海賊の悪だくみ
グンダグンダの住処を出て、モイアシルの間を泳いでいる時、どうしてそんな事をしたのかわからない。私は体を反転させて、振り返った。グンダグンダの住まいがモイアシルの向うに透けてみえる。ちょうど丘のような形をしていて、一番高い所が海の上に出て島となっているようだった。
この形、何かに似ている。
「どうしたの?」
キイルが寄ってくる。
「ううん、なんでもない」
私達はピュールを迎えにパタメパタメ島に向って泳いだ。
大きな船が走っている。何の船だろう。舟底が真っ黒だ。息つぎに海面に上がった時、見上げてみた。どくろだ。どくろの旗が見える。海賊船だ。逃げなきゃ。
私は急いで深く潜った。
「ビシャ、どうしたの?」
「海賊船よ、海賊船がいる」
「海賊船?」
「そうよ、恐ろしい人達が乗っているの」
「ふーん、でも僕らには何もしないよ。人間達は僕らを見てるだけなんだ」
「でも、逃げましょう。血の匂いがするわ。嫌な予感がする」
言い終わるやいなや、何かが海中に投げ込まれた。死体だ。かっと見開いた目。口の中に舌がない。額に「X」の傷が付けられている。どういう意味だろう。
「ビシャ、鮫だ。鮫が来る」
私達は大きく尾びれを振って逃げ出した。鮫達が全速力でやって来る。投げ込まれた死体に群がるのだろう。私達は後も見ずに泳いだ。
やっと、血の匂いがしない所まで来た。海面に出て振り返る。遠くに黒い船が見えた。一体何があったのだろう。何故、あの船から死体が落ちて来たのだろう。私は気になった。
「ビシャ、どうしたの?」
「あの船、何があったんだろう? どうして、殺されたんだろう?」
「気になるの?」
「うん」
キイルがくるくると八の字に泳ぎ回り始めた。何か悩んでいるようだ。
「どうしたの?」
「急いでピュールを迎えに行った方がいいと思うんだ。でも、君はあの船が気になるんだろう?」
「うん」
「君は元々人だった。君があの船を気にするのは、思い出せない記憶に関係があるのかもしれない。だったら、あの船を見ていたら何か思い出すかもしれない。何も思い出さないようなら、ピュールを迎えに行こう」
私達はそっと船に近づいていった。死体は鮫達が食べてしまったのだろう。今はもう、血の匂いはしない。
船は私達と同じ方向、北に向って進んでいる。私達は船と平行して泳いだ。船縁にいた海賊達が私達を見て話し始めた。
「おい、聞いたか? 竜殺しの歌姫がおかしくなったんだと」
赤ら顔に日にさらされて白くなった剛毛のような髭を生やした男が言う。
「ああ、聞いた。おかげで、ブルムランドの王子をマルテスに引っ張り出せたんだから御の字だぜ」
剥げあがった頭に水色のスカーフを巻き付けた太った男が黄色い歯を見せて笑った。
「元々誘拐して王子をおびき出す手筈が、ちょいと手順が変わっちまったけどよ」
「とにかく、あの王子をなんとかしなきゃならねぇ」
「そうだ、そうだ。立派な道なんぞ作られたら、船荷が減る。俺らの実入りが減るってもんよ」
「お頭はどこで襲うつもりなんだ? 大体、こっちに来る時にやっちまうんだと思ってたぜ」
ドーンとドラがなった。
「何か考えがあるに決まってるさ。飯だ。行こうぜ」
海賊が行ってしまった後、私は今聞いた話を必死で考えた。ブルムランドの王子って、あの人の事じゃないかしら。
ブルムランド王家の紋章を掲げた船に乗っていたし、殿下って呼ばれていたし。
人を簡単に殺してしまうような海賊達にあの人が襲われるなんて!
あの人がもし、死んでしまったら!
どうしよう、どうしたらいいんだろう。
あの人が死んでしまったらと思うだけで、体が震える。
「どうしたの? ビシャ、大丈夫?」
「うん、大丈夫。私達、あの人に知らせなきゃ。海賊が狙ってるって」
「あの人って? 言葉が通じないのにどうやって?」
キイルが真っ当な質問をする。
「わかってるわ。そんなこと。でもでも、なんとかしなきゃ。ああ、ピュールが話せたらいいのに! そしたら、知らせて貰えるのに」
私達は、そのまま海賊船に付いて行った。
海賊達はどこかの入江に船を留めた。海賊の根城のようだ。
その位置を覚えて、ピュールのいるパタメパタメ島(マルテス王国)に向った。