魔女を追って
それから、私達は話し合った。どうやったら、グンダグンダから私の体を取り戻せるか?
「ピュール、あんたが動けたらねぇ」
「あん? あたしが動けたらどうだっていうんだい?」
「あの魔女を追いかけて、圧力をかけるのよ」
「無理無理、大き過ぎて動けなくなったって言っただろ」
「でも、さっき、体を震わせたじゃない」
老女になったピュールが怪訝そうな顔をした。
「え? いつ?」
「私達がここにくる直前。ねえ、キイル。みたわよね」
「うん、見たよ。モイアシルが怯えたみたいに身を縮めて、君の殻に貼り付いてたよ」
ピュールがしばらく考えて、「ああ!」と大声を上げた。
「ちょっと待ってて」
老婆の体が惚けたようになった。大きく口をあけて、ぼーっと天井を見ている。
突然、洞窟全体が揺れた。バチッとどこかで何かが弾けたような音がした。バチバチバチと立て続けに破裂音が響く。
洞窟の水溜りが一気に濁った。
「ピュールったら、何をしたのかしら?」
私はキイルと顔を見合わせた。
老婆の体がピョコンと立ち上がる。白髪頭をぶるぶると振るや、大きくため息をついた。
「体を震わせてみたんだ。ちょっとなら、動くよ。でも、殻を持ち上げて歩くのは無理」
私達は黙りこんだ。何か方法はないかと考える。どうして、無理なんだろう。本体を見たら何かいい方法を思いつくかもしれない。
「あのね、私、あなたの本体に会ってみたい」
「ああ、いいよ。モイアシル達をどけてやるよ。こいつら、どけっていえば、どくんだ」
ピュールが嬉しそうに言う。手下が出来て喜んでいるお山の大将みたいだ。
「この洞窟の真下に本体が出入りする穴があるんだ。本体はそこから手を出してモイアシルを刈り取って食べるんだよ」
ピュールはグンダグンダの体を試している内に、モイアシルを自在に動かせるようになっていた。モイアシルは藻だと思っていたら、違った。小さな生き物が集まって藻のように見せていたのだ。小麦の種よりも小さな緑の生き物。それがモイアシルの正体だった。
グンダグンダは、育ったモイアシルを食べて生きていた。
大きくなり過ぎて動けなくなったグンダグンダは魔力を使って小さな生き物を集め、自分の餌となるよう改良したのだった。偉いお坊さんに魔力を取り上げられるずっとずっと前の事だ。
グンダグンダの体を手に入れたピュールはモイアシルを食べてみたという。
「うまいよ。ホント。いい感じで油がのってて。口の中でプチプチ弾けてさ、食感もいいし、いくらでも食べられるって感じ。あんた達は食べちゃだめだよ。毒があるからね。グンダグンダの体には毒にならないけど、他の生き物には毒になるみたいだ」
私はちょっと羨ましかった。そんなに美味しいなら食べてみたいが、きっとグンダグンダの体だから美味しいのだろう。
私達は早速、本体を見に行った。穴の中に超巨大なヤドカリがいた。
「はーい、ピュール。私達が見える」
「見えるよ。一瞬、百頭くらいに見えてくらくらしたけど、大丈夫。ちゃんと一頭のビシャとキイルになったよ」
ピュールがハサミを振って見せた。
「ねえ、いっそ中身だけで移動したら? 殻を捨てちゃって」
「え! でもでも、襲われたらどうするのさ?」
「これだけ大きかったら、どんな生き物も襲ってこないわよ」
私はちらっとお化けイカを思い浮かべた。警告しておいた方がいいかなと迷っているうちにキイルが言った。
「ねえ、ピュール。そのままだと死んじゃうんだろ。一か八か、やってみようよ。仲間達にも言って人間になったグンダグンダを捕まえられないかやってみるからさ」
一生懸命に説得する。よほど、ピュールが好きなのだろう。
「……、うん、確かにここにいてもどうにもならないしね。よし、ここは踏ん張って殻がでてみるか。ちょっと待ってて」
巨大ヤドカリの目がぼーっとなる。老婆の体に意識を戻したようだ。しばらくして戻って来た。
「何してたの?」
「旅立ちの準備!」
