詰んでるサラリーマンと憑いて来た少女
前に話していた新作です
俺の人生はもう詰んでいる。
デイに来ている婆さん達に聞かれたら
『35の若僧が情けない事を言って』
と怒れると思うが、俺の人生が詰んでいるのは紛れもない事実だ。
嫁なし金なしだから将来に希望なしの35才の介護福祉士が俺である。
俺の名前は葉里譲、潮騒町にあるデイサービスセンター昼凪で働く介護職。
年収は手取りで、250万をちょっと越す位。
結婚紹介所に行けば、年収で振り落とされるのは間違いない。
そして、そんな俺が後悔している事がある…正確には現在進行形で後悔しまくりだ。
事の発端は、会社の後輩綿木朝から知人に会って欲しいと頼まれた事に発する。
「譲、どうしたの?」
あそこに行かなきゃ良かった…。
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うちのデイサービスの男子更衣室は狭い。
空きスペースにロッカーを強引に押し込んだ様な部屋で、職員が二人着替えていたら部屋の外で待機しなきゃいけなくなってしまう。
俺が綿木に話し掛けられたのも、そんな着替え待ちの時だった。
「葉里さん、今日仕事が終わってから何かありますか?」
綿木が度の強い眼鏡を弄りながら話し掛けてきた。
「分かって聞いてんだろ?今日のプライベートスケジュールは食って寝るだけだよ。ちなみに明日も明後日も同じだけどな」
俺のプライベートスケジュールから、デートの文字が消えてからもう5年は過ぎていると思う。
「そんな意味で言ったんじゃないですよ。僕の知り合いで葉里さんに会いたいって人がいるんですけど良いですか?」
ここで”フラグきたー!!”って喜ぶ程、俺は若くない。
俺の人生は哀しい位にお約束が起きてしまう。
ずっと片想いしていた幼馴染みに告ろうとしたら、恋愛相談をされた事もある。
「その人は…女の訳ないよな」
「ええ、僕が昔お世話になった男の人です。何か用事がありましたか?」
綿木、真面目も良いが、こんな時は先輩を弄るってスキルも必要だと思うぞ。
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(チャラいな…)
喫茶店で待ち合わせをしていた男の第一印象がそれである。
男は肩まで伸ばした髪を茶色く脱色して、耳にはシルバーのピアスを着けていた。
「八木さん、お久し振りです。この人が葉里さんですよ」
「どーもー、八木ちゃんですー。今日は来てくれてありがとちゃーん」
八木と名乗った男は見掛けだけじゃなく、話し方もチャラいらしい。
「どうも、葉里です。ところで今日はどんなご用ですか?」
正直に言うと八木はあまり得意なタイプじゃなく、長い時間関りたくなかった。
「あれー?つれないなー。僕ちゃんは月刊オカルト探訪って雑誌の記者をしてる訳。今度、夏の心霊スポット特集をするんだけど…ちゃん葉里はに大山市にある呼び込み峠って知ってる?」
確かに知っている…あそこは、忘れたくても忘れられない場所なんだから。
「夜中に行くと、崖の下から正体不明の声が呼び掛けてくるって話ですか?あんなのは、ただの昔話ですよ…くだらない」
「そんなくだらないーお話でもー編集長に取材に行けって言われたら、僕ちゃんは行かなきゃいけないんだよねー。でも、地図を見ても呼び込み峠なんて載ってないじゃん」
俺は呼び込み峠が地図に載ってない訳を知っている。
「あそこは20年位前に名前が変わったんですよ。今の名前は朝焼け峠です。前の市長が縁起が悪い名前だからって変えたんですよ」
「そーなんだー。それ、メモっちゃおー。ついでに案内してくれたら助かるなー。ちゃん葉里は大山市の生まれなんでしょ…案内して欲しいなー」
説明で済ませたいが、朝焼け峠への行き方はかなり分かり辛い。
「葉里さん、今度僕が奢るから頼みます」
なぜか綿木が俺には頭を下る。
「でん八を奢ってくれるなら、案内してやるよ」
もうあれは20年も前の事なんだし。
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大山に着く頃には、すっかり日が暮れていた。
(5年振りか…大山も変わったな)
駅前のゲーセンは潰れてコンビニになっていたし、郊外にはでかいホームセンターが建っている。
「葉里さんって、あまり大山の話をしないですよね」
「大山を出て17年も経てば話す事も無くなるよ…角の鯛焼きも潰れたんだな」
あいつ、あそこの鯛焼きが好物だったんだよな。
「葉里さんって、あまり里帰りをしないですよね?」
「介護職なんて盆正月休みなしだろ。昔のダチとも自然と疎遠になるんだよ」
潮騒から大山までは車で三時間はかかる。
仕事が終わってから帰るには怠いし、わざわざ休みを取ってまで行く距離でもない。
帰らない理由は、それだけじゃないんだけど…。
「ちゃん葉里、次は右で良いんだよね」
ここを右に曲がれば…あの公園だ!!
「真っ直ぐです…真っ直ぐ行って蕎麦屋が見えたら右折、しばらくしたらT字路を左に曲がって下さい」
確かに今右折した方が早く呼び込み峠に着くけど、公園の前は通りたくない。
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俺には幼馴染みがいた。
名前は天馬向日葵。
明るい性格で、良く笑う奴だった。
今になっては過去形でしか話せない初恋の相手。
大山のあちこちには向日葵との思い出が詰まっている。
『譲、鯛焼き食べて行こ…もち、譲のおごりで』
『譲と高校は別か…腐れ縁がようやく切れたね』
『譲、私好きな人が出来ちゃた』
楽しい思い出、懐かしい思い出、切ない思い出…色んな思い出がごちゃ混ぜになって胸に押し寄せてきた。
「この辺が呼び込み峠って…嘘だろ?」
向日葵がいる…呼び込み峠で事故死した向日葵が道路に立っている。
「葉里さん、どうしまた?」
綿木が心配そうに声を掛けてきた。
「いや、何でもないよ」
あれは見間違いかなんかだと思う。
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取材は昼間にするとの事で、峠は通り過ぎただけで帰宅。
俺の根城は築15年の単身者向けアパートだ。
もう深夜に近い時間なので、静かにドアを開ける。
「へー、わりと綺麗にしてるじゃん。関心、関心」
「介護職なんてしたら掃除スキルも上がるからなって…マジかよ」
声のした方を振り替えると、死んだ筈の向日葵が立っていた。
作中に出てくるでん八は弘前に実際にある居酒屋です
作者も良く行ってますので弘前にお越しの際は行ってみて下さい
かだれ横丁にある和食の美味しい居酒屋です