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歌姫ギルと海の獣達  作者: 青樹加奈
第三章 魔女
30/41

お化けイカとの戦い

 あいつ、レオンの船を覚えていたんだわ。この辺りで待ち伏せしていたのね。なんて奴。

 兵士達が必死に戦っている。弓や剣、ヤリで突いているけど、粘膜に覆われた体はなかなか傷つかない。

 お化けイカがレオンに触手を振り下ろした。

 レオンが名剣ヴァルサヴァルダで跳ね返す。と、逆方向から別の触手がレオンの剣に巻き付いた。吸盤が剣に吸い付く。レオンが剣を引いた。ぶつぶつと切り刻まれる触手。怒ったお化けイカが触手を振り回した。

 あ!

 レオンが倒れた。剣が撥ね飛ばされる。

 名剣ヴァルサヴァルダが海に!

 私は何も考えずに剣を追った。

 深く暗い水底を背景に輝き燃える炎の剣。まっすぐに落ちて行く。岩に突き刺さった。

 深い。

 水圧で押しつぶされそう。私は剣の柄をがっちりくわえた。そのまま、体を後退させる。剣はなかなか抜けない。岩の間から何か出て来た。海蛇だ。毒を持っている。赤黒い体をくねらせて剣にまといつく。あれに噛まれたら死んでしまう。

 死ぬわけにはいかない。レオンの剣だもの。レオンに届けなきゃ。あごを噛み締める。

 ええい!

 思いっきり尾びれを振った。

 くっと剣が抜けた。体を反転させる。

 毒蛇を剣にまとわりつかせたまま、私は海面を目指した。

 毒蛇が水に押されてじりじりとこちらによってくる。

 柄の向うで鎌首を持ち上げた。じっとこちらを見る。

 私は睨み返した。

 目力なら負けない!

 う、苦しい。息が切れそう。

 海面まであと少し。

 ぶん。

 最後の力をふりしぼって尾びれを思いっきり振る。大きな水飛沫が上がった。

 海から飛び出て船の上へ。

 船の上でお化けイカが暴れている。レオンの体に触手が。

 お化けイカの真上に出た。私は剣をくわえたまま、お化けイカの目を狙って体を落とした。


(レオンを離しなさいよ!)


 心の中で叫んでいた。

 しかし、剣は目をそれて、目と目の間、柔らかい肉の中に深々と突き立った。と同時に毒蛇がお化けイカの上に落ちて噛んだ。お化けイカの銀色の体に紫のしみが広がる。体をくねらせ苦しみ悶えるお化けイカ。

 私は落ちた衝撃ではねとばされた。甲板を転がる。


「助けてくれてありがとう」


 どこかで聞いた声だと思ったら、私の声だ。私の体を乗っ取ったグンダグンダが目の前に立っていた。


「私の体を返して!」


 グンダグンダが、にーっと笑う。腰のあたりから短剣を取り出した。鞘からスラリと抜くや振り上げた。

 私は尾びれでグンダグンダの足を払った。倒れるグンダグンダ。

 さらにグンダグンダに噛みつこうとしたら、ぐいっと何かに引っ張られた。お化けイカだ。

 毒に苦しみ暴れるお化けイカの触手が私の尾びれに巻き付いていた。お化けイカが海に落ちて行く。私もお化けイカに引っ張られて海に落ちていた。

 巨大な水飛沫があがった。船が大きくゆれている。

 グンダグンダの刃から逃れられたけれど、今度はお化けイカに捕まってしまった。尾びれをふって逃げようとしたが、触手の吸盤が離れない。体をくねらせる。

 レオンがお化けイカの体から炎の剣ヴァルサヴァルダを引き抜いているのが見えた。水中で剣を振るう。

 私を掴んでいた触手から力がなくなった。

 お化けイカがその触手をレオンに向けている。

 後ろからレオンを襲う気だ。素早く泳いでレオンの側に行く。レオンが私を見るなり背びれを掴んだ。剣で上を示す。私はレオンを連れて海面に出た。レオンが大きく息をつく。


「俺を乗せてくれ!」


 私は頭を上下に動かし、尾を下げた。レオンを背中に感じる。


「あいつの左へ突っ込んでくれ」


 私は波頭をけってお化けイカの左に突っ込んだ。炎の剣がお化けイカの体を裂く。最後のあがきとばかりにお化けイカが暴れ回る。振り下ろされる触手を避けた。もう一度突っ込む。レオンが二度、三度と剣を振るう。とうとう、お化けイカの体が痙攣を始めた。持ち上げられた触手が力つきて海に落ちた。ゆっくりと沈んで行く。


