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歌姫ギルと海の獣達  作者: 青樹加奈
第二章 スフェーン
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海に落ちて

 真っ暗だ。いや、目の前に何かある。私だ。水の中に沈んでいってる。助けなきゃ。

 私は私の体を押し上げた。血の匂いがする。いけない。鮫がやってくる。早く助けないと。私は口の先で私の体をどんどん押して行った。何かが手伝ってくれている。スフェーンだ。スフェーンが私の体を押してくれている。良かった。一人ではとても無理だと思っていた。

 波に乗せて、砂浜に押し上げる。

 息をしているかしら?

 えーっと、変ね。どうして、私の体が見えるの?

 キュイキュイキュイ。

 スフェーンが行こうと言っている。


「だめよ。誰かに助けて貰えるまで、ここにいなきゃ」


 と言ったつもりだったのに、キュキュキュという音がするだけ。

 え?

 どういうこと?

 どうして、スフェーンの気持ちがわかるの?

 私の体はあそこにあるし、えーっと?

 私は手で顔を触ろうとして、水中で一回転した。尻尾が見える。もしかして、私スフェーンになっちゃったの?

 嘘!!! 嘘! 嘘!

 いやだー、スフェーンなんて、いやだー!

 私の体に帰る。帰るんだから。うわーん!

 スフェーンが寄って来る。たくさん寄って来た。キュイキュイと鳴いている。もしかして、慰めてくれてる?

 キュイ

 慰めてくれているのね。

 ありがとう。でも、まさか、スフェーンになってしまうなんて。


「ねえ、ピュール。どうして泣いているの?」


 スフェーンが話しかけてきた。いきなり言葉がわかった。やっぱり、スフェーンになっちゃったんだ。


「だって、だって私は、人間なんだもん」

「人間?」

「君はピュールだよ」

「いいえ、私はあの体の人。帰りたい。帰りたい」


 私はまた、泣き出していた。


「君は僕らの仲間のピュールだよ。ね、お腹が空いてるの?」

「ううん」

「ねえ、行こうよ」

「私、ここにいる。あの体を誰かが助けてくれるまで、ここにいる」


 スフェーン達は顔を見合わせて行ってしまった。

 どうして私は人間なのに、スフェーンになってしまったのだろう?

 夜が明ける。あたりが明るくなってきた。私は波の間から顔を出して、私の体を確かめる。ここはどこだろう。人を呼んでこられないかしら?

 私は砂浜にそって泳いだ。ここは入江のようだ。人の気配がない。断崖が続いている。どうしよう、ここには誰も来そうにない。どこか他に移そうか、でも、潮が引いて近づけない。

 あ! 私の体が動いた。よかった。気が付いたんだ。

 あれ、キョロキョロしてる。こっちに来る。良かった。


「ねえ、ねえ、私の体。しっかりして」

「あんたは誰? あたし、どうしてこんな所にいるの?」


 私の体がじゃぶじゃぶと海に入ってくる。


「何、これ?」


 身にまとっていたドレスをひっぱった。ぼろぼろだったドレスがあっさりと裂けて落ちた。下着も脱ごうとする。


「だめ、それはだめ、脱いじゃだめ」

「えー、どうして?」

「どうしても、だめ。それより、傷を洗って」

「洗う? 洗うって? 傷なんてほっとけばなおるよ」

「人の体は治らないの」


 私はあたりを見回した。海の水とは違った水の匂いがする。


「あそこよ。あそこ、清水が湧いてる筈よ。傷を洗ったら、さっきのドレスの端っこでしばって」


 私の体は仕方なさそうに言われた通りに傷を洗ったが縛る方法がわからないらしい。ふいに自分の傷、腕についた傷を舐め出した。しばらく舐めていたが、血が止ったのだろう。今度は清水をごくごくと飲む。また、海の中に入ってきた。


