ピュールとキイル
ピュールが浜近くの洞窟から姿を現した。
私はほっとした。ピュールがどこかに行ったらどうしようと思っていた。
「暑かったから、洞窟に入ってたんだ。向うから回るといい。海が洞窟に通じてる」
私は岩を回って入り口を探した。切れ目がある。中に入ったら、大きな洞窟になっていた。光の射す方からピュールが歩いてくる。
「で、見つかった?」
「ううん。小さな入江ばかりなの、人がいないみたい」
「あたしさ、思い出したんだけどさ。あんたとこうなる前、上から何か落ちて来てぶつかったのよね。それがあんただったんじゃないかしら? 何か思い出さない?」
「うーん、そうかもしれない。でも、何も覚えてないの」
その夜は洞窟で休んだ。ピュールは洞窟の岩場で、私は洞窟の水の中で休んだ。私は自分の体が見える所で休みたかった。浜に帰ってきた時、ピュールの姿が見えなくて、私は死ぬ程怖かった。私達、どちらかが死んだらどうなるのだろう。
スフェーン達は意識は眠るけれど、外敵に備えてどこか目覚めているようだ。眠っていても、海の底で動く小さな魚達の様子がなんとなくわかったし、キイル達が近くにいるのもわかった。
スフェーンの体で眠った私は、奇妙な夢を見た。
どこか懐かしい人が私を呼んでいるのだ。でも、声は聞こえない。姿がぼんやり見える。あれは誰だろう。
翌朝、まだ暗いうちに目が覚めた。キイルが突っついている。
「行こう、狩りに行ってたらふく食べよう」
私は海から顔をだして、ピュールの様子を確かめた。よく寝ているようだ。私はキイルに付いて行った。沖に向ってどんどん泳ぐ。
突然、冷たい水にぶつかった。
「ここで待ってて。もうすぐ来る」
海の中に川のような流れがある。流れにのって黒い塊がやってくる。何だろうと思ったら、小さな魚の集まりだった。昨日食べた魚とは違うようだ。
素敵! 口を開けていたらお魚さんが向うから口の中に入ってくる。私は夢中になって食べた。
浜に戻ったら、ピュールがマルスの実を食べていた。
「何してんだい。さっさと人を探してきな」
どうやらピュールは人使いが荒いようだ。いや、スフェーン使いか。
今日は流れに逆らって、昨日とは逆方向に泳いでみた。これはきつい。だけど、海岸線にそって泳ぐうちに流れから抜けた。どうなっているのだろう。方向がわからない。太陽がいつのまにか、中天にきている。もしかしたら、ここは島なのかもしれない。私は海岸線にそってどんどん泳いだ。なんとなく見たような景色が開けた。私はピュールのいる浜に戻っていた。
「ピュール、ここ、島だわ」
「島? ああ、じゃあ、ここはビラビラ島だわ。人になってわからなかった。ここに人はいないよ。随分、流されたんだな」
「だったら、どこにいけば人に会えるか、わかる?」
「ああ、わかるよ。パタメパタメ島に行こう。思い出した。あそこでドムドムの実が落ちて来るのを待ってたんだ。そしたら、あんたが落ちてきたんだ。あの崖にはたくさんドムドムの実がなってるんだ」
「パタメパタメ島ってどこにあるの? どうやって行ったらいいの?」
「あんたに連れて行って貰うしかないだろう。早くしないと、お腹がすいて動けなくなるぜ。場所はキイルに訊いてくれ」
ピュールが水の中に入ってきた。私の、というか自分の体に股がる。ああ、ややこしい。とにかく、私はピュールを背中に乗せて出発した。
「キイルを呼んで。パタメパタメ島っていえば、連れて行ってくれるさ」
私は言われた通りにした。海の底からキイルがやってくる。
「キイル、あたしだよ、ピュールだよ」
キイルが驚いてピュールを見上げた。
「うわあ、人間になったって本当だったんだね」
「やっぱり信じてなかったか」
