警告
「しーっ、静かに。いいか、よくきけよ。あんた、すぐに国に帰りな。ここは、あぶない。いいな、警告したからな。この事は誰にも話すんじゃないぞ」
私はこくこくとうなづいた。この男、わたしに危害を加えにきたのではない。むしろ、助けようとしてくれているのだ。男はさらに付け加えた。
「あ、それとな。あんたの歌声凄かったぜ。確かに、竜殺しの歌声だ。ただな、何度も聞きたいとは思わない。一度で十分だ。確かに凄いけど、きれい過ぎる。音楽はよくわからないけど、浜に行ってみな。漁民達が網を引きながら歌う歌は腹に響くぜ。オイラはああいう歌の方好きだ」
わずかな月の光に突然、白刃が舞う。
侵入者がポーンと身を翻して窓枠に乗った。
「待て!」
ガリタヤだ。ガリタヤが侵入者に切り掛かる。しかし、覆面をした若い男は、さっと身を翻して逃げて行った。
ここは二階だ。飛び降りたのだろうか? 私も窓辺に駆け寄った。しかし、侵入者は既に闇にまぎれたのか、人影はなかった。
「ガリタヤ、ありがとう。よくわかったわね、侵入者がいたって」
「僕らは耳がいいんですよ。もう大丈夫だと思いますが」
ガリタヤが窓を締めて鍵をかける。風が停まった。むっとした空気がたちこめる。
「今の人、警告に来たの。すぐにブルムランドへ帰れって。ここは危険だって言ってたわ」
「あの、ギル様、何かあったのですか?」
マリーと守りの騎士達が騒ぎを聞きつけてやってきた。
「マリー、みんな、私は大丈夫よ。今、男がここは危険だからブルムランドに帰れって警告してきたの。やり方は荒っぽかったけど、私の身の安全を考えてくれたんだと思う。あのね、この事はマルテスの人達には言わない方がいいと思うの」
「マルテスにはあなたを危険な目に合わせようとする輩がいるという事でしょうか?」
守りの騎士の一人、ディレクが慎重に言う。
「しかし、ギル様を狙うとは、どういう輩でしょう?」
もう一人の守りの騎士マルコだ。彼は、ディレクよりずっと若い。
「マルテス王室とブルムランドの関係は良好ときいています。ギル様を狙うとすれば、ブルムランドでギル様が王子妃になっては困る連中でしょう。しかし、マルテスまで追いかけて来たのでしょうか?」とガリタヤ。
「仮にギル様を殺すとしたら、ギル様がマルテスで死んだ方が都合がいいのでしょう。責任をマルテス王国になすりつければいいのですから。真犯人はブルムランド国内にいて高みの見物をしているのでしょう」
ディレクが太い眉を寄せる。きっと心の中で卑怯者とののしっているにちがいない。
「どちらにしろ、明日からの行事は決まっています。正式なブルムランドからの使節なのですから、帰れと言われても簡単に帰るわけにはいきません。ここはやはり、マルテス国王に事情を話して、ギル様の警備を増やして頂くしかないのでは?」
ガリタヤが理性的に提案した。
「でも、さっきの人は誰にもいうなと言っていたわ。マルテス王宮の誰かにばれると困るのじゃないかしら」
「取り敢えず、ブルムランドに書状を送って指示を仰ぎましょう」
マルコが慌ててひっかけてきたガウンを引っぱり上げながら言う。
「ううん、それは駄目よ。レオンに心配をかけたくないわ。それでなくても、今、レオンは大変な時なのに」
ブルムランド国内では、王妃派と反王妃派の争いだけでなく、あちこちで略奪が起ている。世の中が平和になって、仕事にあぶれた元兵士達が農民を襲って略奪するようになったのだ。それなのに、国王陛下は相変わらずジェラルディス様の元に入り浸りで国政を省みようとしない。
レオンとキーファー宰相は、そういう元兵士達を兵士としてではなく、道の作り手として国で雇おうとしている。レオンは黄金竜の元から持ち帰った金を使って半島に立派な道を作ろうとしているのだ。道が出来れば、いなかの農作物を都や街へもっと運べるようになる。船でしか行けないような土地へも行けるようになる。国が豊かになるのだ。