ピュールはグンダグンダの殻から、頭を出した。ところが、そこから先が出て来れない。
「ねえ、どうしたの?」
「長い事、尻尾の先で老婆を操ってただろう。あの部屋の床の一部が尻尾なんだよ。今、無理やりはがしている所」
バキン、パキン、ピキッという音が水の中を伝わってきた。ピュールの体にぐっと力が入る。
どーっとヤドカリの体が飛び出した。
「きゃあー」
私とキイルは水圧に押されてはね飛ばされていた。
「ちょっとピュール、気をつけてよ」
「ごめん、ごめん。勢いついちゃってさ」
ピュールが照れくさそうに笑ってる。
「殻から出て来れて良かったよ。出られなかったらどうしようって、僕、心配してたんだ」
ピュールの尻尾の先には老女の体がぶら下がっている。腰に巻いたベルトに袋が見えた。きっとリツの実が入っているに違いない。
「あんた達、ついておいで!」
ピュールの命令一下、モイアシル達がざーっと浮かび上がった。先頭のモイアシルがピュールの尻尾に掴まる。次々に掴まって行き、扇型に開いた。
その姿はまるで、大きなエビのようだった。緑の裳裾をひく巨大なエビ。
尻尾を揺すりながらピュールは海底を進んで行く。海の底に広がった巻貝のような珊瑚の群れが崩れていく。ピュールが巻き起こす波が水中に奇妙な流れを起す。小さな渦があちこちに起きた。巻きこまれそうだ。遠くに青い影が見えた。小魚の大群だ。それを追ってサメがやってきた。ところが!
「見て! サメ達が逃げて行くわ」
「ああ、急いでなかったら、このハサミであいつらを掴まえて喰ってやるのに」
ピュールが両手のハサミを振り回した。海の中に波が起る。
「やめろよ、ピュール。そんな恐ろしい事いうなよ。僕のクタイクタイの相手はそんな恐ろしいスフェーンじゃないよ」
キイルが泣きそうな、情けない声で叫ぶ。
「ごめんごめん。大きな体になったのは初めてでさ。つい、面白くて!」
ピュールがハサミを振って見せた。まぶたが閉じたり開いたりしている。絶対笑っているに違いない。
海が段々深くなって行く。とうとう、あの深い裂け目まできた。お化けイカが出て来た所だ。
「ピュール、あんた、ここ渡れる?」
ピュールは裂け目のヘリでうろうろしている。縁にそって、ポーンと飛んで見る。
「うん、この距離なら、飛び越せそうだ」
ピュールは、助走をつけると、裂け目を飛び越えた。ヤドカリの足が必死に水を蹴る。ところが、意外に水の抵抗にあってしまった。こちら側に飛び移る前に裂け目に落ちてしまったのだ。
「ピュール!」
私とキイルは大急ぎで潜ってピュールの体を下から支えようとした。でも大き過ぎる。巨大なヤドカリの体がゆっくりと落ちて行く。ピュールの足が崖の表面を捕まえた。落下が止る。
「モイアシル! 膨らめ! あたしの体を支えるんだ」
ピュールが叫んだ。
モイアシル達が一斉にピュールの体にまとわりついた。ポンと膨らむ。体内に気体を発生させたのだろう。もれた気体が泡となって舞い上がる。
「う、臭い。これ、何の匂い?」
「モイアシルの体で作られたガス。いわゆるひとつのおならって奴さ」
ピュールが笑ってる。この明るさがピュールの身上だ。
私としては、こんな時に冗談はやめてと言いたい。
巨大ヤドカリの体が浮かんだ。海面まで一気に浮き上がる。ピュールが足を使って泳ぎ始めた。
「歩くより、ずっと楽ちん」
たった今起きた九死に一生体験も何のその。ピュールの気持ちは前へと進んでいく。
だが、
「早くしないと、ふう、やっぱ息切れしてきた」
「ピュール! 大丈夫かい。頑張ってくれよ」
キイルが泣きそうだ。
殻を出た時より動きが遅い。寿命がきているのだ。元気が良さそうに見えてもあちこち傷んでいるに違いない。
「うん。頑張る。魔女に一発かましてやらないと死ぬに死ねないからね」
ピュールが気力を奮い立たせた。最後まで踏ん張りぬくつもりなのだろう。
前方に船が見えた。レオンの船だ。
え! うそ!
お化けイカだ。お化けイカがレオンの船を襲ってる。




