1-1 ミオール家の足手まとい
デトリア帝国。
初代皇帝デトリアが興した帝国であり、元々はアスティア王国という小さな国から始まった。
王国第三王子だったデトリアは度重なる人間との戦争、大規模な魔物の発生と混迷極める世界の中で自身の真実に辿り着く。
力こそーー武勇こそ全て。
自身は王族という英才教育を受けた身分ではあったが実戦で力を磨き続けた戦士達には遠く及ばないと感じていた。
彼らは一人で千の兵士と拮抗し、万の魔物を殲滅する、その力をデトリアは欲した。
力ある者達を囲い、その力で自らの支配権を広げ、後継者争いを勝ち抜き、王国から帝国へと国の名を変えて他国へ侵攻を開始する。
数多の国が帝国に飲み込まれ自国が消されていくも帝国の勢いは止まらずついには大陸最大の国家となる。
その帝国に歯止めをかけたのは四つの国であった。
創世神ハデナを信仰する宗教国家であるハイディアナ教国、大陸極東に位置し内部の戦争によって研鑽された強力な陸軍を持つトウヨウ国、隣の大陸の覇者であり魔法技術に重きを置く魔導国家パディウム国、そしてエルフやドワーフや獣人と言われる小部族を纏めた山間に住む亜人連合国。
世界五大国と言われるこの国達だが、もちろんこの世界には他にも様々な国がある。
しかもその国の一つは帝国と隣接し、海もあるため海の向こうにパディウム国がおり、山にも隣接するため背後には亜人連合国まである始末。
しかしその国ファラス王国は未だに存在する。
その理由がーー。
「攻めてくる帝国を完膚なきまで打ち払い、ゲリラ戦を仕掛けてくる亜人連合から領地を少しずつ切り取り続け、海の向こうから来る魔導師団を海底へと撃ち落とす。その全てをやり遂げておりますのが英雄であられる貴方のお父様であり、お母様なのですぞ!」
老齢の執事が突如声高らかに宣言する。
この興奮している執事は名をバトラスという。
名誉侯爵ミオール家の前執事長でありミオール家次男坊で未だ五歳である俺アスラの家庭教師だ。
「え、なにその激務。父さん達何でまだ生きてるの?」
「確かに激務も激務でありますがそれはお母様であられるディアリス様の治癒魔法が関係しております。本来ならば教国の神兵しか手にできない神聖魔法を紐解き、独自の技術体系を確立され新たに生まれた治癒魔法を操るファラスの聖女、お母上が各国と激戦を繰り広げた王国軍を癒し復活させております。しかもディアリス様は治癒魔法だけに留まらずこれまた希少な例外的攻撃属性の氷魔法まで操る女傑でございます。中央で守るだけにとどまらず攻勢まで出られる女将など世界広しといえどディアリス様しかおりますまい」
どうやら俺の母はスーパーマンだったようである。
家に帰ってきたらお菓子を作って笑顔で話しかけてくる俺に劇甘な母親だと思っていたんだけど。
今度帰ってきたら肩でも揉んであげよう。
「しかしその聖女のお心を仕留めたお父様のヒラー様はさらに凄いお方でございます。攻撃三属性と呼ばれる火、風、雷の三属性を巧みに操り、なおかつ広い領土内を短時間で移動できる飛竜に乗ることができ、その剣を振るえば帝国の工場兵器は一撃で粉砕され、魔導国家の飛行船は成す術なく落とされます。未だ敵国であるのにも関わらずパディウムから献金と共にスカウトまで来るのですからね。世界三指に入る魔法剣の使い手でございましょう」
え、あのいつもニコニコと機嫌の良さそうな好青年が?
俺がいたずらしても「アスラは元気だね」って言って反撃もせずに受け入れる心までイケメンの好青年だぜ?
もう三十も過ぎたのに未だ二十代前半で通じる顔の高身長細マッチョのイケメンだ。
あ、でも腰につけてる業物そうな剣は持ってても全然違和感が無かった。
今度からもう少し尊敬の念を持って接しよう。
「そしてお兄様であられ、去年元服された長男のエーデス様は火と風に特化した魔法剣の使い手で王国騎士団に首席で入団し、剣技はすでにヒラー様が私を超えたかもねと言わしめた剣豪。さらにお姉様であられ、今年元服された長女のウルカ様は風と雷に特化した魔法剣の使い手で女手でありながら一回目で王国騎士団に入団し、その魔法はディアリス様とも勝るとも劣らないと言われた英才。お二方とも未来の英雄でございます」
うん、父と母よりは普段を知っている兄と姉の方がどの程度の力量を持っているかは把握している。
三人で平原に散歩しに行ったとき、どっちが俺と遊ぶかで揉めて喧嘩を始めた二人が平原を焼野原にした記憶は新しい。
ブラコンも大概にして欲しいが強さは信頼できる、そんな兄と姉だ。
しかしそこまですごいとは思わなかった。
今度会ったら二人ともにすごいねって言ってあげよう。
きっと涙して喜ぶだろう。
「そしてアスラ様……あなたのことでございますが」
途端にバトラスの口調が大人しくなる。
その理由は分かっている。
いや、三日ほど前に俺は知ったのだ。
「お母様であられるディアリス様から数少ない使い手であられる治癒魔法の適性は受け継ぎました。そして使える属性は防御三属性である水、木、土であります」
そう、俺はこの世界で、しかもこの国では男なら誰でも持っているような攻撃属性を持たない男。
しかも武勲を立てることで名誉侯爵までになった父と母を親に持つ俺がである。
当然それを知った周囲の目は冷たい。
家族内でも不穏な空気が流れたため、こうして現役を引退したはずのバトラスまで引っ張り出して俺のそばに付けたくらいなのだから。
世間での家族の二つ名は大英雄『飛竜滅剣』ヒラー、大英雄『聖女』ディアリス。
未来の英雄『風炎剣』エーデス、『風雷の魔女』ウルカ。
そして三日前の適性審査の日からの俺の二つ名は『ミオール家の足手まとい』だ。