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歌姫ギルと海の獣達  作者: 青樹加奈
第三章 魔女
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襲撃 2

「レオニード様、あなたは私の運命の相手なのです。初めてお目にかかった時、すぐにわかりましたわ。私が生涯愛するのはあなただと。あなたの伴侶になる為に、私は生まれて来たのだと。私、あなたに相応しい人になる為に努力してきましたのよ、誰よりも美しく聡明になろうと」

「セラフィナ殿、お気持ちは嬉しいが、私には愛する人がいるのです」

「でも、亡くなられたのでしょう?」


 沈黙が流れた。私とガリタヤは思わず扉に貼り付いた。

 どこかでドーンという音、何かが壊れる音が響いた。そして地面が揺れた。


「ひー、化け物だ!」

「た、助けてくれ!」


 廊下の先に海が見える。そこに巨大なヤドカリが姿を現した。

 グンダグンダだ。

 グンダグンダが私達を追って来たのだ。

 あの深い海の底に落とされても、潰れなかったのだろうか?

 あの体は寿命が来ている筈なのに。


「レオニード・フォン・ブルメンタールを出せー!」


 レオンを探してる! どうして? 何故、レオンに?

 レオンの精気を吸い取りたいのだろうか?

 でも、人間なら誰でもいい筈なのに?

