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歌姫ギルと海の獣達  作者: 青樹加奈
第一章 マルテス王国
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要塞にて

 要塞には無事到着した。危惧した襲撃はなかった。ディレクがほっとした顔をしている。


「ふう、どうにか無事につきましたな。今夜はこちらに泊まりですから、街道の警護はもう必要ないですな。ビアマン殿に警護を解除するように伝えましょう。マルコ、行ってきてくれ」

「はーい!」


 マルコが元気よく走って行く。要塞の責任者、デル大佐が私達を要塞の一室に案内してくれた。


「どうぞ、アップフェルト様はこちらの部屋をお使い下さい」


 デル大佐は大きなお腹を揺すって扉を開けた。素晴らしい調度品が並んでいる。壁にかけられた絵も素晴らしい。古い甲冑や柱時計、花瓶には南国の花が活けられている。開け放たれた窓から中庭が見えた。噴水の音が涼しげだ。

 私はマリーに着替えを手伝って貰って、舞踏会用のドレスに着替えた。

 ブルムランドから数着のドレスを持って来ていたのだが、ここステンシアは、考えていたよりずっと暑くて、持って来たドレスは暑くて着られなかった。急場は、マリーがドレスの裏地を工夫してくれてしのいだのだけれど、結局、街で新しい布地を買って来て仕立てようとマリーと相談していたら、王妃様からマルテス風ドレスを賜った。


「ブルムランドよりずっと暑いでしょう。こちらではこういう軽い生地でドレスを作るのよ」


 王妃様が下さったドレスは、紗のような薄い生地を重ねて作ったドレスで、風通しがいい上に張りがあって肌にべとつかない。明るい空色の生地には、片身貝の殻を薄くはいだ飾りが縫い留められていた。ゆれる度に灯りを反射して虹色に輝く。それはまるで、ドレスの上で水がはじけているように見えた。


「ギル様、素敵ですわ」


 マリーがため息をつく。


「ありがとう、マリー」


 別室に控えていたガリタヤが、楽器を持ってやってきた。私達は部屋をでて大広間へ向った。



 私は舞踏会や晩餐会が嫌いではない。いろいろな人がいるので、当て擦りや嫌味を言われたりするけれど、やはりたくさんの人と知り合えるのが嬉しい。いろんな人のいろいろな話を聞くのはとても楽しい。今日の舞踏会は海軍主催だ。海で戦っている人達のどんな面白い話が聞けるのだろう。

 舞踏会が始まる前に私は歌を披露する事になっている。

 国立劇場の歌手は国外で歌を歌ってはいけない規則になっている。ブルムランドでしか聞けないからこそ、人々はブルムランドに集まってくるのだ。人が集まれば、税収が増える。そうやってブルムランドは富を得ている。

 今回は親善使節なので特別に歌ってもいいと言われた。いや、むしろ、どんどん歌ってマルテスとブルムランドの間に生まれた溝を埋めなければならない。

 大晩餐会の夜、マルテス国王陛下から下々の人々の為に歌ってほしいと頼まれた。侍従長の手配で夏至祭りの夜、港の広場で歌う予定になっている。ディレクに言わせると、その時に襲撃される可能性が高いと言う。しかし、侍従長や陛下に、見ず知らずの男が忍び込んできて警告したので、港では歌えないとは言えない。悩ましい所だけれど、ビアマンさんに言って警護の人数を増やしてもらうしかない。



 大広間の扉の前に、海軍の兵士が二人警護している。私達の前で長靴をカッとならして敬礼した。そして扉をさっと開いた。


「ブルムランド親善使節、ギルベルタ・フォン・アップフェルト様ご一行の入場」


 執事長が大きな声で私達の到着を告げる。

 扉の向うには士官達が海軍の制服を着て整列していた。向かい合わせに並んだ士官達が、やはりカッと長靴をならした。一斉に剣を抜く。剣と剣がアーチ状に交わされた。一糸乱れぬ動きである。なんと壮観な眺めだろう。

