再び、王宮の暗い部屋にて 1
男は王宮の暗い廊下を歩いていた。月のない夜である。男の心は沈んでいた。計画が失敗したのだ。恐らく叱責を受けるだろう。男は重い気分でいつもの扉の前に立った。
部屋に入るやいなや、女の叱責が飛んできた。
「おまえは何をやっていたのです。あの女を辱めるといいながら、何も出来なかったではないか」
挨拶も無しかと、男は思った。男は女の前に膝をついて、頭を下げた。
「申し訳ありません。返す言葉もありません。あの女はなんというか、守りが固いのです。もっと、奔放な女だと思っていたのですが。舞踏会の席で酒を飲まないのですよ!」
「一体どういう計画だったのです?」
女は足下の男を見下ろした。言い訳くらいはきいてやろうと、女は腹の中でつぶやいた。
「マルテスにはリツという毒薬があります」
「リツ? リツというとマルスの実の種から稀に取れるというあれか?」
男は話の腰をおられ、話し難そうに言葉を詰まらせた。
「はい、そうです。毒と言っても弱いもので、これを飲んで眠ると魂が離れやすくなると言われています。その他にも効能があって、操りの術にかかりやすくなるのです。私は女に暗示をかけ、女みずから人前で男を誘惑するように仕向けようと計画していたのです。
リツは酒と一緒に飲ませると眠らなくても操りの術にかけられるのです。ところが、あの女は、酒を飲まない。仕方が無いので、マルスの絞り汁にリツを混ぜて飲ませ、眠るのを待つ事にしたのです。あのまま要塞に泊まっていたら、術にかかった女が次々と男を誘惑していく筈でした。人前で。そうなれば、ふしだらな女という烙印が押され、王子の心は離れ、王子妃の資格を失ったでしょう。ところが、ご存知のように、海賊の襲撃があって女は崖から落ち、この計画はご破算になってしまったのです。しかし、女は崖から落ちて死んだと思いましたので、これはこれで一件落着と思ったのです」
女は男の前で、二歩三歩と歩き回った。豪華なドレスの衣擦れの音が闇に反射する。床に置かれた小さなランタンが女の影を天井に踊らせた。
「操りの術というのは誰にでもかけられるのですか?」
「いえ、さすがに能力者でないと。マルテスの港に占いを生業とする者がおりまして、この男が操りの術を使えるというので、給仕係に仕立てて潜り込ませたのです」
女はもう一度、足下の男を見下ろした。
「済んでしまった事は仕方がない。次は失敗しないように。ところで、セラフィナ姫の容態はどうなの?」
「かなり、重症のようです。ではセラフィナ様を殿下の花嫁に?」
「そのつもりです。ララティナ姫では、国民が納得しないでしょう。山猿のようななりで、王宮をうろうろしているそうですからね」
女はいらいらと歩き回った。
「どうして、こう、何もかも思い通りにならないのかしら。皇女との見合い話。あれがなければ、セラフィナ姫との結婚をマルテスに打診出来たのに。半島が統一されるまでは結婚しませんと殿下が一つ覚えのオウムのように繰り返していたけれど、半島は統一され、言い訳出来なくなったと思ったら、帝国が横やりをいれてきて。確かにいい話ではあったわ。皇女と結婚すれば、この先、帝国とブルムランドの間に戦はなくなる。あまりにいい話だったから、皆、幻惑されたのです。冷静に考えれば、皇女と殿下の結婚はありえない話だったのに。とにかく、歌姫をなんとかしてセラフィナ姫と殿下を結婚させなければ」
と、その時。大きな音を立てて扉が開いた。




