クタイクタイ
「さあ、狩りに行こう。お腹がすいた」
キイルに促されて、私は沖に向って泳いだ。
スフェーン達と狩りをしてたらふく小魚を食べたら、なんだか妙に幸福な気分になっていた。
人としての煩わしさがどんどん小さくなっていく。
気持ちが高揚して大きく跳ねた。キイルもつられて飛ぶ。他のスフェーン達も続いた。何度も何度も跳ねた。
キイルが叫んだ。
「ほら、月だ。丸い月が登った。クタイクタイが始まった。さ、行こう」
私はキイルに付いていった。何が始まるのだろう。
遠浅の海がずーっと遠くまで広がっている場所にきた。下は白い砂地のようだ。わずかに明るい。
もの凄い数のスフェーン達が集まっていた。
息つぎに海面に出た。月の光の下、スフェーン達の背びれがあちこちに見える。皆、とさかが真っ赤だ。
「クタイクタイだ!」
スフェーン達が叫び、狂ったように泳ぎ回る。いや、ただ、泳いでいるのではない。そのうち、二匹が連なった。あちこちで、カップルが出来ている。
キイルが白いお腹を押し付けてくる。とさかが真っ赤だ。
ドンとキイルがはねとばされた。バッポだ。
「こいつは、まず俺からだ。新米は後にしな」
「キイル! キイルに何をするの!」
「ほっとけよ。おまえもクタイクタイに来たんだぜ。とさかを真っ赤にしてさ。わかってるだろ。キイルとは後だ」
私は逃げ出した。だけど、回り込まれた。バッポがぐいぐいとお腹をおしつけてくる。私は体をひねって逃げようとするが、体の大きなバッポを跳ね返せない。バッポがのしかかる。
スフェーン達がこの場所を選んだのもよくわかる。下が砂地なので、上から押さえ付けられても体が傷つかないのだ。
私はバッポの目を狙って前ビレで砂を巻き上げた。バッポの体がわずかに浮く。その隙に逃げ出した。尾びれでバッポの急所、とさかをしたたか打ちのめす。後は一目散に逃げた。
気が付くと、いつもの狩り場に戻っていた。
子供を抱えたスフェーン達が集まって来る。
「逃げ出したの? ピュールだったら逃げなかったわね」
「あの子、クタイクタイを楽しみにしてたもの。子供をたくさん産むんだって、はりきってたのに。残念ね」
「ふふふ、きっと知らなくてびっくりしたのね。とさかは真っ赤。いつでも出来るわ」
母親達の笑いがゆらゆらと伝わってくる。
とさかが真っ赤だからって!
いや!
出来ない。
私には無理。
絶対、出来ない。
獣と。
スフェーンとだなんて!
体はピュールのだ。
私のじゃない!
私は人間なんだから!
人間なんだから!
……怖かった、恐ろしかった!
バッポが、オスのスフェーン達が物凄く怖かった。
みんな狂ったようにメスを追い回していた。
そういえば、キイルは私と一緒に寝る時、いつもお腹をすりよせてた。あれは練習してたのね。
本当に男って油断もスキもないんだから。
私は人として結婚の約束をしていたらしい。
一体、誰と結婚するのだろう。
優しい人だといいな。
私は母親達の間で揺れながら眠った。
夜明け、クタイクタイから帰ってきたバッポが怒鳴った。
「クタイクタイが出来ない奴は出て行け。二度と来るな!」
「そんな! 仕方ないじゃない。私はスフェーンだけど、中身は人なんだから」
スフェーン達は私の話などきかなかった、皆で一斉に私をつつき始めた。
「いや、痛い! やめて! キイル、助けて!」
キイルがそっぽをむいた。私の方を見ようともしない。私は仕方なく群れから離れた。
どうしよう、これからどうやって食べて行こう。




