グンダグンダの住処にて
後できいた話だが、ピュールの乗った船の後から、レオン達が付いて行っていたそうだ。
いくら病気を直す為とはいえ、正式な親善使節が勝手に航海にでるわけにはいかない。
私によくにた少女を替え玉にして侍女のマリー、守りの騎士達を要塞に残し、ピュールとガリタヤが商船「金のミツバチ」号に乗ってグンダグンダのいる南の海を目指したのだという。
一方で海賊達には、「ブルムランドのレオニード殿下が、病気になった婚約者の病を直す為、特別な貝を取りに航海に出るそうだ」という噂を流したのだという。
ギルを襲わせるわけにはいかないとレオンが言ったそうだ。それなら、本来の目的である自分を襲わせ返り討ちにしようとしたのだという。
南に向って航海すれば、海賊達の本拠地の近くを通る。レオンを狙う海賊がこのチャンスを逃す筈がない。思惑通り海賊達は現れた。
レオンを襲おうと画策していた海賊は、海賊バテロが率いる一団で船を三隻持っているとわかっていた。一隻は私達がマルテスに来る途中、襲ってきた船で拿捕済み。あの時、ガリタヤが仕留め損なった海賊船の船長はパテロの右腕と言われたタレンギ船長だった。
後二隻の内、一隻はマルテスの辺境海域で見かけたと知らせが入っていた。とすると、残りは一隻。レオンが乗ってきたブルムランドの船「ハチタカ」号一隻で事足りるだろうという話になったという。
マルテス海軍が動いたら、バテロ一味が襲ってこないかもしれない。レオンは海賊をおびき出す為に、あえてブルムランドの船だけで航海に出たのだった。
辺境海域にいるバテロの残党が、お化けイカに仲間が襲われたと知ったら大急ぎで戻って来るだろう。その前にマルテスにもどらなければならない。
ピュールの船に追いつくと、船縁からピュールが話しかけて来た。
「どこに行ってたんだい? あの煙は?」
「お化けイカが出たの。海賊達をやっつけてきたわ」
「ええ! そんな面白いことやってきたのかい? ああ、残念。あたしも参加したかったな。ぶっ壊すのは大好きさ」
ピュールがめちゃくちゃなことをいう。
お腹がすいて小魚を食べに行ったら、お化けイカから追いかけられたとはいえない。
人の船でもう一日航海して、グンダグンダの珊瑚礁についた。
まず、私がグンダグンダに会いに言ってピュールが来た事をグンダグンダに告げ、後はグンダグンダにまかせようという話になった。ピュールからドムドム(マルス)の実が入った袋を受け取る。
私はモイアシルの林の外から、グンダグンダに呼びかけた。
グンダグンダは私の呼びかけに、モイアシルを開いてくれた。洞窟へ入る。灰色の長着を着たグンダグンダがニタニタと笑って出迎えてくれた。部屋は相変わらず何かの実験室のように散らかっている。
「そうかい、そうかい。連れて来たかい。だったら久しぶりに天窓を開けようかね」
グンダグンダは、長い棒を使って、天窓を押し上げた。丸いお椀をふせたような蓋が外に向って開く。外の風が入ってきた。う、臭い。
「この匂いはね、モイアシルの肥料の匂いさ。肥料は私のフンだけどね。ホーッホホホホ」
一本しかない歯を剥き出してグンダグンダが笑う。
フンって、グンダグンダ一人のフンでこれだけのモイアシルを育てられるのだろうか?
