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幻影鬼ごっこ

作者: バオール
掲載日:2014/12/03

 僕の空涙《そらなみだ》にきづいてくれる人はいない。

 指の腹で拭い、決意した。


 やつが来る。

 ぼくは逃げる。

 生き延びる。

 それが生き延びた僕の運命だ。


 榀の机に手をかけて立ち上がり、教室を横切って廊下への扉に手をかけた。

 音を立てないようにゆっくりと扉を開き、手鏡で廊下を確認した。

 右側の廊下の奥にやつがいた。

 綺麗な顔をしているが邪悪な存在だ。

 綺麗な人を良い人だと思うのは悪い癖だ。

 気をつけなくてはいけない。


 反射光に気をつけてゆっくりと戻して、教室を横切り、ベランダへの扉を開いて、音をたてずに閉めた。ベランダの腰壁に身を隠しながら、やつとは反対方向に走った。

 時が停止している。

 桜吹雪が絵画のように美しく固まっていた。

 思わず見蕩れてしまったが、そんな暇は無かった。

 三回目の時間停止だ。

 美しさに気をとられている暇は無かった。


 やつはひとを襲い、篭絡する。

 前回の時間停止の時、何人もの友達が襲われた。

 時間が動き出したあと、その友達は消えた。

 神隠しと騒がれた。

 でも僕は知っていた。

 やつが友達を奪った。

 思い出したくない。

 おぞましい光景だ。


 走っていると頬が熱くなってきた。

 やつもベランダをそろそろ確かめる頃だろう。

 僕は空調機の室外機に触れて、

「走査」と呟いた。

 別に喋らなくても良いんだけど、喋ると力を使いやすい。

 案の定、後ろの方で扉が開く音がした。

 急いで室外機の後ろに隠れて、身体を縮めた。


 昔は身体が小さいことが嫌だった。

 でも隠れるには最高の才能だった。

 私は掌を翳して、

「念写」と呟いた。

 周りを薄い立方体の膜が覆った。

 すっぽりと身体を隠してくれた。

 それは室外機の映像だった。


 幼馴染から譲られた念写の能力だ。

 幼馴染はやつに殺され、名前も存在も失った。

 きっと殺されたから、時間の止まったこの世界に存在を置いてきてしまったのだろう。


 残してくれたのは『念写』の能力だ。

 彼の残滓は、僕のなかで生きている。

 彼も僕がいなければ、念写で姿を隠して生き延びたはずだ。

 彼は僕を隠して生き延びさせてくれた。

 でも彼は死んでしまった。


 やつがゆっくりと歩き、すぐ横で止まった。

 やつから見たら、室外機が二台並んでいる。

 それに疑問を抱くかどうかは分らない、心臓の拍動も呼吸音も念写では防ぐことができない、光学的には隠れているが、残念だけど他の熱、音、力に関して誤魔化すことができない、とても弱い能力だ。

 去るのを待ち動かないでいると願いが叶った。

 やつは扉を開いて教室へと戻った。

 