 ファンファーレが鳴り響き、拍手がわく。


「どうぞ、こちらを通ってお進み下さい」


 執事長に言われるまま、私達は剣のアーチをくぐって大広間の中央にゆっくりと進んだ。皆、ピシッと姿勢が決まっていて微動だにしない。

 驚きと感激で声も出ない。私達は顔を見合わせた。皆、目を丸くして驚いている。

 大広間の中央では、私達を海賊から助けてくれた軍船ベルネゼルディア号のバルトロ・ボルゲジロ艦長が待っていた。エルシオン王子とセラフィナ様が貴賓席に座っている。色とりどりのドレスを着た女性達、着飾った騎士達が大広間をぐるりと取り巻いていた。

 艦長の合図と共に、士官達が剣をシャキンと鳴らして鞘に納める。

 こんな素晴らしい歓迎が待っているとは私達は思ってもいなかった。

 艦長の歓迎の挨拶、私が歌を披露して舞踏会が始まった。最初のダンスは、私と艦長だ。広間を一周する頃には、たくさんの人が踊り始めていた。

 踊りの輪の外側には談笑する人々がたたずんでいる。ブルムランドの王宮で見かけた貴族がいた。確か、名前をレスター卿といった。私と目が合うと、酒の入ったグラスを高く上げて軽く会釈をした。こちらも軽く会釈する。数曲踊って、私と艦長は飲み物が置いてある隣の部屋に行った。

 給仕係が夕日のような赤い色をした飲み物をガラスのコップに入れて勧めている。


「この飲み物はなんというのですか?」

「マルスの実を絞った飲み物でございます。どうぞ」


 私は飲んでみた。鼻にすーっと抜ける爽やかさと甘味。美味しい。ワインで割った物もあったが、遠慮した。


 レスター卿がやってきて、盛んにワインを勧める。


「飲まれないのですか? マルテス産ワインは絶品ですよ」


 私は公務中なのでと言ってきっぱり、断固として断った。

 うっかり酔ってしまったら大変だ。常にレオンの婚約者として恥ずかしくない行動を取らなければならない。

 レスター卿に軽く会釈をして、私は艦長と共に飲み物を持って談笑している人々の輪の中に入っていった。

 艦長が私の歌を褒めて下さる。何度めだろう。何度褒められても嬉しい。


「素晴らしい歌声ですな。いにしえの怪物セイレーンの再来かと思いました」

「艦長、怪物に例えるのは失礼ですよ」と周りにいた人々が嗜める。

「いやいや、アップフェルト殿の声にはそれくらい魔力がある。黄金竜が聞き惚れたのも無理はありませんな。もし、海で聞いたら歌声を確かめずにはおれんでしょう」

「そして、渦の中に入り船が沈むのですな。艦長、軍船を沈めてもらっては困りますぞ」


 まわりから笑いが起る。


「そうそう、軍船は海賊と戦って頂かなければ」


 またまた、誰かが嗜めた。


「そういえば、私達を襲った海賊の正体はわかったのですか?」


 私は何気なく聞いたつもりだったのだが、あたりがシンとした。皆の笑顔が強張る。私は聞いてはいけない事を聞いてしまったらしい。


「ただいま、捜査中。ですね、艦長」


 エルシオン王子だ。座の緊張が解けた。ほっとしたようなため息が洩れる。


「はい、殿下。その通りでございます」

「ギルベルタ殿、一曲、踊って頂けますか?」

「喜んで!」


 私と王子は踊りの輪の中に入った。踊りながら私は殿下に訊いた。


「あの、海賊の事、お尋ねしてはいけなかったのでしょうか?」

「いいえ……。あの時、あなたの楽士が倒した船長は死んでいなかったようなのです」

「え! そうだったんですか!」

「死んだふりをして逃げたのではと。どこを探しても、船長の死体が見つからないのです。艦長はそれを気にしていましてね。それで、艦長の前でその話をするのは、皆、遠慮していたのですよ」

