レオン
私は慌てて潜ろうとした。だけど、網が絡まって思うように動けない。
「いや、離して! ピュール、助けて!」
「何するんだよ!」
ピュールが網を持った人間を激しく叩いている。あ、ピュールも捕まった。一体どこにいたのだろう。誰もいないと思ったのに。そういえば、乗っているのは二人だけなのに、随分ボートが沈んでいた。まるで、重たい荷物を乗せているように。ボートの底に隠れていたんだわ。
「ギル、暴れないでくれ、君を傷つけるつもりはない。頼む、逃げないでくれ」
あの人だ。ボートの縁にあの人がいる。あの人が私に一生懸命話しかけてくる。私は暴れるのをやめた。
「ピュール、大丈夫みたい。あなたも暴れないで」
ピュールのわめき声がやんだ。
「ギル、わかるか、俺だ。レオンだ」
エメラルドの瞳をした黒髪の若者。レオンっていうんだわ。
「ギル、逃げないでくれ。頼む」
私は頭を縦に振った。
「話があるんだ。一緒に来てくれるか?」
私は悩んだ。だけど、ピュールをつれてグンダグンダの元に行くには船がいる。人の協力が必要だ。この人はきっと助けてくれるだろう。
私は頭を縦に振った。さらに網が緩んだ。
「網をほどくが、逃げずにボートについてきてくれるか?」
私はもう一度、頭を縦に振った。
網がほどけた。私は自由になって思わず体をふった。海の中をくるんと泳ぐ。体に食い込んだ網の感触を振り払う。と、あの人が海に飛び込んできた。私は嬉しくてあの人の周りをくるりんと泳いでみた。あの人の手が背びれにかかる。私はそのまま、泳いだ。あの人が私にまたがる。私は思い切って海面から跳ねた。あの人が大声で笑う。楽しそうだ。私、この人が好き。大好き。レオンって呼んでいいだろうか? ええい、呼んじゃえ!
「レオン!」
あの人にはキィキィとしか聞こえまい。
「ギル!」
え? わかったの? ううん、違う。偶然だわ。でも、名前を呼ばれるのって、素敵!
「レオニード殿下、大丈夫ですか?」
誰かが心配そうに叫んでいる。
「ああ、大丈夫だ。心配いらない」
レオンが私の体を軽く叩く。
「ギル、戻ろう。また、俺を乗せてくれるか?」
私は頭を縦に振った。
「ははは、いい子だ」
私はレオンを乗せたまま、ボートに戻った。
「ビシャ、あんた、あたしを乗せて泳いだ時より、ずっとうまく泳いでいるじゃないか!」
ピュールが頓狂な声を上げる。
「えへへ、そう? 嬉しいな。泳ぐのうまくなったみたい」
私はボートに付いていった。
ふとみると、キイルが寄って来る。
「ビシャ、駄目だよ、ここからは」
「どうして?」
「こっから先は人間達が網をかける場所なんだ。網にひっかかるとまずいよ。人間達も魚を食べるんだ。だから、僕らが網をやぶったりして、魚を捕まえるのを邪魔すると怒るんだ。僕らも鮫に狩りの邪魔をされると怒るだろう?」
「でも、私、あのボートについていかなきゃ。あ、じゃあ、ちょっと待ってて」
私は遠ざかって行くボートに向って大声を出した。
「ピュール、ここから先は行けないわ。行ってはいけないってキイルが言ってる」
ピュールが立ち上がった。レオンの肩を叩いて、私達の方を向かせる。ボートが戻ってきた。
「ねえ、キイル、この辺で私達がいける場所で、あのボートが上陸出来そうな場所ある?」
「うん、あるよ」
私はボートから垂れ下がっている綱を引っ張った。レオンが怪訝そうに船縁から身を乗り出す。
「ギル、ついてきて欲しいのか?」
私は頭を縦に振った。