スフェーン達 2
それから数日、私は朝早くから狩りをして、ピュールが来るかもしれない崖下に行き、ピュールを待ちながら落ちて来たドムドムの実を食べ、また、狩りをして、お腹が一杯になったら遊んだ。
時には、小さなスフェーンの世話をした。母親の乳を吸っている子供は自力で浮き上げれない時がある。そういう時は下から押していって海面に出してやる。そうしないと息が出来なくて死んでしまうのだ。大抵は母親がするけれど、母親が狩りに忙しい時は群れの皆で子供の面倒を見る。
「ねえ、あなたのそれ何?」とあるスフェーンが訊いて来た。
「え? 何が?」
「キュンキュン言ってる」
私は無意識にキュンキュン言っていた。
これは何?
歌。
そう歌だ。子守唄だ。
「変わった事をするのね。でも、そのキュンキュン。気持ちがいい。子供達も喜んでる」
私は褒められて嬉しくて、ずっとキュンキュンと歌っていた。
こんな日々がしばらく続いた。
ピュールがちっとも海にやってこない。どうしたのだろう?
私はもう、このままスフェーンとして生きていってもいいかもしれないと思い始めていた。
狩りにも慣れて来たし、最初のようなドジはしなくなった。
「バーバッパだ!」
バーバッパというのは人の作った帆船だ。
私はスフェーン達に教えてやったのだが、「作るって何?」という。
私も説明しようとして困った。何と言って説明したらいいのかわからないのだ。
「とにかく、人は物を作るのよ!」
と言ったけれど、スフェーン達はぼーっとするばかりだった。
「そんなのどっちでもいいよ。バーバッパと一緒に泳ぐのは面白いよ。話しかけても返事はないけれどね。こっちの言葉はわからないみたいなんだ」
「そりゃあ、そうよ。あれは生き物じゃないもの」
「生き物じゃない? どうして? あんなに泳いでいるのに?」
スフェーン達は笑いながら、バーバッパ、つまり帆船を追いかけて行く。
私も一緒になって泳いだ。船べりから人間達がこっちをみている。
私ははっとした。
その一人に見覚えがあった。黒髪、エメラルドの瞳の若者。
誰だったろう。とても大切な人だったような気がする。毎晩見る夢に出て来ているような……。
うーん、思い出せない。頭が痛くなってきた。無理して思い出すのはやめよう。
私はその船について行った。
キィキィと呼んでみる。その人がこっちを向いた。目があった。きゃあ、目があった。嬉しい。どうしてだろ。凄く嬉しい。私は高く跳ねた。その人が私を見て笑った。あれ、変だな、この人、凄く顔色が悪い。どうしたんだろ?
「レオニード殿下」
という声が聞こえた。あの人の名前だろうか?
もう一度、「レオニード殿下」と呼ぶ声が聞こえる。あの人が振り向いた。やっぱりそうだ。あの人の名前はレオニード殿下だ。誰かに呼ばれたのね、船縁からいなくなってしまった。
私はその船をもう一度見上げた。帆に描かれている絵を見てびっくりした。
この絵知ってる。黄色の盾に青十字、黄金竜が描かれた紋章。
「ぶるめんたーるおうけのもんしょうだわ」
え? 私、なんていった?
「ぶるめんたーるおうけの紋章、ブルメンタール王家の紋章」
そうだ。紋章だ。
でも、それが何かわからない。
何かを思い出しそうなのに、思い出せない。
ピュール。ピュールに会いたい。ピュールはどうしているだろう?
ピュールに会えば、何かわかるかもしれないのに。
人の体に戻りたい。戻りたいよう。