〈歴史に負けた騎士たち〉
投稿しちゃいます。
曇り空の下、ふたつの勢力が戦っていた。いや、一方的な殲滅だった。
片や大国の兵士五千が、片や国を追われ、忠誠を誓うはずの王も行方知れずの敗残の将兵百足らずを蹂躙していた。
味方が次々と屍と化す中、敗残の将である一人の黒髪の青年が剣を振り、抗っていた。
彼は国の未来を託された若き将であった。先王に才を見いだされ弱小貴族から騎士として仕えていた彼の父親は王から鎧を賜っていた。それを青年は貰い受けて彼も騎士となった。しかし、その鎧も連戦で使い物にならないほどの傷ができていた。顔は泥と血の固まりで汚れ、左腕はこの時代に大量生産されたマスケット銃により、撃ち抜かれ感覚をなくしていた。足は疲労と湿地のせいで重くなっていた。それでも、彼は剣を握りしめ突撃し続けていた。
「駆けろ!一人でも多く道連れにしろ」
「うおおおおおッ――!!」
青年の声に兵たちは呼応する。片腕を失くした者、上半身が包帯だらけの者、右目を撃ち抜かれた者、動かない足に木の棒を縛り付け立ち上がる者。様々な傷を負った兵たちは、しかしそれを感じさせないほど、力強く吼え、槍を掲げた。
「敵は小勢の野盗擬きだ。蹴散らせ!」
大国の兵を束ねる将は大音声で指示を飛ばす。弓兵が矢を番え放つ。その下を大国の兵たちは駆けた。
「ぐぬぬ、うおおおっ――!」
敵の槍を剣で受け、弾き蹴り飛ばす。向かってくる敵を斬り伏せる。騎兵の槍を往なし、馬を斬りつけ落馬したところに止めを刺す。飛んでくる矢を割り、疾駆する。狼狽する敵を貫き、蹴り倒す。
青年の勇猛果敢な姿に寡兵も一心不乱に槍で叩き、突き刺す。しかし、圧倒的な数に挑んでも、戦況は覆せない。一人また一人と、味方が敵の槍に、銃に、矢に貫かれ命を落としていった。そんな光景を目にしても、彼は涙を流さなかった。涙なんてとうに枯れてしまったのだ。あの日より泣きたいときなんて永遠に来ない。彼は、ただただ死兵と化して戦った。
「俺が最後の将だ。討ち取ってみろ!」
彼の言葉に敵は殺到するが、剣を振るう彼の足下で朽ちていく。
その彼の前にローブを着て、フードを目深にかぶった槍兵が立ちふさがった。黒い鋼の槍から血を滴り落としている。
傭兵だろうか? 彼は他の敵兵とは違う格好をした槍兵を訝しんだが、すぐに頭の外に追いやった。どちらにしても敵であることに変わりはないのだから。
彼は剣を構える。槍兵は倣う。
「はああああッ――」
雄叫びをあげ上段から斬る。槍兵は柄で受け止める。ギリギリと金属の擦過音が耳に障る。槍ごと押し、膂力で飛ばし間合いを取る。槍兵はよろけることはせず、湿地のぬかるんだ地面をしっかり捉え一瞬にして肉薄してきた。
「なにっ!?」
反射的に左に避けるが、脇腹を穂先が掠める。槍は一度引かれ再び襲ってくる。今度は剣で往なす。槍兵はその力を利用し、一回転して槍で薙ぎ払い、彼の脇腹の装甲を砕く。
「くっ、そ」
打たれた痛みに顔をしかめながらも脇腹の槍を掴み、固定する。槍兵は何とか引き抜こうとするが、彼がそれをさせない。剣を腰の位置に構え、刺突を放つ。
――だが、空を貫くだけに終わる。
槍兵は動かない得物から手を離し、それを避けた。そして呆然とする彼の鳩尾をこぶしで殴る。腹の痛みがすぐに脳まで伝わり、気を失いそうになる。だが踏み止まる。握っていた槍を捨て、相対する。
獲物を失った槍兵は傍で朽ちていた死体から、新たな槍を奪う。そして肉薄し、突きを放ってくる。それに横薙ぎで応える。腕が槍ごと払われ胴が露わになる。そこへ再び刺突を放つ。しかし、それも防がれた。
「手甲か!」
刺突を振り払ったときに見えた。
ローブの下の黒く光る甲冑は下級の者が着ない強固のものらしい。なら敵の将かもしれない。
彼は気炎を吐き、剣を振るう。それは槍の柄で全て防がれるが袈裟斬りを放った時、死体から抜いた木でできた槍の柄がついに半ばから折れた。
隙ができ、彼は上段に剣を構え、振り下ろそうとしたが、
「かはっ……――!?」
咥内に血が溢れて彼は吐いた。唇から垂れた血の先、自らの胸を見る。
槍が鎧を貫き彼の胸に突き刺さっていた――折れた槍の穂先だけで貫いてきたのだ。
強風が一騎打ちの終わりを知らせるように戦場に吹いた。
「さようなら……騎士さん」
フードがはだけ顔が見えたが、すぐに世界は暗転した。
この戦いは過去の歴史として記されることになった。
――これは過去の歴史になったのだ――
音が聞こえる。それは風のやわらかさだ。いや、金属の擦れあう懐かしさか? それも違うかもしれない。
瞼を開く。光が自らの脳を刺激し、体全体へと伝わっていく。残暑の所為か身体は汗ばんでいて疲れなのか、重く感じる。意識が覚醒していく。一度瞼をとじ、また開く。瞳に景色が映る。そこは過去に自分が戦った、記憶に存在している景色だった。青空の大平原の下、共に戦い王に忠誠を誓い続けた先輩、同期の将たち。家族の為、国の為と武器を取り続けた兵たち。そして――
「何をボーッと呆けているのだ?」
「リ―シア……なのか?」
彼の驚き顔見て、名を呼ばれた少女は花が咲き誇るように笑った。
「何を今更。私は生まれてから、ずぅーとリーシア・エインワーズだ」
生まれるものたちがあれば、消えゆくものたちがいる。
戦で勝つものたちがいれば、負ける者たちがいる。
奪うものたちがいれば、奪われるものたちがいます。
そうした二つの正反対が何度も起こり、積み重ねられ、記録されていったもの。
それが、歴史だと考えました。同時に起こるといえば化学で酸化と還元を習った記憶がある。
なので、
歴史が酸化されたものたち――何者かに変えられた世界。主人公たちは、その世界を還元――正しい歴史に帰そうと戦う人々を書きました。――ingで。