変換ミスっていいですか?
カタカタカタカタ
デスクトップパソコンのキーを打つ音が深夜の部屋にこだまする。
私は筆圧も高いが、キーを打つのも力いっぱいで、一年に一度の割合で腱鞘炎になっている。うるさいから、ノートにしたらいいんじゃんって言われることもあるが、ストロークが気に入らない。デスクトップキーボードのこの深いストロークが好きだ。カタカタ言う音は入力が進んでいる気がする。
今、打っているのは小説だ。どこかの賞に応募したくて、書き始め、かなり時間がかかったものだ。最初に目標とした賞はとっくに締め切られ、とりあえず次に締切日の近いものに変更して………そうこうしている間に迷走しまくったものだ。
異世界転生じゃ平凡すぎると、推理ものにしようと思ったがトリックを思いつかない。とりあえず、老婦人の真似をして棒針編みをしながら、小さな灰色の脳細胞を働かせてトリックを考えてみたが、幅が一定しない超下手くそなマフラーができただけだった。クリスティーとクイーンを全巻読むだけでは何ともならんことを証明したに過ぎなかった。どうでもいいことだが、エラリーの『俺は頭がいいんだ』言動は鼻につく。平凡で何が悪い。英語ができるくらいで威張るな。英国英語と米国英語の違いなんて、母国語である日本語ですら満足に使えない私になんとかなるわけないだろ。警護ができなくて、全部丁寧語でごまかしてるんだ。ひ弱だからな。
警護と言えば、地味だが堅実な警部を主役に警察小説ってのは、地味で堅実な性格で警察のお世話になったことがないから、警察署そのものがわからん。わかるのは派出所と駐在所の違いくらいだ。
いや、やっぱり、煙草を咥えたハードボイルドな探偵ものでバーでカクテルを飲みながら美女を口説くのはどうだろうと思った。だが、あいにく非喫煙者なので、どのタイミングでタバコを吸いたくなるかわからない。しかも、時代は禁煙化だ。さらに加えて、下戸も下戸で飲み会ではいつも烏龍茶でハイになっている。コレがホントのウーロンハイ。いや、何でもない。
ギブソンだドライマティーニだと書いても味がさっぱり見当もつかない。シーンに応じたカクテルを出さなきゃ雰囲気が崩れるだろうな。
しかし、私のカクテル経験は先輩のおごりで入ったバーで、名子役の名前のついたジンジャーエールにザクロのシロップを入れたお子様カクテルを飲んで炭酸が苦手なことに気づいたほどで限りなくゼロに等しい。そういえば、普段飲むのはお酒じゃなくてお茶系、またはコーヒーか水だ。
酒もタバコもダメならハードボイルドはムリだなと、根本的原因があるのに無理やり目をつぶり方向性の転換をすることにした。
つまりはSFだ。自律型のロボットを出すなら三原色を使うかどうか決めないいけないな。レッド・グリーン・ブルーか、シアン・マゼンタ・イエローか…レッド・グリーン・ブルー・イエローってなんだか戦隊みたいだ。ブラックを足すと5人でちょうどいい。気のせいかな。流れがちょっとおかしい感じだ。
自立型ロボットの話だった。そうそう、立つくらい自分でやってね。二足歩行が難しいからって、転ぶ度に起き上がらせなきゃいけないって、ひっくり返った亀か。ちょっと待て。自立ってそういう意味か?自立歩行だけ考えてどうする。自立と言ったら一人暮らしできるかどうかだろう。ロボットとはいえ自活してもらわねば。
いや、ロボットは出さない方がいいな。巨大ロボットだと物理的にムリだと思う。大きくなればなるほど、重さがめちゃくちゃになるし、その重さを動かすための動力源は何を使えばいいかさっぱり見当もつかない。かといって、等身大でもやっぱり重いし、開発されてる人型ロボット見てもバッテリーにもムリが来てる。だからと言ってまさか電源コードつないどくんかい。だっさぁ。
いっそのこと普通の人間が重力の小さな星に行って、大活躍して大統領になるとか……あれってさ、1ヶ月もそこにいたら重力に見合った金力に落ちると思う。ああ、どこかの竹やぶにでも大金が落ちてないかな。いや、大金は使っちゃうと無くなるから、金のなる木が欲しい。
違う。SFだったな。サイエンスって考えると真面目に計算したりし過ぎて身動きできなくなるから、スペオペ程度で。
ツキの裏側に秘密基地でも作って、宇宙をまたにかけて大活躍。そういえば、ツキで思い出したけどサイコロで1が出る確率は何百回振ろうとも、次に振った時は6分の1だから、たとえ5回連続で1が出てたとしても次に1が出ないってことは無くて、やっぱり6分の1の確立で出ちゃうんだよな。
サイコロで大統領を決める制度を確立した国が舞台で、突きの裏側に秘密基地を作ったら、重力が小さいから巨大ロボットが動けて、レッド・グリーン・ブルー・イエロー・ブラックの5人からなる謎の戦隊が……あれ?SFでもスペオペでもないぞ。
そもそも、賞の主旨からいってミステリとかSFは違うんじゃないかと何ヶ月か右往左往してから気づいた。
そうだ。書くのはライトノベルだ。ライトなんだから絶対にハードボイルドはないな。と、そっち方面に才能がないことには今一度目をつぶった。ライトノベルでミステリはあるという意見は見ざる。着飾る。岩猿。
そうだ。岩猿を主人公にして………猿?猿が主人公ってなんだ?主人公は寡黙な孫悟空か。苦手科目は沈黙だ。私はお喋りなんだ。入力しててもパソコンに話しかけるほど、喋っていたい。寡黙な主人公じゃ話が進まない。
しかも、着飾った猿?イケメンか。イケメンなのか。イケメンな猿ってなんだ?むしろ時代はイクメンな猿じゃないだろうか。猿の親子を軸にライトノベルを書くのか。ムリだ。私にはムリだ。
ライトノベルと言ったらやっぱり、異世界転生か。そこが無難かもしれない。異世界ってパラレルワールドとどこがどう違うんだろう。トラックに轢かれるのはイヤだな。トラック転生がダメなら、スタントマンが意外と嫌がると聞いた階段落ちか。ってか、痛いのはダメだな。死ぬなら漏水だ。で、地下に貯まった水に落ちて……違う。老衰。溺死は苦しいじゃないか。しかも、地下に貯まった水だと発見されるまでに何日かかるんだ。みごとな土左衛門完成か。元が元だから美しくというのは望めないが、より残念な方向には進みたくない。ピンピンコロリが理想だ。って、自分の理想の最期の話じゃなかった。小説の主人公の転生前の物語。ピンピンコロリじゃ話が始まらなくないか。前世がフコイダン……ちょっと待て。予測変換が変だ。
気を取り直して。
前世が特に不幸でもなくピンピンコロリと亡くなって…平々凡々じゃ来世に禍根がなくて、平々凡々な人生を送らないだろうか。それって誰得?
