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歌姫ギルと海の獣達  作者: 青樹加奈
第一章 マルテス王国
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商船「金のミチバチ」号

 私は今、マルテス王国に向っている。

 守りの騎士ディレクとマルコ、侍女のマリー、楽士のガリタヤと共に、ブルムランドの親善使節としてマルテスの宮廷を訪問する。

 一年程前から、ブルムランドでは、王妃様の故国マルテス出身の貴族を中心とした王妃派と反王妃派との間に軋轢が生じていた。

 反王妃派は、新しく妾妃となったジェラルディス様を頼ってきたベルハの元貴族や以前からマルテス出身者をよく思っていなかった貴族達が中心だ。

 何せ現国王がジェラルディス様にメロメロで元ベルハの貴族を重要な官職に取り立てたりするものだから、王妃派の貴族が面白いわけがない。主の不機嫌は従者達に伝わる。とうとう、ケルサの街で王妃派の従者が反王妃派の従者を襲うという事件が起きた。

 表向きはただのケンカだ。貴族同士の争いになっていない。だけど、そういった雰囲気というのは庶民に伝わるもので、ケルサの街は不穏な空気に包まれてしまった。このままでは、一般市民が貴族の争いに巻き込まれて怪我をしたり、死者が出たりするだろう。そうなったら、大変だ。

 そこで、宰相のキーファー様が考えたのが、今回の親善訪問だ。

 ジェラルディス様と同じベルハ出身の私がレオンの婚約者、つまり未来の王妃としてマルテスに親善訪問をして、決してマルテスを蔑ろにしていないと、国内外に示す作戦なのだ。

 最初、レオンは私がマルテスへ行くのに反対した。レオンは私が宮廷のコマとして使われるべきではないと考えている。

 だけど、宰相のキーファー様が説得、結局レオンが折れて私はマルテスに行く事になった。

「アップフェルト殿、あなたの歌声でマルテスの人々の心を和らげて来て下さい。お願いしますよ」と宰相のキーファー様から頼まれた。キーファー様は白髪の混じった長い髪を後ろでまとめ、柔らかな笑顔を浮かべて立っていた。柔和でありながらどこか断固とした気迫に満ちていて、私は圧倒されたまま、最善を尽くすと約束して商船「金のミツバチ」号に乗ったのだ。

 親善使節が何故一介の商船に乗っているかというと、私がまだ婚約者だからなんだそうだ。王家の人間になっていないので、王家の船は動かせないのだという。

 そこで、私兵を乗せていて最も安全と言われている商船「金のミツバチ」号にマルテスまで送って貰うことになった。

 私は海の旅は初めてで、何もかも珍しくて、船酔いも起さなかった。初めての船旅では大抵の人は、船酔いを起すのだという。きっと天気が良くて波が穏やかだったからだろう。

 もし、レオンがここにいたら、


(「君のような跳ねっ返りが、船酔いを起すわけないだろう」)


 と、からかっただろう。


(はいはい、どうせ、私は跳ねっ返りですよ)


 私は心の中で言い返した。

 マルテスはブルムランドの西南の方向に浮かぶ島だ。首都ケルサを出た船はどんどん南へと下って行った。私は水兵の服が気に入って、結局、船に乗っている間中水兵の服を着ていた。きっと貴族の姫君はこんな事しないと思ったけど、私はまだまだ淑女見習いだからと自分を納得させた。

 私はレオンを助けた功でバロネス(女男爵)になった。これは一代限りの貴族で、王家から屋敷と年金が貰える。与えられた屋敷は、貴族の屋敷としては小さな屋敷だが、それでも一人で住むには広すぎる。私は侯爵夫人に、今まで通り夫人の屋敷に住まわせてほしいとお願いした。侯爵夫人は快く承知してくれて、


「あなたには後見人が必要よ。そうね、レオンと結婚するまで私の所にいなさい。その方がレオンも安心するでしょうし、世間の受けもいいわ。我が家からレオンの花嫁になるのよ」


 侯爵夫人の言葉を思い出して私は顔が熱くなった。レオンの花嫁。これは現実なのだろうか? そういえば、ロジーナ様が怒っていたっけ。


「どうしてさっさと結婚しないの。今なら、貴族も国民もあなたが殿下を黄金竜から救ったからと納得しているわよ。でも三年も経ってご覧なさい。みんな忘れて、殿下には家柄のいい姫君をとか言い出すに決まってるわ。ホントに馬鹿な娘ね」


 ロジーナ様は私に言いたい事を言うだけ言って、バチスタ様と湖の国に行ってしまった。新しい国造りの手伝いをするのだという。

 レオンにこの話をすると、しばらく考えてから、気にするなと言った。


「忘れさせないさ。俺にまかせとけ」


 と言うけれど、どうするのだろう?



 船の周りで、見た事のない生き物がはねた。青く透明な海の底からふっと顔出し、大きく跳ねて沈んでいく。尖った口をして、滑らかな灰色の体をした大きな生き物。私の背丈の倍はありそうだ。体に緑と青の線が頭から尻尾に向って走っている。頭には冠のような突起があった。


「あれはスフェーンですよ。彼らは好奇心が強いんですよ。船を見ると寄ってきて一緒に泳ぐのです。向うは新しい遊び友達でも見つけたつもりなのでしょう」


 航海士のテリーが教えてくれる。テリーは海賊に襲われて腕に怪我をした。深い傷ではないが、船医さんが包帯をぐるぐる巻いたら舵輪をうまく扱えなくなったらしい。今は私達乗客の相手をして過している。

「へえ、僕も初めて見ました。なんて綺麗な魚なんでしょう」とガリタヤ。

「あれは魚とは違うのですよ。魚は卵から生まれますが、あれは子を生むのです」

「ええ!」


 私とガリタヤは同時に驚きの声を上げた。


「獣と一緒なのです。ほら、えらがないでしょう。背中に開いた穴で呼吸していると言われています。魚とは違う生き物なんですよ」


 子を産むスフェーン。尖った口をして、魚のような体なのに、子供を産むなんて!


「頭の所に冠のような物があるでしょう。普段は白っぽいんですがね、怒ったり発情したり、おっとこれは失敬。貴婦人の前で、あわわわ。とにかく赤くなるんですよ」


 テリーの顔が赤い。えーっと、こういう時は聞き流すしかないんだけど。


「いつもこの辺りを泳いでいるのですか?」


 ガリタヤが話題を変えてくれた。ガリタヤは竜人だ。本来、竜なのだが人の国で暮す為、人に変身している。竜の国タリからやってきたガリタヤは、人の世界をよく知らない。時々ずれた発言をする。いや、もしかしたら気をきかせてくれたのかもしれないが、今回はどちらだろう。きっと気をきかせてくれたのだろう。


「ええ、この辺りに多くいます。頭のいい奴らで、数頭の群で小魚の群を追い込んで狩るのです。ほら、あそこ、海鳥が集まっているでしょう。あそこではスフェーンが狩りの真っ最中でしょうね」


 私とガリタヤはテリーが指差した方を見た。確かに海鳥が舞っている。魚がたくさん跳ねているのが見えた。周りにスフェーンの背びれが見える。


「ねえ、スフェーンって魚しか食べないの?」

「恐らく。パンをちぎってやった事がありますが、見向きもしませんでしたよ」


 船に乗って旅に出てよかった。こんな珍しい生き物が見られるなんて。大海原で勢いよく跳ねるスフェーン。なんて心躍る生き物なのだろう。帰ったらレオンに話そう。それとも、レオンはもう見た事があるかしら?



 海賊に襲われた翌々日、私達はマルテス王国の首都ステンシアに着いた。

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