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歌姫ギルと海の獣達  作者: 青樹加奈
第二章 スフェーン
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深海の底から

 翌朝、日が登ったと思ったらガリタヤのタントルーフの(が聞こえた。要塞の崖下に行く。大きな船が、幾舟ものボートに引かれて湾から出て来る所だった。船縁にピュールとガリタヤがいる。私は海面から大きく跳ねて見せた。

 ピュールとガリタヤが手を振る。私は舟と並んで南に向って泳ぎ出した。

 沖合に出ると船は帆を広げた。真っ白な帆が風を受けてはらむ。

 レオンは船にのっていないようだ。ちっとも姿が見えない。

 どうしたんだろう?

 それもこれも、人に戻ればわかるだろう。

 お腹がすいてきた。昨日から食べてない。後少し行くと、深海から小魚がやってくる場所に着く。そこでたらふく食べよう。

 と、思っていたのだけれど、人の船は遅い。風がいい具合に吹いている時は速いけれど、風が吹かないとほとんど動かない。流れのまま、漂うだけだ。

 空腹には勝てない。私は先に行って小魚をたらふく食べようと思った。

 深い海の底から小魚がわいてくる場所で、私は待った。この間来た時は夜だった。夜にならないと小魚はやってこないのだろうか?

 私はじりじりしながら、小魚達がやってくるのを待った。なかなかやってこない。この間は運が良かっただけかもしれない。

 待ちきれない。思いっきり息を吸って潜ってみた。

 どんどん、光がなくなって行く。水が冷たい。これ以上、無理っと思った時、何かが下から上がって来た。

 おっきい! 何、これ! イカ? イカってもっとちっさい筈。

 きゃあ!

 お化けイカだ! 物凄く大きい。

 私は慌てて逃げ出した。やだー。追いかけて来る。思いっきり、尾びれを振る。海面へ向けて懸命に泳いだ。

 びゅっと何かが私の体をかすめた。触手だ。それとも足かしら。どっちでもいい。掴まったら食べられる。私は勢い余って海面から飛び出していた。

 え!

 何、これ。船が、二隻の船が戦ってる。

 どうしよう。どっちに逃げたらいいの?

 きゃあ、お化けイカが追いついてきた。掴まるっと思ったら、お化けイカが船に襲いかかっていた。船の上で、どよめきが起きる。

 あ! あれは! レオン!

 どうしてレオンがここにいるの?

 もう一隻は、海賊船だ。禍々しいドクロの旗が見える。

 お化けイカがレオンの船に取り憑いた。駄目よ。そっちじゃないわ。ピーッと気孔を鳴らす。


「だめー。そっちは駄目よ!」


 お化けイカが反応した。

 え? 言葉が通じるの。

 じゃなくて、ただ、私が食べたくて見たのね。こっちに触手を一本伸ばしてくる。

 駄目でもともと。触手をよけて、お化けイカの頭に突進する。思いっきり噛んだ。お化けイカが身をくねらせる。弾かれた。もう一度。今度は目に突進する。

 お化けイカが、怒った。さあ、こっちよ。こちらに来なさい。

 レオンの乗った船を離して追いかけてきた。私は海賊船の方へ逃げた。


「襲うならこの船にして!」


 レオンの船がお化けイカからも海賊船からも離れて行く。お化けイカがうまい具合に海賊船に触手を巻き付けた。


「そうよ。その調子。そいつをやっつけて!」


 私の声が聞こえたかどうか、お化けイカは海賊船に絡み付くや、嘴を使って船の底をかじり出した。

 がりっ!

 ごりっ!

 と船の底板が砕けて行く音がする。

 私はレオンの船へ行った。船影に身を隠して、お化けイカから逃れる。

 船縁にレオンが見えた。

 私はピーッと合図を送った。レオンが気が付く。こちらを見た。


「ギル! 君か?」と叫ぶレオン。


 私は尾びれで体を押上げ、大きく海の上に体を出した。頭を上下させる。

 レオンにもわかったようだ。


「あの化け物は、君が連れて来たのか?」


 連れて来たんじゃなくて、追いかけられたのって言いたいけど、ここに文字盤はない。

 私は頭を横に振った。


「君も追いかけられたのか?」


 私は大きく頭を縦にふった。

 船縁に人が集まってきた。


「殿下。殿下はスフェーンと話せるのですか?」


 誰かが驚きの声を上げる。


「いや、あれは中身は人なのだ」


 まわりから納得したような声が上がった。


「ギル、ベルタ達の乗った船は向うだ」


 私はレオンが指差した方向を見た。遠くに小さく船が見える。私はもう一度、ピーッと合図を送って海に潜った。ピュール達の乗った船に向って泳ぐ。

 海には血の匂いが溢れている。気になって振り返った。鮫達が海賊船から落ちた男達に群がっていた。

 お化けイカも次々に海賊を食べている。

 息つぎに海面に出ると、炎の匂いがした。船の油に火がついたみたいだ。お化けイカが船を離した。熱いのは苦手みたい。慌てて逃げて行く。

 良かった。レオン達の船が無事で本当に良かった。

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