「ねえ、あたし、元にもどりたいんだけど」

「私だって、もどりたいわよ」

「あんた、名前は? 私はピュール」

「私、私は……。わからない」

「ふーん、じゃあ、ピシャって呼んでやるよ。さっきから、ピシャピシャやってるからさ」

「ピシャ。ふーん、いい名前ね。私はピシャ」

 私は嬉しくて、すいすいっと泳いでしまった。

「ちょっとー、置いていかないでよ」


 ピュールが呼ぶ。


「あ、ごめん」


 私は急いで戻った。スフェーンの体は凄い。ちょっと尾びれを振っただけで、あっという間に遠くまで泳げてしまう。


「ねえ、あなた、どこか痛くない? 私は背中が痛いの」

「あたし? そういえば、頭が痛いかな? あとは、この傷かな。でももう、あんまり痛くない」

「足は?」

「足?」

「足ってどこ?」


 私はピュールに私の体の事を教え、ピュールは私にピュールの体やスフェーンについて教えてくれた。


「あたし、なんだかおかしい」

「え? どうしたの?」


 ピュールが横になった。


「なんとなく気分が悪い」

「おなかがすいたんじゃない?」

「あ、そうかも」

「どうしよう?」


 ここに食べ物はない。誰かに助けてもらわなきゃ。


「キイルを呼んできて。キイルはいつもあたしに魚を取ってくれる」

「キイルって誰?」

「キイルは仲間さ」

「ふーん、いいな、仲間がいて。ね、お魚はどうやって食べるの? まさか生じゃないでしょうね」

「生って?」

「その、つまり、そのままってこと」


 ピュールはきょとんとした顔をした。へえ~、私ってこんな顔するんだ。


「そうさ。他にどんな食べ方がある?」

「駄目よ。生だなんて。病気になるわ」

「ふーん、やっかいな体なんだな」

「ねえ、それより、あの木の上に何かなっているわ。あれ、食べられないかしら?」

「ああ、あれ。知ってるよ。ドムドムだ。あたし達はあれもそのまま食べるんだ。あんたのその『生』って食べ方だ。あれも生で食べたらいけないのかい?」

「ううん、果物は大丈夫」

「ふーん、果物っていうのかい。ちょっと待ってて」


 ピュールが砂浜を登って行く。丸い赤い実がなっている木の下で立ち止まった。枝をゆすっている。あ、落ちて来た。ピュールがうまく受け止めた。

 あ! そのまま、飲み込もうとしてる!


「だめー! 飲み込んだらだめよ! そんな大きな物、口に入らないわ!」


 私は大声で叫んだ。


「じゃあ、どうやって食べるんだ?」

「えーっと、柔らかい所だけ食べるの。種があるから、ゆっくりかんで。いい、ゆっくりよ。いきなりかんだら歯が折れるかもしれないから」


 ピュールは慎重に噛んだ。種を残して果肉の柔らかい所だけかじりとる。私はほっとした。ピュールはコツを掴んだのだろう。パクパク食べてる。お腹がすいてたのね。

 私もお腹がすいてきた。ピュールが実を持って帰って来た。


「ほら、あんたも食べな」


 私はピュールがほおってくれた実を食べた。

 これ、どこかで食べたような気がする。違う。食べたんじゃない。この実の汁を飲んだんだ。マルス。確かマルスって言ってた。


「これ、私達はマルスって呼んでる」

「果物じゃないのかい?」

「果物は種類で、マルスはこの物の名前なの」

「へえ、そうかい。ややこしいんだね。それより、あんたの体はあたしの体なんだけどさ、魚を食べて来てくれる。そうしないと、弱っちゃうから」

「どの魚を食べたらいいの?」

「やっぱりキイルを呼んだ方がいいな。あんた、海の中に入って、キイルって叫びな。このあたりにいる筈だから」


 私は言われた通りにした。海の中、どこか遠くから声が聞こえる。


「お腹がすいたの。キイル、お腹がすいた」

「こっちにおいで。今から狩りをするから」とキイルが言う。


 私は海面に顔を出して、ピュールに狩りに行ってくると叫んだ。ピュールが手を振る。私は地形をよく覚えてキイル達の元へ急いだ。

 私はキイルに自分は実は人間で、ピュールと中身が入れ替わっているのだと話した。


「名前はピュールがつけてくれた、ビシャって言うの」

「君さ、ピュールだろ。そんな作り話して、僕達をからかっているんだろ」

「違う、違う。本当に人間なの。だから、スフェーンの事はなんにもわからないの」

「ふーん、まあ、いいや。じゃあ、病気ってことで、今日は待ち伏せ役にしてやるよ」


 スフェーン達は物凄く早く泳ぐ。信じられない速さだ。

 スフェーンになって泳ぐのはめちゃくちゃ楽しい。

 青く青く濃く広がる海。光がとけたような水が体をぴっちりと覆い尽くす。くんと尾びれを振って波間に浮く。空気がしゅっと体に吸い込まれ、背びれが風を切る。

 思い切って空へ向って飛んだ。二度、三度、飛び上がる。

 イヤッホー!


「ビシャ! 遊んでないで、こっちに来て! ここで待ってて!」


 キイルが他のスフェーン達と小魚を追い込んで行く。私達待ち伏せ役の前に小魚の群れがやってきた。周りのスフェーン達が一斉に小魚を食べ始める。私も夢中になって食べた。

 スフェーンは小魚を丸呑みしている。どうやって食べるのだろうと思ったけど、体の方が覚えていて、考えるより先に小魚を丸呑みしていた。

 私は満腹するまで食べてから、ピュールのいる入江に戻った。

 ピュールはマルスの実を食べていた。スフェーン流にいうと、ドムドムだ。


「ピュール!」

「よお、遅かったな。どうだった? 腹一杯食べたかい?」

「ええ、食べたわ」

「いいなあ、さっきからドムドムを食べてるけど、ちっとも腹いっぱいにならない」


 私は困った。私の体は果物だけでは満ち足りない。


「あなたは私の仲間の元にいかなきゃ。私があなたの仲間の元に行ったように。そうしないと、食べ物が手に入らない」

「どうやって?」

「私、あなたを助けてくれそうな人を探しに行ってくるわ」


 私は入江を回って崖沿いに泳いだ。断崖が続く。反対側に行った方が良かったかもしれない。だけど、潮に逆らって泳ぐのは大変だ。崖が切れ目無く続く。崖が途切れたと思ったら、小さな入江があるだけで、人がいるとは思えない。日が沈んで行く。私は諦めて戻った。

 ピュールが浜にいない。


「ピュール、どこ?」


 私は大声で呼んだ。

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