暗い世界のお話し
「………あつーい。」
私は氷で薄くなったカルピスソーダを飲みながらそう漏らす。
夏が暑くないと夏と言う感じがしないんだけど、でもやっぱり暑過ぎはしないかとギラギラ照りつけるこの紫外線を放つ太陽へと睨みつけようとする。
しかし思った通りに眩しくて、私の視線は今真横でケータイ片手に暑い中無表情で固まっている恭哉へと移った。
「きょー、あつい。」
「…んー、知ってる。」
素っ気なく答えると、ケータイをぽいとソファへ投げて私の飲みかけの薄くなったカルピスソーダを飲み干した。
「氷たっぷりのカルピスソーダいる人?」
「いる。 て言うかカルピスじゃなくてお茶が良い」
「ワガママ」
「ワガママじゃないもん。 きょーが勝手に私の飲んだから。」
「それもそーか。」
それだけ呟くと、恭哉はコップを持って下に降りた。
窓から見える景色いっぱいにある庭の桜やらなんやら植わっている木でさえも燃えているんじゃないかと錯覚するくらいにゆらゆら揺れている。
それが陽炎か、と認識すると恭哉がコップを持って部屋に入って来た所だった。
「早いね?」
「そうか?」
きょとんと首を傾げて、恭哉はコップをテーブルに置いた。
「今日はきょー、出掛けないの?」
渡されたキンキンに冷えている麦茶を一口飲んで、私は隣に座る恭哉を見る。
すると、少し考える様にして窓の外を見て…首を振った。
「こんだけ暑そうなのに外に出るとか、空太のバカくらいだろ。」
俺は、無理。
そう言うと恭哉はソファにもたれかかって携帯を見始めた。
みんみんみんみん。
私はセミの鳴き声を聞きながら、別の意識にすり替えて行った。
――――――――――
青い世界…そう言えば伝わるだろうか。
全体的に青いフィルムを通して世界を見るとこう言う感じかもしれない。
どこまでも続く青い景色と壁、そして足元に散らばっている白い兎のお人形。
黒いビーズが縫い付けられたつぶらな瞳が私を映した。
「……あれ、来てたんだ。」
「こんにちは。」
私は目の前に現れた兎の様な人に向かって微笑みかける。
様な人…と言うのには少なからず理由がある。
まずは人では無いと言う事、そして頭にうさ耳が生えていると言う事。
そして最後におおよそ日本人にはあり得ない顔立ちと髪色だと言う事。
髪は白く、瞳は銀。
細く長い脚。
そして見た事が無いくらいに整っている容姿。
初めて見た時はどこの外国の方なんだろうかと慌てたが、そもそも人では無かったので考えるのを放棄した。
「白兎さん、今日はどうされたんですか?」
「ああ、えーと、特に理由は無い。
君が来たみたいだから空間を渡って来ただけだ。」
「じゃあ今回はただの暇つぶしかなあ」
「そうかもね」
とは、私達はこの現象に慣れているからこの対応になる。
例えば夕立、さっきまで晴れていたのにいきなりスコールに降られたりとか。
例えば眠る前、寝入る直前に呼び出されたり、学校へ向かう電車の中で呼び出されたり、場所や時間を選ばずに、私は世界の隙間に出現する。
誰が、どんな目的で、なんて……山程考えたが答えは出なかったが、それが小さな時から今まで続いているから不思議なものだ。
この人ならざる容姿の白兎さんも、同じような巻き込まれた側の人…いや、兎だ。
「そもそも僕はこの世界とも君の世界とも違う場所に存在する。
だから余計に、いつも君が居る事や僕と君以外の人が居ない事が不思議で仕方ないよ」
「巻き込まれたのが2人で、いつも結局どこで呼び出されても出会うってのも面白いですね」
この空間に居ると、時間の感覚が鈍くなる。
1分経ったのか、1時間経ったのか、はたまた年数経過なのか。
数えても無意味なのでもう数える事は無いが、帰ったらあの場所で過ごした時間は無かったことになっている。
白兎さんと共に「神様が暇だから連れて来た神隠しのようなもの」として理解納得を無理やしたが、周期も無く想定も出来ないので、諦めの方が大きい。
「……あ、今回は早かったみたいだね」
「本当だ」
私達のいた場所が、お砂糖が湯に溶けるかの如くほろほろと崩れ去る。
「それではまた」
「はい、また」
お互いがお互いを深く知らない事。
2人でそう決めた取り決めは現在まで続いており、私達はこの空間が消える時、そう言って去るのだった。
「ん」
顔を上げると、部屋の中で1人だった。
外は茜色に陽が陰っており、空汰も恭弥も居ない。
だけど確かに私の過ごした時間がある家で、ホッと胸を撫で下ろして階下へと向かった。