「日頃、僕らをからかってばかりだからね、ピュールは」
「それより、パタメパタメ島に連れてってよ。ほら、こいつが落ちて来た所。あそこにいけば、こいつの仲間がいるんじゃないかな。食べ物にありつけると思うんだ」
「ああ、いいよ。ついてきて」
キイルがさっと潜って泳ぎ出した。
私はキイルに続いて潜ろうとして、はっとした。
「だめ、キイル。ピュールがいるから潜れない。私の体は潜ったら溺れるの」
キイルが戻って来て海面すれすれを泳いでくれた。時々海面から跳ねる。仲間のスフェーン達もよってきた。新しい遊びだと思ったらしい。跳ねてみせる。
「ところでさ、キイル、あんた、あたし達が元に戻る方法を知らないかい?」
ピュールがキイルに訊いた。
「知るわけないだろ。中身が入れ替わったなんて話、初めて聞いたんだから」
「そりゃ、そうだ。じゃあ、知ってそうな奴、知らないかい?」
「そうだな」
キイルが、思い悩むようにグルグルと泳ぎ回る。
「うーんとね。とりあえず、みんなに訊いてみるよ」
「じゃあ、頼んだよ」
私はだんだんピュールが重くなってきた。人を乗せて泳ぐのがこんなに大変だとは思わなかった。
「あんた、大丈夫かい? 遅れてるよ。それに沈んでる」
「うーん、ごめん。重くて」
「体が元通りじゃないんだろ。キイルと代わりな」
キイルがピュールを引き受けてくれた。助かった。私はスフェーンの体に慣れてない。ピュールを乗せて長い間泳ぐのは無理だったようだ。
キイルがピュールを背に乗せたまま、スイスイと泳いで行く。凄い。
目の前に大きな島が見えてきた。船が見える。
「ねえ、私が落ちてきた場所って、どこ?」
そこにいけば、知り合いに会えるかもしれない。
「えーっとね、どうも、海の上ってのはわかりにくいな。キイル、ドムドムが落ちて来る場所まで連れてって」
キイルが案内してくれた場所にはたくさんの小舟が出ていた。
向うがピュールに気づいたようだ。何か叫んでいる。皆近づいてくる。
「なあ、あいつら、なんて言ってるんだ。おまえとは、言葉が通じるのに、あいつらの言葉がわからない」
ピュールが不思議そうに言う。
「えーっとね」私は頭を波の上に高く出した。
「『アップフェルト様!』って叫んでる」
「どうして、私にはわからないんだ?」
「ねえ、私、もしかしたらスフェーン語を話しているの?」
「スフェーン語? それなんだ?」
「つまり、あなた達と同じにキュイキュイって言ってるの?」
「ああ、そうだよ」
「じゃあ、あなたも、キュイキュイって?」
「よくわからないけど、キュイキュイって言ってる」
ええ? つまり、私の体がキュイキュイって言ってるんだ。
「ピュール、あなたは彼らに頭が痛いって言って」
「ええ! 言葉なんか、わからないよ!」
「頭に手をあてて首を横に振るの。イヤな時は横に、イヤじゃない時は縦にふって」
ピュールがやって見せる。
「そうそう、それから、お腹がすいたって。お腹に手をあてたらわかるわ。あとは、何もわからないふりをして」
「ふりなんかしなくたっって、まったくわからないよ」
「ええ、そうね。そうよね。どうしよう、私がついていってあげられたらいいのに。ねえ、毎日海に来て。私、このあたりにいるから」
ピュールは近くにやってきた小舟に助けられた。
小舟に乗った人達が目を丸くして私達を見ている。私は小舟に乗せられて行ってしまうピュールを不安な気持ちで見ていた。
私は、私が落ちて来たという崖を見上げた。
あそこから落ちたら、死んでいてもおかしくない。おそらく、崖に生えているマルスの木が支えてくれたのだろう。運が良かったのだ。でも、どうして私はあそこから落ちたのだろう。
何も思い出せなかった。