海賊
「ギルベルタさん、逃げて! ここは僕が食い止める!」
荒々しい海賊達が、ガリタヤを少年と侮って襲いかかる。何本もの剣がガリタヤに向って振り下ろされた。それをさっと横に薙ぎ払うガリタヤ。ガリタヤに剣が使えるとわかった海賊達は、一瞬ひるんだ。だが、その中の一人が不敵な笑みを浮かべて剣を振り下ろす。剣と剣のぶつかる音が辺りに鳴り響く。
「ギルベルタ様!」
「ディレク! マルコ!」
守りの騎士達が駆けつけてくれた。
「ええい、海賊共があ」
大男のディレクが、斧を右に左に振りまわす。斧の刃が光る度に海賊達がなぎ倒された。すばしっこいマルコと共に躍り出る。
「へっ、ちったあ骨のある奴が出て来たか!」
海賊達が悪態をつく。
「死にたい奴はかかってこい!」
ディレクが負けじと怒鳴り返す。
甲板の上では、ビアマンさんの私兵と海賊達が戦っている。商船の船縁を越えて、続々と海賊達が乗り込んで来た。おどろおどろしいドクロの旗が海賊船の帆柱の上ではためいている。
劣勢だ。
このままでは皆殺しにあうだろう、なんとかしなければ。
海賊船の上に船長と思しき男を見つけた。仰々しい帽子をかぶっている。
レオンの声がよみがえる。
(「負け戦になった時、一発逆転を狙うなら大将を殺すといい。大将や王が死ぬと命令系統が乱れて兵が浮き足立つ。逃げるならその時だな」
「でも、大将はたくさんの兵に守られてるんじゃないの?」
「乱戦になれば、大将の守りも薄くなる。それでも機会が見つからなければ、スキを作ればいい」)
私は最上階の甲板に駆け上がった。
「ギルベルタさん!」
ガリタヤがついてくる。甲板の手摺に身を潜める。
「ガリタヤ、海賊船の船長が見える?」
私が指し示した方向に振り向くガリタヤ。ガリタヤのまっすぐに切られた前髪の下から鋭いまなざしが飛んだ。
「あの仰々しい帽子の男ですね!」
「私が歌って皆の注意を惹き付けるわ。その隙にあの男を倒してほしいの。倒せる?」
「おまかせ下さい。歌は、どんな歌を?」
「兵士を勇気づける歌を歌うの」
ガリタヤが、小さく首を振った。
「それでは敵兵の気力も増してしまいます。故郷を思い出す歌を歌って下さい。戦闘意欲が落ちるでしょう」
「でも、味方の戦意も落ちるんじゃあ?」
「海賊達は故郷を捨てた者ばかり。味方はつい先日、故郷を出て来た者達。きっと海賊の方に効果がありますよ」
「わかったわ!」
ガリタヤが船縁に隠れ、弓に矢をつがえた。
私の歌声が全員の心を掴みますように。
私は立ち上がって大きな歌声をあげた。私の体は楽器となって高らかに歌う。
「あーあーーー、あーあー」
戦いの船上に向って歌声を放った。
波の音、風の音にも負けない。
響いていた剣戟の音が一瞬止った。
船の全員が私を見た。海賊船の船長もだ。
私はブルムランドの古い民謡を歌った。「我が恋しきふるさとよ」という歌だ。
「金色の小麦畑
夕餉の匂いがわたるよ
妻よ 母よ 娘よ
我が恋しきふるさとよ
我が恋しきふるさとよ
緑の野に 朝日が光る
泉の水は清らかに
夫よ 父よ 息子よ
我が恋しきふるさとよ
我が恋しきふるさとよ」
皆が戦うのをやめ、私の歌に聞き惚れている。海賊船の船長が船縁にもたれ、涙を流し始めた。
今よ、ガリタヤ!
揺れる船上から、矢を持って敵を倒す。並の射手では失敗する。だけど、ガリタヤならきっと命中させる筈!
ヒュン!
ガリタヤの矢が船長の胸をつらぬいた。
「見て! お前達の船長は死んだわ! 私達の勝ちよ」
むろん、死んだかとどうかなど、私にわかるわけがない。
だけど、弓を受けた船長の体が倒れるのをみんなが見た。
効果は絶大だった。
海賊達が、一斉に浮き足だったのだ。我れ先に海賊船に戻り始めた。私兵達が追いすがって一人、また一人と海賊達を倒していく。
ところが、海賊の誰かが叫んだ。
「みんな、船長の弔い合戦だ!」
「おお!」
しまった。どうしよう。海賊達が勢いづいてしまった。
「その女を捕まえろ!」
近くにいた毛むくじゃらの男が歯の抜けた口を大きく開け怒声を発しながら階段を登ろうとする。
ディレクともみ合いになった。
と、そこに新たな帆船が現れた。
敵か? 味方か?