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歌姫ギルと海の獣達  作者: 青樹加奈
第三章 魔女
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漁り歌

「それはマルテス国王が決める事だ」


 そうなんだ。

 レオンはマルテス国王と深夜、内密に面会した。お二人の間で何が話し合われたのか。

 セラフィナ様は祖父母のいるシェル島に行く事になった。表向きはグンダグンダに襲われて瀕死の重症を負った為、シェル島で療養するという話だった。

 私の身代わりになったモニカは、翌朝目を覚ました。コブの出来た頭を押さえて「あたい、石頭だから」と笑った。

 無事、モニカと入れ替わった私は、公務に復帰、マルテス王宮に戻った。

 正装したレオンと共に、マルテス国王に謁見する。大広間では、居並ぶ貴族達が拍手で迎えてくれた。


「ギルベルタ殿、心配したぞ。健康を回復されたよし、これほど喜ばしい事はない」

「ありがたきお言葉を賜り恐悦至極に存じます」

「うむ」

「国王陛下、私はマルテスの民の為に歌うと約束をしておりました。しかしながら、未だ果たされておりません。港に舞台をお作り下さいませ。心をこめてマルテスの民の為に歌いましょう」

「おお、そうか、歌ってくれるか! しかし、港では落ち着いて聞けまい。マルテスにも野外劇場がある。長い間使われていないが。あそこを整えさせよう」


 こうして、宮殿の丘の下にある古い劇場の跡地が整備された。丘の斜面を使った円形の野外劇場だ。海側に舞台がある。


「ギルベルタさん、あの地唄を十二弦の竪琴で再現してみました。大太鼓テンパルをサビの部分で入れるんです。地唄の人達の歌をこういれて」


 ガリタヤがいつか浜できいた曲を十二弦の竪琴用の楽譜に起していた。

 地唄の歌い手も連れて来て、一緒に練習する。歌い手は漁師達とその妻達だ。

 三日目の夜。いにしえの野外劇場の跡地で、歌会が開かれた。

 劇場に集まってきた人々は、貴族、王族ではない。普通の人々だ。マルテス王国を支える名も無き人々だ。だが、どのような王国も民がいなければ成り立たない。民の幸福と王国の繁栄の為、王家は存在するのだ。民の心が王家から離れたら、王家は滅亡するだろう。

 幾つかの歌を歌った後、「風よ届けて」を歌った。マルテスの人々が驚きと賞讃の拍手を送ってくれた。

 そして最後に、漁師達と共に地唄「すなどり歌」を歌った。十二弦の竪琴に漁師達の低い声が重なる。次に私が歌い、そして、漁師の妻達の独特の声音が続いた。

 と、人々が歌い始めた。男達の歌は男達が、女達の歌は女達が。

 大合唱だ。

 千人に及ぶ人々が一斉に歌っている。

 劇場の外、海に浮かぶ船からも声が流れて来た。

 さらに、スフェーンのキュイキュイという声まで混じった。気孔の鳴る音が間の手のようだ。

 なんという一体感だろう。モイアシルみたい。

 モイアシルは小さな生き物なのに、みんなで力を合わせて巨大なグンダグンダに立ち向かった。

 一つ一つは小さな力なのに、心を一つにして大きな力を出した。

 人もそうなのではないだろうか?

 一人では何も出来ない。心を一つにたくさんの人が力を合わせればきっと大きな力になれる。

 歌は拍手と共に終わった。互いに相手の歌声を褒め合う。

 皆笑い、楽しそうに劇場から帰って行った。

 舞台が終わって、私はガリタヤと顔を見合わせた。一緒に歌った漁師達とその妻達も目を輝かせている。


「素晴らしい舞台でした。観客と一緒になって歌うなんて! 前代未聞ですよ!」


 ガリタヤが興奮した口調でいう。私達は舞台の成功を喜びあった。






 翌朝、私とレオンは王宮の丘の下にある小さな入江でピュールとキイルに会った。

 私達は毎日、二樽のエビを二頭に届けている。今日で五日目、最後のエビを届けて終わりだ。明日、私達はブルムランドへ帰る。なんだか、名残惜しい。

 ピュールとキイルは、とても美味しそうにエビを食べる。

 そういえば、ピュールが私の体に入っていた時、こっそりやってきて「結婚出来ない」と繰り返したのはセラフィナ様だった。シェル島に行く船に乗ったセラフィナ様をピュールは見たらしい。


