か言い返しなさいよ!?」

 マリーは叫んだ。彼女は嘘が苦手だ。だから本音を吐いた。だからリーシアの反応は逆に彼女の心を締め付けた。

「怒れないさ」

 リーシアはマリーを見ずに衣服を身に着けていく。

「確かに君に言われた言葉で傷ついた。だけど――」

 リーシアは未だ乾ききっていない髪を一房掴み、苦笑する。

「君の様子を見て分かった。君は他の奴らのように伝承からの偏見と差別から言ったんじゃない。本当に私たち赤髪の一族を憎んでいるのだろう。すまなかった」

 リーシアは頭を下げた。それを見たマリーは背を向けることで、再び逃げてしまう。

 マリーはゆっくり呼吸をして心を落ち着かせる。そして振り返った。

「私は――」

 しかし、振り返った先にリーシアはすでに居なかった。

 マリーは残念そうに、そこに安堵を込めて息を吐いた。そして木製棚を見た。

「替えの服を持ってくるの忘れたわ」


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