「殿下!」


 人々の喜びに湧く声がする。船縁から縄梯子がたくさん降りて来た。

 遠くから別の船が近づいてくる。商船「金のミツバチ」号だ。そちらからも歓声が上がっている。

 レオンが縄梯子に手をかけた。


「お化けイカを倒せたのはおまえのおかげだ。礼を言う。今、おまえの中身は誰なんだ? ギルの体にいたスフェーンか? 俺達がベルタと呼んでいた」


 私は首を振った。

 レオンが怪訝そうな顔をした。


「まさか! まさかな」


 グンダグンダの叫び声が聞こえた。


「レオーン!」


 上から人々がこちらを見下ろしている。何人かは矢をつがえていた。


「レオン、そのスフェーンから離れて! そいつは魔女の手先よ。私を追ってきたの。殺して!」


 私は首をふった。レオンに伝えたい。私は魔女の手先なんかじゃない。私がギルよ。ああ、どうしたらいいの。


「大丈夫だ。このスフェーンは君のいう魔女の手先じゃない。その証拠にあの化け物を倒すのを手伝ってくれた。海の中から私の剣ヴァルサヴァルダを拾ってきてくれた。俺を乗せて泳いでくれたんだ。何かの間違いだろう」


 レオンが大声で叫んだ。


「いいか、皆もきけ。このスフェーンは私を助けてくれた。このスフェーンを決して殺すな。どのスフェーンかわからないなら、どのスフェーンも殺すな。これは命令だ」


 皆が承知しましたと口々に言う。


「おまえにこれをやろう」


 レオンが耳飾りを外して私のとさかにつけてくれた。


「痛いか?」


 私は頭を横にふった。くちばしの先でレオンの頬にキスをする。


「はは、うれしいのか? そうか、うれしいか」


 ええ、嬉しいわ。凄く、嬉しい。

 でも、レオンったら私を馬扱いして!

 嬉しい、けど、複雑。

 ああ、このままレオンを連れて行きたい。あの魔女の餌食になどさせたくない。

 どうしたらいいの。


「おまえ、船に付いて来ないか?」


 私は頭を上下させた。


「また、俺をのせてくれ」


 レオンが笑いながら縄梯子を登っていく。私は思わず、レオンのズボンの裾をひっぱっていた。

 レオンが水の中に落ちて来る。


「こら、やめないか。お遊びは明日だ。また、明日。わかったな」


 私は仕方なく見送った。


「ビシャ!」


 キイルがやってきた。


「ビシャ。凄い戦いだったね。怖いから、遠くからみてた」

「ピュールは?」

「ピュールは食事の真っ最中だよ。お化けイカを食べてる」

「あ、そう」


 さすが、ピュール。お化けだろうがなんだろうが、食べられたら食べられる時に食べておくのね。

 おなかこわさなきゃいいけど。


「ピュール」


 私はモイアシルに体をささえてもらっているピュールのそばにいった。


「あいつがいたわ。私を殺そうとした」

「なんて奴だ。こうなったら、やられる前にやっつけようぜ。そうだ。夜になったらさ、あいつをさらおうぜ。眠らせて魂を入れ替えてやる」


 ピュールはそういうけど、うまくいくかしら。

 そのまえにレオンの精気を吸い取ったらどうしよう。

 いや、レオンはそんな人じゃない。結婚前にそんなはしたない。


「あ!」

「どうしたの?」とキイルが心配そうにいう。

「なんでもない。ちょっと思い出しただけ」


 そう、思い出した。私は思い出した! 旅に出たのはレオンと距離を置くためだったのだ。

 だって、だって、レオンが。

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