表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歌姫ギルと海の獣達  作者: 青樹加奈
第三章 魔女
35/41

襲撃 1

 要塞では、要塞の責任者デル大佐が出迎えてくれた。


「殿下、首尾はいかがでしたか? 病を治す貝は手に入りましたか?」

「ああ、手に入った。それより、ディレクをおびき出した者がいる」

「なんですと!」


 私達は長い廊下を走って客室に向った。

 中庭を回った時、女性の甲高い悲鳴が聞こえた。大急ぎで客室に向う。

 扉の前にマルコが倒れていた。


「マルコ、大丈夫か?」


 助け起したマルコから木の器が転がり落ちた。寝息が聞こえる。一服盛られたようだ。

 部屋の中はシンとしている。扉を開けようとしたが、鍵がかかっていた。レオンが体当たりして扉を開ける。

 絨毯の上に金髪を扇のように広げて娘が倒れていた。書見台の前だ。後ろから襲われたのだろう。頭から血を流している。あとは誰もいない。床に石が落ちていた。血がついている。

 皆、中庭に向って開け放たれた窓に駆け寄った。しかし、誰もいない。

 エルシオン王子が廊下に向って駆け出す。兵士達もエルシオン王子を追って走って行く。辺りは騒然となった。

 レオンが娘を抱き起こす。わずかに息があるようだ。


「ギル様!」


 マリーだ。マリーが駆け寄って来た。


「マリー、医者だ。すぐに医者を呼べ」


 マリーが駆け出して行く。レオンが娘を抱き上げて、ベッドに寝かせた。

 まもなくやってきた医者が娘の傷の具合を見る。手早く傷を洗い処置をする。頭を清潔な布で巻いた。医者は床に落ちていた血のついた石を見て言った。


「これで殴られたのでしょうな。しかし、力不足だった。石は頭にあたってそれた。そして、肩にあたった。頭の骨は折れてないようです。肩も大丈夫ですね。打ち身だけです。頭の怪我は血が多く出ます。賊は血を見て重症を負わせた、或は、殺したと思って逃げたのでしょうね。しかしながら殿下、ギルベルタ様がこのまま目覚めなければ、万一の場合も考えられます」


 レオンが暗い面持ちでうなづく。

 凄い。恐らくお医者様は、この娘さんが私ではないと知っている。知っていて、私が怪我をした芝居をレオンと一緒に続けている。ここにいるのは私達だけで、芝居をする必要がないのに。

 医者が部屋を出ようとした。マルコの容態を診るのだろう。扉の影にいた私をちらりと見て、驚き、そして、軽く会釈をした。私も会釈を返す。それだけだった。それで十分だった。わかったのだろう、私が生きて戻ったと。医者の目に喜びの色が見え、そして部屋から出て行った。


「マリー、何があった?」

「殿下、ギル様はいつもこの時間にお昼寝をされるのですわ。ギル様が目覚められたら、お出し出来るよう私は厨房でレモネードの用意していたのです。マルコが警護をしていて、ディレクは殿下に呼ばれて港に向かいました」

「私は呼んでいない」

「え!」


 レオンは窓辺に寄った。この客室のある棟は要塞の真ん中あたりにある。賓客をもてなす為に作られたと聞いている。

 レオンは中庭を見下ろす位置にいる兵士に「誰か見なかったか?」と声をかけた。兵士は「ずっと見張っておりましたが誰も見ませんでした」と答えた。さらに兵士は「ここからはその窓がよく見えます。私はずっと見ていましたが、悲鳴の前も後も、誰もその窓から出入りしなかったのです」と言った。

 一体、どういう事だろう。


「殿下、マルコが目を覚ましました」


 ガリタヤがレオンを呼んだ。レオンは部屋を足早に横切り、廊下に出た。床に横たわったマルコの側に膝をつく。


「マルコ、何か覚えていないか?」

「で、殿下、ご無事のご帰還、お喜び申し上げます。僕は、僕は召使いの女からレモネードを貰って飲んだのです。そしたら、急に眠くなって」

「どんな女だ?」

「ベールで顔を隠していました。何故ベールをしているか訊いたら、火傷の痕がひどいから隠していると言っていました」

 マルコが立ち上がろうとした。

「よい、しばらく休んでいろ」

「いえ、大丈夫です」


 まだふらついているようだ。ガリタヤが肩を貸す。レオンも立ち上がった。


「申し訳ありません、殿下、僕の責任です」マルコがふらつきながら頭を下げる。


「気にするな。おまえでなくても、今回の襲撃、誰にも止められなかっただろう」


 レオンは扉の鍵を注視した。客室に入り、もう一度部屋全体を見回す。


「部屋には内側から鍵がかかっていた。窓は兵士が見張っていた。兵士は誰も見ていない。にもかかわらず、誰かが入ってきてギルを襲い、逃げて行った」


 賊はどうやって部屋に入ってきたのだろう。そして、出て行ったのだろう。窓を見張っていた兵士が見落としたのではないだろうか?

