マルテス海軍
帆に描かれたマルテス王国の紋章。
マルテス海軍だ。帆船はマルテスの軍船だった。青くていかにも船足の早そうな船だ。軍船が助けに来てくれた。
海賊の船に火の手があがった。軍船から火矢が次々と放たれる。兵士達が海賊船に鉤付きの綱を投げる。接舷するや兵士達が一斉に海賊船に乗りこんだ。
誰かが叫んだ。
「この船はマルテス海軍が占領した。海賊は全員投降しろ!」
船長を殺され、船に火を放たれては海賊に勝ち目はない。観念した海賊達が武器を捨てた。兵士達が海賊に次々と縄をかけて行く。
「ギルベルタさん、もう大丈夫ですよ」
私はほーっと体の力を抜いた。
「ガリタヤ! 怪我はない?」
「大丈夫です。お手柄でしたね。突然の歌声に、海賊達は聞き惚れてしまいました」
「うまくいって良かったわ。弔い合戦の雄叫びがあがった時はどうしようって思ったけど」
ガリタヤがくすっと笑った。
「ええ、僕もどうしようかと思いました」
私達は声をあげて笑った。
「ギルベルタ様!」
侍女のマリーだ。私は駆け寄った。マリーを抱き締める。
「マリー! 無事だったのね。良かったわ。どこにいたの?」
「船倉に隠れていたんです。怖くて怖くて、震えながら小麦粉の袋の影にいました。ギル様もご無事で!」
マリーが涙を浮かべている。
ディレクとマルコも集まってきた。お互いの無事を喜びあう。
「おお、ギルベルタさん、あなたが無事で良かった」
商船の船長、ビアマンさんだ。大きく安堵の息を吐く。
「ビアマン殿、こちらは?」
壮年の立派な髭を生やした男が問いかけてきた。軍服を着て、厳つい表情をしている。誰だろう?
「大佐、ご紹介しましょう。歌姫ギルベルタ・フォン・アップフェルト嬢です」
「では、こちらが殿下の」
「さよう、婚約者でいらっしゃいます」
「初めまして、アップフェルト殿、私は軍船ベルネゼルディア号の艦長バルトロ・ボルゲジロ。これからは私共が首都スタシアンまで護衛します。どうぞ、安心して船旅をお楽しみ下さい」
私は軽く腰をかがめた。ドレスをつまもうとしてはっとした。私は水兵の服を着ていたのだ。船の上は暑い上によく揺れる。ドレスは動きにくいからと男のなりをしていたのだった。うわー、こんなみっともない格好、りっぱな艦長さんにみられちゃった。頬が熱くなる。
「あの、助けて頂いてありがとうございます」
私はしどろもどろに挨拶をした。
「任務ですから。あなたの歌声は我々にも聞こえましたよ。おかげで、海賊に気付かれずに近づけた。お手柄でしたね」
「そりゃあもう、ギルベルタさんの歌声は竜も聞き惚れたといわれていますからね」
ビアマンさんがまるで自分の事のように自慢する。
「ああ、竜殺しの歌姫とはあなたの事でしたか!」
また、言われてしまった。私が歌声で竜を殺したわけではないのに。どこをどう間違って伝わったのか、私は「竜殺しの歌姫」という異名を取ってしまった。
私が否定するより先に艦長が言った。
「しかし、あなた方は随分早く着いたのですね。出港を早めたのですか? ブルムランドからの連絡では、出港は十五日と聞いていましたが」
ビアマンさんが驚きの声を上げる。
「いえいえ十四日に出港と連絡しましたよ」
そういえば、マルテスの軍船が迎えに来てくれる手筈になっていると宰相のキーファー様が言っていた。
「ふむ、どこかで行き違いになったのでしょう。とにかく、間に合ってよかった。あなた方が海賊に襲われているのを見た時は、寿命が縮みましたよ。レオニード殿下の婚約者に何かあったら、死んでお詫びをしなければならない所でした」
「艦長、準備完了です」
水兵がやってきて敬礼する。軍船ベルネゼルディア号のバルトロ・ボルゲジロ艦長は私とビアマンさんに軽く会釈をして、軍船に戻って行った。
海賊に襲われたとレオンがきいたら、さぞ怒るだろう。「何故、海軍が出迎えなかった」と宰相のキーファー様を叱責するに違いない。
このあたりには海賊が多く出没する。マルテスからの迎えはもっと早くやってくる筈だった。手違いとはいえ、一歩誤れば、私は海賊に捕らえられていただろう。そしたら、奴隷としてどこか遠くの国に売り飛ばされていたかもしれない。
軍船が間に合ってくれて本当に良かった。