「そうだったのですか。知らなかったとはいえ、つまらない事を訊いてしまいました」


 曲が変わった。いつのまにか、セラフィナ様が隣にいる。


「ギルベルタ様、殿下をお借りして宜しいかしら」


 返事をする間も無く、セラフィナ様が笑いながらエルシオン王子を連れて行ってしまった。お二人はとてもお似合いだ。従妹同士で一緒に育ったためだろう、仲も良さそうだ。

 セラフィナ様は本当に優雅で美しい。吟遊詩人が「月光のごとき麗貌」と誉め称えたという。まさに月の光のように美しい。

 踊っている姿も、また、格別だ。腕から指先、首のかしげ方、どれ一つとっても流れるように動いて行く。お心ばえも素直な方で、幼い頃にご両親を亡くされたように見えない。

 ただ、セラフィナ様の前ではレオンの話は出来ない。マルテスに来て早々、セラフィナ様がレオンにプロポーズしたときいてしまったので、出来るだけ触れないようにしている。

 一度、レオンの話が出てどきっとした。あれは、エルシオン王子や王妃様達と歓談していた時、突然、皇太后様がお出でになったのだ。齢八十を越えるお婆さまが、さらっと「レオニード殿下はお元気かえ?」と私に訊いたのだ。「ここにいるセラフィナを嫁がせたいと思っておっての」と仰せになった。マリーから事情を聞いていなかったら、きっと真っ青になって口もきけなかっただろう。だけど、知っていたので、「はい、レオニード殿下はお元気でいらしゃいます」と落ち着いて返せた。

 あの時もエルシオン王子が助けてくれた。「レオニード殿下はこちらのアップフェルト殿と婚約されたのですよ」と皇太后様に話して下さったのだ。あの時は本当にほっとした。セラフィナ様が皇太后様をつれてすぐに席を外されて、王妃様が話題を変えられた。


「ギルベルタさん、僕と踊りませんか?」


 ガリタヤだ。私はガリタヤと何曲か踊った。ガリタヤの本質は竜なので、とても身が軽い。空気のように軽々と踊る。

 舞踏会は夜半まで続いた。

 踊るよりお酒に酔っぱらった人達があちこちで見受けられるようになった頃、それは起った。


「海賊だ!」


 わーっという雄叫びと共に大勢の海賊達が、どっと侵入して来た。


「きゃあ!」


 私達は駆け出した。逃げなきゃ。要塞の奥へ走った。まわりで悲鳴が上がる。剣と剣がぶつかる。人々が逃げ惑う。


「こちらへ」


 セラフィナ様だ。エルシオン王子もいる。逃げようとしてはっとした。


「マリーは? マリーを探さなきゃ」

「マリーというのは?」エルシオン王子が切迫した表情で訊く。

「侍女です。でも、大切なお友達なんです」

「きっとディレクと一緒ですよ。さ、早く! 急いで」


 ガリタヤが急かす。私は仕方なくセラフィナ様の後について走った。どこをどう走ったのか、小径の先に門があった。裏門のようだ。門衛がいない。加勢に行ったのだろう。

 門を開けようとした所で海賊が追いついてきた。


「女を捕まえろ。高く売れるぞ」


 雄叫びを上げて迫る海賊達。

 エルシオン王子とガリタヤが向き直った。


「セラ、ここで奴らを引き留める。逃げろ!」


 私とセラフィナ様は、門をくぐった。セラフィナ様が先に立って小径を登って行く。私はドレスをたくしあげて足下を見た。暗くてよく見えない。崖の上に出た。私は立ち止まった。目の前にいた筈のセラフィナ様がいない。

 崖から下を覗く。崖下に行く道でもあるのだろうか?


「セラフィナ様ー!」


 小声で呼ぶ。身を乗り出した。下に白い物が風になびいている。ドレス? セラフィナ様? 落ちたのかしら?


「セラフィ」


 ドンと突き飛ばされた。


「きゃあーーーーーー」


 手を伸ばす。何も掴めない。空が見える。落ちる。落ちるーーー。私は気を失った。


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