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歌姫ギルと海の獣達  作者: 青樹加奈
第一章 マルテス王国
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マルテス王宮

 港では大勢の人々が私達を待っていた。

 歓迎の太鼓が叩かれ、ヒュールというマルテス独特の木管楽器が吹き鳴らされている。木製の筒を通って鳴る音は高音も低音もどこか柔らかい。


「あれが王宮です」


 船長のビアマンさんが手を振って教えてくれる。丘の上に城壁や白い塔が幾つも見える。青い空に白い塔、手前に緑の樹々が重なって、美しさに目を奪われる。


「ねえ、見て! ガリタヤ、なんて美しいの!」

「ええ、美しい城ですね。でも、見とれていると、渡り板から落ちますよ。ギルベルタさん」

「あら、大丈夫よ、これくらい」


 私は笑いながら、渡り板を渡った。

 王家の馬車が私達を迎えに来ていた。馬車に乗り込み王宮に向う。

 王宮では国王様、王妃様をはじめ王家の人々とたくさんの貴族が集まっていた。

 私はこの日の為に誂えた青緑色のドレスを着てエセキエル国王の前に進み出た。島国マルテスの海を現したつもりだ。

 国王陛下は細長い顎に白い髭を蓄え、日に焼けた浅黒い肌をした初老の男だった。エセキエル国王陛下は、若い頃、船乗りだったと聞いた。

 元々マルテス王国は船乗り達が集まって作った王国だ。帆船を操り、島で取れる作物や海産物、真珠を売って大きな国になった。海賊から商船を守る為、海軍が発達したのだという。そしてなにより、忘れてならないのが造船の技術だ。レオンが言っていた。マルテスが造る帆船は世界一だと。マルテスの帆船と同じ物はどの国も造れないのだという。たとえ技術者や帆船の設計図が手に入っても造れないのだそうだ。どうしてとレオンに訊いたら「帆船の材料となるシェル杉がマルテスでしか取れないんだ」と言っていた。

 ブルムランド国王アーノルド一世は、マルテスの海軍力が欲しかった。ベルハや他の都市国家を陸と海から挟撃する為だ。大量の兵や物資を船で運び圧倒的な戦力で他国を征服したのだという。

 私のお妃教育係の先生が説明してくれた。

 私はレオンの花嫁に相応しくなる為、お妃教育を受けている。これが物凄く厳しい。数人の先生方にブルムランドの歴史やしきたりについて学んでいるのだが、一息つく暇もないほどなのだ。だから、宰相キーファー様から今回のお話があった時、すぐに飛びついた。厳しいお妃教育から解放してくれて本当に感謝している。今回の旅行、何よりそれが一番嬉しかった。

 私はブルムランド国王からの親書を捧げ、親善大使としての務めを果たした。


「アップフェルト殿、よく来られた。我が妹は元気にしておるだろうか?」


 わお、いきなり難しい質問が飛んできた。でも、それは想定内。


「はい、お健やかにお過しでいらっしゃいます。兄上様には心配されませんようにとのお言付けがございました」

「おお、そうか、そうか。して、そなたの目から見ても我が妹は息災であったかの?」


 私は答えにつまった。今回の旅に出る直前、大広間で王妃様にお会いしたが、憂鬱そうな顔をしておいでだった。けれど、ここは、お元気でお過しですと言わなければならないだろう。


「はい、大変お健やかそうにお見受け致しました」

「そうか、アーノルド殿もお元気か?」

「はい、国王陛下も大変お健やかにお過ごしです」

「くっ、はっはははは」


 エセキエル国王陛下が突然笑い出した。皆ぎょっとした顔をして王座を見上げる。


「アーノルド殿はそれはそれは元気であろうよ。美女に夢中だというからな。アーノルド殿は戦好きであった。戦っている時が一番生き生きとしていた。半島が統一され、戦の相手がなくなり、心に隙が出来たのであろう。麗しきひとに溺れるのも無理はない」

「陛下!」


 隣に座っていた王妃様がぎろりと国王陛下を睨んだ。陛下にもお妾さんがいるのだろうか? 陛下がたじたじとなる。


「あー、ゴホン。アップフェルト殿、大義であった。紹介しよう。こちらは我が妻エルスペス」

「ほほ、噂は聞いていますよ。ぜひ、美しい歌声を聞かせてくださいね」


 優しそうな王妃様。四十代くらいだろうか、大地の女神のような豊な体をしておられる。くすんだ緑色のゆったりとしたお召し物を着て、王妃の座に座っていながら威厳より親しさを感じさせる。


「そこに控えておるのが、我が息子エルシオン。その隣が養い子の姫セラフィナ。それから、末の息子のセシリオだ」


 エルシオン王子は栗色の髪を短く刈った浅黒い肌をした快活そうな青年だ。

 セラフィナ王女は完璧といっていいほどの美少女だった。サルワナ帝国の皇女ミレーヌ=ゾフィー・ボージェ様が火のような美しさなら、こちらは水のような静かな美しさだ。まっすぐな黒髪を複雑な形に結い上げて、マルテスの海のような青い目をしている。腕から手、指先と流れるような動作で優雅にお辞儀をする。その立ち居振る舞いといい、にっこりと笑って挨拶をする様といい、思わず見とれてしまう。


「お会い出来るのを楽しみにしておりましたのよ」


 澄んだよく通る声。それでいて慈しみを感じさせる声だ。

 末っ子のセシリオ王子は、六つか七つだろう、好奇心の強いお子のようだ。目をキラキラとさせて私を見ている。


「レオニードの婚約者なら身内も同然。この宮殿を我が家と思ってゆっくり寛がれよ」

「遅れた、遅れた! じゃまだ、どけよ。こっちは急いでるんだ」


 突然、少年が飛び込んできた。半袖のシャツ、短いズボン、ベルトには剣を下げている。髪はぼさぼさ、顔は泥で汚れ、まるで浮浪者のようだ。あたりが騒然となる。


「ララティナ、そなたは! 客人の前でそのなりはなんだ!」

「えーっ、客といっても平民出の歌いだろ。これで十分さ」

「お客様に失礼な事を言う出ない。アップフェルト殿、申し訳ない。我が姫ララティナだ。甘やかして育てたせいか、男勝りに育ってしまって。少しはセラフィナを見習ったらどうだ!」

「父上、女らしいのはセラに任せてるの。それより、あんた、竜殺しの歌姫って言われてるんだって?」

「あ、あの」


 少年だと思ったら少女だった。その上、お姫様だなんて! どうしよう、どうしたらいいの?


「私と勝負しようぜ。さあ、竜を殺した歌を歌ってみな。負けないからね」


 少女が剣を抜いて、身構えた。

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