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歌姫ギルと海の獣達  作者: 青樹加奈
第二章 スフェーン
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ガリタヤの話

 海賊が要塞に乱入した夜。


「あなたとセラフィナ様を逃がした後、僕とエルシオン王子は海賊と戦っていました」


 ガリタヤが淡々と語った。




 ガリタヤはエルシオン王子と共に襲いかかる海賊相手に剣を振るった。海賊達を次々に打ち取っていく。しかし、多勢に無勢。海賊がブンと振った斧が王子の腕を掠めた。衣が避け、血が流れる。

 王子の精悍な顔が青ざめた、その時。遠くで角笛の音がした。


「兵隊だ!」


 誰かが叫んだ。「野郎共、引けー」という声がする。援軍だ。二人は援軍の到着に勇気を得て海賊に追い打ちをかけた。逃げて行く海賊。遠くで怒声と剣戟の音が続く。やがて静かになった。

 海賊達が引き上げた後、金目の物や貴婦人達が身につけていた宝石類はことごとく奪われていた。舞踏会に集まる貴族達の宝石類が目当ての襲撃だったようだ。堅固な要塞になんという大胆不敵なと人々は海賊の所行に恐れおののいた。

 要塞が落ち着きを取り戻して、初めて歌姫ギルベルタが崖から落ちたらしいと知れた。


「セラ、ギルと一緒じゃなかったのか?」


 エルシオン王子が真っ青になってセラフィナ姫に問う。


「途中ではぐれてしまったの。私、崖下の隠し小屋に行こうとしたのですわ。でも、気が付いたらギル様がいなくなっていて。そしたら物凄い悲鳴が聞こえて」


 セラフィナ姫は悲鳴の後に、水飛沫の音がしたのでギルベルタが崖から落ちたのではと思ったのだという。しかし、隠れていたので、灯りをつけるわけにもいかず、大声で呼ぶわけにもいかず、一人悶々と海賊達がいなくなるのを待っていたのだという。

 こうして、翌朝から歌姫の捜索が始まった。




 ガリタヤは、連絡用の鳩に私が行方不明と書いてレオンに送ったそうだ。


「それを読んで、俺は生きた心地がしなかった。何もかも放り出して、俺はマルテスに来たんだ」


 レオンが苦しそうな表情でいう。


「ところが、帆船に乗ってマルテスに来る途中、君が見つかったという知らせが届いて。どれほど、ほっとしたか」


「ところが、見つかったのは良かったのですが、ギルベルタさんの様子がおかしくて、本当に大変でした」


 ガリタヤが苦労の色がにじませて言った。




 ギルベルタを助けた人々が一様に驚いたのは、キィキィという鳴き声だった。人の言葉を話さないのだ。

 要塞の一室で、ギルベルタを見た医者は「頭にこぶが出来ています。頭を強く打つと記憶を無くす場合がありますが、そういう場合でも、習慣としていた行動や言葉は覚えているものです。この状態は、まるでスフェーンになったようです」と言って首をひねった。

 ブルムランドからギルベルタと一緒にやってきた一同は、どうしたものか悩んだという。取り敢えず、要塞の一室を借りて面会謝絶にした。

 ガリタヤは、タントルーフを吹いて音楽で記憶を取り戻そうとした。ギルベルタなら、音楽に反応する筈だ。しかし、きょとんとするばかりで何の反応もない。

 それでいて、「お腹が空いた」という言葉はすぐに覚えて、しきりに連呼した。食欲はあるようだった。

 しかし、食べるのは冷たい料理ばかり。冷めてまずくなったスープを皿からすすって飲む。料理は手づかみ。マリーがなんとかして、フォークやナイフを握らせようとしたのだが、どうしても駄目だった。

 そして風呂を嫌がった。水に入るのは嬉しいらしいが、湯船には絶対に入ろうとしなかった。

 記憶を失ったギルベルタは、時々どこかに行こうとした。部屋から逃げようとするのだ。皆は暴れるギルベルタを抱きかかえて止めなければならなかった。

 王宮から、病気見まいが届いた。ギルベルタが好んだあのエビ料理である。生きたエビを酒で酔わせ酸味のきいたタレにつけて食べる料理だ。国王陛下と料理長の心尽くしだった。

 最初、記憶を失ったギルベルタはそれを食べようとしなかった。しかし、マリーが殻を剥いて食べる様子に、食べ物とわかったのだろう、初めて口にした。

 そして、物凄く驚いた顔をした。


「スフェーンはエビは食べないのです。小魚を丸呑みするばかりで」とそれを見た医者がいう。


「しかし、ギルベルタさんがスフェーンだなんて、信じられません」

「人の心が獣に乗り移る場合があります。そうすると、残った体に獣の心が入るそうです。言い伝えですから、本当の所はわかりません。しかし、ギルベルタさんはスフェーンに乗って現れたとか。まさかと思いますが、そのスフェーンがギルベルタさんだったのかもしれませんね」

「そのような話、信じられません。殿下に何と申し上げれば?」


 マリーが唖然とした様子で言う。


「もう一つ気がかりなのは、普通、動物に人の心が囚われてしまうと、その人は気が狂ってしまうのです。獣の場合、言葉を持ちませんから、話が通じません。人里に行っても、人には獣の言葉がわかりません。言葉が通じないあせり、獣に落とされた屈辱、仲間がいない孤独感が心を狂わせるのです。早急に元に戻した方がいいでしょう」


 皆が医者の話を唖然として聞いている所に、レオニード殿下がマルテスに到着した。

 殿下にとって、中身がどうなっていてもギルベルタはギルベルタだった。ギルベルタの様子を見た殿下は、ギルベルタがどこに行きたがるのか付いていってみようと言った。外に出すからには、ドレスを着せなければならない。

 マリーが、嫌がるギルベルタをなだめすかしてドレスを着せた。

 そして、ギルベルタが海に入ろうとしたので、殿下はギルベルタをボートに乗せギルベルタの指差す方、崖の下にやってきたのだという。

 スフェーンに抱きついて泣くギルベルタを見て、皆、医者の言った通りだと納得。ガリタヤはギルベルタの魂の行方を確かめるためにタントルーフを吹いた。こうして、ギルベルタの魂の入ったスフェーンを見つけたのである。

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