 私の身代わりになって怪我をした娘さん。怪我が治るといいのだけれど。それとも、このまま目覚めないまま、死んでしまうのだろうか?

 本当に申し訳ない。

 娘さんには、親御さんも兄妹もいるだろうに。この人が死んだら、ご家族の方達はどれほど、嘆かれるだろう。

 どうか、神様、この娘さんを死なせないで下さい、お願いです。

 私は心の中で必死に祈った。


「殿下、宜しいですか?」


 デル大佐に呼ばれ、レオンが部屋の外に出る。私は目立たないように部屋の隅に控えていた。医者がベッドの側に戻って娘さんの様子を見ている。

 マリーが振り向いて、そっと近寄って来た。ひそひそと小声でいう。


「あの、あなたは?」

「私よ、マリー。ギルよ」


 マリーの目に涙がにじむ。


「やっぱり。殿下がお側に控えさせているから、きっとギル様だと思いましたわ。ご無事に戻られて本当に良かったです。ご記憶の方は?」

「全部思い出したわ。心配かけたわね」


 私はマリーを抱き締めた。

 マリーが、ディレクとマルコを呼んだ。ヒソヒソと私が帰ってきたと二人に告げる。二人がこちらを見て、嬉しそうに頷く。ディレクが大声で言った。


「ギル様はこのまま亡くなられるのだろうか?」

「きっと、ご回復なさいますよ」


 とマルコが調子を合わせる。私が瀕死の重症を負っている芝居を続けている。レオンがいいというまでみんなで芝居を続けるのだろう。


「マリー、あの娘さんはどこの人なの? 名前は?」

「殿下がビアマンさんに頼んで探してもらった人なんです。本名はモニカというそうです」

「親御さんは?」

「両親は海賊に殺されたそうです。弟さんが一人いて、今回の件も弟さんの為だとか。普段は食堂で働いているそうです。ギル様に背格好がよくにていて」


 マリーはモニカに文字を教えていたという。私は記憶を失った事になっていたのでちょうど良かったそうだ。モニカは一人でいる時も一生懸命文字を覚えていたという。


「病人の役なので、辛そうでした。体を動かして働いている娘さんが、どこも悪くないのに、部屋にこもっていなければならなくて。そのうえ、こんな怪我をしてしまって」


 レオンが戻って来た。


「エルシオン王子やデル大佐が賊を追ったがまだ見つかっていない。今、周辺を調べている」


 海賊だろうか? でも、昼日中ひるひなかから海賊が要塞を襲うだろうか? それとも誰かに雇われたのだろうか?


「レオン、あの娘さん、助かるかしら? 私の身代わりになって死ぬなんて、私、たまらないわ」

「君は責任を感じなくていい。身代わりを手配したのは俺だ」

「殿下、一番悪いのはギル様の命を狙った奴ですわ」


 マリーが奮然とした調子でいう。「どうか、ご自分を責めないで下さい」とマリーが慰めてくれた。


「殿下、セラフィナ様がお見えです」


 デル大佐が扉の外から呼びかけてきた。


「君はここでじっとしていろ。マルコ、ディレク、後を頼む。マリー、病人の世話を」


 レオンが部屋を出ていく。扉の向うからレオンがデル大佐とどこかに行ってしまう様子が伝わってきた。ずっと一緒だったのに、また別れ別れになってしまった。

 私はレオンの後を追って部屋の外に出ようとしたが、ガリタヤから腕を掴まれた。


「いけません。まだ、賊が掴まっていないのですよ。ここにいた方が安全です」

「でも、でも、私、もうレオンと離れていたくないの。ずーっと一緒にいたい。お願い、ガリタヤ、行かせて」

「だったら、僕も一緒に行きます」


 私達はレオンのあとを追って廊下に出た。廊下に人影がない。広間の方から人の気配が伝わって来る。そちらの方だろうと思って足早に歩いた。

 図書の部屋の前を通りかかったら、レオンの声が扉越しに聞こえた。女の人の声も聞こえる。セラフィナ様だ。


「どうして? どうしてですの? 私はこんなにもあなたを愛しておりますのに!」


 私は立ちすくんだ。セラフィナ様がレオンに愛の告白をしている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