ピュール
私の願いが届いたのか、やっとピュールに会えた。
その日、崖の下に行くとピュールがいた。崖下に手漕ぎボートが一艘、停まっている。数人の人影が見えた。
私は息を飲んだ。
あの人だ!
レオニード殿下と呼ばれていた若者。
ピュールと一緒だ。
ピュールが私に気が付いた。必死に手を振っている。
私もピーッと気孔を鳴らして合図する。さっと潜って、ボートの側に浮き上がった。
「ピュール!」
「ビシャ! 会いたかった!」
「私も!」
ピュールが泣き出した。よほど、会いたかったのだろう。
「もう、いやだ。人間なんて。こんなもの脱ぎたい」
「だめよ。ドレスを脱いだら」
「いや!」
ピュールがドレスを引裂いて、海に飛び込んた。バシャッと飛沫が飛ぶ。
私に抱きついて、わあわあと泣き始めた。
野生のピュールが一人でよほど苦労したのだろう。
キイルが寄ってきて、キュイキュイと鳴く。私も一緒になってキュイキュイと鳴いてピュールを慰める。
「あのね、元に戻れる方法がわかるかもしれないの」
「本当?」
ピュールが泣き止んだ。
「グンダグンダって生き物が知ってるかもしれないんですって。キイルが調べてくれたの。これから行って聞いて来るから。だから、陸に戻って、ね、お願い」
「うん、わかったよ。元に戻れるなら、少しぐらい我慢する」
目が真っ赤だ。なんだか、痩せたように見える。
「ピュール、言葉を覚えて! あなたなら出来るわ」
「あたし、少し覚えたよ。『おなかすいた』って叫ぶと食べ物がでてくるんだ!」
元気が戻ったようだ。強気の発言がピュールらしい。
「よかった。じゃあ、食べ物は貰えてるのね」
「ああ、お腹いっぱい食べてるよ。ドレスを着なければ、もっとずっといいんだけどな。そうだ、人って完全に眠るんだね。あたし、怖くてさ、どっか起きていようとするんだけど、気を失っちゃうんだ」
「起きてちゃだめよ。ちゃんと眠らないと」
ピュールが痩せたように感じたのは、睡眠不足だったからか。
その時、水飛沫があがった。誰かが飛び込んできた。あの人だ。私達の側に来た。
「ギル、行かないでくれ。君の気のすむようにしていいから。ドレスが嫌なら、楽な服でいい。君が嫌がる事はしない。だから、頼む、どこにも行かないでくれ」
私の名前はギルっていうのかしら? この人、私の体を抱き締めてる。ピュールがどこかに行ってしまうんじゃないかって心配してるんだわ。
私とキイルとピュールはいつのまにか、ボートから離れてしまっていた。崖にぶつかった波が沖に向って強く流れているのだろう。ピュールが離れて行くのをみて、あの人はいてもたってもいられなくなったのだわ。
ピュールが手振り身振りで、私と自分を交互に指差す。
「このスフェーンがどうしたんだ? あ! おまえか? ギルを助けてくれたのは。ギルがスフェーンに乗って現れたと聞いたが」
私は頭を上下に振った。
あの人がびっくりして大きく目を見開く。なんてきれいな緑の瞳だろう。
「おまえ、俺の言葉がわかるのか?」
もう一度、私は頭を上下に振った。ピュールが言った。
「あたし、戻るよ。この人、あたしをとても大事にしてくれるんだ。言葉がわからなくても、それはわかるよ。この人が私を外に出してくれたんだ。あいつらが邪魔してなかなか来れなかったんだよ。これからは毎日、ここに来られると思う」
「無理しなくていいわ。あなたの乗ったボートがこのあたりにいたら、寄ってみるから」
ピュールがボートの方に泳いで行く。あの人も行ってしまう。
その時、何か聞こえた。波の音、風の音とも違う。
ああ、あれは音楽だ。
ボートから音楽が流れてくる。
私は思わず、キイキイと音楽に合わせて歌っていた。誰かが叫んだ。
「殿下! そのスフェーンがギルベルタさんです。捕まえて!」
えっ! どうして、捕まえられなきゃいけないの。
私は思わず身を翻していた。