しかし、腕に覚えのある兵士が簡単に土木作業につくわけがない。レオンが苦労しているのがわかっているのに、このうえ私の事でわずらわせたくない。
「でも、一体、どんな危険なのでしょう? ギル様が殺されると決めつけていますが、誘拐されるのかもしれません。『ここは危険』と言ったそうですが、マルテス王国にいるのが危険なのか、王宮にいるのが危険なのか、もっと情報を集めた方がいいように思います」とマリー。
「いわれてみれば、マリーの言う通りですな。さっきの奴、詳しく話してくれればいいものを。ですが、この宮殿にいる間は安全だと思うのです。マルテスの兵士達がそこかしこにいますし、ギル様に何かあったらそれこそ国際問題ですから。むしろ、城を出た時に襲われるような気がします」
「では、ビアマン船長に言って信用の出来る人間を雇って貰いましょう。宮殿を出て異動する時は、さりげなく警護して貰うように」
ガリタヤの提案でその夜は解散となった。
その夜、私は不安でよく眠れなかった。
だけど、夜があけて、南国の美しい風景をみたら、昨夜の事件は夢だったような気がしてきた。きっと危険はそこここにあるのだろう。一々気にしてはいられない。それより、使命を果たす為に全力を尽くさなければならない。ブルムランドとマルテスの間に生まれた溝を私の歌声で修復出来たらいいのだけれど。
王宮では連日、歓迎会やら舞踏会が開かれ、皆、私の歌を聞きたがった。特に王妃様がとても私を気に入って下さって、常に私を側に置いておこうとされた。
そんな茶会の席で私は気になる話を立ち聞きしてしまった。広大な庭園には樹々があちこちに植えられている。王妃様がお待ちになっている西の庭園に行こうとして近道を通ったのだが、樹々の向うから女の子達の声が聞こえてきた。貴族の娘達のようだ。
「残念ね、レオニード殿下の花嫁があの方だなんて」
「仕方がないわ。殿下を黄金竜からお助けしたのだもの」
「王妃様も国王陛下もセラフィナ様かララティナ様を殿下と結婚させたがっていたのにね」
「帝国の皇女様と殿下がお見合いする話が持ち上がって、うちのお姫様方との縁談が立ち消えになったのよね。でも、殿下が皇女様にプロポーズする前に、殿下を助けた褒美にどんな望みでも叶えるって王様があの歌姫と約束したのだから仕方ないわ」
「でも、図々しいと思わない? 身分もわきまえず殿下の花嫁になりたいなんて」
「残念ねぇ。セラフィナ様とレオニード殿下だったら絶対お似合いだったのに」
「こうなると、セラフィナ様はエルシオン王子の花嫁になるわね。元々は王様の妹の姫君でしょ」
「私はセラフィナ様なら未来の王妃として申し分ないと思うわ」
「でも、従妹同士の結婚はよくないって、お母様が言ってらしたわ」
「ララティナ様はどうなるのかしら」
「伝説の海賊王オラピの花嫁にでもなるんじゃない!」
「海賊王の花嫁ならララティナ様に相応しいわよ。向うが逃げ出すかもしれないけど」
どっと笑い声が上がる。やがて誰かが娘達を呼ぶ声がして、彼女達は行ってしまった。
「ギル様、あの、お気になさいますな」
「ありがとう、マリー。わかってるわ。私がレオンの花嫁に相応しくないって」
「そんなことありません」
ガリタヤが断固とした調子でいう。
「あなたは素晴らしい人です。歌声だけじゃない。どうか自信をもって下さい」
「ありがとう、ガリタヤ」
「今の話、気になる話でしたな。セラフィナ王女とレオニード殿下の間に婚姻の話があったとは。ブルムランドではほとんど話題になっていないのに。こちらでは貴族の娘達がかしましく話している。この話、もっと詳しく調べた方がいいかもしれませんな」
「では、私が」
マリーがにっこりと笑う。
「仲良くなった侍女達がいますから、それとなく聞いてみますわ」
噂話はマリーに任せて私達は王妃様の元に急いだ。
その夜、マリーが集めて来た噂話を皆に披露した。
「結論からいうとですね、セラフィナ様が殿下にプロポーズしたそうです」
「ええ!」
私達は驚きの声をあげていた。