主人公だな。誰が波乱万丈な人生を希望するものか。異世界救って何になる。それよりは平凡でもいい、たくましく……いや、単に平凡がいいな。か弱い葦でも考える葦であれば。考える足はちょっとキモい。そこに脳があるのか、キックしたら脳震とうか。サッカーできないな。スポーツをテーマにするのもムリだな。
そうだ。王道は恋愛小説じゃないか。異世界転生でもミステリでもSFでも現代ものでも恋愛要素はあって問題ない。自分の恋愛スキルは2階の和室の天袋の奥の方に上げまくった。ウチで棚と言えば、食器棚と本棚。押し入れだって冗談と下段があるんだから、2階の天袋ならその上。脚立がなきゃ見えないところだから、大丈夫。誰も気が付かない。
と、書き始めたのが1ヶ月前。ようやっと好き屋橋交差点の待ち針交番付近ですれ違いまくった彼と彼女がくっついてハッピーエンドまで漕ぎ着けた。どこかで聞いたような話だが、恋愛小説なんて大同小異。とりあえず、書き上げることに異議がある。そうか、誰か知らんが異議があるか……うん、やっぱりマズいかな。ちょこちょこ手直し。
締切まであと1日。書き上げで軽く一眠りしてから読み返した。
教会のカネが鳴り響く中、教会の新婦が新郎新婦に誓いの言葉を促していた。………どんな変換ミスだ。これじゃ、汽車の汽車が汽車で汽車してるじゃないか!
いや、神父が新郎神父に促してなくて良かった。それじゃBL。そもそも、神父は妻帯しちゃいけないハズだ。いや、待て。新郎神父だとどっちが妻だ。神父が夫帯(こんな言葉無いぞ)するのはアリかナシか。当然、ナシだな。ソドムな恋はカソリックじゃ大罪だ。人が人を愛することには変わりないのに、何がダメで何がOKだか、わかりにくいな。日本では稚児趣味な僧侶だって歴史上には何人もいたらしいのに。いや、歴史詳しくないから知らんのだけど、見栄くらいはらせて。
しかも、自分自身は異性愛車だ。愛車は今日もピカピカに磨き上げて…違う。異性愛者。同姓には興味がない。佐藤さんや鈴木さんは同姓がいっぱい♪
あれ、また話がお菓子な方向に。深夜にお菓子食べると太るから、ここは一発腕立て伏せでもして目を覚まそう。と、構えてみたが、運動不足で筋肉の代わりに贅肉で動いている私は一回目で撃沈した。
そんな私は、無神論者。なのに小説では教会で結婚式のシーンを書くなんて、なんて即物的。女の子の憧れっぽい感じを出してウケを狙ってるんだ。
私の思い込みによると、女性の方が趣味にお金を使う。つまりは女性向けにした方がウケる。だから、今回の応募は女性向けライトノベルだ。このことに根拠などない。断じて、エロが書けないからではない。恋愛も書けないじゃないかとはツッコまないでくれ。それは多分木の精だ。紙だって木からできるんだから、木の精に祈れば本になるんだ。
つまりあれだ。せっかく書くんだから、一度でいいから自分の書いたものが活字になって欲しいんだ。何を書いたって受賞しないんだから活字にならないとか真実に近いことは気づいちゃいけないんだ。
新婦が新郎に誓いを求めるとなると、きっとカカア天下だな。そうか。か弱く恋愛スルースキルが高かったヒロインも結婚したら旦那を尻に敷くんだな。
違う!そんなことを考えてる暇はない。一刻も早く誤字脱字を修正して……寝不足の頭ではもはや読むことすら叶わず、意識が戻った時にはありがちではあるが、締切日を過ぎていた。
今回も応募できなかった。そうだ。自分でプリントアウトして製本したらいんじゃん。和綴じならできそうだ。それらしく段組して打ち出して、ああフォントは何にしようかな。どうせなら劣化しやすい酸性紙じゃなくて、長く保つ中性子で打ち出そう。