 認識する限り、三度目の時間停止だ。

 多分それ以前にも時間は止まっていたのだろう。

 僕にはそれを知る術はない、僕は世界の中心ではないので僕が全ての始まりと思っていないだけだ。


 僕が認識した一度目の時間停止に幼馴染は死んだ。

 存在が消えてしまったので薄っすらとしか憶えていない、彼との想い出も無くなった。


 二度目は、ヤツが学校で暴れて、何人かを蹂躙した。

 そして大きな獣が現れて襲われた。

 吐き気のする行為だった。

 僕は姿を隠して震えていた。


 僕の幼馴染はこいつらと闘い続けていたんだろう。

 しかも『念写』なんて弱々しい力で、だけど戦う方法があるはずだ。

 僕が分らないだけで。


 一度目の時間停止は、最初気絶していたので数時間で時間が動き始めた。

 幼馴染の死で終わりを告げた。

 二回目の時間停止は、丸一日は時間が止まりつづけた。

 隠れ続けていたけど、恐怖で悲鳴をあげてやつに認識されてしまった。


 そして三回目、やつは僕だけを狙っている。

 二回目の時は僕の周りで何人かの友達がいた。

 でも今回は僕一人だ。

 僕は狙われている。


 やつは何者だろう。

 悪魔だろうか。

 大きな獣は驚くほど大きかった。

 化物なのだろうか。


 考えても誰も説明してくれない。

 僕は孤独だ。


 念写も説明が無かったので、手探りで出来ることを探していた。

 使えば使うほど体力が減るので、学校から帰った後に走って鍛え始めた。

 最初は連続して使うのが困難だったけど、今では使える。


 この前調べてみたが、三連続で使ったらその場で気絶してしまった。

 二連続までなら大丈夫だ。

 練習したのが寝室で良かった。

 気付いた時は朝だったからだ。


 時間をおけば、一日十回ほどは使える。

 ただし使えば使うほど、体力が極端に落ちていった。

 連日の走り込みが改善の兆しを見せていたけど、まだまだ伸び代はありそうだ。


 考えながら息を整えた。

 やつは僕がいないのに気付いて、学校中をくまなく探すはずだ。


 そろそろ動こう。


 腰壁に隠れながらやつを追いかけた。

 教室を横切り、廊下を鏡で確認、左右どちらにもいなかった。

 右側が僕の教室だ、左に進めば校舎西側の階段にある。


 階段を通り過ぎると、トイレ、手洗い、音楽室への扉がある。

「走査」

 突き当たりの壁と扉を記憶した。

 何度か試したけど、記憶できるのは一個しかできないようだ。


 いまここで室外機の虚像を念写しようと思ってもできない。

 『念写』の能力と使い慣れれば色んなことができそうだけど、一体何が出来るのかも良く分らなかった。


 この前、凄く便利な応用をみつけた。

 やつの場所を確かめよう。

 床に手を翳して、やつの姿を思い浮かべて、

「念写」と唱えた。


 床の長尺シートにやつが映り、背景を覗くと一階を歩いているのが分った。

 とある対象の像を映すことができる。

 これでやつの場所を把握していれば、やつに捕まることは無い。


 と言っても、何回も使えるわけではないのだ。


 階段をゆっくりと音をたてずに降りて、一階の廊下の様子を鏡で確認をした。

 右手側にやつがいた。

 右手側の廊下には渡り廊下兼食堂へと繋がっていて、第二校舎の二階へと続いている。第二校舎へ行けば、一階から外へ出ることが出来て、学校外へと出る長い下り坂がある。

 左手側には家庭科室がある。


 僕は廊下に音楽室の壁と扉の虚像を写した。

 これで廊下を走っていても気付かれることは無い。


 左側へ走って、家庭科室から外へでた。

 上靴で外に出るのは気が引けた。


 校舎の壁に寄って、身を屈めた。

 さて、どうするか。


 ここは第一校舎。

 僕の右手は西側、第二体育館がある。鉄骨の渡り廊下が地上にあり、壁もあるので身を隠しながら、第二体育館に行くことは出来るけど、通り抜けようとすると体育館脇の扉しかない、大きな金属扉だ。


 ぎーぎー。

 うるさい。


 他に通り抜けはできないので、袋小路と同じだ。

 却下。


 第二体育館の外を迂回して、裏にある武道館に行って、柵を越えれば民家に行ける。

 ただ姿を隠せる場所が少ない、だけど意表を突くには良いかも知れない。


 左手――東側には第一体育館がある。

 この渡り廊下は第一校舎の廊下から地続きになっていて、地下に潜って体育館に入ることが出来る。地下と言うには不適切かも知れない、第一体育館が建っている場所が一階分低くなっているからだ。

