再び、小さな入江にて
一人で魚を捕まえるのは難しい。小魚達はするすると逃げてしまう。私は逃げ後れたり弱っていた小魚を数匹食べた。
群れを追い出される前にたくさん食べ溜めしておいて良かった。
重い心をひきずって、私は約束の入江にやってきた。
レオン達はまだきていない。入江をぐるぐる回りながら小魚を探す。とにかく、食べられる時に食べて置かなければいけない。
オールが海面を叩く音が聞こえた。海の底でくるりと反転する。青い水の向うにボートの底が見える。波がキラキラと輝いている。太陽が眩しい。目がくらみそう。
私は水面に顔を出した。
ピュールが手を振る。ガリタヤとマリーだ。あれ? レオンがいない。
「レオンは?」
私はピュールに聞いた。
「来ないよ」
「え? どうして?」
「さあね。それよりさ、昨日の続きをしようぜ。昨日習ったこと、ちゃんと覚えてるんだぜ。『私の名前はギルベルタ・フォン・アップフェルトです』」
ピュールが覚えたての文章を話した。
「凄い、凄い」
「本当はね、ピュールですって言いたいんだけど、ギルベルタ以外いっちゃだめなんだって」
ざざざーっとボートが岸に引き上げられる。
「ギル様、文字盤ですよ」とマリー。
私達は昨日と同じように文字盤を使って話をし、ピュールに言葉を教えた。
日が中天に来たので、マリーがお弁当を出した。ディレクとマルコ、ガリタヤがサンドイッチをつまむ。ピュールもサンドイッチにかぶりついた。
私は入江の中を泳いでいた。ピュールが岩の上にくる。
「なあ、行ったかい?」
「え?」
「クタイクタイだよ」
「行ったわ。でも、私には出来ない。だって、人間だもの」
「ええ! 何、言ってんだい。クタイクタイはこの時期だけなんだぜ。今を逃したら子供は作れないんだよ!」
「ごめんなさい。今年は諦めて」
「諦めてって、諦めきれないよ。たくさん、子供を産みたいのにさ」
「子供を産んで育てるだけが、人生じゃないわ」
「なんだそれ? 人生ってわかんないけど、スフェーンは狩りをして食べて子供作って育てて遊んで生きてるの。他には何もないの」
「何もないってことないわよ。きっと」
「人だって同じだろ」
スフェーンに言われて考えてみたけど、確かに人の人生も同じような物だ。でも、でも。
「違うわ、人にはそれぞれ役割があるのよ。みんな他人の為に何かするわ」
「キイルは私の為に魚を取ってくれるけど、そんな感じかな? よくわからないや。……ねえ、人はどうやって子づくりするんだい?」
「そんなの私に聞かないで! 恥ずかしいじゃない」
「恥ずかしい? 恥ずかしいってなんだ?」
「とにかく、人は結婚してからじゃないと子づくりはしないの」
「『結婚できない』ってあれか。つまり、おまえも子づくり出来ないんだな。じゃあ、おあいこだな」
ピュールが平然という。
「ねえ、大丈夫だと思うけど、男の人が近づいたりしてないでしょうね?」
「近づくって?」
「あなたの手を握ったり、抱きついたりとか」
「そうだな、レオンに抱き締められた。ほら、久しぶりに会った時」
「ああ!」
あの時は何とも思わなかったけど、考えたら年頃の男女が抱き合ってたんだ。
私とレオンは親しかったんだろうか?
「他には?」
「うーんとね。なんとかってのが、手に唇をつけた。あたし、食べられるんじゃないかと思ってさ。急いで手を引っ込めたよ」
「そんなことがあったの!」
どうしよう。そういう場合は、優雅にきっぱりとあしらわないといけないのに。
相手はさぞ気を悪くしただろう。
え? どうして、そんなことがわかるんだろう?
「なあ、それよりさ、キイルはどうした? あたしの相手はキイルなんだ」
「……、それがね、バッポがキイルを突き飛ばしたの」
「なんだって! くそーーー、あたしの相手はキイルだけなんだからね。元の体に戻ったらバッポにケンカを売ってやる!」
凄い! あの大きなバッポ相手に一歩も引かないなんて。
「とにかく、元にもどらなきゃ」
「ああ、そうだな」
私はマリーに文字盤を使って、いつグンダグンダの所にいけるか訊いた。
「殿下が準備をなさっています。早ければ明日にでも出発できますよ」
マリーがニコニコと笑いながら教えてくれた。