「さあ、ボートで島に上陸するように言っておいで。島の真ん中にこの天窓があるから、上から入っておくれ。ああ、付き添いは無しだよ。一人でくるんだよ。ここは狭くてね。この上関係のない人間まで来られたら身動きがとれなくなっちまう。ドムドムの実はもってきたかい?」
私はドムドムが入った袋を出した。
グンダグンダが中を確かめる。さっそく、ナイフで実を割って種を取り出した。さらに種を割る。
「リツが入ってりゃいいが」
幾つかの種にリツがあったようだ。これだけあれば、大丈夫だと言ってくれた。私は船に引き返して、ピュールにボートにのって島に上がるように言った。島の真ん中に入り口があると。
私はグンダグンダの住処に戻って、天窓からピュールが降りて来るのを待った。
「そういえば、この間一緒にきた若いスフェーンはどうしたね?」
私は黙った。どう説明したらいいのだろう。
「ケンカでもしたかい?」
「ええ、まあ」
「ふーん。そういえば、スフェーンのクタイクタイの季節じゃなかったかね。人の心でスフェーンと交わるってのはどうだった?」
「……出来なかったんです」
「ほうほう、それはそれは。では、おまえはまだ若いんだね。ほっほっほ。それは楽しみだ」
カタンと音がして、天窓からピュールが降りて来た。
スフェーンの言葉で自己紹介をする。
「なんと、おまえはスフェーンの言葉を話すのかい」
「というか、これしかしゃべれないんだ。こいつらの言葉を今覚えてるんだけどね。難しくて。しきたりとか、種類とか、果物は種類の名前でとか、覚えきれないよ」
「くくく、スフェーンが人の世界をわかろうとしても無理だね。さ、こっちに来て。こっちのスフェーンの体と並んで横になるんだよ」
ピュールが服を脱いで腰から下を水につけた。私と並んで横になる。
「さ、これを飲んで。軽い睡眠薬とリツだよ」
「え! たくさん飲んで寝たら魂が出ていくんじゃあ」
「リツの量は調整してあるから大丈夫だよ。魂が離れやすいが、簡単に離れない量だからね。そっちのスフェーンもお飲み」
私達は睡眠薬とリツを飲んだ。
どれくらい時間がかかるのだろう。ガリタヤ達が心配しないかな。
私はうとうとと眠ってしまった。
ピュールの体からも寝息が聞こえる。
だけど、スフェーンの体はどこか起きていて、周りの様子がなんとなくわかった。
グンダグンダが手帳を開いて独り言を言っている。
何か飲んでいる。リツだ。どうして?
「さて、始めようかね。それにしても、なんてきれいな髪だろうね。ひっひっひっひ」
グンダグンダが呪文を唱え始めた。
「人の体に入りし、スフェーンの御霊よ。ピュールの魂よ。出よ!」
私の体、今はピュールの魂が入っている体の上でグンダグンダが手をかざしている。
「人の体に入りし、スフェーンの御霊よ。ピュールの魂よ。
出よ!時は来た。
ピュールの魂よ。出よ! 出よ!」
グンダグンダが大声で叫ぶ。
私の体から青く光る煙のようなものが出て来た。
ピュールの魂だわ。
「くくく、さあ、空っぽの体だ」
グンダグンダの体がビリビリと震えた。体から何か出て来る。真っ黒なモヤ。
あれは、まさか、グンダグンダの魂?
ウソ! 私の体に入った。
なんてこと! 最初から私の体を乗っ取るつもりだったんだわ。
騙された。騙されたんだ。悔しい!
グンダグンダのしなびた体が床に倒れた。ピュールの魂、青い光がグンダグンダの体に入る。
「があ、は!」
グンダグンダの年老いた体が仰向けになったかと思ったら大きく息を吐いて動かなくなった。気絶したようだ。
「まあ、なんて素敵な体なの!」
私の体が起き上がった。ふらつきながら立ち上がる。
「睡眠薬がきいているようね」
私の体に入ったグンダグンダはテーブルの上からガラス瓶を取り上げた。コップについで一気に煽る。
「ふー、これでしゃっきりした。くっくくく。もう一度、若さを取り戻せるなんてね! これで男の精気を吸えば魔力も戻るだろう」
高らかに笑い声をあげ、鏡の前で私の体を仔細に眺め始めた。吟味しているようだ。体を拭いて、ピュールが脱いだ水兵の服を着た。
「さて、この女の記憶をさらっとこうかね」
グンダグンダが私の前にひざまづいて、頭に手をおく。
「ふーん、崖から落ちた。それは知ってる。その前だよ。しまった。スフェーンの体には以前の記憶がないんだ。何、記憶が戻らなかったといえば、皆、信じるだろう。さて、スフェーンになってからはと」
グンダグンダの手が私の頭を撫で回す。
「ふーん、乱暴者のバッポ。スフェーンはいい。人だよ。楽士のガリタヤ、侍女のマリー、守りの騎士。いいねえ、ディレクというのかい、精気にあふれていそうだ。まず、こいつからだ。こいつにしよう。少々精気を吸い取っても死にそうにないからね。で、もう一人、この美丈夫は誰だい。ふーん、王子様か。レオニード殿下」
(いやーー、やめて! 私の体を返して!)
心の中で思いっきり叫んだ。レオンの記憶は渡さない。
グンダグンダが雷にあたったように、ぎゃっと言って後ろにのけぞった。
「なんて娘だ。こんなに心の力が強いとは。仕方ない。この娘に生きていられたら、後々面倒だ。殺してしまおう」
グンダグンダが壁にかかっていた大きなナイフを取り上げた。
鞘からすらりと抜き放つ。両の手で高く振り上げ私に向って振り下ろした。