 一応、地上部から入れる入口もあるけど、体育館の観覧場へと繋がっており、先生用の道でもある。普段は鍵が掛かっているので、入ることはできない。

 体育館の裏側は筍も生える林で、奥に行けば下り坂気味で民家に出る。民家を抜ければ大型店舗もある目抜き通りなので隠れるところは山ほど増える。


 でも廊下から姿が見える恐れがあるので、却下。


 僕の目の前校庭の奥には、第一体育館の横から道が続いていて、学校外へ出る道がある。

 わざわざ第一体育館側から行かなくても、塀を飛び越えれば良いから最短距離だ。

 でも見つかったら終わりだ。

 途中で身を隠すところが何も無い。


 第一校舎の北側は、食堂兼渡り廊下、更に北側に第二校舎だ。

 第二校舎の北側は西から東への下り坂で目抜き通りへと繋がっている。


 幽霊騒動もある歩きなれた道だ。


 第二校舎の東側にはプールもありとても長い坂なので、そのぶん段差も大きいので、坂の塀側に身体を寄せながら歩けば校舎側からは絶対に姿が見えないはずだ。

 でも坂の北側は崖だ。

 逃げ場の無い一本道だ。


 でも、やつが校舎を彷徨っているとしたら一番の逃げ道だ。

 第一校舎を探しているので、すぐに第二校舎を探そうとするだろうけど、見つからないように気をつけるのは一瞬だ。


 北側の坂道を下って逃げよう。

 目抜き通りに出てしまえば、隠れるところは無限にある。


 やつは僕を狙って、時を止めている。

 僕が見つからず、遥か遠くに逃げてしまったと思ったなら、時が再び動き出す。

 そう考えると、長時間動かずにいるのも有りかも、いやそれは間違っている。


 時間は止まっているけど、

 僕は生きて動いている。

 お腹は減るし、トイレだって行きたくなる。

 この前の失敗はそれだった。

 そのせいで、今回は狙われている。


 やつも考えるはずだ。

 少なくとも二回は、この学校に来ているから、周りの地理は分っているはずだ。

 第二校舎の内部を確認して見つからなければ、焦る。

 完全な安全圏は学校外、外に出ようとするのは危険だけど、外への逃げ道を監視し続ければ網に掛かる可能性が高いことに気付くはずだ。


 速さの勝負。

 早く行動することが生存への最良の道だ。


 私は第一校舎の壁に沿って西側へ歩き、妻側を沿って、食堂側へと回った。

 その時、怒号が響いた。

 私は心の中で舌打ちした。


 ああ、馬鹿だ。


 廊下を歩くために写した念写を消していなかった。

 おそらく違和感に気付いて触ったのだろう。

 所詮は虚像。

 触れば消えてしまう。


 ちなみに像を消すのは、能力一回分にはならない。


 やつも馬鹿ではない虚像を壁にして外へ出たと考えるはずだ。

 つまり家庭科室から外へ出たのに気付いてしまう。


 僕が考えたように、やつも考えるはずだ。

 外へ出れば、校庭を突き抜ける愚策を取るはずが無いと考える。

 第一体育館への道は、やつが廊下を歩いていたことを知っていたと考えて、無いとする。

 第一体育館の奥は行けるが、迂回するのに姿が隠せない。

 第二体育館はやや魅力的だ。


 西側へ行くのが魅力的な道程だ。


 こっちへ来る。

 間違いない。

 僕は走っていた。

 坂道を下らず、食堂兼渡り廊下を目指した。


 脱出路へ一直線に向わずに、一旦中へ入る。


 扉に手をかけたけど、鍵が掛かっていた。

 嘘。

 隣、鍵が掛かっている。

 嘘嘘嘘嘘嘘。

 さらに隣は開いていた。

 ほっとして中へ入って、迷ったけど、第一校舎へと戻った。

 さきほどまでやつがいた廊下だ。


 やつは確実に西側にいる。

 今度は東側へ行くしかない、廊下を走り、突っ切らずに教室へと入って、校庭への扉を開けて、やつがいないか確認した。


 いなかった。


 第二体育館か、食堂の外辺りにいるはずだ。

 そちらへ行ってやつから死角になっていたとしても、校庭は横切ることができない。


 危険すぎる。


 西側の第一体育館を迂回して、奥に行くべきだろうか。

 第一体育館を壁際に北側に行けば、

 プールへの道と続くが、

 プールから坂道へは高低差があるので降りることはできない、

 一旦プールの西側にある第二校舎へと行かなければ降りることができない。


 迷った。

 が、第一体育館を迂回するが最善手だ。


 教室を横切り、廊下を確認した。

 食堂の道からやつが歩いてきた。

 待て待て待て、やつが何故こっちへ来た。

 確信は無いはずだ。


 そうだ。

 足音だ。


 ふー、焦りすぎ、焦りすぎ。

 逃げるときに走ることは禁物だけど、走らないと逃げれないこともある。

 この結果は当然当然。

 焦らず考えよう。


 どうしよう。


 思わず屈んで榀の机に身を隠し、落ち着かせるように周りを確認した。

 掃除用具入れのロッカー。

 隣の机の中に彫刻刀入れが見えた。

 彫刻刀を手に取ると、初めて怒りが沸いて来た。


 なんで日本に銃が無いんだ。

 違う違う、そうじゃ無い。

 なんで一方的に蹂躙されなければいけないんだ。

 息を殺して、ロッカーへ隠れた。


 暗闇だ。

 足音が近づいてくる。

 我慢したいけど、思わず唱えてしまった。

「念写」

 目の前に映像が映った。

 やつが僕の隠れた教室の扉を開けた。

 映像にはロッカーとやつが並んで映っている。

 やつが通り過ぎて、校庭への扉に手をかけた。

 少しだけ隙間が開いている。

 やつは扉を開けて、外を眺めた。


 僕に背を向けていて、背中ががら空きだった。

 口の中に指を突っ込み、闇を『走査』した。

 そしてヤツに飛びついて、両目にしがみつくように「念写」と叫んで、瞳に闇を叩き付けた。彫刻刀を首筋に刺した。


 こんな酷いことをしたことは無かった。

 だけど恐怖が暴力衝動を揺り動かした。

 すぐさま離れようとしたけど、甘かった。


 やつの振り回した腕に胸を打たれて校庭へ吹き飛んで転がった。

 余りの衝撃に眼がパチクリしたけど、掌についた血糊にも驚いた。


 白かった。


 吐き気がしたが押さえ込んで、第一体育館を迂回した。

 怒号が響いた。

 ヤツが無闇矢鱈に攻撃をしているのだろう。


 階段を降りて、本日九回目の能力を発動した。

 第一体育館の一階部まで降りた。

 あとは崖、下には畑が広がっている。


 飛んだ。


 畑に転がり、急いで、さっきまで僕がいなかった映像を映した。


 数秒後、やつが階段の上に来た。


 それ以上、近づくな。

 念写で大きく投影しているが余りにも近づかれたら、

 映像の継ぎ目に異変が起きる。


 それだけは。


 やつが周囲を見渡している。

 目くらましは長く続かなかったが、

 僕の逃げた姿まで見えていなかったのだ。


 数秒後、やつは姿を消した。


 僕は力が抜けてしまい、その場で心臓が静まるまで空を眺めた。


 数時間後、再び時が動き出して、私は日常へと戻った。

念写能力+ホラーの試作

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― 新着の感想 ―
[良い点] 念写を戦う能力にしてしまうという発想!面白いです! [一言] 私も変わった小説を書いてるので良かったら見て感想などよろしくお願いいたします
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