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歌姫ギルと海の獣達  作者: 青樹加奈
第三章 魔女
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反撃

 波の間に二頭が顔を出した。


「ギル!」

「ピュール、キイル! グンダグンダが生きていたの。あいつの急所を教えて!」

「何をあせってるのさ。大丈夫さ。あいつの体は寿命だからね。ほっとけば死ぬさ」

「それが駄目なの。人を手当たり次第に捕まえて精気を吸っているみたいなの。力を付けているのよ。レオンを出せって。レオンを出したら、これ以上殺さないって」

「ええ! なんて乱暴な奴だ。でも、どうしてレオンを欲しがるんだろう? きっと、レオンがイケメンだからだろうね。グンダグンダはイケメン好きなんだ」


 私は違うと思ったが、他の理由を思いつかなかった。


「とにかく、グンダグンダの急所を教えて。あいつを倒さないとレオンが危ない」

「うーん、急所ね? 急所かどうかわからないけど、お腹の皮が薄いよ。ああ、そうだ! いいこと思いついた」

「いいことって?」

「あたしの背中に乗りな。海から近づこうぜ」


 私はピュールの背中に乗った。

 沖から見上げるとグンダグンダが崖から飛びおりて海に入るのが見えた。大波が押し寄せる。


「潜るよ」


 大きく息を吸った。ピュールが波の下へ。少々の大波がきても、海に深く潜れば影響はない。私達は大波が行き過ぎるのを待ってからもう一度海面に出た。海が荒れている。

 あ! レオンがグンダグンダに捕まってる。ハサミに挟まれて! グンダグンダが尻尾を持ち上げた。老婆の体がレオンに迫る。

 レオンから精気を吸い取るつもりなんだ。


「やめてー! グンダグンダ! レオンを離して!」


 老婆が振り向いた。レオンもこちらを向く。


「ギル、逃げろ!」

「グンダグンダ、お願い。レオンを殺さないで」

「くくくく、この男は人にしては稀に見る魂の持ち主なんだ。さすが、炎の剣ヴァルサヴァルダを操るだけのことはある。この男の精気を吸い取ったら、儂は百年の寿命を得るのさ。くくく、おまえはそこで、愛しい男が屍となるのを見ているがいい」

「いや、やめて! なんでもする。私、なんでもするから」

「ほう、ではその体を私にくれるかえ」

「ええ、あげるわ。あげるから。お願い、レオンを殺さないで!」

「くくく、残念だったね。もう、おまえの体なんかいらないのさ。この男の精気を吸い取れば、魔力も戻る。昔の美しい体に戻れるんだよ」


 老婆の体がレオンに近づく。レオンの顔に老婆のシワシワの腕がかかる。

 レオンが必死に顔を反らす。腕から下はハサミの下だ。動かせない。

 その時、ピュールが叫んだ。


「モイアシル! あたしだ。ピュールだ。グンダグンダをやっつけろ。グンダグンダがいなければ、お前達は自由になれるぞ。グンダグンダの体にはりつけ!」


 老婆が何事かと振り向いた。その頭にレオンが頭突きを食らわせた。「ぎゃっ」と叫ぶ老婆。

 モイアシルがグンダグンダの体を覆って行く。一面緑に覆われる。


「油を溜めろ!」


 ピュールが命じる。

 モイアシルの体が膨らんだ。グンダグンダの体が海に沈んでいく。

 老婆の声が響いた。


「モイアシル、儂の体からどくんだ」


 しかし、モイアシルは離れない。


「何故だ。お前達を作ったのは儂じゃぞ。何故、言う事をきかない」


 私の頭の中にモイアシルの情念のようなものが広がった。

 深い悲しみと怒り。


「……、ワタシタチヲ ツクッタ アナタ ハ ゴシュジンサマ。ワタシタチ ヲ タベナイト イキテイケナイ ト イッテイタ。デモ、ソレ、ウソ。ワタシタチヲ、タベナクテモ、イキテイケル。ゴシュジンサマ、オバケイカ、タベタ。ワタシタチ、タベラレナクテモ、ヨカッタ。ウソツキ。オマエ、イラナイ、ワタシタチ ヲ タベル ゴシュジンサマ、イラナイ」


 グンダグンダの体が沈んで行く。


「くそー!」


 老婆がもう一度レオンに近づく。最後の力を振り絞ってレオンの精気を吸い取ろうとしている。

 レオンがハサミの間から炎の剣ヴァルサヴァルダを振るった。さっきの頭突きでハサミが緩んでいたのだろう。レオンの右手が自由になっていたのだ。レオンは老婆とグンダグンダを繋ぐ尾を切った。

 ぎゃーっという声と共に老婆の体が宙に舞う。

 レオンを挟んでいたハサミが開いた。レオンが海に投げ出される。


「レオーン! キイル、レオンを助けて! お願い!」

「まかせろ!」


 キイルが潜った。レオンに向って一直線に泳いで行く。

 レオンが海の上に現れた。キイルに股がって逃げて来る。

 助かった!