 扉が開いてレオンが何事かと飛び出してきた。


「レオン、じゃない、殿下、グンダグンダです! グンダグンダが殿下を探しております」


 私は従者になってレオンに報告した。


「君は部屋に控えていろと言った筈だ、こんな所で何をしている?!」


 あちゃー、レオンを怒らせちゃった。


「あの、その、申し訳ありません。それより、グンダグンダが暴れています。なんとかしませんと」


 レオンが怒った顔をふいと横に向けた。


「セラフィナ殿、安全な場所に逃げてくれ。ガリタヤ、そこの従者も来い」


 レオンが客室へ走る。私達も一緒に走った。

 廊下の向うにマルコの姿が見えた。


「逃げろ、マルコ。怪物グンダグンダが現れた。みんな、すぐに逃げるんだ」

「怪物グンダグンダ? 殿下、それは一体?」


 レオンは部屋に飛び込むなり、ベッドに駆け寄った。


「ヤドカリの怪物、グンダグンダが現れた。我々を追って来たんだ」

「では、先程揺れたのは、その怪物のせいなのですか?」とベッドの側にいた医者が言う。

「そうだ」

「レオン、怪物が現れたぞ。物凄く大きい。君を探している」


 エルシオン王子もやって来た。


「みんな、早く逃げろ。レオン、あなたも早く」


 しかし、レオンは動かない。


「先生、ギルを動かせるか?」

「出来ません、殿下。今動かしては死んでしまいます」

「え! ギルベルタ様は死んでなかったの?」


 セラフィナ様の声が響いた。

 皆一斉に振り向いた。いつのまにか、セラフィナ様が部屋に入ってきていた。


「セラ! どうしてここに?」エルシオン王子がびっくりしたように言った。

「あの、私、レオニード様が無事に帰還されたときいてお祝いに」


 俯いたセラフィナ様をレオンが睨みつける。つかつかと歩み寄った。

 その間も、ドドーンとグンダグンダが建物を破壊する音が響いていくる。


「何故、『死んでなかった』と? セラフィナ殿、あなたですね。ギルを殺そうとしたのは」


 セラフィナ様がはっとして口に手をあてた。真正の青の瞳がレオンを見上げる。


「な、何をおっしゃいますの?」

「では、何故、『死んでなかった』と?」


 レオンがたたみかけた。セラフィナ様が目を反らす。


「それは」

「死んでいると思っていたのに、生きていると知ったから。だから『死んでなかったの?』ときいたのだろう? 違うか?」


 レオンが追求する。鬼気迫る迫力だ。


「それは、あの、侍女から死んだときかされたのですわ」


 セラフィナ様が首を横に振りながら後じさる。小刻みに震える細い肩。紅い唇の前で握られた両手の関節が白く浮き上がっている。

 ドーンと建物が揺れた。


「あぶない!」


 レオンが一飛びで部屋を横切り私を庇う。何かが落ちて来た。絵だ。壁にかかっていた絵が落ちていた。甲冑が倒れ、花瓶が床に落ちて割れる。

 揺れが収まって部屋を見回した。柱時計がずれて、壁に不自然な穴が見えた。


「あれは、何?」マリーが叫ぶ。


 ディレクが柱時計を無理やり動かす。壁に大きな穴が現れた。その闇の中にガリタヤが足を踏み入れた。床から何か拾い上げる。


「これは? これはマルコが言っていた女の衣装では?」


 ガリタヤがマルコに拾い上げた着物を見せた。


「そうです。これです。このベールです。紅い花の刺繍がしてありました」


 レオンがセラフィナ様に鋭い眼光をあてた。怖い。こんなレオン、見た事がない。


「セラフィナ殿、マルコを眠らせたあなたは、この通路を通ってこの部屋に来た。私がギルの病を治す貝を手に入れまもなく帰るとマルテス海軍から報告があったのだろう。違うか? ギルの病が治っては困ると思ったあなたはてっとりばやく殺してしまおうと思った。この通路は恐らく図書の部屋に通じている」

「セラ、本当か? もしや、ギルベルタ殿を崖から突き落としたのも君か?」


 え? そうなの? そういえば、思い出した!

 崖から落ちた時、誰かに強く押されたんだ。言われて思い出した。


「ルシオン、何を言い出すの」


 セラフィナ様の顔がさっと青ざめた。エルシオン王子が悲しそうに言う。


「ギルベルタ殿の背中に内出血があったそうだ。打ち身の跡で、手の形をしていたそうだ。そうですよね、先生」


 お医者様が唖然としてセラフィナ様を見上げた。


「ええ、確かに。他にも打ち身の跡がありましたから、崖から落ちた時の物だろうと思ったのですが、それにしては内出血の跡が不自然でした」


 医者が半信半疑の様子で証言する。


「違う、私じゃないわ。レオニード様の婚約者を何故私が?」

「レオンを愛しているから」


 エルシオン王子が悲痛な面持ちでつぶやいた。


「ルシオン!」

「わかっていたさ。君がレオンを慕っていると。それが真実の愛ではなく、思い込みの愛だということも」

「違うわ。殿下は私の運命の人なのよ。七つの時、初めてお会いした時から感じていたわ。強い絆で結ばれていると。それなのに。この歌姫風情が、身の程知らずに求婚して! だから崖から突き落としてやった。殺したと思ったのに。それなのに、しぶとく生き延びて。でも、気がふれていたわ。これで結婚はなくなったと思っていたのに。それなのに! この女さえいなければ、私はレオニード様の妻になれるのに!」


 美しい弧を描いていた眉がつり上がっている。怒りに何もかもを忘れて真正の青の瞳が暗く燃え上がった。豊かな表情を湛えていた麗貌が、玉石のごとく固まる。

 ドーン。グンダグンダが暴れている。


「マルコ、ディレク。セラフィナ殿を安全な場所に。だが、決してギルに近づけるな。あなたへの糾弾はあの化け物を倒してからだ」


 レオンとエルシオン王子が部屋から走り出て行った。

 マルコとディレクがセラフィナ姫の腕を取って外へ連れだす。

 私はマリー達と一緒に、私の身代わりになった娘さん、モニカと部屋に残った。モニカを動かせない以上、グンダグンダを倒すしか助かる道はない。

 どうやったら、グンダグンダを滅ぼせるのだろう。あの深い海に沈めても死ななかったのに。グンダグンダの体は寿命が来ている筈なのに。グンダグンダも必死だということだろうか?


「マリー、ここにいて」


 私は走り出していた。


「いけません、どこに行くんです」


 ガリタヤだ。


「お願い行かせて。レオンを助けなきゃ。ガリタヤ、あなたはマリーと私の身代わりになった娘さんを守ってあげて。お願い」

「あれを倒す方法が何かあるのですか?」

「ええ、スフェーンよ。スフェーンが知ってる。だから行かせて」

「わかりました。よく気をつけるのですよ、無茶をしてはいけませんよ」


 私はガリタヤに無茶はしないと約束して走った。

 恐らくピュールが知っている。グンダグンダの体の欠点。と、その時、老婆の大声が聞こえた。


「レオニード・フォン・ブルメンタールを出せ。そいつを出せば、儂は引き上げる。これ以上 人死ひとじにを出したくなかったら、レオンを出せ」


 嘘、グンダグンダは手当たり次第に精気をすっているの? 急がなきゃ。

 私はあの裏門に出ていた。崖を下って行く道を探した。あった。この道が、海に通じていますように。祈る思いで私は降りて行った。

 岩場にでた。波の音が聞こえる。磯の香りが強くなった。大きな岩を回った所で海に出た。良かった。これで、スフェーン達を呼べる。


「ピュール、キイル。すぐに来て!」


 私は人の言葉と、スフェーンの言葉、両方で叫んだ。

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