「嬉しそうに言ってたぜ。『これでレオニード様の花嫁になれるわ』って」


 ピュールがとさかを軽く振って言う。


「ピュールは何と言ってるんだ?」とレオン。

「セラフィナ様が、あなたの花嫁になれるって喜んでいたんですって」

「俺とセラフィナの結婚などあるわけがないのに。気の毒にな」


 レオンがエビを放り投げる。ピュールがポーンと飛び上がって空中でくわえた。青い海と空をバックに灰色のスフェーンの体が舞う。


「セラフィナ様はどうなるの?」

「マルテス国王の怒りが収まったら、謹慎も解けるだろう。いづれ、エルシオン王子の妻になるんじゃないか?」


 私はセラフィナ様がエルシオン王子を「ルシオン」と呼んでいたのを思い出した。お二人は仲がいい。エルシオン王子と結婚されたら、きっとレオンへの気持ちも忘れるだろう。


「そういえば、ララティナ様の謹慎は解けたのかしら? 一度お会いしただけなのだけど」

「君はわからなかったのか?」

「え?」

「夜中に君の所にやってきて、ブルムランドに帰れと言ったのはララティナだ。本人に確認した」

「ええ!」


 そういえば、若者にしては華奢な体付きをしていた。

 レオンの話によると、ララティナ様はセラフィナ様の気持ちを知っていて、私に何かするのではと危惧していたそうだ。ブルムランドからの正式な親善使節にマルテス国内で何かあったら国際問題だ。だから、私を脅して早々に帰国させようとしたのだという。


「セラフィナが自分の欲しい物はどんな手段を使ってでも手に入れる、そういう恐ろしい女だったとはな。ララティナが男勝りの格好をしているのも、王と王妃の愛情が自分に向いたらセラフィナから嫌がらせをされると知っているからじゃないか? 実際された事があるのだろう」

「でも、セラフィナ様は子供の頃にご両親を亡くされているわ。実の親御さんのかわりに叔父夫婦を独占しようとしただけかもしれない」

「同情の余地はあるかもしれないが、君を殺そうとした時点で俺にとっては敵と同じだ。セラフィナが恐ろしい女だとわかっていたら、君をマルテスに派遣させたりしなかった。まさか、子供の頃の気持ちを持ち続けていたとはな」

「エルシオン王子はセラフィナ様がそういう姫だと知っているの?」

「さあな。いずれにしろ、もし、彼女が王妃になったらマルテスとの付き合い方を考えなきゃいけなくなるだろう。何時、どんな罠に嵌められるか、常に考えていなければならない。ある意味、今回の件はセラフィナの弱みを握れたともいえるな。彼女が王妃になった時の為に、証拠品と共に文書にしておこう」


 最後は独り言のようにレオンは言った。

 レオンの考えは、国政をになう者としては、普通の発想なんだろうけど、私はしみじみ怖い話だと思った。


「ねえ、いつかまた会える?」


 ピュールが最後のエビをほうばりながら訊いた。空になった樽を名残惜しそうに見ている。


「ええ、会えるわ。ここは素晴らしい所だもの。また、きっと来るわ」

「じゃあ、待ってるよ。今度来る時もエビを頼むよ。これ、本当にうまい」

「ピュール、食べ過ぎたらお腹をこわすよ」


 キイルが小さな声で言う。


「大丈夫だって、これくらい」


 ピュールのとさかもキイルのとさかも灰色になっている。今年のクタイクタイは終わったのだろうか?


「ねえ、あなた達、クタイクタイには行ったの?」

「ああ、行ったさ。あたしはモテモテだったんだよ。もちろん、あたしはキイル一筋さ。ねえ、キイル」


 キイルが照れくさそうに、波の下に潜った。

 来年、マルテスに来たらピュールとキイルの子供を見られるかもしれない。


「二頭がうまくいって良かったわ。ハッピーエンドね」


 レオンがついと、私の腰を抱き寄せた。


「俺達もハッピーエンドだ」


 レオンが私を抱き締める。私もレオンを抱き締めた。

 二頭のスフェーンがひやかすように、ピーッと気孔を鳴らした。

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