 グンダグンダがもがいている。体中モイアシルで一杯だ。モイアシルが出す油でグンダグンダの体がぬめぬめと光っている。


「どうしよう。あのままではグンダグンダを倒せないわ。動きを封じただけで」

「えー、駄目なのかい? グンダグンダをやっつけるいい方法だと思ったんだけどな」


 キイルがレオンと一緒に私達の所に来た。


「ギル、グンダグンダに何が起きた? あの緑の藻は?」


 私はレオンにモイアシルの話をした。その間もグンダグンダの体が海に沈んで行く。


「ピュールにきいてくれ。グンダグンダの急所を知らないか」

「さっききいたわ。急所かどうかわからないけど、お腹の皮が薄いって」

「なるほど、ヤドカリの化け物だからな。急所はヤドカリと同じということか。ヤドカリの腹は普段は殻に守られているが、今はむき出しだ。腹を切れば、生きていられないだろう。キイル、グンダグンダの腹に回り込んでくれ」

「レオン、無理よ。言葉が通じないもの」


 ピュールが、キィーッと声を上げた。


「ギル、私なら少しわかるよ」

「え、そうなの! ピュール、凄い。今、レオンの言った事、わかった?」

「ああ、グンダグンダの腹に回り込めって言ったんだろう。回り込むって、つまりお腹の方にいけってことだよね」

「そうよ。その通り。レオン、ピュールがあなたの言葉がわかるって」

「そうか! ギル、君はキイルにのってくれ」


 私達はスフェーンを乗り換えた。


「ギル、君は陸に上がってろ。ピュール、グンダグンダの腹に回り込んでくれ」


 レオンがピュールに乗ってグンダグンダに向って行く。

 グンダグンダがモイアシルを体から取り除こうと足掻いている。手足を振り回し、体を岩に擦り付ける。モイアシルがグンダグンダのえらにとりついた。息が出来なくて苦しいのか、ハサミを虚しく振り回す。

 レオンはどうなっただろう? グンダグンダの腹に剣を突き立てられただろうか?

 ゴゥオーとグンダグンダが苦しみもがいている。が、なかなか死なない。

 グンダグンダの体が日光を受けて光った。モイアシルの油が体を覆っている。

 あの油、火がつかないかしら?

 私は大声を張り上げた。


「誰か、火矢を放って! 怪物は油まみれよ。誰かー!」


 声が届いたのか、崖の上に人影が現れた。エルシオン王子だ。弓に火矢をつがえている。

 レオンが息つぎに上がってきた。


「レオン! 逃げて! 火矢が飛んでくる!」


 レオンがピュールと海に潜った。火矢がグンダグンダの体に命中する。

 モイアシルの油に火がついた。

 バン、パパパパン、ドーン、ドドドドーンドン!

 グンダグンダの体が爆発、肉片が飛び散る。ちぎれた足がすぐそばに飛んで来た。ハサミの破片が体をかする。


「きゃあー」


 キイルが潜る。さあーっと沖まで泳いだ。ピュールに乗ったレオンもやってきた。


「ギル、陸に上がってろと言っただろう! その傷はなんだ。言う事をきかないから怪我をするんだ!」

「ごめんなさい。もう、大丈夫だったんだからいいでしょ」


 キイルがピーッと気孔を鳴らした。


「あのさ、モイアシルがこっちに集まってきてるんだけど。あれは毒があるから囲まれるとまずいよ」

「え、そうなの?」


 レオンにモイアシルが集まっていると説明した。


「このあたりにモイアシルに居座られるとマルテスの人々が困るだろう。モイアシルをなんとかしなければ」

「大丈夫。あたしにまかせな」


 ピュールがモイアシルに呼びかけた。

 海面を薄く覆っていたモイアシルが巨大な塊になっていく。やがて、沖に向って流れ始めた。どこかを目指しているようだ。

 レオンがモイアシルの動きを見て不思議そうな顔をした。


「モイアシルはどうなった?」

「島に帰るように言ったのさ。自分達が食べられた忌まわしい場所だけど、故郷だからね。それにもうグンダグンダはいなくなったし」


 私はレオンにピュールが話した事を教えた。


「不思議な生き物だったな」とレオンが言った。







 私達はピュール達に要塞近くの岩場まで送って貰った。


「ピュール、ありがとう。グンダグンダを倒せたのはあなた達のおかげよ」

「えへへ、褒められると嬉しいな。ねえ、エビだけどさ。今日の働きの分も一樽追加しておくれよ。あたしらのおかげでグンダグンダを倒せたんだろう」

「もう、ピュールったら、ちゃっかりしてるわね」


 レオンに「エビ一樽追加ですって」と笑いながら言うと、「構わん。これから五日間毎日二樽渡そう」と言った。


「毎日、二樽!」


 ピュールがポーンと海から飛んで見せた。


「毎日、二樽!」と叫びながら跳ね回る。

 私達はピュールとキイルにまた会う約束をして別れた。


「レオニード殿下! ギル様」


 マリーだ。ガリタヤも一緒だ。マリーが毛布を持って来てくれた。南の暖かい国とはいえ、随分長い間、水に浸かっていた。体が冷えきっている。毛布はありがたかった。要塞に帰ったら、一番にお風呂に入ろうと思いながら要塞への道を辿った。


「レオン、セラフィナ様をどうするの?」


 セラフィナ様をどうなるのだろう。美しいお姫様が人が変わったように私を憎んでいた。

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