深海の底から
翌朝、日が登ったと思ったらガリタヤのタントルーフの音が聞こえた。要塞の崖下に行く。大きな船が、幾舟ものボートに引かれて湾から出て来る所だった。船縁にピュールとガリタヤがいる。私は海面から大きく跳ねて見せた。
ピュールとガリタヤが手を振る。私は舟と並んで南に向って泳ぎ出した。
沖合に出ると船は帆を広げた。真っ白な帆が風を受けてはらむ。
レオンは船にのっていないようだ。ちっとも姿が見えない。
どうしたんだろう?
それもこれも、人に戻ればわかるだろう。
お腹がすいてきた。昨日から食べてない。後少し行くと、深海から小魚がやってくる場所に着く。そこでたらふく食べよう。
と、思っていたのだけれど、人の船は遅い。風がいい具合に吹いている時は速いけれど、風が吹かないとほとんど動かない。流れのまま、漂うだけだ。
空腹には勝てない。私は先に行って小魚をたらふく食べようと思った。
深い海の底から小魚がわいてくる場所で、私は待った。この間来た時は夜だった。夜にならないと小魚はやってこないのだろうか?
私はじりじりしながら、小魚達がやってくるのを待った。なかなかやってこない。この間は運が良かっただけかもしれない。
待ちきれない。思いっきり息を吸って潜ってみた。
どんどん、光がなくなって行く。水が冷たい。これ以上、無理っと思った時、何かが下から上がって来た。
おっきい! 何、これ! イカ? イカってもっとちっさい筈。
きゃあ!
お化けイカだ! 物凄く大きい。
私は慌てて逃げ出した。やだー。追いかけて来る。思いっきり、尾びれを振る。海面へ向けて懸命に泳いだ。
びゅっと何かが私の体をかすめた。触手だ。それとも足かしら。どっちでもいい。掴まったら食べられる。私は勢い余って海面から飛び出していた。
え!
何、これ。船が、二隻の船が戦ってる。
どうしよう。どっちに逃げたらいいの?
きゃあ、お化けイカが追いついてきた。掴まるっと思ったら、お化けイカが船に襲いかかっていた。船の上で、どよめきが起きる。
あ! あれは! レオン!
どうしてレオンがここにいるの?
もう一隻は、海賊船だ。禍々しいドクロの旗が見える。
お化けイカがレオンの船に取り憑いた。駄目よ。そっちじゃないわ。ピーッと気孔を鳴らす。
「だめー。そっちは駄目よ!」
お化けイカが反応した。
え? 言葉が通じるの。
じゃなくて、ただ、私が食べたくて見たのね。こっちに触手を一本伸ばしてくる。
駄目でもともと。触手をよけて、お化けイカの頭に突進する。思いっきり噛んだ。お化けイカが身をくねらせる。弾かれた。もう一度。今度は目に突進する。
お化けイカが、怒った。さあ、こっちよ。こちらに来なさい。
レオンの乗った船を離して追いかけてきた。私は海賊船の方へ逃げた。
「襲うならこの船にして!」
レオンの船がお化けイカからも海賊船からも離れて行く。お化けイカがうまい具合に海賊船に触手を巻き付けた。
「そうよ。その調子。そいつをやっつけて!」
私の声が聞こえたかどうか、お化けイカは海賊船に絡み付くや、嘴を使って船の底をかじり出した。
がりっ!
ごりっ!
と船の底板が砕けて行く音がする。
私はレオンの船へ行った。船影に身を隠して、お化けイカから逃れる。
船縁にレオンが見えた。
私はピーッと合図を送った。レオンが気が付く。こちらを見た。
「ギル! 君か?」と叫ぶレオン。
私は尾びれで体を押上げ、大きく海の上に体を出した。頭を上下させる。
レオンにもわかったようだ。
「あの化け物は、君が連れて来たのか?」
連れて来たんじゃなくて、追いかけられたのって言いたいけど、ここに文字盤はない。
私は頭を横に振った。
「君も追いかけられたのか?」
私は大きく頭を縦にふった。
船縁に人が集まってきた。
「殿下。殿下はスフェーンと話せるのですか?」
誰かが驚きの声を上げる。
「いや、あれは中身は人なのだ」
まわりから納得したような声が上がった。
「ギル、ベルタ達の乗った船は向うだ」
私はレオンが指差した方向を見た。遠くに小さく船が見える。私はもう一度、ピーッと合図を送って海に潜った。ピュール達の乗った船に向って泳ぐ。
海には血の匂いが溢れている。気になって振り返った。鮫達が海賊船から落ちた男達に群がっていた。
お化けイカも次々に海賊を食べている。
息つぎに海面に出ると、炎の匂いがした。船の油に火がついたみたいだ。お化けイカが船を離した。熱いのは苦手みたい。慌てて逃げて行く。
良かった。レオン達の船が無事で本当に良かった。




